6 / 39
左義長の火
しおりを挟む翌朝、昨日と同じ衣装で集まった若衆は、日牟禮八幡宮に集合すると再び町へ山車を担いで出発した。初日は順番も道順も決められていたが、二日目は各山車が自由に町を練り歩いた。
「向こうから池田町が来たぞ!」
山車の上から宗十郎が大声で呼びかける。
各山車が自由に練り歩くということは、当然ながらお互いに行き会う場面も出てくる。そうした時は、お互いに道を譲れとぶつかり合う。これが二日目の名物『喧嘩』だ。
日ごろ喧嘩沙汰は厳しく禁止されている町衆にとって、この時だけは堂々とぶつかり合える祭りの醍醐味だった。喧嘩と言っても殴り合いをするわけではないが、各町の威信を懸けた左義長の山車は、意地と意地とのぶつかり合いでお互いに一歩も退かない。
甚四郎は精一杯声を張り上げて山車を前へと押し出した。相手も全力で押してくるのでそうそう簡単には進めない。
初日とは比べ物にならないくらいに声を枯らして山車を押し出していくと、やがて一歩、また一歩と大杉町の山車が前に進み始めた。
そうした若衆の勇ましい姿に町中の老いも若きも歓声を上げて盛り上がった。
「押されとるぞ! 池田町!」
「いけー! 大杉ー!」
酔った大人たちから賑やかに囃し立てられて甚四郎にも力が込もる。
「マッセ!マッセ!マッセ!マッセ!」
大杉町の若衆が声を揃えて前に押し出す。たまらず池田町の山車が後ろに下がった。
「勝ったどぉー!前に進めー!」
宗十郎の掛け声で相手が退き、大杉町は前へ進む。次の角で池田町が道を譲った。
そうした山車の押し合いを見物しながら、町人も武士も一つになって盛り上がる。八幡町にとっても年に一度の楽しみだった。
何度も『喧嘩』をこなし、時には勝ち、時には負けを数えながらやがて夕暮れになった。甚四郎の顔の化粧も、汗ともみ合いで既に崩れ切っている。
十三の山車は全て八幡宮へ集まり、町衆も誰ともなく八幡宮へ集まり始めた。山形屋の面々も八幡宮へとやって来るのが見えた。
昨日言っていた通りに奉納見物に来た多恵の姿を見つけて、甚四郎はケンカの興奮とはまた違った興奮に顔が赤くなった。
日もすっかり落ち、山車からは担ぎ棒が取り外されてそれぞれ十三の藁の山へと姿を変えている。再び神主の祝詞が述べられ、全員が厳かに頭を垂れた。
「火ぃ付けるぞぉーー!」
誰かの宣言で火の付いた松明が運び込まれ、各町の山車に火がつけられた。周りには防火対策で水の入った桶が大量に用意される。さっきまで町衆の勇壮な声に踊っていた山車は、炎に包まれて夜空に明るい柱を立てつつ、方々に火の粉を飛ばしている。天下の奇祭と名高い八幡町の左義長祭りのクライマックス、奉火だ。
先ほどまでの喧嘩はどこへやら、各町の若衆はあちこちでたむろしてお互いの健闘を称え、酒杯を傾けていた。大人たちも酒宴に加わり、最も勝ち星の多かった魚屋町の若衆の屯する一角は、大きな盛り上がりを見せている。
だが、酒が苦手な甚四郎はそんな喧噪から離れ、境内の椋の木の根元に座って振舞いの甘酒を飲んでいた。
「お疲れさん。キレイやね」
いつの間に来たのか、多恵が昨日と同じように隣に座る。
「ああ、どんどの最後はいつもキレイで、そのくせ物悲しいなぁ」
柄にもなく感傷的な気持ちになった甚四郎は、言ってしまってからはっと気づいて多恵の顔を見た。
「そうやね……」
多恵は上の空で返事をしながら、吹きあがる火柱を見つめていた。炎に照らされた横顔はいつもの多恵よりもずっと大人びていて、甚四郎は見とれてしまった。結いあげられた髪の端から白いうなじが覗いて、思わずドキリとする。
その時、視線に気づいた多恵が甚四郎の方に顔を向けた。
「……何?」
「いや、別に……」
誤魔化して炎の方に顔を向けた甚四郎の視線を追うように、多恵も再び炎の方に顔を向けた。
「来年には、甚ちゃんは江戸に行くんかなぁ」
「そうやな……。江戸やなくて京かもしれんけど」
「そういうことやなくて……」
「どういうことや?」
「……八幡町から出て行ってしまうんやなって」
「出て行くいうても、山形屋で奉公するのは変わらん」
「それはそうやけど……」
多恵の言葉が途切れ、二人の間に沈黙が訪れる。遠くから聞こえる町衆の酔声に混じって、隣に座る多恵の微かな吐息が聞こえるような気がした。
段々と自分の鼓動の音が耳の中にうるさく響いて来る。耐えかねて甚四郎が何か話そうとした瞬間、隣の多恵が大きなため息を吐いた。
「男はんはええな。あっちこっち行けて」
「好き好んで行くわけやない。商人として身を立てる以外に生きていく術を知らんだけや」
「甚ちゃんは、武士になりたいとか思ったことはあるの?」
「どうかな……。お父んも商人やし、ガキの頃から奉公に出てる兄貴らを見て来た。俺もいずれは商人の道を歩くもんやと思ってたから」
「そっか……」
「けど、今は目標がある」
「目標って、何?」
「それは……」
――早く一人前になって多恵を迎えに来たい
そんなことは気恥ずかしくてとても言えなかった。
再び無言の空気が二人を包む。長いような短いような時間が過ぎた頃、多恵の手がためらいがちにそっと甚四郎の手に重なった。
驚いて多恵を見た甚四郎は、自分の目を覗き込んでくる多恵の眼差しにどぎまぎした。多恵の唇が炎に照らされてキラキラと光っている。
耳まで顔を真っ赤にした甚四郎は、耐え切れず顔を背けてしまった。鼓動の音が早鐘のように甚四郎の耳の中に響く。
「……アカンたれ(注:意気地なしの意味)」
ポツリとそう呟くと、多恵はそのまま立って行ってしまった。甚四郎は昨日の夜と同じように、帰って行く多恵の後姿をいつまでも見つめることしか出来なかった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
国殤(こくしょう)
松井暁彦
歴史・時代
目前まで迫る秦の天下統一。
秦王政は最大の難敵である強国楚の侵攻を開始する。
楚征伐の指揮を任されたのは若き勇猛な将軍李信。
疾風の如く楚の城郭を次々に降していく李信だったが、彼の前に楚最強の将軍項燕が立ちはだかる。
項燕の出現によって狂い始める秦王政の計画。項燕に対抗するために、秦王政は隠棲した王翦の元へと向かう。
今、項燕と王翦の国の存亡をかけた戦いが幕を開ける。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
源次物語〜未来を生きる君へ〜
OURSKY
歴史・時代
元特攻隊員の主人公が最後に見つけた戦争を繰り返さないために大切な事……「涙なしでは読めない」「後世に伝えたい」との感想を頂いた、戦争を調べる中で見つけた奇跡から生まれた未来への願いと希望の物語……この物語の主人公は『最後の日記』の小説の追憶編に出てくる高田さん。
昔、私にある誕生日プレゼントをくれたおじいさんである高田さんとの出会いをきっかけに、大変な時代を懸命に生きた様々な方や縁のある場所の歴史を調べる中で見つけた『最後の日記』との不思議な共通点……
様々な奇跡を元に生まれた、戦時中を必死に明るく生きた元特攻隊員達の恋や友情や家族への想いを込めた青春物語
☆カクヨムより毎日転載予定☆
※歴史的出来事は公平な資料の史実を元に書いていて、歴史上の人物や実際にある映画や歌などの題名も出てきますが、名前の一部を敢えて変えているものもあります(歌詞は著作権切れのみ掲載)
リュサンドロス伝―プルターク英雄伝より―
N2
歴史・時代
古代ギリシアの著述家プルタルコス(プルターク)の代表作『対比列伝(英雄伝)』は、ギリシアとローマの指導者たちの伝記集です。
そのなかには、マンガ『ヒストリエ』で紹介されるまでわが国ではほとんど知るひとのなかったエウメネスなど、有名ではなくとも魅力的な生涯を送った人物のものがたりが収録されています。
いままでに4回ほど完全邦訳されたものが出版されましたが、現在流通しているのは西洋古典叢書版のみ。名著の訳がこれだけというのは少しさみしい気がします。
そこで英文から重訳するかたちで翻訳を試みることにしました。
底本はJohn Dryden(1859)のものと、Bernadotte Perrin(1919)を用いました。
沢山いる人物のなかで、まずエウメネス、つぎにニキアスの伝記を取り上げました。この「リュサンドロス伝」は第3弾です。
リュサンドロスは軍事大国スパルタの将軍で、ペロポネソス戦争を終わらせた人物です。ということは平和を愛する有徳者かといえばそうではありません。策謀を好み性格は苛烈、しかし現場の人気は高いという、いわば“悪のカリスマ”です。シチリア遠征の後からお話しがはじまるので、ちょうどニキアス伝の続きとして読むこともできます。どうぞ最後までお付き合いください。
※区切りの良いところまで翻訳するたびに投稿していくので、ぜんぶで何項目になるかわかりません。

瓦礫の国の王~破燕~
松井暁彦
歴史・時代
時は戦国時代。
舞台は北朔の国、燕。
燕は極北の国故に、他の国から野蛮人の国として誹りを受け続け、南東に位置する大国、斉からは朝貢を幾度なく要求され、屈辱に耐えながら国土を守り続けていた。
だが、嫡流から外れた庶子の一人でありながら、燕を大国へと変えた英雄王がいる。
姓名は姫平《きへい》。後の昭王《しょうおう》である。
燕国に伝わりし王の徴《しるし》と呼ばれる、宝剣【護国の剣】に選ばれた姫平は、国内に騒擾を齎し、王位を簒奪した奸臣子之《しし》から王位と国を奪り戻し、やがて宿敵である斉へと軍勢へ差し向け、無二の一戦に挑む。
史記に於いて語られることのなかった英雄王の前半生を描いた物語である。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる