2 / 2
血の季節2
しおりを挟む
ーーーーどのくらい時間が経ったろうか?ーーーー
ふっ…と陽子は目を覚ました。
腕には裕司くんの頭蓋骨を抱えている。
不思議と足元まで続いてい血溜まりの道は消えていて、ただの草村に歩いたあとが道となって残っていた。
「…私…いつから寝てたんだろう…?今…何時……?」
腕時計を見ると、午後10時をまわっていた。
家のことを思い出して、ハッとすると、途端に手元の骸骨が喋り始めた。
「…やっぱり…かえっちゃうの?…ずっと、一緒に居てくれるってのは、嘘、なの?」
そう心細そうに言ったのは、もちろん裕司くんの髑髏(しゃれこうべ)だ。
陽子は我にかえると「大丈夫。ずっと傍にいるから」そう告げようとした瞬間、辺りを切り裂くような不気味な音が響いた。
ピーポーピーポー!ウーウーウーウー!
なんてことはない、よく聞けばそれは救急車と警察のサイレン音だった。
そしてあとに続いて、バタバタバタバタと足音らしきものが近づいてくる。
「………!!!?」
「…あっ!発見しました!長谷部陽子容疑者!任意同行お願いします!」
「その前に救急搬送を!長谷部さんは口から血を流しています!内蔵に怪我をしているかもしれません!」
……何を言っているのか判らない。
私は吸血鬼で…でもそれは記憶になかったから今まで誰にも言ったことがなくて…そして私が何か?誰か?の容疑者…!?
ーーークラリーーー。
ゆらりと、ゆうるりと、目眩がする…。
目眩の先に映るのは…………赤。
「……………っ!!?」
陽子は冷や汗をかいて目が覚めた。
どこか、白い部屋の一室にいる。
枕元には裕司くんの頭蓋骨が置かれていた。
「長谷部陽子さん?気がつかれましたか?」
優しく少し不安そうな声が暗闇に響いた。
薄明かりに目を凝らして声のほうを見やると、白い服を着た人が顔を覗き込んでいる。
「良かった…。目が醒めたんですね?…ひょっとして、何も覚えていませんか?」
「………。」
陽子はぼんやりと思い出そうとしたが、警察と救急車が来たこと、裕司くんの骸を手にしていること、その2つしか思い出せなかった。
「ここは…?」
横の裕司くんの骨は見えてないらしい。
思わず場所を聞いた。
「…病院です。あなたは自宅が火災にあってその中からただ一人助かって…ここに運ばれて来たんですよ…。」
白い服の人は看護師だったと判った。
よくよく見ると、腕にはチューブが巻き付けられてあり、その先には袋から一定の速度で、ポトンポトンと水滴が滴っていた。
点滴だ……。
『自宅が…火災に…?私一人だけ、助かった…?』
ーーークラリーーー。
軽く、目眩…。
記憶が遠くなる感覚。
目の前が暗闇に染まり、チカチカする。
それは、血液のような赤にも似ている。
「長谷部さん!!!」
遠くで看護師の叫ぶ声を聞きながら、陽子は再び意識を手放した。
「…………しですから。」
「…に負担はかけさせませんから。」
「……事情聴取を。」
ざわつく声で陽子は無理矢理目を開けて、ゆっくりと体を起こした。
ほう…と、数人部屋の中からため息が漏れて、しずかにその人たちは陽子に問いただしてきた。
「…長谷部さん?長谷部陽子さん?大丈夫ですか?
どこか痛かったり苦しいところはありませんか?」
陽子は、静かにこくんと頷いた。
「…負担をかけるつもりはありません。具合が悪くなったら、すぐに言ってくださいね。…私は、こういう者です。」
取り出して見せたのは、警察手帳だった。
「……?…警察が…私に?」
なんの用ですか?と、言いかけて陽子はやめた。
寝ながらだが、わずかに事情聴取ということだけは聞き取れたからだ。
「…少しですから。」
「………私で、覚えていることなら。」
そう陽子は応えると、ぽつぽつと警察の質問に答えていった。
「…では、少し質問させていただきますね。…家が火災にあった原因を覚えていますか?」
「……いいえ。」
本当は知っている。それは多分、私が裕司くんの電話を聞いて、そのまま火も止めずに飛び出して来てしまったから。
「…では、次に、どうして旦那さんが火に焼かれず、別の部屋で首から血を流して亡くなっていたのか分かりますか」
「………?」
どういうことだろう?家には夫はいなかった。それに首から血…なんて、まるで私が吸血鬼で…吸ってきたみたいじゃない。
…夫の血は吸ってない…ハズ…。
首を横に4回振ると
「なんの事なのか分かりません…。」
と答えた。
警察官たちは顔を見合せると、覚えてないのなら無理もない事件だと言った顔で
「では、最後にこれも聞かせてください。お子さんも火災ではなく、旦那さんと同じく、首から血を吹き溜まりにして倒れて亡くなってしまった…その原因は判りますか?」
「………!!?」
衝撃でしかなかった。
よりにもよって、大事な我が子を自分の吸血で死なせるはずがない…!
ーーークラリーーー。
また、目眩。
立っていられない程、脳内がまわる。
まわったあとに、その赤は見える。
温かい……血の色が。
「………ん………?」
陽子が次に気がついたときには、もう警察も帰って、看護師も部屋から出ていったあとらしかった。
案の定、裕司くんの頭蓋骨は誰にも見えないらしい。
警察も何も裕司くんについては言及しなかった。
「…僕の姿が見えないのが…不思議…?」
唐突に裕司くんは、私に向かって話しかけてきた。
「そう、ね…。不思議よ…。姿が見えないのも、こうやって話せるのも、おそらく私だけなんでしょう?」
その赤!!!
頭蓋骨の口元からダラダラと、いきなり赤い液体が流れてきた!!!
骸の目からも血が滴り落ちてきている!!!
「……っ!!??裕司くん!!?」
陽子は動揺した。その血はどうしたのかと!苦しいのかと!あらためて何度も問いただした。
「……ククク…ふふ…ふふふっ。」
「…裕司、くん?!」
「知らなかった?…吸血鬼に吸われた者は、同じように吸血鬼になってしまう人もいるんだってこと?…ま、僕の場合、骸骨だったけど…同時に骸骨としての永遠の命を手に入れることができたし、陽子ちゃんには感謝してるんだよ…ふふっ」
そう嘲笑う骸骨は異彩を放ち不気味ささえ漂わせている。
陽子にはなんのことか判らない…。
「…やだなあ。まだ判らないの?」
「……何、が?」
「…記憶を操作したのは僕、だってこと。」
陽子の体に何かの悪寒のようなものが走る。
「24年前に陽子ちゃんが吸血鬼だって知って、記憶を忘れさせたのも、警察官に容疑者扱いされたのを消したのも……」
次に何を言われるか恐くて陽子は耳をふさごうとした…のに、出来なかった。
「…君の夫と、子供の血を吸血して、殺したのも、僕だよ…。」
「………!!!」
とうとう聞きたくない、でも、なぜだか聞きたかった言葉を待っていた。
甘美な毒は……
真綿にくるまれてじわじわ締め付けられるように……
やがて息もつけないほどきつく…
鼓動を締め上げ
息の根を止めるのだろう……
そのときまで、永遠の命は
永久にふたりだけのもの……
終
ふっ…と陽子は目を覚ました。
腕には裕司くんの頭蓋骨を抱えている。
不思議と足元まで続いてい血溜まりの道は消えていて、ただの草村に歩いたあとが道となって残っていた。
「…私…いつから寝てたんだろう…?今…何時……?」
腕時計を見ると、午後10時をまわっていた。
家のことを思い出して、ハッとすると、途端に手元の骸骨が喋り始めた。
「…やっぱり…かえっちゃうの?…ずっと、一緒に居てくれるってのは、嘘、なの?」
そう心細そうに言ったのは、もちろん裕司くんの髑髏(しゃれこうべ)だ。
陽子は我にかえると「大丈夫。ずっと傍にいるから」そう告げようとした瞬間、辺りを切り裂くような不気味な音が響いた。
ピーポーピーポー!ウーウーウーウー!
なんてことはない、よく聞けばそれは救急車と警察のサイレン音だった。
そしてあとに続いて、バタバタバタバタと足音らしきものが近づいてくる。
「………!!!?」
「…あっ!発見しました!長谷部陽子容疑者!任意同行お願いします!」
「その前に救急搬送を!長谷部さんは口から血を流しています!内蔵に怪我をしているかもしれません!」
……何を言っているのか判らない。
私は吸血鬼で…でもそれは記憶になかったから今まで誰にも言ったことがなくて…そして私が何か?誰か?の容疑者…!?
ーーークラリーーー。
ゆらりと、ゆうるりと、目眩がする…。
目眩の先に映るのは…………赤。
「……………っ!!?」
陽子は冷や汗をかいて目が覚めた。
どこか、白い部屋の一室にいる。
枕元には裕司くんの頭蓋骨が置かれていた。
「長谷部陽子さん?気がつかれましたか?」
優しく少し不安そうな声が暗闇に響いた。
薄明かりに目を凝らして声のほうを見やると、白い服を着た人が顔を覗き込んでいる。
「良かった…。目が醒めたんですね?…ひょっとして、何も覚えていませんか?」
「………。」
陽子はぼんやりと思い出そうとしたが、警察と救急車が来たこと、裕司くんの骸を手にしていること、その2つしか思い出せなかった。
「ここは…?」
横の裕司くんの骨は見えてないらしい。
思わず場所を聞いた。
「…病院です。あなたは自宅が火災にあってその中からただ一人助かって…ここに運ばれて来たんですよ…。」
白い服の人は看護師だったと判った。
よくよく見ると、腕にはチューブが巻き付けられてあり、その先には袋から一定の速度で、ポトンポトンと水滴が滴っていた。
点滴だ……。
『自宅が…火災に…?私一人だけ、助かった…?』
ーーークラリーーー。
軽く、目眩…。
記憶が遠くなる感覚。
目の前が暗闇に染まり、チカチカする。
それは、血液のような赤にも似ている。
「長谷部さん!!!」
遠くで看護師の叫ぶ声を聞きながら、陽子は再び意識を手放した。
「…………しですから。」
「…に負担はかけさせませんから。」
「……事情聴取を。」
ざわつく声で陽子は無理矢理目を開けて、ゆっくりと体を起こした。
ほう…と、数人部屋の中からため息が漏れて、しずかにその人たちは陽子に問いただしてきた。
「…長谷部さん?長谷部陽子さん?大丈夫ですか?
どこか痛かったり苦しいところはありませんか?」
陽子は、静かにこくんと頷いた。
「…負担をかけるつもりはありません。具合が悪くなったら、すぐに言ってくださいね。…私は、こういう者です。」
取り出して見せたのは、警察手帳だった。
「……?…警察が…私に?」
なんの用ですか?と、言いかけて陽子はやめた。
寝ながらだが、わずかに事情聴取ということだけは聞き取れたからだ。
「…少しですから。」
「………私で、覚えていることなら。」
そう陽子は応えると、ぽつぽつと警察の質問に答えていった。
「…では、少し質問させていただきますね。…家が火災にあった原因を覚えていますか?」
「……いいえ。」
本当は知っている。それは多分、私が裕司くんの電話を聞いて、そのまま火も止めずに飛び出して来てしまったから。
「…では、次に、どうして旦那さんが火に焼かれず、別の部屋で首から血を流して亡くなっていたのか分かりますか」
「………?」
どういうことだろう?家には夫はいなかった。それに首から血…なんて、まるで私が吸血鬼で…吸ってきたみたいじゃない。
…夫の血は吸ってない…ハズ…。
首を横に4回振ると
「なんの事なのか分かりません…。」
と答えた。
警察官たちは顔を見合せると、覚えてないのなら無理もない事件だと言った顔で
「では、最後にこれも聞かせてください。お子さんも火災ではなく、旦那さんと同じく、首から血を吹き溜まりにして倒れて亡くなってしまった…その原因は判りますか?」
「………!!?」
衝撃でしかなかった。
よりにもよって、大事な我が子を自分の吸血で死なせるはずがない…!
ーーークラリーーー。
また、目眩。
立っていられない程、脳内がまわる。
まわったあとに、その赤は見える。
温かい……血の色が。
「………ん………?」
陽子が次に気がついたときには、もう警察も帰って、看護師も部屋から出ていったあとらしかった。
案の定、裕司くんの頭蓋骨は誰にも見えないらしい。
警察も何も裕司くんについては言及しなかった。
「…僕の姿が見えないのが…不思議…?」
唐突に裕司くんは、私に向かって話しかけてきた。
「そう、ね…。不思議よ…。姿が見えないのも、こうやって話せるのも、おそらく私だけなんでしょう?」
その赤!!!
頭蓋骨の口元からダラダラと、いきなり赤い液体が流れてきた!!!
骸の目からも血が滴り落ちてきている!!!
「……っ!!??裕司くん!!?」
陽子は動揺した。その血はどうしたのかと!苦しいのかと!あらためて何度も問いただした。
「……ククク…ふふ…ふふふっ。」
「…裕司、くん?!」
「知らなかった?…吸血鬼に吸われた者は、同じように吸血鬼になってしまう人もいるんだってこと?…ま、僕の場合、骸骨だったけど…同時に骸骨としての永遠の命を手に入れることができたし、陽子ちゃんには感謝してるんだよ…ふふっ」
そう嘲笑う骸骨は異彩を放ち不気味ささえ漂わせている。
陽子にはなんのことか判らない…。
「…やだなあ。まだ判らないの?」
「……何、が?」
「…記憶を操作したのは僕、だってこと。」
陽子の体に何かの悪寒のようなものが走る。
「24年前に陽子ちゃんが吸血鬼だって知って、記憶を忘れさせたのも、警察官に容疑者扱いされたのを消したのも……」
次に何を言われるか恐くて陽子は耳をふさごうとした…のに、出来なかった。
「…君の夫と、子供の血を吸血して、殺したのも、僕だよ…。」
「………!!!」
とうとう聞きたくない、でも、なぜだか聞きたかった言葉を待っていた。
甘美な毒は……
真綿にくるまれてじわじわ締め付けられるように……
やがて息もつけないほどきつく…
鼓動を締め上げ
息の根を止めるのだろう……
そのときまで、永遠の命は
永久にふたりだけのもの……
終
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
幸福の忘却
柘榴
ホラー
この世界には奪う側か、奪われる側のどちらかしかない。
そして、1人の天使が僕たち人間の幸福を奪いに来た。
『君たち下等生物(にんげん)は愚かだ。愚かだから忘れ続ける生き物だ。都合の悪いことを忘却し続け、目を背け続け……そして何も進化しない。愚かな下等生物に許された選択肢は……ここで首を落とされ、腹を裂かれて絶命する生命の放棄か、自らの有り余る幸福を捨て、自らを不幸に貶め……幸福を忘却すること』
あの日、僕たちの前に現れた白銀の少女が言い放った台詞だ。
その少女は天使のような美しい羽根を持ち、聖母の様に慈悲深い表情で、悪魔の様な事を言った。
【幸福の忘却】……全ての幸福を忘却し、奪われ、踏みねじられる。これほどまでに残酷で醜悪で……美しいゲームを他に僕は知らない。
す
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる