血の季節

べねま琴音

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血の季節2

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ーーーーどのくらい時間が経ったろうか?ーーーー


 ふっ…と陽子は目を覚ました。
 腕には裕司くんの頭蓋骨を抱えている。
 不思議と足元まで続いてい血溜まりの道は消えていて、ただの草村に歩いたあとが道となって残っていた。
 
「…私…いつから寝てたんだろう…?今…何時……?」
腕時計を見ると、午後10時をまわっていた。
 家のことを思い出して、ハッとすると、途端に手元の骸骨が喋り始めた。
「…やっぱり…かえっちゃうの?…ずっと、一緒に居てくれるってのは、嘘、なの?」
そう心細そうに言ったのは、もちろん裕司くんの髑髏(しゃれこうべ)だ。


 陽子は我にかえると「大丈夫。ずっと傍にいるから」そう告げようとした瞬間、辺りを切り裂くような不気味な音が響いた。

ピーポーピーポー!ウーウーウーウー!

 なんてことはない、よく聞けばそれは救急車と警察のサイレン音だった。
 そしてあとに続いて、バタバタバタバタと足音らしきものが近づいてくる。
「………!!!?」
「…あっ!発見しました!長谷部陽子容疑者!任意同行お願いします!」
「その前に救急搬送を!長谷部さんは口から血を流しています!内蔵に怪我をしているかもしれません!」
 ……何を言っているのか判らない。
 私は吸血鬼で…でもそれは記憶になかったから今まで誰にも言ったことがなくて…そして私が何か?誰か?の容疑者…!?

ーーークラリーーー。

ゆらりと、ゆうるりと、目眩がする…。

目眩の先に映るのは…………赤。





「……………っ!!?」
 陽子は冷や汗をかいて目が覚めた。
 どこか、白い部屋の一室にいる。
 枕元には裕司くんの頭蓋骨が置かれていた。
「長谷部陽子さん?気がつかれましたか?」
優しく少し不安そうな声が暗闇に響いた。
 薄明かりに目を凝らして声のほうを見やると、白い服を着た人が顔を覗き込んでいる。

「良かった…。目が醒めたんですね?…ひょっとして、何も覚えていませんか?」
「………。」
陽子はぼんやりと思い出そうとしたが、警察と救急車が来たこと、裕司くんの骸を手にしていること、その2つしか思い出せなかった。
「ここは…?」
横の裕司くんの骨は見えてないらしい。
思わず場所を聞いた。
「…病院です。あなたは自宅が火災にあってその中からただ一人助かって…ここに運ばれて来たんですよ…。」
 白い服の人は看護師だったと判った。
 よくよく見ると、腕にはチューブが巻き付けられてあり、その先には袋から一定の速度で、ポトンポトンと水滴が滴っていた。
 点滴だ……。
 


『自宅が…火災に…?私一人だけ、助かった…?』



    ーーークラリーーー。

 軽く、目眩…。
 記憶が遠くなる感覚。
 目の前が暗闇に染まり、チカチカする。
 それは、血液のような赤にも似ている。



「長谷部さん!!!」
 遠くで看護師の叫ぶ声を聞きながら、陽子は再び意識を手放した。





「…………しですから。」
「…に負担はかけさせませんから。」
「……事情聴取を。」
 ざわつく声で陽子は無理矢理目を開けて、ゆっくりと体を起こした。


ほう…と、数人部屋の中からため息が漏れて、しずかにその人たちは陽子に問いただしてきた。
「…長谷部さん?長谷部陽子さん?大丈夫ですか?
どこか痛かったり苦しいところはありませんか?」
 陽子は、静かにこくんと頷いた。
「…負担をかけるつもりはありません。具合が悪くなったら、すぐに言ってくださいね。…私は、こういう者です。」
 取り出して見せたのは、警察手帳だった。
「……?…警察が…私に?」
なんの用ですか?と、言いかけて陽子はやめた。
寝ながらだが、わずかに事情聴取ということだけは聞き取れたからだ。



「…少しですから。」
「………私で、覚えていることなら。」


 そう陽子は応えると、ぽつぽつと警察の質問に答えていった。



「…では、少し質問させていただきますね。…家が火災にあった原因を覚えていますか?」
「……いいえ。」
 本当は知っている。それは多分、私が裕司くんの電話を聞いて、そのまま火も止めずに飛び出して来てしまったから。
「…では、次に、どうして旦那さんが火に焼かれず、別の部屋で首から血を流して亡くなっていたのか分かりますか」
「………?」
 どういうことだろう?家には夫はいなかった。それに首から血…なんて、まるで私が吸血鬼で…吸ってきたみたいじゃない。
…夫の血は吸ってない…ハズ…。


首を横に4回振ると
「なんの事なのか分かりません…。」
と答えた。


警察官たちは顔を見合せると、覚えてないのなら無理もない事件だと言った顔で
「では、最後にこれも聞かせてください。お子さんも火災ではなく、旦那さんと同じく、首から血を吹き溜まりにして倒れて亡くなってしまった…その原因は判りますか?」
「………!!?」



衝撃でしかなかった。
よりにもよって、大事な我が子を自分の吸血で死なせるはずがない…!



   ーーークラリーーー。

また、目眩。
立っていられない程、脳内がまわる。
まわったあとに、その赤は見える。
温かい……血の色が。





「………ん………?」
 陽子が次に気がついたときには、もう警察も帰って、看護師も部屋から出ていったあとらしかった。

 案の定、裕司くんの頭蓋骨は誰にも見えないらしい。
 警察も何も裕司くんについては言及しなかった。




「…僕の姿が見えないのが…不思議…?」
 唐突に裕司くんは、私に向かって話しかけてきた。
「そう、ね…。不思議よ…。姿が見えないのも、こうやって話せるのも、おそらく私だけなんでしょう?」

その赤!!!
頭蓋骨の口元からダラダラと、いきなり赤い液体が流れてきた!!!
骸の目からも血が滴り落ちてきている!!!
「……っ!!??裕司くん!!?」
 陽子は動揺した。その血はどうしたのかと!苦しいのかと!あらためて何度も問いただした。


「……ククク…ふふ…ふふふっ。」
「…裕司、くん?!」
「知らなかった?…吸血鬼に吸われた者は、同じように吸血鬼になってしまう人もいるんだってこと?…ま、僕の場合、骸骨だったけど…同時に骸骨としての永遠の命を手に入れることができたし、陽子ちゃんには感謝してるんだよ…ふふっ」
そう嘲笑う骸骨は異彩を放ち不気味ささえ漂わせている。

 陽子にはなんのことか判らない…。

「…やだなあ。まだ判らないの?」
「……何、が?」
「…記憶を操作したのは僕、だってこと。」
 陽子の体に何かの悪寒のようなものが走る。
「24年前に陽子ちゃんが吸血鬼だって知って、記憶を忘れさせたのも、警察官に容疑者扱いされたのを消したのも……」
 次に何を言われるか恐くて陽子は耳をふさごうとした…のに、出来なかった。
「…君の夫と、子供の血を吸血して、殺したのも、僕だよ…。」
「………!!!」
とうとう聞きたくない、でも、なぜだか聞きたかった言葉を待っていた。



甘美な毒は……
真綿にくるまれてじわじわ締め付けられるように……
やがて息もつけないほどきつく…
鼓動を締め上げ
息の根を止めるのだろう……
そのときまで、永遠の命は
永久にふたりだけのもの……



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