心の闇を綴る詩 あるいは 辛いことと、苦しみを共有する詩

如月りよん

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退屈な日々

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 翌日、朝食後――…

 昨日同様、二手に分かれての探索となった。
 お座敷様を逃がそうとしている橘と十和子さん、そして『仕事』と割り切って捕まえる気の店長……別行動になるのは当然だ。

 昨夜の秘密会議では、今日橘が敷地の結界を解除する予定となっている。
 しかし、橘の話では結界をなくしてしまってもお座敷様が逃げることは難しいらしい。

『あまりに長い間この地に縛り付けられていたため、結びつきが強くなり過ぎています。お座敷様とこの地とのゆかりを断ち切る作業が必要になります』

『じゃあ、結界を壊すだけじゃなく……やっぱり、お座敷様を探し出さないといけないのか』

『はい』

 橘とのやり取りを思い出し、俺は気合を入れた。
 今日はとにかく店長の邪魔をする!
 何がなんでもお座敷様を見つけられないようにしなくては!

 俺は店長とアレクと一緒にお座敷様を探して敷地内を見て回る――…かと思いきや、店長は朝から露天風呂に入り、のんびりと部屋でくつろぎだした。

「あの……えーっと、お座敷様を探しに行かないんですか?」

 拍子抜けした俺は、きっとさぞかしマヌケな顔をしていただろう。我慢できずに問いかけた俺に、店長は軽く肩を竦めた。

「普通に探し回っても見つけるのは難しいって、昨日分かっただろ? 無駄な努力はしない」

「諦めたってことですか!?」

「都築くん、なんだか嬉しそうだね」

「そ、そんな事ないですよっ! お茶淹れますね!」

 色々見透かされてるようで店長の視線が居心地悪い。
 アレクはアレクで、ちょっと複雑そうに俺たちを見比べている。
 俺は三人分のお茶を淹れ、仲居さんが『女将からです』と持ってきてくれた高級そうな饅頭を添えて、店長とアレクの前に置いた。

 それにしても、いつになくアレクが大人しい。
 やけに無口だし、俺が話しかけても生返事しか返ってこない。

 お座敷様を逃がすことに賛成なのか反対なのか、アレクの考えをきちんと確かめたい気持ちもあるが、何だか上手くタイミングが掴めない。

 声をかけようと口を開きかけたちょうどその時、アレクがかぶりつこうとした饅頭がボタッとテーブルに落ちた。

「アレク?」

 アレクは一瞬俺を見た後、すぐに店長へと視線を向ける。

「尾張、今――…」

「あぁ、ずいぶん早かったね」

「え? ちょ、ちょっと……何っ!?」

 状況が掴めず二人を見比べる俺に、アレクが説明してくれる。

「今、敷地の結界が解かれた。きっと橘だな……」

 マジか! さすが橘、仕事が早い!!
 てか、店長とアレクはそれを感じることが出来るのか!?

 店長は涼しい表情かおでお茶をすすった。

「丸一日はかかると思ってたけど、こんな短時間で……橘くん、やるねぇ」

 ちょっと感心したような……いや、楽しんでいるような店長の口ぶりから焦りなどは感じられない。

「都築くん、橘くんに連絡して。大事な話があるから、お昼ご飯いらなくてもちゃんと大広間に来るようにって」

「は、はい……」

 大事な話……なんだろう。
 俺はスマホを取り出し、橘にLIMEした。



☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



 昼食の時間になり、店長とアレク、俺の三人は大広間へと移動した。
 やはり今回も仲居さん達が豪華な料理を運んできてくれる。

 橘と十和子さんはまだだが、店長はさっそくご機嫌でお刺身を摘まみながら白ワインを楽しみだした。酒に強いのは知ってたが、それにしたってここに来てからシャンパンだの冷酒だの飲み過ぎじゃないか?

 橘と十和子さんが広間に入って来る。
 食事を摂る十和子さんはテーブルについたが、橘は立ったまま店長に頭を下げた。

「お話があると伺いました」

「うん」

 店長は橘の頭のてっぺんから足先までゆっくりと視線を走らせた。
 何を「見て」いるんだろう……。

「お座敷様を見つける目処めどはたってるのかな?」

「……いえ、十和子さんにもご協力いただいてますが、正直見つけるのはとても難しいと思います」

「だよね」

 白ワインのグラスをテーブルに置き、店長は軽く身を乗り出した。

「お座敷様を見つけるまで休戦して、協力しない? 策があるんだけど人数が欲しいんだ」

「策、ですか?」

 橘は軽く目を見開いた。

「橘くんはお座敷様の気持ちを考えてみた?」

「気持ち……?」

「百年ずっと、あの奥の間にいらしたんだ。どんな気分だったと思う?」

「それは……、……」

 口籠り、俯いてしまった橘に、店長はちょっと面倒くさそうな表情かおで肩を竦めた。

「別に閉じ込めた橘家を責めてるわけじゃないから、いちいち落ち込まないでくれる?」

「……はい」

 お座敷様の気持ち、か。
 窓もなく、薄暗く、祭壇以外何もない部屋、ほとんど動き回ることも出来ない状況で百年……俺だったら、きっとおかしくなってしまうだろう。

「きっと、ものすごーく退屈なさってたと思わない?」

 店長の言葉に、橘は顔を上げた。

「退屈、ですか?」

「うん、お座敷様は『楽しいこと』に飢えてらっしゃると思う」

「なるほど、確かにそうかも知れません」

「そこで、だ。皆で楽しくどんちゃん騒ぎをして、お座敷様をおびき出そうと思うんだけど……どうかな? 『アメノウズメ作戦』だよ」

 いきなり飛び出した作戦名に、俺とアレクは目をパチクリさせた。

「あめの、うずめ……???」

 十和子さんが小さく笑みを漏らし、俺とアレクに説明してくれる。

「アメノウズメというのは日本神話に登場する女神です。『天岩戸あまのいわと』のお話が有名ですね。太陽神アマテラスが天岩戸にお隠れになって、天界である高天原たかまがはらが闇に包まれてしまいました。困った八百万やおよろずの神は会議を開いて、何か楽しいことをしてアマテラスの興味を引く事にしたんです。アメノウズメが楽しくおどけて踊り、それを見た神様たちは大笑い。楽しそうな外の様子が気になるアマテラスが岩戸から出て来られた……というお話です」

 十和子さんの説明を聞いたアレクは腕を組み、店長へと目をやる。

「俺たちが楽しく騒げば、それに誘われてお座敷様の方から出て来て下さる……という事か?」

「やみくもに探し回るより、ずっといいだろ?」

 まるで悪だくみでもしているかのように、店長はふふっと笑った。
 しばらく考え込んでいた橘が声を上げる。

「確かに――…、やってみる価値はあると思います」

 十和子さんも同意とばかりに頷いた。
 全員の意見が揃ったところで、店長は満足気に頷く。

「よし、話は決まりだ。都築くん、なるべく賑やかにしたいから宴会場を使わせてもらえるよう、番頭さんにお願いしてきて」

「分かりました」

 俺が動き出すと同時に店長も立ち上がった。

「そうと決まれば宴会前にもっかい露天風呂入ってこよーっと。あ、そうそう! 都築くん、フロントに行くならついでにヘッドスパと足つぼマッサージ、それから泥パックの予約も取っといてくれる? 三十分後でいいから」

「…………分かりました」

 どこまでもマイペースに温泉旅行を満喫してらっしゃる……。



☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



 事情を説明すると、番頭さんは快く準備を引き受けてくれた。
 数人の仲居さん達と一緒に宴会場『白鷺』の準備を整え、料理やお酒の他にもカラオケセットだのなんだの……まるで社員旅行の宴会みたいだ。

 全ての準備が終わり、エステルームへ報告に行った俺を待っていたのは、髪もお肌もつやつやピカピカに仕上がった上機嫌の店長だった。
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