77 / 89
最終章
77
しおりを挟む
白い大蛇がエフィドと呼ぶ子蛇のところに戻って来ると、子蛇は目を閉じて輪になって休んでいるように見えた。
大蛇が近づくにつれて子蛇は薄目を開けた。
「エフィド」白蛇は呼びかけた。「寝ておるのか?目が覚めたのか?」
「目は覚めたというべきだろうな」子蛇は答えた。
「エフィド、どうした」
大蛇は警戒しながら問うた。
「お父さんと、なぜ呼ばなくなった」
「それはお前が父ではないからだな」子蛇は人の姿に変化した。
兜や二本の剣を身に着けている、いつもの彼の姿となる。
「…術が破れたか。随分と早いものだ。わしの術にかかった者は、普通死ぬまでそのままなのにな…ところで、なぜ子蛇の姿で出迎えた。」
「お前に聞きたいことがあった。人の姿のままだとお前が近寄って来ないかもしれないからな。
子蛇を火にくべた男についてだ。」
大蛇は口元を片側だけ上にあげて、嫌味な笑い方をした。
「あれがお前の本当の父親だ。忘れたのか?」
「わかっている。」エフィドと呼ばれていたサタヴァは答えた。
彼はかつて幼い頃家族からエフィドと呼ばれていた自分が、現在はサタヴァと呼ばれていることまで思い出したとき、白蛇に見せられた光景の男が父親であったことも、同時に思い出したのだった。
「あれは実際にあったことなのか」
「無論だ。光景は我が目で見たわけではないが、焼かれた子が死ぬ間際にその様をわしに伝えてきたのだ。」
様々な思いは、その思いを拾う者に伝わる。
縁者であれば尚更である。
大蛇は聞かれていないのにさらに次のように話した。
「わしはお前の父親に同じ目にあわせてやろうと思った。ずっとその隙を伺っておった。
ある時、やつの一粒種であるお前が、蜥蜴のような姿に変じた。すると、お前の家族らは化け物と罵り、お前を追放した。
やつの子を始末するチャンスだと思い、獲物として飲みこんだ。
だが蜥蜴の姿のお前は妙に皮膚が柔らかいのにしっかりしており、消化することができなかった。仕方無く吐き出し、いったん退いた。
そのうち、獣たちからきれぎれに聞くお前の噂から、お前が様々な術を使えることがわかってきた。
わしは気が変わった。ただ始末するのはやめだ。毒をもって毒を制することとしたのだ。
お前を使って世にはびこる人間どもを殺していこうと考えた。
そして、わしが取られた子のかわりに、お前の父親からその子を取ってやることとした。
これは、しごく理にかなった仕返しであるのだ。
まさか、突然不可思議な力により転移させられて来た場所で、お前と出くわすとも思わなかったが、これこそが運がわしに味方した証であろう。」
「そんなことに加担する気はない!」サタヴァは言い切る。
「…もう一度術にかけてやると、そういう気になるかもな」大蛇の目が怪しく輝く。
サタヴァは自分の家に戻っていた。
師であるおじいさんが奥から出てきた。「おお、よう帰ってきた。」旅は全て終わって家に戻って来れたのだった。
旅の最後ごろ疲れが出てしまい、蛇と話す奇怪な夢を見てうなされたが、泊まっていた鍛冶屋の家で目が覚めたのだ。そして、クガヤやヤトルに、寝ぼけた件でしきりにからかわれた。二人を帰宅の道筋まで送った後、自分一人でここまで帰って来たのだった。
サタヴァは師とくつろいで座り、これまでの旅について語った。
「なんと、そんな遠くまでゆくとは。いろんな経験が詰めたんじゃないかな。お前も少しは強くなれたかな?」師は、にこりと微笑んだ。
サタヴァは照れて頭をかいた。「いや、そんなこともないと思う。
いつも通りにやったらどうにかなったとしか、いえないから。」
「…実はな、お前に伝えていないことがあるのじゃ。」師は意味深に声をひそめた。
「本当に強くなる方法についてじゃ。
これまでは、わしはこのことについては、あえて教えて来なかったのじゃ。
その時が来るまでは」
「それは一体、どういう方法ですか?」サタヴァは身を乗り出して聞いた。
「人と命のやりとりをする戦いをすることじゃ。
人と戦うとき、様々な種類の殺しの経験を積むことにより、一層お前は強くなれるのじゃ。
人を殺すことをためらってはいかん。より技の経験を深く積むことができるからな。」
師は輝く眼差しでつけくわえた。「お前が一番信頼しておるのは、このわしのようじゃからな。わしの言うことを良く聞いて、これからは人を殺めていくのじゃぞ、エフィド。」
「うむ、なかなかに軽い演技や演出やらで、のめり込めぬ。」サタヴァは返した。
「お前に劇の主役をはるのはどうやら無理のようだな。脇役すらも厳しいとみえる。」
サタヴァが何も無いように見える空間に剣で切りつけると、大蛇が姿を現した。
「わしの術を見破り、隠れている場所まで見抜くとは…そして前回はかかっていた術を、どうやって解いたのだ!」
大蛇は驚愕しているようだ。
「まあ同じものを何度もかけられれば、手口もみてとれるからな」
サタヴァはこう返したが、真相は少し違う。
サタヴァと彼に名付けたのは彼の師であった。
エフィドという名のままでは、過去に縛られすぎて、人として自分の人生を歩めぬと思った師は、エフィドという名は取り上げ、サタヴァと新たな名を彼に授け、お前は悲惨な目にあった者とは別の人物である、としたのである。
その結果、サタヴァは表面の意識では、元の名がエフィドであるということを思い出すこともなく、痛ましい過去は多少ぼんやりとしたものとなり、彼の心を救う助けとなったのであった。
よって師が彼をエフィドと呼ぶことはあり得なかったのだ。殺生も可能なら避けろとも言われていた。これらのことが、この師は偽物であると断ずる糸口となったのである。
「だいたい、お前の言う仕返しとやらは、全く理にかなってなどおらんぞ」サタヴァのふところから猫の明王ルクが口を出した。
「個としてのこやつには全く関係がないことじゃないか。また、そちらがやろうとしていることは、人が邪悪だからと言いながらも、結局自分でも、同じような邪悪な行いをしますよ、という話ではないか。
正当化もなんもできんわい、そんな話。」
大蛇が近づくにつれて子蛇は薄目を開けた。
「エフィド」白蛇は呼びかけた。「寝ておるのか?目が覚めたのか?」
「目は覚めたというべきだろうな」子蛇は答えた。
「エフィド、どうした」
大蛇は警戒しながら問うた。
「お父さんと、なぜ呼ばなくなった」
「それはお前が父ではないからだな」子蛇は人の姿に変化した。
兜や二本の剣を身に着けている、いつもの彼の姿となる。
「…術が破れたか。随分と早いものだ。わしの術にかかった者は、普通死ぬまでそのままなのにな…ところで、なぜ子蛇の姿で出迎えた。」
「お前に聞きたいことがあった。人の姿のままだとお前が近寄って来ないかもしれないからな。
子蛇を火にくべた男についてだ。」
大蛇は口元を片側だけ上にあげて、嫌味な笑い方をした。
「あれがお前の本当の父親だ。忘れたのか?」
「わかっている。」エフィドと呼ばれていたサタヴァは答えた。
彼はかつて幼い頃家族からエフィドと呼ばれていた自分が、現在はサタヴァと呼ばれていることまで思い出したとき、白蛇に見せられた光景の男が父親であったことも、同時に思い出したのだった。
「あれは実際にあったことなのか」
「無論だ。光景は我が目で見たわけではないが、焼かれた子が死ぬ間際にその様をわしに伝えてきたのだ。」
様々な思いは、その思いを拾う者に伝わる。
縁者であれば尚更である。
大蛇は聞かれていないのにさらに次のように話した。
「わしはお前の父親に同じ目にあわせてやろうと思った。ずっとその隙を伺っておった。
ある時、やつの一粒種であるお前が、蜥蜴のような姿に変じた。すると、お前の家族らは化け物と罵り、お前を追放した。
やつの子を始末するチャンスだと思い、獲物として飲みこんだ。
だが蜥蜴の姿のお前は妙に皮膚が柔らかいのにしっかりしており、消化することができなかった。仕方無く吐き出し、いったん退いた。
そのうち、獣たちからきれぎれに聞くお前の噂から、お前が様々な術を使えることがわかってきた。
わしは気が変わった。ただ始末するのはやめだ。毒をもって毒を制することとしたのだ。
お前を使って世にはびこる人間どもを殺していこうと考えた。
そして、わしが取られた子のかわりに、お前の父親からその子を取ってやることとした。
これは、しごく理にかなった仕返しであるのだ。
まさか、突然不可思議な力により転移させられて来た場所で、お前と出くわすとも思わなかったが、これこそが運がわしに味方した証であろう。」
「そんなことに加担する気はない!」サタヴァは言い切る。
「…もう一度術にかけてやると、そういう気になるかもな」大蛇の目が怪しく輝く。
サタヴァは自分の家に戻っていた。
師であるおじいさんが奥から出てきた。「おお、よう帰ってきた。」旅は全て終わって家に戻って来れたのだった。
旅の最後ごろ疲れが出てしまい、蛇と話す奇怪な夢を見てうなされたが、泊まっていた鍛冶屋の家で目が覚めたのだ。そして、クガヤやヤトルに、寝ぼけた件でしきりにからかわれた。二人を帰宅の道筋まで送った後、自分一人でここまで帰って来たのだった。
サタヴァは師とくつろいで座り、これまでの旅について語った。
「なんと、そんな遠くまでゆくとは。いろんな経験が詰めたんじゃないかな。お前も少しは強くなれたかな?」師は、にこりと微笑んだ。
サタヴァは照れて頭をかいた。「いや、そんなこともないと思う。
いつも通りにやったらどうにかなったとしか、いえないから。」
「…実はな、お前に伝えていないことがあるのじゃ。」師は意味深に声をひそめた。
「本当に強くなる方法についてじゃ。
これまでは、わしはこのことについては、あえて教えて来なかったのじゃ。
その時が来るまでは」
「それは一体、どういう方法ですか?」サタヴァは身を乗り出して聞いた。
「人と命のやりとりをする戦いをすることじゃ。
人と戦うとき、様々な種類の殺しの経験を積むことにより、一層お前は強くなれるのじゃ。
人を殺すことをためらってはいかん。より技の経験を深く積むことができるからな。」
師は輝く眼差しでつけくわえた。「お前が一番信頼しておるのは、このわしのようじゃからな。わしの言うことを良く聞いて、これからは人を殺めていくのじゃぞ、エフィド。」
「うむ、なかなかに軽い演技や演出やらで、のめり込めぬ。」サタヴァは返した。
「お前に劇の主役をはるのはどうやら無理のようだな。脇役すらも厳しいとみえる。」
サタヴァが何も無いように見える空間に剣で切りつけると、大蛇が姿を現した。
「わしの術を見破り、隠れている場所まで見抜くとは…そして前回はかかっていた術を、どうやって解いたのだ!」
大蛇は驚愕しているようだ。
「まあ同じものを何度もかけられれば、手口もみてとれるからな」
サタヴァはこう返したが、真相は少し違う。
サタヴァと彼に名付けたのは彼の師であった。
エフィドという名のままでは、過去に縛られすぎて、人として自分の人生を歩めぬと思った師は、エフィドという名は取り上げ、サタヴァと新たな名を彼に授け、お前は悲惨な目にあった者とは別の人物である、としたのである。
その結果、サタヴァは表面の意識では、元の名がエフィドであるということを思い出すこともなく、痛ましい過去は多少ぼんやりとしたものとなり、彼の心を救う助けとなったのであった。
よって師が彼をエフィドと呼ぶことはあり得なかったのだ。殺生も可能なら避けろとも言われていた。これらのことが、この師は偽物であると断ずる糸口となったのである。
「だいたい、お前の言う仕返しとやらは、全く理にかなってなどおらんぞ」サタヴァのふところから猫の明王ルクが口を出した。
「個としてのこやつには全く関係がないことじゃないか。また、そちらがやろうとしていることは、人が邪悪だからと言いながらも、結局自分でも、同じような邪悪な行いをしますよ、という話ではないか。
正当化もなんもできんわい、そんな話。」
1
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
拝啓、あなた方が荒らした大地を修復しているのは……僕たちです!
FOX4
ファンタジー
王都は整備局に就職したピートマック・ウィザースプーン(19歳)は、勇者御一行、魔王軍の方々が起こす戦闘で荒れ果てた大地を、上司になじられながらも修復に勤しむ。平地の行き届いた生活を得るために、本日も勤労。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界を服従して征く俺の物語!!
ネコのうた
ファンタジー
日本のとある高校生たちが異世界に召喚されました。
高1で15歳の主人公は弱キャラだったものの、ある存在と融合して力を得ます。
様々なスキルや魔法を用いて、人族や魔族を時に服従させ時に殲滅していく、といったストーリーです。
なかには一筋縄ではいかない強敵たちもいて・・・・?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
召喚されたら無能力だと追放されたが、俺の力はヘルプ機能とチュートリアルモードだった。世界の全てを事前に予習してイージーモードで活躍します
あけちともあき
ファンタジー
異世界召喚されたコトマエ・マナビ。
異世界パルメディアは、大魔法文明時代。
だが、その時代は崩壊寸前だった。
なのに人類同志は争いをやめず、異世界召喚した特殊能力を持つ人間同士を戦わせて覇を競っている。
マナビは魔力も闘気もゼロということで無能と断じられ、彼を召喚したハーフエルフ巫女のルミイとともに追放される。
追放先は、魔法文明人の娯楽にして公開処刑装置、滅びの塔。
ここで命運尽きるかと思われたが、マナビの能力、ヘルプ機能とチュートリアルシステムが発動する。
世界のすべてを事前に調べ、起こる出来事を予習する。
無理ゲーだって軽々くぐり抜け、デスゲームもヌルゲーに変わる。
化け物だって天変地異だって、事前の予習でサクサククリア。
そして自分を舐めてきた相手を、さんざん煽り倒す。
当座の目的は、ハーフエルフ巫女のルミイを実家に帰すこと。
ディストピアから、ポストアポカリプスへと崩壊していくこの世界で、マナビとルミイのどこか呑気な旅が続く。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
S級冒険者の子どもが進む道
干支猫
ファンタジー
【12/26完結】
とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。
父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。
そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~
海道一人
ファンタジー
俺は地球という異世界に転移し、六年後に元の世界へと戻ってきた。
地球は魔法が使えないかわりに科学という知識が発展していた。
俺が元の世界に戻ってきた時に身につけた特殊スキルはよりにもよって一番不人気の土属性だった。
だけど悔しくはない。
何故なら地球にいた六年間の間に身につけた知識がある。
そしてあらゆる物質を操れる土属性こそが最強だと知っているからだ。
ひょんなことから小さな村を襲ってきた山賊を土属性の力と地球の知識で討伐した俺はフィルド王国の調査隊長をしているアマーリアという女騎士と知り合うことになった。
アマーリアの協力もあってフィルド王国の首都ゴルドで暮らせるようになった俺は王国の陰で蠢く陰謀に巻き込まれていく。
フィルド王国を守るための俺の戦いが始まろうとしていた。
※この小説は小説家になろうとカクヨムにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる