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第一章 胎動
第二十二話 明倫館の灯
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高杉晋作は、剣術の稽古を終えると、明倫館の講義室に、向かった。目当ては、土屋蕭(つちやしょう)海(かい)の講義だった。まだ、年若い蕭海は、一助教にすぎない。それにもかかわらず、講義室は、人で溢れかえっており、講義室の外にも、立ち見の生徒がいた。
晋作も、講義室の外で、蕭海が登壇するのを、待った。
やがて、教本を小脇に抱えて、蕭海が現れた。教本を、机の上に置いて、礼をする。生徒が着席すると、教本を、めくり始めた。
身長は低く、華奢で、頼りないような印象を、晋作は受けた。
「『伝習録』を、開いてください」
蕭海の声は、体格からは想像できない程、野太くて、力強いものだった。
それにしても、「伝習録」という書物を、晋作は知らなかった。晋作は、幼少の頃から、私塾に通い、四書五経の素読はできた。明倫館に入ってからも、あまり授業に出ていなかったとはいえ、受けた授業は、皆、儒教や朱子学だった。その中に、「伝習録」など、出てこなかった。
晋作は、そばに立っていた生徒を、肘でつついた。
「なんだ」
その生徒は、うるさそうに、晋作を、見る。
晋作は、そんなことには、お構いなしで、尋ねる。
「『伝習録』ってのは、何だ?」
すると、その生徒は、鼻で笑った。
「お前、そんなことも知らないで、この講義に来てんのか?」
晋作は、その生徒の、顎を引っ掴んだ。
「知らねぇから、習いに来てんだろうが」
「おい!そこ!」
蕭海の大声が、室内に、響き渡る。
「そこの、顔の長いの!素読してみろ!」
その場にいた全員が、いっせいに、晋作たちに注目する。晋作の顔は、真っ赤になった。顎を掴んでいた生徒から手を放して、吠える。
「本なんか、持ってねぇわ!」
蕭海は、あきれたというように、ため息を、ついた。そして、晋作たちから目を離すと、よく通る声で、講義を始めた。
―内藤先生や桂さんが、絶賛するから、どれほどの講義かと思えば。教本の解釈など、どの講義でも、やっているじゃないか
しかし、講義が進むにつれて、晋作は、蕭海の発する言葉に、引き込まれていった。
「陽明学とは、一つには、実践の学問です。いくら学問を身に着けても、それを実行に移さなければ、何も知らないのと同じだと、創始者の王陽明は言っています。皆さんが習う四書五経。これも、実際に行動に移してこそ、生きた学問となるのです。皆さんは、これを実践していますか?実践していると思う者は、手を挙げて下さい」
晋作は、迷うことなく、手を挙げた。蕭海は、少し、驚いた様子だったが、晋作を指した。晋作は、自信満々に、答えた。
「僕は、武芸に打ち込んでいる。武芸は、即、実践に移せる。だから、武芸は、実践の学問だと思う」
講義室内は、静まり返った。そのうち、誰かの、くすくす笑う声が聞こえてきて、それが講義室中に広がり、ついには、大爆笑の渦に包まれた。
晋作は、自分の自尊心を、踏みにじられた気がして、怒りで、体が震えている。怒鳴り上げようとした、その時、
「何が、おかしい!!」
蕭海が、大声を上げた。
一瞬にして、室内に、静寂が下りた。
「君、名前は?」
蕭海が、怒鳴ってくれたことが、嬉しくて、晋作は、目頭が赤くなった。それを、隠すように、ことさらに大きな声で、名乗った。
「高杉晋作と言います」
蕭海は、納得したというように、微笑した。
「小忠太殿の倅(せがれ)か。噂通りだな」
蕭海は、皆に向かって言った。
「高杉君の答えに異があるものは、立て。笑った者たちは、笑うだけの理由があるから笑ったのであろう。ならば、それを、立って説明してみろ。それが、できないのであれば、高杉君を、笑う資格など、ないぞ」
蕭海は、しばらく、座を見回したが、誰も答える者は、いない。蕭海は、晋作に呼びかけた。
「高杉君。先ほど、私が説明した事は、「知行合一」という。考えたことは、行う。これは、武芸以外にも、通じるところがある。君は、陽明学を、学び給え」
晋作も、講義室の外で、蕭海が登壇するのを、待った。
やがて、教本を小脇に抱えて、蕭海が現れた。教本を、机の上に置いて、礼をする。生徒が着席すると、教本を、めくり始めた。
身長は低く、華奢で、頼りないような印象を、晋作は受けた。
「『伝習録』を、開いてください」
蕭海の声は、体格からは想像できない程、野太くて、力強いものだった。
それにしても、「伝習録」という書物を、晋作は知らなかった。晋作は、幼少の頃から、私塾に通い、四書五経の素読はできた。明倫館に入ってからも、あまり授業に出ていなかったとはいえ、受けた授業は、皆、儒教や朱子学だった。その中に、「伝習録」など、出てこなかった。
晋作は、そばに立っていた生徒を、肘でつついた。
「なんだ」
その生徒は、うるさそうに、晋作を、見る。
晋作は、そんなことには、お構いなしで、尋ねる。
「『伝習録』ってのは、何だ?」
すると、その生徒は、鼻で笑った。
「お前、そんなことも知らないで、この講義に来てんのか?」
晋作は、その生徒の、顎を引っ掴んだ。
「知らねぇから、習いに来てんだろうが」
「おい!そこ!」
蕭海の大声が、室内に、響き渡る。
「そこの、顔の長いの!素読してみろ!」
その場にいた全員が、いっせいに、晋作たちに注目する。晋作の顔は、真っ赤になった。顎を掴んでいた生徒から手を放して、吠える。
「本なんか、持ってねぇわ!」
蕭海は、あきれたというように、ため息を、ついた。そして、晋作たちから目を離すと、よく通る声で、講義を始めた。
―内藤先生や桂さんが、絶賛するから、どれほどの講義かと思えば。教本の解釈など、どの講義でも、やっているじゃないか
しかし、講義が進むにつれて、晋作は、蕭海の発する言葉に、引き込まれていった。
「陽明学とは、一つには、実践の学問です。いくら学問を身に着けても、それを実行に移さなければ、何も知らないのと同じだと、創始者の王陽明は言っています。皆さんが習う四書五経。これも、実際に行動に移してこそ、生きた学問となるのです。皆さんは、これを実践していますか?実践していると思う者は、手を挙げて下さい」
晋作は、迷うことなく、手を挙げた。蕭海は、少し、驚いた様子だったが、晋作を指した。晋作は、自信満々に、答えた。
「僕は、武芸に打ち込んでいる。武芸は、即、実践に移せる。だから、武芸は、実践の学問だと思う」
講義室内は、静まり返った。そのうち、誰かの、くすくす笑う声が聞こえてきて、それが講義室中に広がり、ついには、大爆笑の渦に包まれた。
晋作は、自分の自尊心を、踏みにじられた気がして、怒りで、体が震えている。怒鳴り上げようとした、その時、
「何が、おかしい!!」
蕭海が、大声を上げた。
一瞬にして、室内に、静寂が下りた。
「君、名前は?」
蕭海が、怒鳴ってくれたことが、嬉しくて、晋作は、目頭が赤くなった。それを、隠すように、ことさらに大きな声で、名乗った。
「高杉晋作と言います」
蕭海は、納得したというように、微笑した。
「小忠太殿の倅(せがれ)か。噂通りだな」
蕭海は、皆に向かって言った。
「高杉君の答えに異があるものは、立て。笑った者たちは、笑うだけの理由があるから笑ったのであろう。ならば、それを、立って説明してみろ。それが、できないのであれば、高杉君を、笑う資格など、ないぞ」
蕭海は、しばらく、座を見回したが、誰も答える者は、いない。蕭海は、晋作に呼びかけた。
「高杉君。先ほど、私が説明した事は、「知行合一」という。考えたことは、行う。これは、武芸以外にも、通じるところがある。君は、陽明学を、学び給え」
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