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第一章 胎動
第十五話 江戸
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1854年2月、16歳になった高杉晋作は、藩主毛利敬親に従って、江戸に入った。
敬親の入府は、世子の元徳を、正式な跡目として、幕府に認めてもらうためだった。晋作の父の小忠太が、元徳の教育係だったいきさつから、晋作にも随行の命が下ったのだった。
晋作は、初めての江戸に、心躍らせた。上屋敷に着いた晋作は、荷物を下ろすと、すぐに、藩邸を飛び出していった。
他の藩士たちは、将軍への贈り物や藩主親子の身の回り品などを、邸内に運び込んでいたが、そんな事をする気は、さらさら無かった。
途中、町駕籠を雇って、エイサッホイサッと向かったのは、吉原だった。衣紋坂の手前で、駕籠を降りて、大門に向かって、下り坂を、速足で歩く。大門は、黒くそびえ立ち、堅牢な屋根がついていた。晋作の興奮は、盛り上がるばかりだった。
晋作は、門の手前で立ち止まって、後ろを振り返り、誰にもつけられていないことを確認してから、努めて堂々と、門をくぐった。
しかし、廓(くるわ)の中に、一歩足を踏み入れた途端、晋作はがっかりした。
真っすぐに伸びた、大通りに、人影はまばらで、道沿いにある茶屋も、活気が無い。正面、遠くに、常夜灯が、空しく建っている。
―ひょっとして、昼はやってないのか?
晋作の体から、力が抜けた。
―何のために、江戸まで来たんだよ、ったく。
その時、ある茶屋の、後ろから、女の嬌声が、聞こえて来た。
それを聞いた、晋作のやる気は、一気に復活した。わざとらしく、咳ばらいをしてから、ゆっくりとした足取りで、声が聞こえて来た本町に、足を踏み入れた。
通りの左右一面に、格子がはまっていた。そして、その格子の向こう側に、遊女たちが、居並んでいる。金屏風を
背景に、着物の鮮やかな色彩が浮かぶ。三味線の音が、聞こえて来る。
晋作は、立ち止まった。晋作は、三味線が好きで、自分でも、よく弾いた。
―達者だな。なんという曲だろう?
晋作は、三味線の音がする格子に、近づいた。艶やかな香りが、三味線の音に乗って来る。三味線を弾いている遊女は、目を閉じている。晋作は、格子の前まで来て、立ち止まった。見ると、格子のすぐ向こう側、遊女の膝元に、朱塗りの煙草盆と金色の煙管が、置いてあった。遊女は、相変わらず、目を閉じている。
「おい」
返事がない。
「おい、こら。その豪奢な煙管を、貸せ」
三味線の音が、止んだ。遊女が目を開く。しばらく、驚いたように、晋作の顔を、観ていたが、突然、声をあげて笑い出した。
「何が、おかしい!」
晋作は、格子を、鷲掴みにして、揺さぶった。
遊女は、目に涙を浮かべながら、笑いを、必死でこらえている。
「だって・・・その顔・・・」
「何だ!」
「お馬さんみたいなんだもの」
その瞬間、晋作は、沸騰した。
「馬鹿にしてんのか!てめえ!」
晋作は、力いっぱい、格子を、殴り始めた。すると、番所の方から、男たちが、わらわら、飛び出して来た。
「あんた、逃げた方がいいんじゃない?」
遊女は、まだ涙を、流している。
「分かっとるわ!」
晋作は、一目散に、逃げだした。
敬親の入府は、世子の元徳を、正式な跡目として、幕府に認めてもらうためだった。晋作の父の小忠太が、元徳の教育係だったいきさつから、晋作にも随行の命が下ったのだった。
晋作は、初めての江戸に、心躍らせた。上屋敷に着いた晋作は、荷物を下ろすと、すぐに、藩邸を飛び出していった。
他の藩士たちは、将軍への贈り物や藩主親子の身の回り品などを、邸内に運び込んでいたが、そんな事をする気は、さらさら無かった。
途中、町駕籠を雇って、エイサッホイサッと向かったのは、吉原だった。衣紋坂の手前で、駕籠を降りて、大門に向かって、下り坂を、速足で歩く。大門は、黒くそびえ立ち、堅牢な屋根がついていた。晋作の興奮は、盛り上がるばかりだった。
晋作は、門の手前で立ち止まって、後ろを振り返り、誰にもつけられていないことを確認してから、努めて堂々と、門をくぐった。
しかし、廓(くるわ)の中に、一歩足を踏み入れた途端、晋作はがっかりした。
真っすぐに伸びた、大通りに、人影はまばらで、道沿いにある茶屋も、活気が無い。正面、遠くに、常夜灯が、空しく建っている。
―ひょっとして、昼はやってないのか?
晋作の体から、力が抜けた。
―何のために、江戸まで来たんだよ、ったく。
その時、ある茶屋の、後ろから、女の嬌声が、聞こえて来た。
それを聞いた、晋作のやる気は、一気に復活した。わざとらしく、咳ばらいをしてから、ゆっくりとした足取りで、声が聞こえて来た本町に、足を踏み入れた。
通りの左右一面に、格子がはまっていた。そして、その格子の向こう側に、遊女たちが、居並んでいる。金屏風を
背景に、着物の鮮やかな色彩が浮かぶ。三味線の音が、聞こえて来る。
晋作は、立ち止まった。晋作は、三味線が好きで、自分でも、よく弾いた。
―達者だな。なんという曲だろう?
晋作は、三味線の音がする格子に、近づいた。艶やかな香りが、三味線の音に乗って来る。三味線を弾いている遊女は、目を閉じている。晋作は、格子の前まで来て、立ち止まった。見ると、格子のすぐ向こう側、遊女の膝元に、朱塗りの煙草盆と金色の煙管が、置いてあった。遊女は、相変わらず、目を閉じている。
「おい」
返事がない。
「おい、こら。その豪奢な煙管を、貸せ」
三味線の音が、止んだ。遊女が目を開く。しばらく、驚いたように、晋作の顔を、観ていたが、突然、声をあげて笑い出した。
「何が、おかしい!」
晋作は、格子を、鷲掴みにして、揺さぶった。
遊女は、目に涙を浮かべながら、笑いを、必死でこらえている。
「だって・・・その顔・・・」
「何だ!」
「お馬さんみたいなんだもの」
その瞬間、晋作は、沸騰した。
「馬鹿にしてんのか!てめえ!」
晋作は、力いっぱい、格子を、殴り始めた。すると、番所の方から、男たちが、わらわら、飛び出して来た。
「あんた、逃げた方がいいんじゃない?」
遊女は、まだ涙を、流している。
「分かっとるわ!」
晋作は、一目散に、逃げだした。
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