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第一章 胎動
第十四話 海防僧
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月性は、長州藩の大島郡遠崎村(現、柳井市遠崎)で、清狂草堂という、私塾を開いていた。清狂草堂では、多くの若者が、学んだ。
清狂草堂は、出入りが自由だった。
生徒が来たい時に、来て、辞めたい時に、辞めていくといった具合だ。
もっとも、先生の月性自身が、演説をするために、藩内各地を飛び回っていて、留守が多かった。だから、中には、月性が知らない間に入塾して、知らない間に退塾した生徒もいたくらいだった。
この日も、月性は、演説をするために、萩の光山寺を、訪れていた。本堂で、線香を立てて、瞑想をしていると、ふっと、その香りが揺れた。その風と共に、大楽が入って来た。
「先生、久坂玄機の弟を、見つけましたよ。名前を玄瑞といいます。
しかし、まあ、いやあ~、さすが兄弟ですね。玄瑞の方も、相当な秀才らしいですな」
その秀才は、今、長刀を肩に担いだ坊主に、睨まれて、すくんでいる。
「お主、頭はいいのかもしれんが、胆力が足りないようだの」
それを聞いた、玄瑞は、ムッとした。
玄瑞の様子には構わず、月性は、聞いた。
「お主は、何のために、学問をしておる」
玄瑞は、少し考えた後に、答えた。
「日本を、夷狄から守るために、学んでいます」
「では、今、何を学んでおる」
月性は、間髪を入れない。まるで、言葉で、真剣勝負を挑んでいるようだ。
玄瑞は、黙った。
―どう答えたら、正解なのだろうか?
「その、机の上に乗っとる本は、何じゃ」
玄瑞は、本に、ちらっと、目をやった。
「『大学』です」
月性は、鼻で笑った。
「儒教で、夷狄に勝てるとでも、思っておるのか、小僧」
「小僧ではない!」
思わず、玄瑞は、叫んでいた。
15歳で肉親を全て失い、天涯孤独の身の上だった玄瑞は、家督を継いだ当主としての、気負いがあった。
月性は、突然、長刀を、畳に突き刺した。
「黙れ!小僧!」
唾を、まき散らしながら、月性は、吠えた。
「自分の言葉で、語れん奴は、何を言おうと、小僧じゃ!」
玄瑞は、気圧されまいと、必死に、月性を、睨み続けている。
月性が口を閉じて、室内は、静まり返った。遠くで鳴く、蝉の声が、かすかに聞こえて来た。雨は、いつの間にか上がって、太陽が、顔を、のぞかせていた。
月性は、長刀から手を放して、玄瑞の前で、あぐらをかいた。ボリボリと、頭を、掻いている。白いフケが、光に舞った。
しばらく、頭を掻いていた月性が、口を開いた。
「玄瑞よ。お主の兄は、本当に、惜しいことをした。間違いなく、長州藩を、背負って立つ男じゃった」
大楽も、刀を右手に持ち替えて、月性の斜め後ろに、座った。どうやら、危害を、加えるつもりは、ないらしい。
月性は、続ける。
「玄機とは、藩の行末について、よく語り合ったものじゃ。まあ、語り合ったというより、激論を戦わせたと言った方が、当たっているがな」
畳に突き刺さった刀身に、光が反射して、月性は、目を細めた。
「一つ聞く。わが藩に、夷狄が押し寄せてくるとしたら、どこから来ると思うか?」
玄瑞の頭を、玄機に見せてもらった、世界地図が、よぎった。
「海でしょうか」
「その通りじゃ」
月性が、大きく、手を打った。
「いいぞ、小僧。では、藩を守るためには、どうすればいい?」
玄瑞は、勢いづいた。
「まずは、外国の技術を、盗むべきです。場合によっては、密航してもいいと思います」
「詭弁(きべん)!詭弁!詭弁!」
月性は、叫んだ。
玄機の思想が、否定されたと思った玄瑞は、月性に食って掛かった。
「では、御坊は、どうしたらいいと思われるのか!?」
「先生」
月性は、呼びかけて来た大楽を、振り返った。
大楽は、首を横に振る。
月性は、玄瑞の方に向き直ると、いとも簡単に、言った。
「腑抜けた幕府など、さっさと倒してしまうことじゃ」
清狂草堂は、出入りが自由だった。
生徒が来たい時に、来て、辞めたい時に、辞めていくといった具合だ。
もっとも、先生の月性自身が、演説をするために、藩内各地を飛び回っていて、留守が多かった。だから、中には、月性が知らない間に入塾して、知らない間に退塾した生徒もいたくらいだった。
この日も、月性は、演説をするために、萩の光山寺を、訪れていた。本堂で、線香を立てて、瞑想をしていると、ふっと、その香りが揺れた。その風と共に、大楽が入って来た。
「先生、久坂玄機の弟を、見つけましたよ。名前を玄瑞といいます。
しかし、まあ、いやあ~、さすが兄弟ですね。玄瑞の方も、相当な秀才らしいですな」
その秀才は、今、長刀を肩に担いだ坊主に、睨まれて、すくんでいる。
「お主、頭はいいのかもしれんが、胆力が足りないようだの」
それを聞いた、玄瑞は、ムッとした。
玄瑞の様子には構わず、月性は、聞いた。
「お主は、何のために、学問をしておる」
玄瑞は、少し考えた後に、答えた。
「日本を、夷狄から守るために、学んでいます」
「では、今、何を学んでおる」
月性は、間髪を入れない。まるで、言葉で、真剣勝負を挑んでいるようだ。
玄瑞は、黙った。
―どう答えたら、正解なのだろうか?
「その、机の上に乗っとる本は、何じゃ」
玄瑞は、本に、ちらっと、目をやった。
「『大学』です」
月性は、鼻で笑った。
「儒教で、夷狄に勝てるとでも、思っておるのか、小僧」
「小僧ではない!」
思わず、玄瑞は、叫んでいた。
15歳で肉親を全て失い、天涯孤独の身の上だった玄瑞は、家督を継いだ当主としての、気負いがあった。
月性は、突然、長刀を、畳に突き刺した。
「黙れ!小僧!」
唾を、まき散らしながら、月性は、吠えた。
「自分の言葉で、語れん奴は、何を言おうと、小僧じゃ!」
玄瑞は、気圧されまいと、必死に、月性を、睨み続けている。
月性が口を閉じて、室内は、静まり返った。遠くで鳴く、蝉の声が、かすかに聞こえて来た。雨は、いつの間にか上がって、太陽が、顔を、のぞかせていた。
月性は、長刀から手を放して、玄瑞の前で、あぐらをかいた。ボリボリと、頭を、掻いている。白いフケが、光に舞った。
しばらく、頭を掻いていた月性が、口を開いた。
「玄瑞よ。お主の兄は、本当に、惜しいことをした。間違いなく、長州藩を、背負って立つ男じゃった」
大楽も、刀を右手に持ち替えて、月性の斜め後ろに、座った。どうやら、危害を、加えるつもりは、ないらしい。
月性は、続ける。
「玄機とは、藩の行末について、よく語り合ったものじゃ。まあ、語り合ったというより、激論を戦わせたと言った方が、当たっているがな」
畳に突き刺さった刀身に、光が反射して、月性は、目を細めた。
「一つ聞く。わが藩に、夷狄が押し寄せてくるとしたら、どこから来ると思うか?」
玄瑞の頭を、玄機に見せてもらった、世界地図が、よぎった。
「海でしょうか」
「その通りじゃ」
月性が、大きく、手を打った。
「いいぞ、小僧。では、藩を守るためには、どうすればいい?」
玄瑞は、勢いづいた。
「まずは、外国の技術を、盗むべきです。場合によっては、密航してもいいと思います」
「詭弁(きべん)!詭弁!詭弁!」
月性は、叫んだ。
玄機の思想が、否定されたと思った玄瑞は、月性に食って掛かった。
「では、御坊は、どうしたらいいと思われるのか!?」
「先生」
月性は、呼びかけて来た大楽を、振り返った。
大楽は、首を横に振る。
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