龍虎

ヤスムラタケキ

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第一章 胎動

第七話 意見書

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 ペリーは、来年春の再訪を告げて、日本を離れた。
 江戸幕府は、それまでに、ペリーから渡された、アメリカ大統領の親書への、返事を用意しなければならない。
 親書は、アメリカの漂流民が、日本に流れ着いたときは、手厚く保護し、日本に立ち寄るアメリカ船に、物資を供与するとともに、いくつかの港を開くことを要求していた。
 幕府は、早急な対応を、迫られた。
 実は、幕府は、アメリカ艦隊が、日本遠征の準備をしているという情報を、1年前に、入手していた。
 しかし、幕府は、この情報を、黙殺した。
 この時期、日本近海には、外国船が、頻繁に出没していた。これらは、多少の問題を引き起こしてはいたが、国を揺るがすような事態にはなっていなかった。
 幕府は、ペリー艦隊も、その類だと、判断していた。
 老中、阿部正弘は、速やかに江戸、品川沖に、大砲を据える台場の建設を命じた。
 一方で、親書に対する返事については、幕府の内部で、意見が対立し、議論は停滞していた。
 この状況を、打破するために、阿部は、思い切った行動に出た。
「意見を、広く求める」
 これは、もろ刃の剣だった。
 広く、天下の意見を集められる一方で、幕府で行ってきた政治への、外部からの介入を、許すことになる。
 世論は、騒然となった。
 長州藩は、久坂玄機に、意見書を作成するよう、命じた。
 これに先立ち、藩主毛利敬親は、玄機に、奨励金を下賜して、大きな期待をかけていた。
 玄機は、自室に引きこもり、意見書を、書き始めた。
 玄機の思想は、一貫している。
「強大な軍事力を持つ夷人の、技術を学び、戦える力を蓄えた上で、夷人を打ち払う」
 玄機は、昼夜を問わず、書き続けている。そんな兄の姿を、義助は、憧れのまなざしで、見つめている。忍び足で、兄の部屋の前まで行き、部屋の中から聞こえてくる、筆が紙の上をすべる音に、胸を高鳴らせた。
 この日も、義助は、玄機の部屋の前で、息をひそめていた。すると、筆の音が止まった。
「義助、入って来い」
 見咎められたと思った義助は、すごすごと、障子を開けて、部屋の中に入った。
 玄機は、微笑んでいる。
「いま、世の中で、何が起きているか、知っているか?」
 義助は、吉松淳蔵から、ペリー来航のことは、聞いていた。
「夷人がやって来て、無理難題を言っているとか」
 玄機は、大きな紙を、目の前に広げた。
「これが、何か分かるか?」
「地図のようですが、どこの地図か、変わりません」
 玄機は、快活に、笑った。
「世界だよ」
 義助の顔に、驚きの表情が、広がった。
「世界・・・」
 玄機は、煙管の柄で、北アメリカ大陸を、ポンポンと叩いた。
「ここが、アメリカ。ペリーは、この国から来た。そして・・・」
 玄機は、つぎつぎと、列強の国々を、煙管の柄で、叩いていく。
「こいつらは、日本を、侵略しようとしている」
 煙管の柄は、日本を、丸で囲んだ。
「やつらは、遠方から、日本に到達することができる程の技術を、持っている」
 義助は、身を乗り出した。
 義助は、か細く伸びた日本が、愛おしく思えた。
「打ち払わなくてはいけません」
 玄機は、うなずいた。
「そのとおりだ、義助。しかし、今、戦っても、勝算はない。分かるな?」
 義助は、不服そうな顔をした。
「古く、元寇の際は、神風がふき荒れ、夷人どもを、海の藻屑と化しました。今回も、必ず神風は、ふきます」
 玄機は、煙管に、煙草を詰め始めた。
「それは、まさに、古く、だな。その時から比べると、相手の技術力は、飛躍的に、進化している」
 義助は、黙って、玄機の次の言葉を、待っている。
「アメリカに、密航してでも、あいつらの技術を盗むんだ。技術力さえ互角なら、地の利は、こちらにある」
 義助は、拳を握りしめて、地図上のアメリカを、睨みつけていた。玄機は、そんな義助を、優しいまなざしで、見つめながら、煙草に火をつけた。
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