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第一章 胎動
第一話 出会い
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義助が塾の門を潜ろうとすると、中から少年が、転がるように飛び出してきた。義助は、体をよけて、少年をかわした。
「わるい!」
少年は、こちらに向き直ると、柿をひとつ投げてよこし、すぐさま北の方に向かって走り去って行った。義助と同い年ぐらいだろうか。
その姿を呆然と見送る義助の側を、荒い息遣いの男が、走り抜けた。師匠の吉松淳蔵だ。ハアハア肩で息をつきながら、左右を見回している。
師匠は義助の方を振り向いた。その目は怒りで血走っている。
義助はたじろいだ。手にした柿を、後ろに隠して言った。
「か、柿泥棒ですか?」
師匠は、ぶんぶん首を振った。
「そんな可愛いもんじゃないわ!」
そう言うと、師匠は、義助の顔を、両手で挟み込んだ。
「さっき飛び出していった小僧は、どっちに行った?!」
義助は、おずおずと南の方を指さした。
それを見た師匠は、悪鬼のごとく走り去っていった。
師匠の巻き上げた砂埃にせき込みながら、義助は、なんで嘘をついたんだろうと、不思議に思った。
「ありがとさん」
ギクッとして、振り向くと、先ほど門から転がり出てきた少年が、腕組みして立っていた。
義助は、慌てた。
「困るよ、逃げてくれなくちゃ。捕まりでもしたら、僕も連座だ」
少年はカカカッと笑って言った。
「大丈夫よ。あんなおっさんに捕まる俺じゃないって。でも、」
「でも?」
「なんで助けてくれたんだ?」
それは、義助にも分からなかった。
「なんでだろうね?」
少年は、またカカカッと笑った。
「お前、面白いの」
少年は、義助の肩に手を回した。
「特別に、俺がここで何してたか、教えてやるよ」
少年は、義助の耳に口を近づけて、ささやいた。
「の・ぞ・き」
「のぞきぃ〰!?」
「馬鹿者!声がでかい、声が。アホかお前は」
義助は、顔を真っ赤にして、少年を突き飛ばした。
よろけながら、少年は血相を変えた。
やるか!?
義助も、勉強道具の入った包みを投げ捨てて、身構える。
と、少年は、弾かれたように、身をひるがえして、走り出した。
振り向くと、師匠が、鬼の形相で迫ってくる。
義助は固まった。
師匠は、義助の側を疾風のごとく駆け抜け、少年の走り去った方へ猛進して行った。
しばらく立ち尽くしていると、師匠が、陽炎の中を、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
義助の頭の中を、言い訳が蠅のように、ぶんぶん飛び交っていた。
「わるい!」
少年は、こちらに向き直ると、柿をひとつ投げてよこし、すぐさま北の方に向かって走り去って行った。義助と同い年ぐらいだろうか。
その姿を呆然と見送る義助の側を、荒い息遣いの男が、走り抜けた。師匠の吉松淳蔵だ。ハアハア肩で息をつきながら、左右を見回している。
師匠は義助の方を振り向いた。その目は怒りで血走っている。
義助はたじろいだ。手にした柿を、後ろに隠して言った。
「か、柿泥棒ですか?」
師匠は、ぶんぶん首を振った。
「そんな可愛いもんじゃないわ!」
そう言うと、師匠は、義助の顔を、両手で挟み込んだ。
「さっき飛び出していった小僧は、どっちに行った?!」
義助は、おずおずと南の方を指さした。
それを見た師匠は、悪鬼のごとく走り去っていった。
師匠の巻き上げた砂埃にせき込みながら、義助は、なんで嘘をついたんだろうと、不思議に思った。
「ありがとさん」
ギクッとして、振り向くと、先ほど門から転がり出てきた少年が、腕組みして立っていた。
義助は、慌てた。
「困るよ、逃げてくれなくちゃ。捕まりでもしたら、僕も連座だ」
少年はカカカッと笑って言った。
「大丈夫よ。あんなおっさんに捕まる俺じゃないって。でも、」
「でも?」
「なんで助けてくれたんだ?」
それは、義助にも分からなかった。
「なんでだろうね?」
少年は、またカカカッと笑った。
「お前、面白いの」
少年は、義助の肩に手を回した。
「特別に、俺がここで何してたか、教えてやるよ」
少年は、義助の耳に口を近づけて、ささやいた。
「の・ぞ・き」
「のぞきぃ〰!?」
「馬鹿者!声がでかい、声が。アホかお前は」
義助は、顔を真っ赤にして、少年を突き飛ばした。
よろけながら、少年は血相を変えた。
やるか!?
義助も、勉強道具の入った包みを投げ捨てて、身構える。
と、少年は、弾かれたように、身をひるがえして、走り出した。
振り向くと、師匠が、鬼の形相で迫ってくる。
義助は固まった。
師匠は、義助の側を疾風のごとく駆け抜け、少年の走り去った方へ猛進して行った。
しばらく立ち尽くしていると、師匠が、陽炎の中を、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
義助の頭の中を、言い訳が蠅のように、ぶんぶん飛び交っていた。
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