上 下
3 / 57

第2話

しおりを挟む
 この世界に転生してから半年ほどが経過した。

 あれから何度も『ヴァイアスだけは嫌だ』と願うも悪夢は覚めず。
 気づいたらそれだけの時間が経過していた。

 そのくらい時間があれば諦めもついた。
 なってしまったものは仕方ない。

 今更変えられようもない現実なのだから。

 とはいえ、原作をなぞって悪役になるのはごめんだ。
 原作のヴァイアスは勇者の特権でうまい汁を吸っていたようだが。
 それを羨ましいとは断じて思えない。

 彼の末路を知るから余計にそう思えてしまう。

 そこで俺は考えた。


(そうだ……勇者を目指そう……悪役じゃない。本物の勇者を……)


 どうせなら憎まれるより誰もが認める勇者になりたい。
 幸いにも俺はまだ赤ん坊だ。

 いくらでもやり直しが効くはずだ。




 そう決意してからは早かった。

 まず、起きて、乳を吸い、ふて寝するだけの暗い赤ん坊からジョブチェンジ。
 見聞を広げるために家中をハイハイで這い回る芋虫に進化した。

 段差から落ちようが、頭を打とうが気にせず動き回る。
 痛みはあるがそれで泣き喚くほど精神年齢は低くない。

 そうやって家の中を探索して分かったことだが。
 まず、我が家はそれなりに裕福だった。

 木造建築の平屋で、部屋はリビング、寝室を除いても四つ以上。
 書庫のようなものも存在し、蔵書が本棚いっぱいに収納されていた。

 他にも武器庫のようなものがあったが、


「こら、ヴァイアス。ここは危険なものがあるからダメだよ?」


 部屋に入ろうとするたびに父さんが現れ、部屋への侵入を阻んできたので今のところは入ることが出来ていない。


(気づいたら後ろにいるんだもんな)


 一応部屋の前に来るときには周囲に気を配っている。
 にもかかわらず、気づいたら抱きかかえられてるのだから不思議だ。
 もしかしたら、今世の父はアサシンか何かかもしれない。

 とはいえ、一度や二度ほど阻止されても武器庫への興味は尽きない。
 いつかは侵入してやるつもりだ。



 興味といえば、この世界には魔術が存在する。
 魔力と呼ばれる生き物の内に秘められた力を糧に打ち出す、ある種の『必殺技』としてゲームでは描かれていたはずだ。
 
 発動方法はおそらく呪文詠唱。
 ゲーム内では魔術の名前を口にすれば発動していた。


「だー……(ウォーターボールと言ってるつもり)」


 が、やはりというか赤子の言語ではうんともすんとも言わない。

 手を出す。念じる。イメージする。思いつく限りは試してみたが。
 今のところは一度として成功していない。

 魔術に適正でもあるのかと、別の魔術を使ってみることもあった。
 しかし、全て不発である。


(一応何かが出そうな感じはするんだけどなぁ……)


 手をかざし、イメージしながら言葉を紡ぐ。
 そうすると、心臓の位置から血が巡るように何かが指先に向かう感じはする。
 けど、そこからが上手くいかない。
 

(方法は間違っていないはずなんだけど……)


 以前、一度だけ母のコレットが魔術を使ったところを見たことがある。

 家中を這い回っていた時に誤って少々高い段差から落ちたときのこと。
 頭を強く打ち、その痛みに悶える中で母の声が聞こえた。


癒しの魔術ヒール


 瞬間、温かな薄緑のベールに包まれたかと思うと、それまで感じていた頭痛が嘘みたいに消え去ったのを覚えている。

 まぁ、そのあとの両親の泣きそうな顔も忘れられないが……。
 
 ともかくだ。あのとき母は魔術の名前を口にしていた。
 薄っすらとだが手をかざしていたような気もする。
 そして、おそらくだが魔力も消費しているのだろう。


(呪文名と発動先。あとは必要な魔力……)


 ダメだ。赤子の体では何が足りていないのか分からない。
 
 やはり言葉にすることが魔術を成功させるカギなのか……。
 それとも必要な魔力が足りていないのか……。
 もしかして、そもそも魔術の才能皆無なの? 勇者なのに……?
 
 そうなると、現状は諦めることしか出来ないんだが?


(……気長に続けるか)

 
 ここで卑屈になって練習を断念するのは簡単だ。
 
 だがそうやって諦めて進み続けていった結果がゲームの『ヴァイアス』であるというのなら、それを回避するために俺は頑張り続けなければならない。


(うしっ! 続きだ……!)

 
 大丈夫。困難に打ち勝ち進み続けるのが勇者だ。
 こんなことで挫けるつもりはない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鬼畜なエロゲ世界にモブ転生!?このままだと鬱ENDらしいので、ヒロイン全員寝取ってハピエン目指します!

ぽんぽこ@書籍発売中!!
ファンタジー
「助けて、このままじゃヒロインに殺される……!!」 気が付いたら俺はエロゲーム世界のモブキャラになっていた。 しかしこのエロゲー、ただヒロインを攻略してエッチなことを楽しむヌルいゲームではない。 主人公の死=世界の崩壊を迎える『ハイスクール・クライシス』というクソゲーだったのだ。 ついでに俺がなっちまったのは、どのルートを選んでも暗殺者であるヒロインたちに殺されるモブキャラクター。このままではゲームオーバーを迎えるのは確定事項。 「俺は諦めねぇぞ……トワりんとのハッピーエンドを見付けるまでは……!!」 モブヒロインの家庭科教師に恋した俺は、彼女との幸せな結末を迎えるルートを探すため、エロゲー特有のアイテムを片手に理不尽な『ハイクラ』世界の攻略をすることにした。 だが、最初のイベントで本来のエロゲー主人公がとんでもないことに……!? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

英雄に幼馴染を寝取られたが、物語の完璧美少女メインヒロインに溺愛されてしまった自称脇役の青年の恋愛事情

灰色の鼠
ファンタジー
・他サイト総合日間ランキング1位! ・総合週間ランキング1位! ・ラブコメ日間ランキング1位! ・ラブコメ週間ランキング1位! ・ラブコメ月間ランキング1位獲得!  魔王を討ちとったハーレム主人公のような英雄リュートに結婚を誓い合った幼馴染を奪い取られてしまった脇役ヘリオス。  幼いころから何かの主人公になりたいと願っていたが、どんなに努力をしても自分は舞台上で活躍するような英雄にはなれないことを認め、絶望する。  そんな彼のことを、主人公リュートと結ばれなければならない物語のメインヒロインが異様なまでに執着するようになり、いつしか溺愛されてしまう。  これは脇役モブと、美少女メインヒロインを中心に起きる様々なトラブルを描いたラブコメである———

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

異世界に行ったら才能に満ち溢れていました

みずうし
ファンタジー
銀行に勤めるそこそこ頭はイイところ以外に取り柄のない23歳青山 零 は突如、自称神からの死亡宣言を受けた。そして気がついたら異世界。 異世界ではまるで別人のような体になった零だが、その体には類い稀なる才能が隠されていて....

異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます

ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。 何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。 生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える そして気がつけば、広大な牧場を経営していた ※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。 7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。 5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます! 8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

勇者に大切な人達を寝取られた結果、邪神が目覚めて人類が滅亡しました。

レオナール D
ファンタジー
大切な姉と妹、幼なじみが勇者の従者に選ばれた。その時から悪い予感はしていたのだ。 田舎の村に生まれ育った主人公には大切な女性達がいた。いつまでも一緒に暮らしていくのだと思っていた彼女らは、神託によって勇者の従者に選ばれて魔王討伐のために旅立っていった。 旅立っていった彼女達の無事を祈り続ける主人公だったが……魔王を倒して帰ってきた彼女達はすっかり変わっており、勇者に抱きついて媚びた笑みを浮かべていた。 青年が大切な人を勇者に奪われたとき、世界の破滅が幕を開く。 恐怖と狂気の怪物は絶望の底から生まれ落ちたのだった……!? ※カクヨムにも投稿しています。

処理中です...