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case8 大石菜々美『優しい少女と白い魔法使い』
第43話【計画実施3】四神集結!
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『やあ、白虎。こうしてお目にかかれて光栄だ』
久能さんにそっくりな顔をした男、久能満守が大きな虎の姿をした白夜様を見て目を細めた。
白夜様はフンっと鼻先で一蹴する。
「俺様を気やすく呼ぶんじゃねえ。まあ、名前で呼ばれるよりはマシだがな」
『千年以上経っても生意気な口は直らないんだねえ』
「千年以上経ってもバカのまんまみたいだな」
満守と白夜様が睨み合う。
ビリビリと空気が震えている。
目に見えない緊張の糸が二人の間にピンッと張っているようにも感じた。
攻撃のタイミングを双方が伺っているのだろう。
緊迫する状況で、私はごくりと大きなつばを飲みこむ。
「立てるか、あかり」
「は、はい!」
「俺様がヤツの気を引く。その隙に本殿まで一気に駆けろ!」
「は、はい!」
私の答えを聞いた白夜様がトンっと廊下を蹴った。
同時に私は本殿に向かって全力で走る。
それを阻止しようと満守が羽織の袖から太い針をいくつも投げてきた。
拳銃から放たれた弾丸のように勢いをつけて私に向かって飛ぶ針を、白夜様が太いしっぽで打ち払う。
そして今度はこちらの番だとでも言いたげに高く飛ぶ。
ものすごい高速ででクルクルと車輪のように回った白夜様が満守に向かっていくのをちらり確認して、私はまた前を向いた。
「ぎゃッ!」
鈍い悲鳴が聞こえて咄嗟に振り返る。
白夜様の動きがぴたりと宙でとまっていた。
グググッと低いうなり声をあげる彼の頭を満守がわし掴みにしている。
「魂のない力のみの抜け殻など、所詮はこの程度だな」
満守が白夜様の頭をそのまま地面に叩きつけた。
彼の頭が首まで廊下にめり込む。
満守は無表情のまま、それを何度も繰り返した。
白猫の口や鼻、額から赤い血が飛び出る。
花弁のように散った血が白い体を濡らす。
「やめてッ! 白夜様ッ!」
こらえきれずに声を上げると、満守が手をとめた。
ぐったりと力の抜けた白夜様をまるでゴミを見るみたいな蔑んだ目で見つめると『はあ』と深いため息をこぼした。
「おまえになにができる? アイツがいない白虎などこの程度だ。アイツほどの力もないおまえたち人間風情にはなにもできないんだよ。考えてみろ? おまえたちは式神も扱えない。簡単な呪術ですら使えない。呪禁師《じゅごんし》としての実力はアイツよりも上であるこの我に本当に勝てるとでも思っているのか? ん?」
満守が心底バカにしたように私を見ていた。
言われたことはすべからく当たっていて、反論の余地もない。
私は久能さんじゃない。
だから久能さんみたいなことはなにひとつできない。
だけど――
『あかりさん。あなたには私に負けない力がちゃんとあります。それはね、優しい心です。これ、とっても大事な力なんですよ!』
出かける前に久能さんがそう言ってくれた。
ぎゅうっと強くこぶしを握る。
「白夜様は久能さんがいなくっても強いです。あなたみたいなヤツに絶対に負けません!」
『なかなか面白いことを言うな、娘。では、その小さな希望を絶望に塗り替えてやるとしよう』
ぐったりと倒れてしまっている白夜様に向かって、満守が手にした神殺しの刃がまっすぐに白夜様の首へ振り下ろされる。
「ダメえっっっ!」
私は白夜様のもとへ走っていた。
精一杯手を伸ばして――
――お願い! 誰か! 力を貸して! 白夜様を……彼を助けるために!
その瞬間だった。
胸の中心がカアッとものすごく熱くなった。
まるで私の中に太陽が宿ったみたいに、だ。
『そなたの願い。我が聞き届けよう』
――えッ? ええッ!?
胸の中で燃え盛ったものが一気に外へと飛び出した。
細かな火の粉が尾のように長く連なった真っ赤な炎が満守に向かってものすごい勢いで突っ込んでいく。
炎が満守をグルグルと包み込み、満守の動きを封じた。
――あれは!?
目を見張る私の横を冷たいものがシュンっと通り過ぎたのはその刹那だった。
廊下を帯のように長い水の塊が走り抜けていた。
その水が倒れた白夜様をくるんと包み込んだかと思うと、ブンッとこちらに向かって倒れた白夜様を放り投げたのだ。
宙に投げ出された彼の体が私に向かって落ちてくる。
「えッ!? ちょッ!? えッ!?」
『どきなさい、お嬢ちゃん!』
そう怒鳴られて振り返る。
普通乗用車くらいの大きさの亀が私を睨んでいた。
『早く!』
急かされて、すぐさま横に飛ぶと、のしのしっと亀が私のいた場所へ移動して、落下してくる白夜様を甲羅の上で受け止めた。
『白虎! 大丈夫か!』
亀が白夜様に尋ねると、プルっと首を振った白夜様が頭を上げた。
「ずいぶんと悠長じゃねえか、玄武。危うく抹殺されかけたじゃねえか」
『それだけの口が叩けるなら大丈夫じゃな』
「玄武って……じゃあ、あの炎と水は……」
満守の動きを封じていた炎と水がその姿を変えていく。
美しい緋色の尾をした鳥と光り輝く水色の鱗をした龍へ――
「朱雀と青龍。これで千年以上ぶりに四神揃ったな」
白夜様はそう口にすると、にやっと笑って立ち上がった。
さあ、お遊びはここまでにしよう――そう付け加えて、彼は静かに目を輝かせた。
『なるほど。三神を復活させるくらいの霊力は持ち合わせていた――ということか』
満守がブンッと神殺しの刀で朱雀の炎を薙ぎ払った。
フワンッと身をかわした朱雀がこちらに後退すると同時に、青龍が水鉄砲を打った。
満守は水鉄砲を刀でまた薙ぎ払う。
細かなしぶきとなって水鉄砲が消えてなくなるのを憎々し気に睨みつけると、満守は刀を廊下にぶっすりと突き立てた。
両手で印を結び始める満守を見た白夜様が叫んだ。
「これ以上、おまえの好き勝手にさせるかっ!」
四神が揃って満守に向かっていく。
満守の周りには黒い霧が立ち込めはじめていた。
それは空に向かってグルグルとぐろを巻いている。
「あかりちゃん、一緒にやるのじゃ!」
本殿から出てきた久能のおじい様と犬飼君が私の隣に並び立つ。
先ほど満守がやっていたように手を組むのを私もまねをする。
「オン」
両手で印を結ぶ。
「アビラウンケン」
私の胸の中にある広大な宇宙の真ん中で、真っ赤な太陽が勢いよく燃え盛っている。
「ソワカ!」
赤、白、青、黄色の四つの光が真っ黒な霧を貫くかのように勢いよくほとばしる。
『ギャアアアアアアアアッ!』
醜悪な絶叫を残して、黒い霧が消滅していく。
その霧からキラキラと光ったものがクルクルと弧を描いて飛んでくる。
それはガッと鈍い音を立てて私の足元の廊下に深く突き刺さった。
――折れた神殺しの刀だ!
前に視線を戻せば、霧の中の満守が膝をついていた。
体からはシューシューと白い煙があがっていて、輪郭が消えかかっている。
「俺様は戦神白虎。この世にはびこるすべての悪を浄化するが我が使命」
『終わらぬ。終わらぬぞ、白虎。我はおまえたちを諦めない』
満守が真っ赤な目で白夜様を睨みつけた。
それを一蹴するように白夜様はふんっと顔を背けると「千年以上も力や権力に執着するとは救いようがない」と言い返した。
「許しを乞うがいい。おまえが奪った命たちに。まあ、天に帰ることができればの話だが」
『白虎ぉぉぉぉっ!』
『ガアッ!』と、虎が咆哮と共に大きく宙を飛んで満守の頭にかぶりついた。
鋭い牙が躊躇なく、頭をかみ砕いた瞬間、満守の体は散り散りとなり、完全に消えてなくなったのだった。
「あとはおまえの番だ、孝明」
白夜様の静かなつぶやきを拾うように風が吹いた。
その風が空へと駆け抜けていく。
厚い雲が姿を消して、三日月が姿を見せる。
走り去る風をしっかりと見送ってから、白夜様はゆっくりと目を閉じた。
久能さんにそっくりな顔をした男、久能満守が大きな虎の姿をした白夜様を見て目を細めた。
白夜様はフンっと鼻先で一蹴する。
「俺様を気やすく呼ぶんじゃねえ。まあ、名前で呼ばれるよりはマシだがな」
『千年以上経っても生意気な口は直らないんだねえ』
「千年以上経ってもバカのまんまみたいだな」
満守と白夜様が睨み合う。
ビリビリと空気が震えている。
目に見えない緊張の糸が二人の間にピンッと張っているようにも感じた。
攻撃のタイミングを双方が伺っているのだろう。
緊迫する状況で、私はごくりと大きなつばを飲みこむ。
「立てるか、あかり」
「は、はい!」
「俺様がヤツの気を引く。その隙に本殿まで一気に駆けろ!」
「は、はい!」
私の答えを聞いた白夜様がトンっと廊下を蹴った。
同時に私は本殿に向かって全力で走る。
それを阻止しようと満守が羽織の袖から太い針をいくつも投げてきた。
拳銃から放たれた弾丸のように勢いをつけて私に向かって飛ぶ針を、白夜様が太いしっぽで打ち払う。
そして今度はこちらの番だとでも言いたげに高く飛ぶ。
ものすごい高速ででクルクルと車輪のように回った白夜様が満守に向かっていくのをちらり確認して、私はまた前を向いた。
「ぎゃッ!」
鈍い悲鳴が聞こえて咄嗟に振り返る。
白夜様の動きがぴたりと宙でとまっていた。
グググッと低いうなり声をあげる彼の頭を満守がわし掴みにしている。
「魂のない力のみの抜け殻など、所詮はこの程度だな」
満守が白夜様の頭をそのまま地面に叩きつけた。
彼の頭が首まで廊下にめり込む。
満守は無表情のまま、それを何度も繰り返した。
白猫の口や鼻、額から赤い血が飛び出る。
花弁のように散った血が白い体を濡らす。
「やめてッ! 白夜様ッ!」
こらえきれずに声を上げると、満守が手をとめた。
ぐったりと力の抜けた白夜様をまるでゴミを見るみたいな蔑んだ目で見つめると『はあ』と深いため息をこぼした。
「おまえになにができる? アイツがいない白虎などこの程度だ。アイツほどの力もないおまえたち人間風情にはなにもできないんだよ。考えてみろ? おまえたちは式神も扱えない。簡単な呪術ですら使えない。呪禁師《じゅごんし》としての実力はアイツよりも上であるこの我に本当に勝てるとでも思っているのか? ん?」
満守が心底バカにしたように私を見ていた。
言われたことはすべからく当たっていて、反論の余地もない。
私は久能さんじゃない。
だから久能さんみたいなことはなにひとつできない。
だけど――
『あかりさん。あなたには私に負けない力がちゃんとあります。それはね、優しい心です。これ、とっても大事な力なんですよ!』
出かける前に久能さんがそう言ってくれた。
ぎゅうっと強くこぶしを握る。
「白夜様は久能さんがいなくっても強いです。あなたみたいなヤツに絶対に負けません!」
『なかなか面白いことを言うな、娘。では、その小さな希望を絶望に塗り替えてやるとしよう』
ぐったりと倒れてしまっている白夜様に向かって、満守が手にした神殺しの刃がまっすぐに白夜様の首へ振り下ろされる。
「ダメえっっっ!」
私は白夜様のもとへ走っていた。
精一杯手を伸ばして――
――お願い! 誰か! 力を貸して! 白夜様を……彼を助けるために!
その瞬間だった。
胸の中心がカアッとものすごく熱くなった。
まるで私の中に太陽が宿ったみたいに、だ。
『そなたの願い。我が聞き届けよう』
――えッ? ええッ!?
胸の中で燃え盛ったものが一気に外へと飛び出した。
細かな火の粉が尾のように長く連なった真っ赤な炎が満守に向かってものすごい勢いで突っ込んでいく。
炎が満守をグルグルと包み込み、満守の動きを封じた。
――あれは!?
目を見張る私の横を冷たいものがシュンっと通り過ぎたのはその刹那だった。
廊下を帯のように長い水の塊が走り抜けていた。
その水が倒れた白夜様をくるんと包み込んだかと思うと、ブンッとこちらに向かって倒れた白夜様を放り投げたのだ。
宙に投げ出された彼の体が私に向かって落ちてくる。
「えッ!? ちょッ!? えッ!?」
『どきなさい、お嬢ちゃん!』
そう怒鳴られて振り返る。
普通乗用車くらいの大きさの亀が私を睨んでいた。
『早く!』
急かされて、すぐさま横に飛ぶと、のしのしっと亀が私のいた場所へ移動して、落下してくる白夜様を甲羅の上で受け止めた。
『白虎! 大丈夫か!』
亀が白夜様に尋ねると、プルっと首を振った白夜様が頭を上げた。
「ずいぶんと悠長じゃねえか、玄武。危うく抹殺されかけたじゃねえか」
『それだけの口が叩けるなら大丈夫じゃな』
「玄武って……じゃあ、あの炎と水は……」
満守の動きを封じていた炎と水がその姿を変えていく。
美しい緋色の尾をした鳥と光り輝く水色の鱗をした龍へ――
「朱雀と青龍。これで千年以上ぶりに四神揃ったな」
白夜様はそう口にすると、にやっと笑って立ち上がった。
さあ、お遊びはここまでにしよう――そう付け加えて、彼は静かに目を輝かせた。
『なるほど。三神を復活させるくらいの霊力は持ち合わせていた――ということか』
満守がブンッと神殺しの刀で朱雀の炎を薙ぎ払った。
フワンッと身をかわした朱雀がこちらに後退すると同時に、青龍が水鉄砲を打った。
満守は水鉄砲を刀でまた薙ぎ払う。
細かなしぶきとなって水鉄砲が消えてなくなるのを憎々し気に睨みつけると、満守は刀を廊下にぶっすりと突き立てた。
両手で印を結び始める満守を見た白夜様が叫んだ。
「これ以上、おまえの好き勝手にさせるかっ!」
四神が揃って満守に向かっていく。
満守の周りには黒い霧が立ち込めはじめていた。
それは空に向かってグルグルとぐろを巻いている。
「あかりちゃん、一緒にやるのじゃ!」
本殿から出てきた久能のおじい様と犬飼君が私の隣に並び立つ。
先ほど満守がやっていたように手を組むのを私もまねをする。
「オン」
両手で印を結ぶ。
「アビラウンケン」
私の胸の中にある広大な宇宙の真ん中で、真っ赤な太陽が勢いよく燃え盛っている。
「ソワカ!」
赤、白、青、黄色の四つの光が真っ黒な霧を貫くかのように勢いよくほとばしる。
『ギャアアアアアアアアッ!』
醜悪な絶叫を残して、黒い霧が消滅していく。
その霧からキラキラと光ったものがクルクルと弧を描いて飛んでくる。
それはガッと鈍い音を立てて私の足元の廊下に深く突き刺さった。
――折れた神殺しの刀だ!
前に視線を戻せば、霧の中の満守が膝をついていた。
体からはシューシューと白い煙があがっていて、輪郭が消えかかっている。
「俺様は戦神白虎。この世にはびこるすべての悪を浄化するが我が使命」
『終わらぬ。終わらぬぞ、白虎。我はおまえたちを諦めない』
満守が真っ赤な目で白夜様を睨みつけた。
それを一蹴するように白夜様はふんっと顔を背けると「千年以上も力や権力に執着するとは救いようがない」と言い返した。
「許しを乞うがいい。おまえが奪った命たちに。まあ、天に帰ることができればの話だが」
『白虎ぉぉぉぉっ!』
『ガアッ!』と、虎が咆哮と共に大きく宙を飛んで満守の頭にかぶりついた。
鋭い牙が躊躇なく、頭をかみ砕いた瞬間、満守の体は散り散りとなり、完全に消えてなくなったのだった。
「あとはおまえの番だ、孝明」
白夜様の静かなつぶやきを拾うように風が吹いた。
その風が空へと駆け抜けていく。
厚い雲が姿を消して、三日月が姿を見せる。
走り去る風をしっかりと見送ってから、白夜様はゆっくりと目を閉じた。
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