白猫様は悩める乙女の味方なり~こちら、しろねこ心療所~

恵喜 どうこ

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case6 伊藤真紀『真夏の夜のお猫様』

第30話【モニタリング】本当にかわいいんだから

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「こんな遠くまでお越しいただいて申し訳ありません。お礼なんてよかったのに」
「いえいえ。本当に二人のおかげだからさ」

 家出事件から半年後、私は『しろねこ心療所』に来ていた。
 電車で40分。
 一時間に一本しかないバスに乗ること30分。
 『神代山入り口』バス停で降りて山道を登ること20分。
 こんな山の奥までやってきたのにはちゃんと理由がある。
 二人にきちんとお礼をするためだ。

「私の夢がちょっとずつ叶ってきているのも、二人と出会ったからだと思ってるから」
「まさか真紀さんの将来の夢が漫画家になることだなんて思いませんでしたよ」

 私が渡した漫画の原稿に目を通しながら、感心するように久能さんはうんうんと大きくうなずいた。
 今日の彼は私が出会ったときとは違って黒いスーツを身に纏っていた。
 普段はスーツなんだという。
 羽織袴の和装姿もすごく似合っていたけど、スーツはスーツでなかなかおいしい。
 このまんまの姿でコミケに来ても和装同様、やっぱり人だかりができるに違いない。
 いっそプロのレイヤーさんになってみたらと伝えてみようか。

「ところで漫画家の夢のことは、ご両親にはきちんと話をされたのですか?」

 心配そうにこちらの顔をしげしげと見つめながら久能さんが訊いた。
 私は「うん」と力強く首を縦に振る。

「ちゃんと話したよ。何回もわかってもらえるまで諦めずにね。それが2人との約束だったし。でもさ、一方的なのは良くないと思って、勉強もおろそかにしないって約束した」

 あれから両親と毎日ごはんを一緒に食べられるようになった。
 たくさん話もするようになった。
 二人は仕事量を減らして、私との時間を作ってくれるようになった。
 何部屋もある広いマンションから、必要最低限の部屋だけの狭いアパートへ引っ越しもした。
 塾も習い事も減らしてくれたから、私はようやく友だちを作ることもできた。
 ここまで両親が歩み寄ってくれたのだ。
 私だって、ただ自分のしたいことだけを主張していちゃいけない。
 今の自分ができることを精一杯やる。
 だからこそ、勉強も一生懸命にやると決めたんだ。

「でもさ、ちょっと気になることがあって」
「気になること?」
「両親がね、頭の中で常に声が聞こえていたって言うんだよ。『これはすべてあの子のため。あの子のしつけのため。あの子を立派な大人にするため。そのためなら手段を選ぶな』って。父も殴ることは悪いってわかっていながらも力をセーブできなくなってたって。母もとめないとって思うのに、体が動かなかったんだって。まるで誰かに操られてたみたいだったって」
「誰かに操られていたとは……看過できない言葉ですねえ」
「なんか心当たりあるの?」
「無きにしも非ず、というところでしょうか。確証はないので、もう少し調べてみないといけませんが」
「もう少しってことは調べてるわけ?」
「ええ、他にも同じようなことをおっしゃる方が多数いらっしゃったので」

 久能さんが眉間にしわを寄せて私を見る。
 そんな彼に「あのさあ」と切り出す。

「久能さんの家の仕事って一体なんなの? 心療所の仕事の他に、お寺の住職さんとかやってんの?」
「私の家は神守坂神社なので、ときどき呼ばれるんです。白夜さんはそこの神様ですし、私はそこのお偉いさんなので」
「え? あの神社って……猫の神様だっけ?」
「大きな猫の神様です。とっても強くて、正義感の強いね」
「そっかあ、白夜は神様だったんだあ」

 隣に座る久能さんの視線を追う。
 彼の視線の先は縁側に向かっていた。
 日光浴をしながら、白夜がのんびりとくつろいでいる。
 こちらの視線に気づいたのか、彼は大きく口を開けて、ふああっとあくびをこぼした。

「ああやって見ると、白夜って普通の猫なのになあ」

 ぽそりとつぶやく。
 普段の姿はどこからどう見ても猫そのものだ。
 だけど正体は神守坂の神様というのだから驚きだ。
 
 縁側で耳を掻く白夜と目が合う。
 彼は耳を掻いていた足を下ろして前足をきちんと揃えた。
 じっとこちらを睨みつけてくる。
 なにかを言いたげな顔だ。

「間違えんな、愚民」

 隣にいる久能さんが突然そんなことを言った。
 驚いて縁側に座る猫から黒スーツの彼に目を向ける。
 髪も目も、色は変わっていない。
 頭から耳も生えていない。
 だけど口調はまるきり白夜が乗り移ったみたいになっている。
 もう一度、縁側を見る。
 白夜は座ったままだ。
 急いで視線を久能さんに戻す。
 ややあと彼は困ったように笑って続けた。

「私じゃないです。白夜様と呼べ――とあの人が。いくら神様だからって見下しちゃダメだって何度も言っているんですけどねえ」
「だってデフォなんでしょ、それ?」
「ええ。神様はいつも威厳に満ちてないといけないんですって」
「白夜! 神様だからって偉そうにしてると、持ってきたロミオジェラドルドのおいしい高級ジェラード! あんたにはあげないんだからね!」

 私の言葉に白夜の目がまんまるになって、耳がピクンッと震えた。
 長いしっぽが左右にゆれている。

「本当に甘いものにはとことん弱いんですからねえ。どうしようかなあって迷っているみたいですよ。ああ、いいこと考えました。やっぱりジェラードは私たちだけで食べちゃいましょう。いくら言ってもわかんないなら、目には目をですよ?」

 久能さんが意地の悪い笑みを浮かべながら提案した。
 その言葉にハッとなった白夜が飛ぶように駆け寄ってくる。

「本当にかわいいんだから」

 思わず苦笑した。
 素直じゃない彼が半年前の自分とどこか重なって、おかしく思えたのだ。
 そんな私の隣にやってきた彼は鋭い視線を投げながら、一緒にするなと言っているみたいに「ウナア」と不満そうな声でひと鳴きした。



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