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case4 三好結衣『絶望の前に現れた神の使い』
第20話【モニタリング】柔らかい世界で
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「実はあの後、こってり犬飼警部にしぼられたんです」
そう言ったのは私が会った白髪の白夜様にそっくりな顔をした男の人だ。
双子と言っても過言じゃないこの人こそが正真正銘の『久能孝明』先生らしい。
彼は肩を大きく落としながら「参りましたよ」と困ったように笑った。
「私も今回はやりすぎだなとは思ったんです。いつも相手にしているのは一応責任能力のある大人だから仕方ないかとは思っていたんですけどね。未成年の女の子たちを縄で縛りあげて玄関につるすなんて……しかもその子たちの首に『私たちは集団でいじめをしていたグループです』と書いた看板まで下げさせて。あっ、看板はいいんです。こういうことはオープンになったほうがいいし、彼女たちも充分に社会的制裁を受けたと思うから。でもねえ、縄で縛ってつるすのは趣味も含まれているっぽくてねえ……なんせこの人、超がつくサディストなんで」
と、先生は傍らで耳を掻いていた白猫様を指さした。
白猫様は『白夜』という名前らしい。
どうしたらこの白猫様が久能先生みたいになったのかはわからない。
だけど、私が会ったのは猫様のほうだというのは、まとう雰囲気からはっきりとわかる。
「でも感謝してます。こうして学校に通えるようになったのも、全部お二人のおかげなんで」
ここは私の通う中学校の屋上だ。
私が飛び降りた事件から一か月が過ぎている。
麻美を助けた後、自分の体に戻った私は大きなケガをしていなかったこともあって、意識を取り戻してから三日後には退院することになった。
学校に行くのは本当に怖かったけど、犬飼君と麻美が迎えに来てくれたから、安心して行けるようになった。
犬飼君の話によれば、クラスのグループLINEには私の画像は送信されていないらしい。
ううん、実際は送信されていたんだけど、麻美と犬飼君、それから麻美の取り巻きだった子たち以外の人から、その事実はごっそりとなくなっているらしい。
なんで犬飼君から消えていないのか――
それを尋ねると彼は困ったように笑いながら「うちの家系は神様憑きだから」と教えてくれた。
深い意味までは教えてもらえなかったんだけど、写真はすぐに削除したし、しっかり見ていないからと彼は真剣な顔で答えてもくれた。
そんな彼にどうしてももう一度会って白夜様にお礼を言いたいと相談したところ、わざわざ先方のほうがここまで足を運んでくれることになったのだった。
「それにすごくステキなご褒美ももらえて……お母さんに会わせてくれて、本当にありがとうございます!」
そう。
私が目が覚めたとき、傍にはお父さんとお母さんがいた。
記憶の中にしかいないお母さんが涙を流しながら『お帰り、結衣』と言ってくれたこと。
お父さんと一緒に私を抱きしめてくれたお母さんの優しい体温。
その二つを私はきっと一生忘れない。
「お母さんが必死に守ってくれたのも、同じ経験をしてすごくわかったんです。だから私、これから精一杯生きようと思います。つらいことがあっても、お母さんが守ってくれた命だから。お母さんがいつでも一緒にいてくれるから」
「そうですね。きっとお母様も応援してくださることでしょう」
「あの……それでこれ! お礼です!」
私は手にしていた紙袋を久能先生に差し出した。
「私が焼いたパウンドケーキです。白夜様は甘党だって聞いて……これ、母の得意なお菓子で、亡くなる前はよく作ってくれたんです」
「お母様のレシピですか! それは楽しみですね! 白夜さんはグルメで舌が肥えているんですが、おふくろの味には笑っちゃうくらい弱くて。あのドSで高慢ちきな白夜さんが目をほろろっとさせるんですよ? 今度、犬飼君にその写真送っておきますから見せてもらってくださいね」
「あっ! ぜひっ!」
立ち上がった白夜様が目を吊り上げて腰を弓なりにそらせた。
久能先生に敵意をむき出しにして「ウナア」と鳴いた。
『それ以上言いやがったらここから突き落とすぞ』とでも言うのか、力強くコンクリートを蹴って久能先生に飛び掛かる。
「こらっ! 白夜さんっ! そんなことしたら結衣さんのパウンドケーキ、絶対にあげませんからねっ! って、痛いっ! もう絶対にやらないっ! 私が全部食べてやるっ!」
「ウナアッ!」
じゃれ合う二人の背中にはだいだい色の空が広がっている。
まるで神様が祝福しているみたいな柔らかい色の世界で、私は思いっきり声を上げて笑った。
そう言ったのは私が会った白髪の白夜様にそっくりな顔をした男の人だ。
双子と言っても過言じゃないこの人こそが正真正銘の『久能孝明』先生らしい。
彼は肩を大きく落としながら「参りましたよ」と困ったように笑った。
「私も今回はやりすぎだなとは思ったんです。いつも相手にしているのは一応責任能力のある大人だから仕方ないかとは思っていたんですけどね。未成年の女の子たちを縄で縛りあげて玄関につるすなんて……しかもその子たちの首に『私たちは集団でいじめをしていたグループです』と書いた看板まで下げさせて。あっ、看板はいいんです。こういうことはオープンになったほうがいいし、彼女たちも充分に社会的制裁を受けたと思うから。でもねえ、縄で縛ってつるすのは趣味も含まれているっぽくてねえ……なんせこの人、超がつくサディストなんで」
と、先生は傍らで耳を掻いていた白猫様を指さした。
白猫様は『白夜』という名前らしい。
どうしたらこの白猫様が久能先生みたいになったのかはわからない。
だけど、私が会ったのは猫様のほうだというのは、まとう雰囲気からはっきりとわかる。
「でも感謝してます。こうして学校に通えるようになったのも、全部お二人のおかげなんで」
ここは私の通う中学校の屋上だ。
私が飛び降りた事件から一か月が過ぎている。
麻美を助けた後、自分の体に戻った私は大きなケガをしていなかったこともあって、意識を取り戻してから三日後には退院することになった。
学校に行くのは本当に怖かったけど、犬飼君と麻美が迎えに来てくれたから、安心して行けるようになった。
犬飼君の話によれば、クラスのグループLINEには私の画像は送信されていないらしい。
ううん、実際は送信されていたんだけど、麻美と犬飼君、それから麻美の取り巻きだった子たち以外の人から、その事実はごっそりとなくなっているらしい。
なんで犬飼君から消えていないのか――
それを尋ねると彼は困ったように笑いながら「うちの家系は神様憑きだから」と教えてくれた。
深い意味までは教えてもらえなかったんだけど、写真はすぐに削除したし、しっかり見ていないからと彼は真剣な顔で答えてもくれた。
そんな彼にどうしてももう一度会って白夜様にお礼を言いたいと相談したところ、わざわざ先方のほうがここまで足を運んでくれることになったのだった。
「それにすごくステキなご褒美ももらえて……お母さんに会わせてくれて、本当にありがとうございます!」
そう。
私が目が覚めたとき、傍にはお父さんとお母さんがいた。
記憶の中にしかいないお母さんが涙を流しながら『お帰り、結衣』と言ってくれたこと。
お父さんと一緒に私を抱きしめてくれたお母さんの優しい体温。
その二つを私はきっと一生忘れない。
「お母さんが必死に守ってくれたのも、同じ経験をしてすごくわかったんです。だから私、これから精一杯生きようと思います。つらいことがあっても、お母さんが守ってくれた命だから。お母さんがいつでも一緒にいてくれるから」
「そうですね。きっとお母様も応援してくださることでしょう」
「あの……それでこれ! お礼です!」
私は手にしていた紙袋を久能先生に差し出した。
「私が焼いたパウンドケーキです。白夜様は甘党だって聞いて……これ、母の得意なお菓子で、亡くなる前はよく作ってくれたんです」
「お母様のレシピですか! それは楽しみですね! 白夜さんはグルメで舌が肥えているんですが、おふくろの味には笑っちゃうくらい弱くて。あのドSで高慢ちきな白夜さんが目をほろろっとさせるんですよ? 今度、犬飼君にその写真送っておきますから見せてもらってくださいね」
「あっ! ぜひっ!」
立ち上がった白夜様が目を吊り上げて腰を弓なりにそらせた。
久能先生に敵意をむき出しにして「ウナア」と鳴いた。
『それ以上言いやがったらここから突き落とすぞ』とでも言うのか、力強くコンクリートを蹴って久能先生に飛び掛かる。
「こらっ! 白夜さんっ! そんなことしたら結衣さんのパウンドケーキ、絶対にあげませんからねっ! って、痛いっ! もう絶対にやらないっ! 私が全部食べてやるっ!」
「ウナアッ!」
じゃれ合う二人の背中にはだいだい色の空が広がっている。
まるで神様が祝福しているみたいな柔らかい色の世界で、私は思いっきり声を上げて笑った。
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