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case1 門奈愛華『こちら、しろねこ心療所』
第4話【計画実施】まちがえんな、愚民
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翌日、私は久能さんに言われたようにメガネをやめて、コンタクトに替えた。
一応買ってあったけれど、使わずに勉強机の引き出しにしまってあったものだ。
貯金を下ろしてホットアイロンも買ってきた。
初めてだったから扱いに苦労しながらもなんとかくるくる、ふわふわの巻き髪にした。
恥かしかったけどピンクのリップも塗って、つやつやのぷるぷるにしてみた。
鏡の前に立って自分の顔を見たときは心底驚いた。
だって別人が立っていたんだから。
とりたてて特徴のない地味な顔が立体的に整って見える。
あまりの変身ぶりに両親までもを動揺させてしまった。
母はお皿を割っちゃうし。
歯磨き途中の父は、歯磨き粉の混ざったよだれを口から垂らしたくらいだったから。
「行ってきます」
不安を抱きつつも私は駅へ向かった。
久能さんに指示された時間帯の電車に乗る。
出入り口のドア付近に立つと、しばらくして背後に人の気配がした。
いつもみたいにしっかりロックオンされている。
だけど今日はいつもと違う。
なんかおかしい。
腰の辺りになにやら硬いものが当たっている。
さらに相手の興奮したような荒い息づかいまで聞こえてくる。
すごく危険な予感がする。
「ずいぶんキレイにしてきたじゃないか?」
野太い声が鼓膜を打った。
ふうっと耳に息を吹きかけられる。
タバコとコーヒーの混ざった匂いがして、思わず顔がひきつる。
――ひいっ!
ブワッと全身が一気に泡立った。
つま先が恐怖で冷たくなっていくのがわかる。
今すぐこの場から全力で逃げたい!
助けを呼びたい!
それなのに体が固くなって指一本動かせない。
大声をあげたいのに、喉に物が詰まったみたいに空気しか出てこない。
背後でなにかもぞもぞ動いている。
続けてスカートの裾がそっとめくられる。
――やだ、やだ、やだ!
こんなことならコンタクトにするんじゃなかった!
髪型も変えなきゃよかった!
ゆっくりとスカートの下へ手が伸びてくる。
いや、手なのかもわからない。
だけど、なにかが侵入してきている。
怖すぎて固く目をつむる。
――助けて! 久能さん! 白夜さん! きっちり、スッキリ、スマートに解決してやるって言ったじゃない! うそつき!
「ぎゃっ!」
祈りが届いたのか、罵倒が届いたのかはわからない。
だけどヒキガエルがつぶれるような醜い悲鳴が聞こえたのはたしかだった。
と同時に、それまでピッタリと張りついていた人の気配がたちどころに消えてなくなった。
「こらこらこらっ。朝からなにやってんだ、おまえは」
今度は艶のある低い男の人の声がした。
たぶん久能さんだ。
だけど、こんな話し方だっけ?
こわごわ目を開けて振り返る。
スポーツキャップを被った青年がスーツ姿の太ったおじさんの腕をひねり上げている。
やっぱりどこからどう見たって久能さんだ。
でも雰囲気が違う。
ううん、それだけじゃない。
髪の色は真っ白だし、目だって淡い海の色になっちゃってる。
まるで白夜さんそのもの。
真っ赤なスカジャンなんて羽織っている。
ダークスーツをパリッと着こなす久能さんとは大違いだ。
いったいどうしちゃったの?
「いくらかわいい女子高生がいたからって、毎朝、毎朝痴漢行為って。いい大人のすることじゃねえだろう?」
久能さんが言いながら、おじさんを睨みつけた。
おじさんはだんまりだ。
「愛華。降りるぞ」
ちょうど次の駅に電車が着いたので、おじさんの腕をひねったまま久能さんが降りる。
慌てて追いかける。
電車から降りるのを狙いすましたかのように、おじさんが久能さんを背負い投げた。
彼の体がブワッと大きく宙を舞う。
「あぶないっ!」
突然の出来事に、周りから「きゃあっ!」という悲鳴が上がった。
――ホームにたたきつけられちゃうっ!
そんな私の心配を跳ね除けるように、彼はくるんと空中でしなやかに身をひねった。
音も立てずに優雅に着地した彼は、体操選手のように両手を広げ、ポーズを決めてみせたのだ。
あまりの美しい姿に周りから一斉に拍手が上がった。
「そんなバカな! 私は柔道有段者だぞ! その私の投げを……」
おじさんが目を見張る。
信じられないと、おどおどしはじめた。
挙動不審になり始めたおじさんに、彼は冷たい視線を投げた。
「愚民風情が俺様を投げるなんざ、百万年早いわ」
フンっと鼻先で一蹴して久能さんは言い捨てる。
それからお返しだと言わんばかりにおじさんの腹を思いっきり蹴っ飛ばしたのだ。
彼の体は数メートル吹っ飛んで、ホームのベンチにぶつかった。
そのままごろんと地面に転がると、辺りがざわざわし始める。
「こ……こんなことして、ただで済むと思っているのか! ぼ……暴行罪だ! 訴えてやる! 俺は○○会社の取締役だぞ! 顧問弁護士に言って……」
「ほお。俺様に人間風情が盾つこうってのか。なかなか勇敢だな、おまえ」
ニヤリ……と久能さんが笑った。
口元から吸血鬼かと思うほど鋭く尖った牙がちらりと見える。
彼の瞳孔が縦長に細くなる。
久能さんに猫が乗り移ったみたいに、だ。
「ひいっ! 化け物!」
おじさんがパニックになってあわあわと慌てて逃げ出そうと地面を這った。
すぐさま久能さんは地面に手を着くと、四つん這いになって地面を両足で強く蹴る。
屋根に届く勢いで高くジャンプしてから、おじさんの背中に思いっきり蹴りを入れて踏みつけた。
「ぎゃんっ!」
背中を踏まれたおじさんの口から、ガフッとよだれが溢れ出た。
思わず「きゃあっ!」と悲鳴を上げる周りを見回して、久能さんが「しいっ!」と牽制するように唇に人差し指をあてがった。
「いいか、おまえらは証人だ。コイツはひと月以上も痴漢行為を繰り返していた腐れ外道だ。よぉくこの顔、覚えとくんだぞ!」
ホームにいた人たちが一斉にうなずいた。
何人かが急いで駅員に伝えている。
それを見届けると、久能さんは足元で伸びているおじさんに「おいっ」と声を掛けた。
「今度また無抵抗な女子に手を出したら命はないぞ。わかったな!」
「ひ……ひぃっ……!」
頭を抱えるおじさんは見ているこちらがかわいそうになるくらい縮こまっていた。
彼のズボンの股のあたりが濡れて色が変わっている。
それくらいには恐怖を感じたんだろう。
自業自得ではあるけれど、少しかわいそうな気にもなる。
会社の偉い人だったのに……
それでも白夜さんはまだおじさんの背中から降りようとせずに、今度はスカジャンのポケットからスマホを取り出してどこかに電話をかけ始めた。
「おおっ、犬飼のおっさん? そう、俺様。そうそう。またバカをひとり懲らしめたから。あとは頼むわ。あっ、場所? 神守坂駅。じゃ、よろしく」
一方的に言いたいことを言って通話を終えた久能さんはすっかり勢いをなくしたおじさんの背中から、すとんっと降りた。
それからスニーカーをパンパンっとはたいて大げさなくらい大きなため息を吐いた。
「これ、お気に入りだっつーのに。やだねえ。汚いもんがついちまったわ」
「あの……ありがとう……ございます。久能……さん?」
頭を下げる私に、久能さんは「ああ?」と不機嫌な返事をした。
よくよく彼の顔を見ると、ひどく険しい顔をしている。
スニーカーの汚れを落としていたときよりも、もっと目が座っている。
「名前、まちがえてんじゃねえよ」
「えっ……でも……」
「たしかに孝明の体を借りてはいるが、俺はアイツじゃねえ。白夜様って呼べ。愚民め」
――やっぱり!
どういう魔法なのかはわからないけれど、目の前にいるのは久能さんの姿をした白夜さん。
そう、白猫なのだ。
「憑依術っていう古い呪術だよ。アイツの体を間借りしてるの」
「本当に……白夜さんなんですか?」
「間違えんな、愚民。白夜様だ!」
キッときつく私を睨みつけ、彼はチッと舌打ちした。
それから被っていた帽子をちらっと浮かせて見せる。
「あっ……」
浮いた先には二つのとがった白い耳。
きゅっと立った大きな猫耳だった。
「これでわかったか?」
「は……い」
やれやれと久能さんもとい、久能さんの姿をした白夜様は肩をすくめた。
「もう少ししたら警察も来るから。恥ずかしいかもしれないが、ちゃんと被害の内容を包み隠さず言えよ。そうじゃなきゃ、人間のルール使ってきっちり罪の償いをさせられないからな」
「は、はいっ!」
「んじゃ、俺様は忙しいから帰る」
「はい。本当にありがとうございました。あのっ、このお礼はどうしたら! お金、そんなにたくさん払えないんですけど!」
「ああ、それなら……」
白夜様がくるりと背を向ける。
改札口へと向かう彼の足がはたっととまると、顔だけこちらに向けた。
「慈善事業だから金はもらってねえんだよ。ま、どうしてもっていうなら体で払え。待ってるから」
ニヤリッと鋭い牙を見せて、彼は笑った。
「えっ。あっ……それってどういう……!?」
「じゃあな」
背中を見せたまま、彼は私に手を振った。
彼の背中が見えなくなるまで私はその場を動くことができなかった。
きつねにつままれた――いや、しろねこ様につままれた、まさにそんな出来事だったからという理由と、『体で払え』という言葉の意味がわからなくて。
一応買ってあったけれど、使わずに勉強机の引き出しにしまってあったものだ。
貯金を下ろしてホットアイロンも買ってきた。
初めてだったから扱いに苦労しながらもなんとかくるくる、ふわふわの巻き髪にした。
恥かしかったけどピンクのリップも塗って、つやつやのぷるぷるにしてみた。
鏡の前に立って自分の顔を見たときは心底驚いた。
だって別人が立っていたんだから。
とりたてて特徴のない地味な顔が立体的に整って見える。
あまりの変身ぶりに両親までもを動揺させてしまった。
母はお皿を割っちゃうし。
歯磨き途中の父は、歯磨き粉の混ざったよだれを口から垂らしたくらいだったから。
「行ってきます」
不安を抱きつつも私は駅へ向かった。
久能さんに指示された時間帯の電車に乗る。
出入り口のドア付近に立つと、しばらくして背後に人の気配がした。
いつもみたいにしっかりロックオンされている。
だけど今日はいつもと違う。
なんかおかしい。
腰の辺りになにやら硬いものが当たっている。
さらに相手の興奮したような荒い息づかいまで聞こえてくる。
すごく危険な予感がする。
「ずいぶんキレイにしてきたじゃないか?」
野太い声が鼓膜を打った。
ふうっと耳に息を吹きかけられる。
タバコとコーヒーの混ざった匂いがして、思わず顔がひきつる。
――ひいっ!
ブワッと全身が一気に泡立った。
つま先が恐怖で冷たくなっていくのがわかる。
今すぐこの場から全力で逃げたい!
助けを呼びたい!
それなのに体が固くなって指一本動かせない。
大声をあげたいのに、喉に物が詰まったみたいに空気しか出てこない。
背後でなにかもぞもぞ動いている。
続けてスカートの裾がそっとめくられる。
――やだ、やだ、やだ!
こんなことならコンタクトにするんじゃなかった!
髪型も変えなきゃよかった!
ゆっくりとスカートの下へ手が伸びてくる。
いや、手なのかもわからない。
だけど、なにかが侵入してきている。
怖すぎて固く目をつむる。
――助けて! 久能さん! 白夜さん! きっちり、スッキリ、スマートに解決してやるって言ったじゃない! うそつき!
「ぎゃっ!」
祈りが届いたのか、罵倒が届いたのかはわからない。
だけどヒキガエルがつぶれるような醜い悲鳴が聞こえたのはたしかだった。
と同時に、それまでピッタリと張りついていた人の気配がたちどころに消えてなくなった。
「こらこらこらっ。朝からなにやってんだ、おまえは」
今度は艶のある低い男の人の声がした。
たぶん久能さんだ。
だけど、こんな話し方だっけ?
こわごわ目を開けて振り返る。
スポーツキャップを被った青年がスーツ姿の太ったおじさんの腕をひねり上げている。
やっぱりどこからどう見たって久能さんだ。
でも雰囲気が違う。
ううん、それだけじゃない。
髪の色は真っ白だし、目だって淡い海の色になっちゃってる。
まるで白夜さんそのもの。
真っ赤なスカジャンなんて羽織っている。
ダークスーツをパリッと着こなす久能さんとは大違いだ。
いったいどうしちゃったの?
「いくらかわいい女子高生がいたからって、毎朝、毎朝痴漢行為って。いい大人のすることじゃねえだろう?」
久能さんが言いながら、おじさんを睨みつけた。
おじさんはだんまりだ。
「愛華。降りるぞ」
ちょうど次の駅に電車が着いたので、おじさんの腕をひねったまま久能さんが降りる。
慌てて追いかける。
電車から降りるのを狙いすましたかのように、おじさんが久能さんを背負い投げた。
彼の体がブワッと大きく宙を舞う。
「あぶないっ!」
突然の出来事に、周りから「きゃあっ!」という悲鳴が上がった。
――ホームにたたきつけられちゃうっ!
そんな私の心配を跳ね除けるように、彼はくるんと空中でしなやかに身をひねった。
音も立てずに優雅に着地した彼は、体操選手のように両手を広げ、ポーズを決めてみせたのだ。
あまりの美しい姿に周りから一斉に拍手が上がった。
「そんなバカな! 私は柔道有段者だぞ! その私の投げを……」
おじさんが目を見張る。
信じられないと、おどおどしはじめた。
挙動不審になり始めたおじさんに、彼は冷たい視線を投げた。
「愚民風情が俺様を投げるなんざ、百万年早いわ」
フンっと鼻先で一蹴して久能さんは言い捨てる。
それからお返しだと言わんばかりにおじさんの腹を思いっきり蹴っ飛ばしたのだ。
彼の体は数メートル吹っ飛んで、ホームのベンチにぶつかった。
そのままごろんと地面に転がると、辺りがざわざわし始める。
「こ……こんなことして、ただで済むと思っているのか! ぼ……暴行罪だ! 訴えてやる! 俺は○○会社の取締役だぞ! 顧問弁護士に言って……」
「ほお。俺様に人間風情が盾つこうってのか。なかなか勇敢だな、おまえ」
ニヤリ……と久能さんが笑った。
口元から吸血鬼かと思うほど鋭く尖った牙がちらりと見える。
彼の瞳孔が縦長に細くなる。
久能さんに猫が乗り移ったみたいに、だ。
「ひいっ! 化け物!」
おじさんがパニックになってあわあわと慌てて逃げ出そうと地面を這った。
すぐさま久能さんは地面に手を着くと、四つん這いになって地面を両足で強く蹴る。
屋根に届く勢いで高くジャンプしてから、おじさんの背中に思いっきり蹴りを入れて踏みつけた。
「ぎゃんっ!」
背中を踏まれたおじさんの口から、ガフッとよだれが溢れ出た。
思わず「きゃあっ!」と悲鳴を上げる周りを見回して、久能さんが「しいっ!」と牽制するように唇に人差し指をあてがった。
「いいか、おまえらは証人だ。コイツはひと月以上も痴漢行為を繰り返していた腐れ外道だ。よぉくこの顔、覚えとくんだぞ!」
ホームにいた人たちが一斉にうなずいた。
何人かが急いで駅員に伝えている。
それを見届けると、久能さんは足元で伸びているおじさんに「おいっ」と声を掛けた。
「今度また無抵抗な女子に手を出したら命はないぞ。わかったな!」
「ひ……ひぃっ……!」
頭を抱えるおじさんは見ているこちらがかわいそうになるくらい縮こまっていた。
彼のズボンの股のあたりが濡れて色が変わっている。
それくらいには恐怖を感じたんだろう。
自業自得ではあるけれど、少しかわいそうな気にもなる。
会社の偉い人だったのに……
それでも白夜さんはまだおじさんの背中から降りようとせずに、今度はスカジャンのポケットからスマホを取り出してどこかに電話をかけ始めた。
「おおっ、犬飼のおっさん? そう、俺様。そうそう。またバカをひとり懲らしめたから。あとは頼むわ。あっ、場所? 神守坂駅。じゃ、よろしく」
一方的に言いたいことを言って通話を終えた久能さんはすっかり勢いをなくしたおじさんの背中から、すとんっと降りた。
それからスニーカーをパンパンっとはたいて大げさなくらい大きなため息を吐いた。
「これ、お気に入りだっつーのに。やだねえ。汚いもんがついちまったわ」
「あの……ありがとう……ございます。久能……さん?」
頭を下げる私に、久能さんは「ああ?」と不機嫌な返事をした。
よくよく彼の顔を見ると、ひどく険しい顔をしている。
スニーカーの汚れを落としていたときよりも、もっと目が座っている。
「名前、まちがえてんじゃねえよ」
「えっ……でも……」
「たしかに孝明の体を借りてはいるが、俺はアイツじゃねえ。白夜様って呼べ。愚民め」
――やっぱり!
どういう魔法なのかはわからないけれど、目の前にいるのは久能さんの姿をした白夜さん。
そう、白猫なのだ。
「憑依術っていう古い呪術だよ。アイツの体を間借りしてるの」
「本当に……白夜さんなんですか?」
「間違えんな、愚民。白夜様だ!」
キッときつく私を睨みつけ、彼はチッと舌打ちした。
それから被っていた帽子をちらっと浮かせて見せる。
「あっ……」
浮いた先には二つのとがった白い耳。
きゅっと立った大きな猫耳だった。
「これでわかったか?」
「は……い」
やれやれと久能さんもとい、久能さんの姿をした白夜様は肩をすくめた。
「もう少ししたら警察も来るから。恥ずかしいかもしれないが、ちゃんと被害の内容を包み隠さず言えよ。そうじゃなきゃ、人間のルール使ってきっちり罪の償いをさせられないからな」
「は、はいっ!」
「んじゃ、俺様は忙しいから帰る」
「はい。本当にありがとうございました。あのっ、このお礼はどうしたら! お金、そんなにたくさん払えないんですけど!」
「ああ、それなら……」
白夜様がくるりと背を向ける。
改札口へと向かう彼の足がはたっととまると、顔だけこちらに向けた。
「慈善事業だから金はもらってねえんだよ。ま、どうしてもっていうなら体で払え。待ってるから」
ニヤリッと鋭い牙を見せて、彼は笑った。
「えっ。あっ……それってどういう……!?」
「じゃあな」
背中を見せたまま、彼は私に手を振った。
彼の背中が見えなくなるまで私はその場を動くことができなかった。
きつねにつままれた――いや、しろねこ様につままれた、まさにそんな出来事だったからという理由と、『体で払え』という言葉の意味がわからなくて。
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