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第一章 異世界転生

第3話 運命の出会い、まさかのプロポーズ!?

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「それにしても、よく決意されましたね」

 そう言いながら、ジブリールは私に小皿を差し出した。
 味見をしてくれということらしく、小皿には琥珀色のスープが盛られている。

「そんなに……すごいことでしょうか?」
「そんなにすごいことだと思いますよ」
 
 彼の言葉を聞きながら、私はその小皿を受け取ると、軽く香りを嗅いだ。
 食欲をそそるコンソメの匂い。
 それをくいっとひと口飲み干した。
 香り同様、コクのあるスープだった。
 
「おいしい……でも、もう少し角ばったほうが味に締まりが出る気がします」
「では、仕上げに黒コショウを少し効かせましょうかね」 

 そう言うと、彼はスープの鍋に黒コショウを足した。
 私は戸棚から三人分のスープ皿を持ってくると、テーブルの上に並べた。
 彼が静かにスープを盛り付ける。

「自分の命を危険に晒す決意をした……ということでしょう?」

 彼が盛り付けたスープ皿の隣に、別の小皿を並べていた私は手をとめて、彼、ジブリールを見た。
 思ってもみなかった。
 私が教祖を目指すということが、命を危険に晒すことになるなんて――

 でも、たしかにそうだと思った。
 
 私、アリア=ラグドールは王都『トリニア』の外れ、スラム街の小さな教会で、高齢の司祭に育てられた。
 父の顔も、母の顔も知らない。
 つまり私は孤児である。

 そんなどこの馬の骨ともわからぬ子供を、ガルパン司祭は大事に育ててくれた。
 彼はとても思慮深く、優しく、本当に僧侶の鏡だと言えるくらい立派な方だった。

 私に読み書きや計算を教えてくれたのも、スラムの子供が決して読めないような本もたくさん与えてくれたのもガルパン司祭だった。
 スラム街育ちの子には読み書きも計算も必要ない。
 学校にも行けない孤児たちが辿る道は、肉体労働以外にないからだ。
 だから、どうして本を読まねばならないか、私には理解できなかった。
 あるときそのことを問うと、彼は私の小さな頭を撫でながら、にっこりとほほ笑んで、こう答えた。

『知識はいつか、あなたが困ったときに必ず、助けになってくれるからですよ』

 私はその彼の言葉を信じ、昼夜を惜しんで懸命に勉強した。
 そうして16歳になるまで、ガルパン司祭の元で質素だけれど、しあわせな日々を送った。

 けれど、そんな生活が一変したのはひと月前のこと。

 王宮から突如『教会聖騎士団』がやってきて、ガルパン司祭が逮捕された。
 罪状は『反逆罪』だった。

 なぜ、彼がそんな罪を被ることになったのか。
 理由は私だった。

 私は『聖ルドモント教』を信仰する旧王族『ラグドール』家の末裔だった。
 そのせいで彼は100年前に滅びた旧国教と共にラグドール家を復興させ、現国教『アーダルト教』を信仰する新王族『ジラルディ』家を滅ぼそうと目論んでいると言われることになってしまったのである。
 そして彼自身、それを否定しなかった。

 彼は投獄、斬首と刑となる代わりに、私の減刑を願い出た。
 
『彼女は自分の出生もなにも知りません。すべては私ひとりが考えたこと。彼女の命まではどうか……』

 そういう経緯で、私は今、ジラルディ王国最南端の島にある『聖ルドモント教会第108支部』へと流刑となったのだった。
 
 都『トリニア』がある本土と外地の合わせて四つの島をひとつとした国が、私の転生先となったジラルディ王国。

 王国は国土が狭く、山岳地帯が多いため、居住地区がすごく限られている。
 人口も周りの諸外国に比べたら、すごく少なくて一億人。

 そんな異世界の地にすごく既視感と親近感を覚えるのは、おそらくここが日本と条件がかなり似通って『異世界の日本』みたいに感じるからなのだろう。
 そしてここはその中でも『沖縄』にあたる場所。
 ここから本土の『トリニア』を目指すには、どれくらいの時間がかかるだろう。
 
 飛行機も列車もない異世界では、途方もない旅となるに違いない。
 事実、ここに流刑になったときにも、私はかなりの苦難の旅を強いられた。

 激しい船酔いに、目まぐるしく変わる天候、荒波、エトセトラ。

 ようやく辿り着いたこの島の小さな教会が私の新しい家となったのは、ガルパン司祭が自らの命と引き換えに交渉してくれたからだ。
 
 こうして質素ながら、温かいごはんをいただけるのも、すべては育ての親の司祭のおかげ――

「ガルパン様には私も本当に、よくしてもらいました。まだまだ未熟だった私に、僧侶としての大事なことを教えて下さったのはあの方だったんです」
「そう……だったんですね」

 焼きたてのパンをひとつずつ小皿の上に置いていくジブリールを横目に見ながら、私はお盆を用意した。
 私の用意した盆へ、ジブリールはパンの皿とスープを移しながら「ええ」と力強くうなずいた。
 用意し終えると、彼は腰から撒いたエプロンを脱ぐと、私の前に立った。

 頭ひとつ分、私よりも身長が高いジブリール。
 こうして見ると、髪の長さは違えど、本当にルドモンド神とそっくりだ。
 優しい眼で見つめられると、前世最後のときに臨場したルドモンド神に見つめられているみたいで、ドキドキと胸が早鐘を打つ。
 
「アリー」

 彼は私の手を優しく取った。
 とてもしなやかで、なめらかな手だった。
 こんなところまで、ルドモンド神と一緒なんて……

「この出会いは運命です。あなたが命を賭けるなら、私も一緒に命を賭けましょう。共に『聖ルドモンド教会』を立て直しましょう、絶対に」

 ぎゅうっと力強く私の手を握りしめて、きっぱりとジブリールは言った。
 まるで愛の告白のように熱っぽい言葉に、まなざし。
 顔が熱い。
 心臓の鼓動は早まるばかり。

「こ、こちらこそ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」

 なに言ってるの、私!
 これじゃあ、ジブリールに呆れられる!


 そう思ったのに――

「全身全霊であなたを支えます。私の聖女」

 まるでプロポーズを受けてもらえた恋人のように、ジブリールは優しくほほ笑んだのだった。 

 

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