可愛い女子高生に転生したあたしの第二の人生が、イケメン悪魔によってめちゃくちゃになっています

恵喜 どうこ

文字の大きさ
上 下
13 / 14
第二話 悪魔と弟子としあわせの鳥

しあわせの鳥

しおりを挟む
「ふわあああああ」

 お師匠先生は雲ひとつなく冴え渡った空に向かって片手を突き上げながら、涙目で大あくびした。学校までの十分足らずの道のりを、彼はうつらうつらと船をこぎつつ歩いている。

 それもそのはず。ちゅんたが巣立ち、これまでの忙しさが嘘のように暇になった。おかげでお師匠先生はやることがなくて退屈で、退屈で仕方ないんである。

 仮にも教壇に立っている身の上なんだから、もう少し実を入れて生徒に教えたらいいと思うが、そもそもお師匠先生が『美術教師』なるものを選んだのは「芸術は自由だから、好きにしたらいい」と、正々堂々、職務放棄ができるからだった。そう言われたら身も蓋もあったもんじゃない。

 が、この世の無責任を一手に引き受けるくらいには無責任極まりないお師匠先生である。「それじゃ、教えを乞う生徒があまりにも不憫だ」と言ったところで「ならば教えてくれる人に乞えばいい」と一笑に付すだけで、聞く耳なんか持ちゃしない。

 そもそも、彼に「身を粉にして働き給え」なんてことは戯言以外の何物でもない。つまるところ、お師匠先生には何を言っても無駄なんである、興味を引くこと以外は。

「ちゅんた、元気でやってますかねえ」
「まず大丈夫でしょう。あんな凄腕ハンター、二羽といないでしょうから」
「はあ……そうですよねえ」

 あたしはちゅんたの立派になった広い背中を思い出し、嘆息した。彼は鳥界でも類を見ない狩り名人になって巣立っていったんだが、そうなった原因は、言うまでもなくお師匠先生だった。

 あたしたちがガーゴイルに襲われたあの日。怒りに満ちたお師匠先生はガーゴイルたちを、鳥界で大人気の昆虫であるハエに姿を変え、ちゅんたに狩りの練習をするように命じたんである。

 それは阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図とも言えた。

 ちゅんたは、指南役を買って出たチュン太郎兄さんの言うことを、それはそれはよく聞いた。ハエなったガーゴイルたちが泣こうと喚こうと執拗に追い回し「お願い、食べてくれ」「ご慈悲をくだされ」と哀願してこようがトコトン無視して突き回した。

 そうして日が暮れるまで何時間も、何時間も狩りの練習に勤しんだ。
 逃げ疲れたガーゴイルたちが飛ぶことすらままならなくなったころ、ようやく狩猟の修業は終わりを告げた。

 ちゅんたはその鬼のような修行の結果、疾風のような俊敏さと、相手を一撃で仕留める攻撃力、さらにはどんな場所に隠れようとも確実に獲物を捉える探索力を手に入れた。そのあまりの勇猛な姿に、「ホークアイ(鷹の目)」という異名をつけたチュン太郎兄さんたちは、その名を鳥界に広めに走っていった。

 これら一連をにこやかに眺めていたお師匠様は、手にしていたクリームソーダからクリームがポタポタこぼれ落ちようとも「ツバメが鷹になった」と諸手を上げて喜んだ。川村さんも感無量といった様子で、大きな両目からドバドバと滝のように涙を溢れさせた。

 かくいうあたしも、ちゅんたの目を見張る成長に涙を禁じえなかった。オイオイと声を上げて男泣きに泣いた。胸の奥に噴水の蛇口があって、そこから一気に水があふれ出てくるように、感情がドッと溢れてきて、止めようにも止められなかった。こんなことは初めてである。

 そしてまた、そんなあたしの頭を、お師匠先生が優しくポンポンしてくれた。とても珍しいことである。
 彼は大量の鼻水を垂れ流して泣き倒すあたしに「いいかい」と言った。

「子供はいつだって旅立つものなんだよ」

と、らしくもなく、しみじみとした声風でそんなことを囁いた。

 だもんであたしは、もっと泣けてきてしまった。
 なんだかそれは「おまえもいつか私から旅立って行くんだからね」と念押しされているみたいだったから。

 でも、お師匠先生には言わなかった。切ない気持ちがこみあげてくるのを、グッと胸の奥深くにしまい込んで、あたしたちはちゅんたと最後の時間を過ごした。

 まず、お師匠先生が念願だったちゅんたとの散歩を成就させた。あたしたちもちゅんたの背に乗って、並んで散歩に同行した。

 遥か向こうに遠州灘の水平線が見えた。沈んでいく真っ赤な夕日は、青かった空と海とを橙色に染め、境界線を曖昧にさせた。
 美しい絵画みたいに水面は白波を立て、キラキラとまばゆく光っていた。みんな、弾けるような笑顔を浮かべていた。あたしも笑っていた。

 なんと楽しく、なんと胸躍ることか。この夕日を、きっとあたしは一生忘れまい――そう思った。

 そうして空の散歩を終え、家路についたあたしたちは、ちゅんたの大好物のお団子を山ほど作り、同じカップラーメンを啜った。特性の巨大プリンアラモードを皆でガツガツ平らげ、ちゅんたの羽毛にうずもれてぐっすり眠った。

 しかし、どんなに来るなと願っても、旅立ちの朝はやってくる。
 その日、お師匠先生はちゅんたに掛けた魔法を解いた。魔法が解けて普通のサイズに戻ったちゅんたは、川村さんの手のひらから元気に空へと飛び立った。一度、近くの電線に停まったあとは、もう振り返ることなく大空へと羽ばたいていった。

 去っていくちゅんたを見つめながら、お師匠先生は川村さんに質問した。

「きみはこれでよかったかい?」
「はい、先生」
「とてもいいことをしたと思うかい?」
「はい、先生。とってもいいことをしたと思います」
「そうかい。それはどうもありがとう」

 立派な漆黒の片翼が姿を見せたのと同時に、川村さんの意識は吸い込まれるように失われていった。
 こうしてあたしたちの二週間に渡るちゅんたとの生活は終わりを告げると同時に、川村さんの相談も無事に解決することになった。

「しかしなあ、やっぱりスタンプ一個は納得がいかないなあ。だって、考えてごらんなさい? 町の美化活動にも一役買ったし、働かずにゴロゴロしているだけの旦那連中も働いて、奥様方のストレス減にも役だったし。それにむやみに人の世界を荒らしていたうちの連中にも仕置きしてやったし。なにより無駄に犠牲を出してないじゃないか、今回! 良いことづくめなのに、なんでおまけのスタンプがないのか。あのイカレ天使は天使のくせに慈悲というものが皆無だね。鬼天使だね。いや、鬼〇〇〇野郎だね」
「そうですねえ……」

 あたしは静かに相槌を打った。

 たしかに――とは思う。人の世界で好き放題して、むやみに命を食い散らかしていたガーゴイルたちだって、お師匠先生は殺しはしなかった。最後の最後に慈悲深さを見せ、あるべき世界へ帰らせた。

 なお、彼らは昔、お師匠先生が飼っていたというガーゴイルらしい。小さい頃は可愛く、なにかとお師匠先生の後ろをついて回ったガーゴイルたちだったが、思春期を迎えたころに、お師匠先生の大事にしているドールたちを引きちぎって遊びんだせいで怒りを買い、片目を奪われたうえ捨てられたらしい。

 その後、余計にやさぐれたガーゴイルたちは人間界へ潜入。自分たちを捨てたお師匠先生にいつか仕返ししてやろうと力をつけるために命を貪ったということだった。

 こうして聞いてみると、ちゅんたの家族が亡くなった理由は元を正すとお師匠先生のせいということになる。当のお師匠先生は「言いがかりにもほどがある」とぷうぷう文句を垂れまくっていたが、一度拾った命を捨てたお師匠先生がやっぱりどう考えても悪いわけで。

 そして一度捨てたということは、二度目がないとは言い難いわけで。あたしはこの先の未来に愁いを抱くことになってしまった。とはいえ、今回に限って、お師匠先生はほぼ悪さを働いていない。
なれば、なぜスタンプが一個だけだったのか。

 それはひとつだけ、してはならない禁忌をお師匠先生があえて犯したから――

「流生先生え! すずめさあん!」




 背後から飛んできたなじみ深い声に、あたしとお師匠先生は足を止めた。振り返ると、ぽわぽわ綿毛を絵に描いたような美少年が、息を切らしてこちらに走って来るところだった。

「おやおや、そんなに急がなくても遅刻なんてしやしないのに。どうしたんですか、川村くん」
「あのね、これをさ。見せたくって」

と彼は、手にしたものをあたしたちの前に差し出した。

「トンボ?」
「うん! 朝、起きたらベランダに置いてあった」
「ちゅんた……の貢ぎ物?」
「たぶん」

 そう言って、川村さん、もとい真琴くんは笑った。

「ツバメの恩返し……なんてあるのかなあ?」
「さあ? 聞いたことないけど」
「どうせ恩返しなら、私。トンボより可愛いクッキーとかがいいなあ。ちゅんた、持ってきてくれないかなあ?」
「あっ。それなら、ぼく。コーギーのプリケツクッキー焼いてきましたよ!」
「あら! それはなんてすばらしい!」

 あたしたちは連れ立って歩き出す。他愛ないことを話しながら笑い合う真琴くんの記憶からはあたしのことも、ちゅんたのことも、ちゅんたと過ごした日々もすべて消えてはいない。お師匠先生が記憶を消さなかったから――これが原因で、あのクリクリ金髪天使からはスタンプを余分に押してもらえなかったんである。

 どうして記憶を消さなかったのか。消せばスタンプが三つはもらえたはずなのに――と天界のミカエル様の元を立ち去るときにあたしは訊いた。

 するとお師匠先生は「そんなアホな質問をわざわざするとは」と呆れたようにあたしを見た。


「きみのしあわせな笑顔を見るのが、私の楽しみだからに決まってるじゃないか」


と、彼はさらりと言ってのけたんだった。

 あたしはちらりと隣に並んで歩くお師匠先生を盗み見る。
 可愛いものが大好きで、己が楽しいを貫くためには何を犠牲にしてもかまわない傍若無人な高等悪魔。
 だけどお涙頂戴に弱くて、家事全般苦手で、人一倍世話が焼けるし、暇つぶしで遊んだあとの尻拭いはいつもたいへん。

 だけど、こんなに弟子思いのお師匠先生はこの世の中、どこを探してもいないに違いない。

 思わずにやけてしまいそうになるのをぐっとこらえるために、あたしは空を見た。
 ツバメが飛んでいた。
 ちゅんただろうか。

 ツバメはあたしたちの頭上をひゅんっと飛び去って行った。風が立つ。その風に頬を撫でられたあたしは、ようやく思い当たった。

 ツバメはしあわせを運ぶ鳥だと言う。例に漏れず、あたしもその恩恵に預かったんだと――

「ありがとう、ちゅんた。また来年、元気に会いに来るんだよ!」

 あたしはそう叫んで、去っていったツバメに思いっきり手を振った。

 (おしまい)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...