可愛い女子高生に転生したあたしの第二の人生が、イケメン悪魔によってめちゃくちゃになっています

恵喜 どうこ

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第二話 悪魔と弟子としあわせの鳥

騙された悪魔(1)

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「帰るったら、帰るうううう」
「今さら何言ってんですか!」

 約束の午後四時をほんの一分ほど過ぎた頃、あたしは脱兎だっとのごとく調理室から逃げだそうとしたお師匠先生の首根っこを引っ掴み、引き戻そうとグイグイと引っ張った。

 するとお師匠先生は必死になって扉に縋りつき「や~だ~よおおおお」と歌舞伎役者顔負けの勢いで、長い黒髪を振り乱して叫んだ。

 今回、正体を完全に隠すためにあたしもお師匠先生も揃って『若女わかおんな』『若男わかおとこ』の能面を被り、衣装も『メイド服』と『燕尾服えんびふく』にしている。そんな二人が調理室の入り口で押し合いし合いを繰り広げているわけだ。奇怪なこと、この上なしである。

 ゆえに騒ぎを聞きつけた数多あまたの生徒たちは我々の奇々怪々な姿を一瞬目撃しただけで「怪異だ!」「たたられる!」と悲鳴を上げて逃げ去っていった。悲鳴は悲鳴を呼び、学園中が悲鳴の波に飲み込まれていくのを聞きながら、あたしはようやっとの思いでお師匠先生を室内に戻すことに成功。そのままピシャリと扉を閉めて、仁王立ちしてお師匠先生を睨み据えた。

 彼は大きな背をこれでもかというくらいまん丸に丸めて「すずめくんのバカ! いじわる! こんこんちき!」とぶうぶう不平を漏らした。

「シャラアアアップ! 相談事を選ぶ権利は我々にはありませんよ! ほらっ、戻った、戻った!」

 しっしっと手で追い払うようにすると、お師匠先生は頬袋にコラショとどんぐりを詰め込んだリスみたいにほっぺたを膨らませて「なんだい!」とちんぷりかえった。

「きみは私に彼の相談を受けろと言うのかね? だいたいねえ、彼は私をめた男だよ? なんだって、そんなヤツの相談聞いてやんなきゃならんのか……」
だまされるほうが悪いからです」
「キイイイッ」

 燕尾服のしっぽの部分を悔しそうに噛むお師匠先生ははなはだ憐れであるけれど、言ってしまえば身から出たさびというだけのことだ。

「あの……本当にごめんなさい」

 おずおずと今にも消え入りそうな声で言ってきた相手に目を向ける。身長百六十センチくらいのぽっちゃり男子くんが今にも泣きそうな顔で立っていた。ぽわぽわとした茶色の猫ッ毛に二重の大きな目。真っ赤なほっぺたに丸い鼻。お師匠先生が嫌悪するほど不細工でもイケメンでもない彼は落ち着かないのか、しきりに髪を指に巻き付けている彼が、正真正銘、手紙の差出人である一年二組所属の『川村真実』さん(男性)なんである。

 おバカなお師匠先生は差出人の正体を確認もせず、まんまと騙されちゃったまんま、相談場所へとのこのこ出向いたというわけだった。

「まったくさあ。ひどいじゃないか! 私はとっても傷ついているんだよ!」

 お師匠先生は自業自得であることなど、棚の上にうっちゃり(放り投げ)まくって川村さんを責めた。

「でも……男子の相談は……ちゃんと聞いてもらえないみたいだし……」
「だからって! 女子のフリしちゃいかんでしょ! 女子のフリしちゃ!」

 お師匠先生はずずいっとぽっちゃり男子くんに迫った。彼は縮こまって「ごめんなさい」と涙声で謝った。

 なんと不憫ふびんなことか。
 あたしからすれば、彼の言っていることこそが真実である。女子のフリをして相談しなかったら、お師匠先生がここへ来ることは間違いなくなかったと断言する。

 百歩譲って、お師匠先生の主張を肯定するにしろ、悪意があってしたとは考えられない。人を騙して喜ぶような性悪さはなさそうだし、声だって小さい。おそらく相当切羽詰まっていたんだ。そうでなければ学園黒紳士の悪名の数々を聞いてなお、誰が相談などするだろうか。熟考の上に熟考を重ねて実行へと踏み切ったんだろう彼を思うと、同情を禁じ得ない。

 あたしはやれやれと肩を竦めると「そのへんにしましょうよ」とお師匠先生をなだめた。

「彼だって、騙したことについてはすごく反省してると思いますし。それにやむにやまれぬ事情があったんでしょう。話くらいは聞いてあげたらどうですか?」

「う~む」とお師匠先生はうなった。あたしの提案に、川村さんは首がもげそうな勢いで、何度も何度も頷いた。

「お願いします! お願いします! ほらっ、手作りクッキーもご用意したし!」

 そう言って、彼は机の上に置いていた白い皿を持ち、お師匠先生の前に差し出した。彼の持つ皿を見た途端、お師匠先生は「んぐっ!」と喉を詰まらせた。ふるふると震える指でクッキーをつまむ彼は感嘆のと息を漏らした。

「なんとかわゆい……」

 首にリボンをつけたクマちゃんの形のクッキーを見て、お師匠先生はうっとりしている(ように見える)。しかも、リボンの色は桃色や水色、黄色といった具合にカラフルな色のアイシングが施されているし、顔に至っては笑顔だったり、ウィンク顔だったりと、チョコペンで表情豊かに描かれている。どれ一つとして同じものがないクッキーを見て、お師匠先生がくねくねと腰砕け状態になるのも仕方のないことに思える。

「これ、私が全部もらってもいいの?」

 燕尾服のテールをフリフリしながら、若男の仮面をつけた男がおずおずと尋ねる姿はとても奇怪である。
けれど、この質問に川村さんは怯えるどころか、負けず劣らずのもじもじっぷりで気恥ずかしそうに「ぜひぜひ」と答えた。

 それを聞いたお師匠先生は彼から皿を受け取ると、手にしていたクッキーを一口にぱくりと頬張った。もぎゅもぎゅとかみ砕いたあと、ごっくんと大きく喉仏が動き、飲み込んだ後で「ほわあああ」と魂の抜けた息を吐いた。

「サックサクでとても美味しい! これ、売ればいいのに! 広報は私に任せなさい。絶対にきみをカリスマクッキー師にしてあげるから!」
「とんでもない! ただの趣味だし……」
「なに言ってんだい! 才能を無駄にする気かい? ほら、ここにサインを……」

 そう言って、お師匠先生は懐から一枚の紙と羽ペンを取り出して、彼に差し出した。彼は困ったように「本当に大丈夫なんで」と両手を突き出す。

 いったい、なにをやってんだか――お師匠先生が取り出したのは『悪魔との契約書』だ。あれにサインしたら最後、彼はお師匠先生のいいなりのまま、カリスマクッキー師の道をひたすらに、ただひたすらに歩まねばならなくなる。
 それだけならまだいい。
 お師匠先生のことだ。プロヂュースのマージンの跳ねっぷりは「さすが高位悪魔!」と大称賛したくなるぐらい半端ないに違いない。心身ともにボロボロになりながらも「食べてくれる人の笑顔のためにがんばります!」と健気にクッキーを焼く川村さんの姿が安易に想像できる。まったく油断も隙もあったもんじゃない。本当についてきてよかった。

「もう! いい加減にしろ!」

 紙と羽ペンを取り上げると、お師匠先生は「なにすんだよお」と不満の声を上げた。

「望んでない将来を押し付けない!」
「きみまでそんなたわけたことを言うのかい? 私は年長者として、彼に天職を見出してあげたんじゃないか!」
「なあにが年長者だ、この腐れこんこんちきめ! そんなことばっかしてるから、あのお天使野郎にウリウリいじめられるんだ!」
「なんて悪い口を聞くんだい! お口の病院へ連れて行っちゃうよ?」 
「シャラアアップ! あんね、あたしはクソ忙しいの! 家に帰ったら宿題もしなきゃなんないし、家事だってある! わかる? あたしは! 多忙に多忙を極めてんの!」

 なんだかんだと四時十五分を過ぎてしまっている。今から相談を受けて、家に帰れるのはどう考えたって五時を過ぎるだろう。宿題や家事だけじゃなく、好きな動画配信を見る時間も確保したいし、魔法の勉強もしなくちゃならないことを考えると、このままお師匠先生にイニシアティブを取らせておくのは非常によろしくない。彼は自分さえ面白ければ、周りがどうなろうと知ったこっちゃないんだから。

 ぽっちゃり男子くんをまず座らせて、その向かいにお師匠先生を、隣にあたしも腰を下ろす。ポケットからメモ帳を取り出して広げると、彼に話をするように「どうぞ」と促した。

 彼は気持ちを落ち着かせるかのように一呼吸置いてから「実は……」と床に置いていたらしい、手のひらサイズの小箱を取り出した。空気穴だろうか。五ミリ程度の穴がポコポコといくつも開けられた蓋を開ける。

 クッキーに夢中だったお師匠先生がその中身を見た瞬間に豹変した。中身に引き寄せられるように、ぐいっと身を乗り出した。

「こ……これは……!」

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