かちょもふっ~課長と始めるもふもふライフ~

恵喜 どうこ

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第18話 直感です

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 部屋に入っても、係長はそわそわと落ち着きがなかった。
 妹尾がいなくなったことで心細いのか。飲み物を探しに台所に行けば、係長は俺のあとをちょこちょことついて歩いた。
 座椅子に腰を下ろせば、俺の膝の上に乗ってきて丸くなる。
 横になろうと布団に入れば、その横でウールサッキングをする――という具合だ。

 俺の握りこぶしよりも小さい係長の頭をなでる。
 本当に小さい。少しでも力加減を間違えたら、壊してしまうほどには小さくて、か弱い生き物とよもや、一緒に過ごす日がやってくるとは思いもしなかった。

 小さな命が俺を頼っている。そのことがこれほどうれしいものだということを、この40年間、俺は知らなかった。

「保護活動かあ」

 NNNのエージェントではなかったが、妹尾は週末に保護猫活動の手伝いをしているのだという。
 具体的にはなにをしているのだろう。
 そもそも、保護活動をしなければならないほど、困った事態になっているのだろうか。

 枕元にある充電中のスマホを手に取った。ネットワークアプリをタップして『猫 保護活動』で検索してみる。

「すげぇな」

 いろんなサイトにヒットした。Googleの1ページ目にざらっと目を通す。
 飼えなくなったペットを引き取る団体や長期的に預かってくれる施設があることを初めて知る。
 とりあえず、トップにきたサイトから順に覗いていくことにした。

 読んでいく中で俺が気になったのは『飼った後で猫アレルギーになったから捨てた』という話だった。
 内容を読むうちにあまりにもショックでスクロールする手がとめられなかった。
 どうしてこんなことをするんだと、理由を知りたくなった。簡単に命を捨てる人間がいる。
 しかも、一緒に暮らしていて、かわいがっていたのに捨てる。
 その心理をどうしても知りたくなったからだった。

 たしかに元々は係長と同じ野良の子猫だ。
 保護団体で健康管理もされて、人にもなつくように躾された子だ。
 それでも引き取った飼い主からしてみたら、アレルギー反応が出た以上は自分たちの命に関わる問題へ発展するから、泣く泣く捨てるという選択をしなければならなかったのかもしれない。
 いや、命だし。生き物だし。
 感情があるんじゃないかと思ったら、胸がキリキリと痛んでしかたなかった。

 もしも、だ。この先、俺にアレルギー反応が出たとする。もう飼えない。おまえもしあわせになれと係長を外に放り出したとする。
 俺が小さかった頃は野良猫が近所にゴロゴロしていた。
 むしろ、いることが当たり前の時代だった。
 猫がゴミを漁るのも普通に見かけたし、かくれんぼしていて、猫のフンを踏んでしまったこともある。
 でも、今の世の中はどうだ? 
  食べ物を得るためにゴミを漁ろうとしても、ネットがかかっていて容易にありつけなくなった。
 猫だけでなく、カラスだって苦労している。
 雑食のカラスは弱っている猫を容赦なく狙うだろう。
 そうなれば彼らが餌になってしまう。
 それに加えて車の往来が昔よりも断然激しくなっている。
 人間よりも視界の低い猫だったら、車の存在に気づかずに横断中にひかれてしまう可能性も高いだろう。
 気候も昔と変わった。夏は日陰にいたって暑さをしのげない。冬は極寒で、コンクリートは氷みたいに冷たくなる。
 外は危険極まりないところで、猫たちが簡単に生きのびられるような場所じゃない。
 そんなところに係長を離す?
 想像するだけで、背中がぞくぞくと気持ち悪くなるほど寒くなる。

 ーー俺にはできない。

 たった2日しか一緒にいない。
 だけど係長に俺は必要とされている。
 そんな彼が俺も愛おしい。手放してしまったら、罪悪感で俺は自分を責め続けるだろう。
 しかし、実際に放棄してしまう飼い主は多いみたいだった。

 野良猫は駆除の対象にもなるのだという。
 捕獲されて、里親が見つからなければ保健所で処分されるのだ。
 年間で約九万匹もの捨て猫や野良猫が命を奪われる。
 子猫の処分の割合がとても高い――そんな現実を目の当たりにして、心の中が氷河期みたいに氷で閉ざされる。
 こんなことが実際に起こっているなんて思いもせずに生きてきた。
 関係のない世界だったから、知ろうとも思わなかった。
 だけど知ってしまった。知らなければ、いつもと同じ道も歩けただろう。
 しかし、俺は猫たちのいる世界にもう足を踏み込んでしまったのだ。今まで歩いていた道には戻れない。

 俺の指先が自然に係長の体に触れていた。
 この小さな命だって、妹尾が拾わなければ、飼い主が見つからなければ、そうなる運命だったのかもしれない。

 小さな体に鼻先を埋める。係長の心臓の鼓動が指先を伝わる。
 ふわふわの毛が鼻の穴をくすぐったけど、俺は構わずに頬ずりした。
 健やかな寝息が聞こえる。
 それがとても心地よかった。

 妹尾はなぜ、俺に係長を送り込んだのだろう。
 俺をコイツの飼い主にしようと思ったのだろう。
 そんなことを聞けば、アイツのことだ。

「直感です」

 なんて言い返しそうだけど。

「アレルギーのことまで、ちゃんと説明しなくちゃな」

 会社で猫を飼う。そのリスクの中に猫アレルギーのことまで考慮していなかった。

 ーーそれじゃダメだ。

 寝ている係長を起こさないように、俺はそっとベッドを出た。ハンガーラックに掛けたニットカーディガンを羽織ると、窓辺のデスクに置いたノートパソコンの電源を入れる。

「きっと解決方法があるはず!」

 猫アレルギーの心配を減らす解決法を探して、それも提示する。
 多くの人に受け入れてもらえるように――今の俺に必要なのは猫という生き物をよく知ることだった。
 妹尾も言っていた。どんな些細な情報でも逃さずに集めることで、武器にできるのだと。

 プレゼンで答えられない問題を残してはならない。相手は百戦錬磨の管理職たち。
 そして絶対に負けられない戦。
 明日は大いに勝鬨《かちどき》を上げなければ――

 椅子に深く腰を掛けて、俺はマウスを握った。
 それから空が白み始めるまでずっと、パソコンの画面と向き合い続けていたのだった。
 
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