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第3話 課長と係長
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オフィスに戻るとすぐに妹尾は子猫の育成キットをセッティングした。慣れた手つきでテキパキとケージを組み立てる。トイレに砂を入れて表面をならした後、トイレシーツを丁寧に受け皿の下のスライドケースに敷く。完成したトイレはケージの一階に置いて、隣に毛布をたたみ入れる。子猫がトイレに行けるように爪とぎはトイレの隣に設置して足場にしてやる優しい心遣いも忘れない。
「どうですか、課長!」
育成キットを組み立て終わった妹尾が額ににじむ汗を拭いながら、爽やかな笑顔を添えて俺のほうへ振り返った。
「立派だな」
俺のデスクの真後ろに二階建ての立派な猫のお家ができている。その高さ、およそ120㎝。しかも、だ。狭い場所でも大丈夫なようにスリムタイプを選んだらしい。おかげで思ったよりも窮屈には感じない。よくできた男だ。コイツが異性だったらどんなによかっただろう。いや、コイツを恋人にできるヤツがうらやましい。細やかな配慮。曇りのない素直な笑顔。超がつくほどのポジティブ思考。
「う……!」
ぎゅうっと胸がしめつけられる。思わず自分の胸をつかむ。心筋梗塞か。最近、ストレス過多でタバコの本数が増えているせいかもしれない。
「課長?」
俺の異変に妹尾が身を屈めて顔を覗きこんでくる。しかも超至近距離で。
――はっきりした二重だなあ。近くで見るとまつ毛もすごい長いな。
途端に心臓が2度跳ねた。体温までもが急上昇。
「な、な、なんでもない! それより子猫をそこに入れてやれ!」
「そうですよね」
俺の手から大事に猫を受け取る妹尾の指先の感触に、ビビっと体に電流が走る。
――どうした、小宮山誠一郎! しっかりしろ!
「あの、課長」
ふうふうと呼吸を整える俺を気遣うように妹尾が声を掛けてきた。
「な、なんだ」
「名前、どうします?」
「な、名前?」
「ええ。ないと不便ですよね?」
胸に白色のもふもふを抱きながら妹尾が問う。たしかに彼の言うとおり、名前は必要だろう。だが、突然言われても、パッと浮かぶわけがない。
ホワイトチョコレートのような白い毛。アクアブルーのつぶらな目。クリーム色の三角耳。ちょっと短めの鍵しっぽ。愛らしい口。立派なひげ。
「えっと……そうだな」
どうせなら、かわいい名前がいいだろう、と顎に手を添えて思案する。
「係長で」
「は?」
「課長の下だから、係長はどうですか?」
「なんのジョークだ?」
「え? かわいくないですか? 課長、係長って、コンビっぽくて」
「ねえ、係長」と妹尾が子猫の頬をなでる。
「みぃ」と子猫が鳴く。しかも、うっとりとした顔で。
どこの漫才コンビだよ、なんてツッコミを入れさせる隙がない。
「係長で……」
「はい!」
こうして名前も決まり、子猫もとい係長は俺の後ろのケージにそっと入れられた。
係長は警戒してケージ内をウロウロしたり、トイレの砂をサクサクと掻いたりした。しばらくそんなことを繰り返すと落ち着いたのか、毛布の上にちょこんと座り「みぃ」と鳴いた。
「気に入ったみたいです!」
「よかったな」
まさかオフィスでもふもふを育てることになるとは。ひとまず育成環境が整ったところで仕事を再開する。
デスクのパソコンに向き合い、書類作成をする。目を通さなければならない書類がデスクの片隅で山になっている。
ひとつ片づける。しかし、一向に仕事は減らない。部下の指導。上司への報告。お客さんとの打ち合わせ、エトセトラ。中間管理職はつらいことも多い。コーヒーはこれで何杯目になるのだろう。
ふと顔をあげて辺りを見回す。俺のデスクから少し離れたところに座った妹尾と目が合った。彼はニッコリ笑みを浮かべて、後ろを指差す。
――ん?
椅子をゆっくりと回転させて、ケージを見る。思わず口を両手で覆った。
――なんて愛らしい!
係長がピンクの毛布の上で丸くなって眠っている。口元が笑っているように見える。その無垢な寝顔に俺の胸がきゅんっとかわいい音を立てた。
一気にイライラが鎮まる。心がほわんと温かくなる。なんだろう、この気持ち。ずっと見ていたい。できるなら、隣で横になりたい。
「課長……あの……この書類なんですけど……」
夢から一気に現実に引き戻される。慌てて椅子を元に戻した。危ない。もう少しでメルヘンの国へ旅立つところだった。
「わかった」
部下から書類を受け取って目を通す。しかしどうにも目が滑る。
振り返りたい衝動を必死に押し殺しながら、書類とにらめっこする。
そんな俺を見た妹尾がくすっと小さく笑ったような気がした。
「どうですか、課長!」
育成キットを組み立て終わった妹尾が額ににじむ汗を拭いながら、爽やかな笑顔を添えて俺のほうへ振り返った。
「立派だな」
俺のデスクの真後ろに二階建ての立派な猫のお家ができている。その高さ、およそ120㎝。しかも、だ。狭い場所でも大丈夫なようにスリムタイプを選んだらしい。おかげで思ったよりも窮屈には感じない。よくできた男だ。コイツが異性だったらどんなによかっただろう。いや、コイツを恋人にできるヤツがうらやましい。細やかな配慮。曇りのない素直な笑顔。超がつくほどのポジティブ思考。
「う……!」
ぎゅうっと胸がしめつけられる。思わず自分の胸をつかむ。心筋梗塞か。最近、ストレス過多でタバコの本数が増えているせいかもしれない。
「課長?」
俺の異変に妹尾が身を屈めて顔を覗きこんでくる。しかも超至近距離で。
――はっきりした二重だなあ。近くで見るとまつ毛もすごい長いな。
途端に心臓が2度跳ねた。体温までもが急上昇。
「な、な、なんでもない! それより子猫をそこに入れてやれ!」
「そうですよね」
俺の手から大事に猫を受け取る妹尾の指先の感触に、ビビっと体に電流が走る。
――どうした、小宮山誠一郎! しっかりしろ!
「あの、課長」
ふうふうと呼吸を整える俺を気遣うように妹尾が声を掛けてきた。
「な、なんだ」
「名前、どうします?」
「な、名前?」
「ええ。ないと不便ですよね?」
胸に白色のもふもふを抱きながら妹尾が問う。たしかに彼の言うとおり、名前は必要だろう。だが、突然言われても、パッと浮かぶわけがない。
ホワイトチョコレートのような白い毛。アクアブルーのつぶらな目。クリーム色の三角耳。ちょっと短めの鍵しっぽ。愛らしい口。立派なひげ。
「えっと……そうだな」
どうせなら、かわいい名前がいいだろう、と顎に手を添えて思案する。
「係長で」
「は?」
「課長の下だから、係長はどうですか?」
「なんのジョークだ?」
「え? かわいくないですか? 課長、係長って、コンビっぽくて」
「ねえ、係長」と妹尾が子猫の頬をなでる。
「みぃ」と子猫が鳴く。しかも、うっとりとした顔で。
どこの漫才コンビだよ、なんてツッコミを入れさせる隙がない。
「係長で……」
「はい!」
こうして名前も決まり、子猫もとい係長は俺の後ろのケージにそっと入れられた。
係長は警戒してケージ内をウロウロしたり、トイレの砂をサクサクと掻いたりした。しばらくそんなことを繰り返すと落ち着いたのか、毛布の上にちょこんと座り「みぃ」と鳴いた。
「気に入ったみたいです!」
「よかったな」
まさかオフィスでもふもふを育てることになるとは。ひとまず育成環境が整ったところで仕事を再開する。
デスクのパソコンに向き合い、書類作成をする。目を通さなければならない書類がデスクの片隅で山になっている。
ひとつ片づける。しかし、一向に仕事は減らない。部下の指導。上司への報告。お客さんとの打ち合わせ、エトセトラ。中間管理職はつらいことも多い。コーヒーはこれで何杯目になるのだろう。
ふと顔をあげて辺りを見回す。俺のデスクから少し離れたところに座った妹尾と目が合った。彼はニッコリ笑みを浮かべて、後ろを指差す。
――ん?
椅子をゆっくりと回転させて、ケージを見る。思わず口を両手で覆った。
――なんて愛らしい!
係長がピンクの毛布の上で丸くなって眠っている。口元が笑っているように見える。その無垢な寝顔に俺の胸がきゅんっとかわいい音を立てた。
一気にイライラが鎮まる。心がほわんと温かくなる。なんだろう、この気持ち。ずっと見ていたい。できるなら、隣で横になりたい。
「課長……あの……この書類なんですけど……」
夢から一気に現実に引き戻される。慌てて椅子を元に戻した。危ない。もう少しでメルヘンの国へ旅立つところだった。
「わかった」
部下から書類を受け取って目を通す。しかしどうにも目が滑る。
振り返りたい衝動を必死に押し殺しながら、書類とにらめっこする。
そんな俺を見た妹尾がくすっと小さく笑ったような気がした。
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