極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ

文字の大きさ
上 下
33 / 36

lesson 32 答えがほしい?

しおりを挟む
 目が覚めたとき葵の姿はなかった。
 周りを見回す。
 見慣れた壁と天井、自分の部屋にいるってことに、ホッとすると同時に淋しさが襲った。
 あれだけ苦しかった熱は今はもうそれほどでもなくて、だるさは残っていたけれど、それでも普通の調子に近かった。

 ガチャ。

 マメ電灯がひとつだけのオレンジに染まった部屋に、黒い影が滑り込んでくる。

 扉を閉めた広い背中にドキンッと大きく胸が脈打った。
 葵だ。
 こちらを振り返った葵は驚いたように私を見つめ、その後苦笑した。

「起こしちゃったみたいだな」
「ううん、ちょっと前に起きたの」
「そうか……」

 葵は言いながら近づいてくると、手にしていたグラスを差し出して「飲むか?」と聞いた。

「水?」
「スポーツドリンク」

 ゆっくり起き上る私の背中にすばやく手が添えられる。

 葵に触れられた部分が急激に熱を帯びる。
 葵からグラスを受け取る瞬間、葵の指先が私の手に触れる。
 それだけで、妙に緊張した。

「ありがとう……」
「いいえぇ」

 笑顔の葵を見るのが妙に恥ずかしくなって一気にドリンクを流し込む。
 そのせいで、気道に少し入ってしまい、むせ込む。
 そんな私をなんだか困ったように笑いながら、葵は背中をとんとんっと優しく叩いてくれた。

「俺といると、そんなに緊張する?」

 ドキン。
 近い顔。
 すぐそばに切れ長の目が迫る。
 息がかかるほど傍にいる葵に、今まで以上に私はドキドキしているし、緊張していた。

 好きと言ってしまったことで、今まで以上に意識する。
 あの日のことや、いままでのキス。

「ねえ」

 ドキン。
 ドキン。
 大きく刻み始める胸の音に苦しくなって、布団の上に置いた手で羽毛布団をキュッと掴む。

「答えが欲しい?」

 意地悪に細められた葵の目。
 見つめられると耳の後ろから一気に熱が噴き出していく。

 答えは欲しい。
 喉から手が出るほど。
 なのに、その一言が言えなくて、葵を見つめ返すことしかできない。

「熱っぽいときの、その潤んだ目は反則だよ、陽菜子」

 言いながら、葵の手が布団を握りしめた私の手の上にやんわりと落ちてくる。
 ドキドキは急激にギアをアップさせ、加速はもうとめられない。
 顔の火照りは全身へと一気に広がりを見せ始める。

「答えが欲しいなら、もう一度自分で聞いてごらん」

 クスッと一つ笑みを落として葵はそう言う。

 意地悪な拷問。
 だけど、それに逆らえなくて私はゆっくりと口を開く。

「私は……葵が大好き……葵……は?」

 上ずる声。
 震える唇。

 それでも必死で紡ぎ出した質問に、葵は憎いくらい意地悪な笑みをたたえる。

「好き……じゃないかな」

 ズキン。
 一気に凍りつく心臓。
 さらにギュッと布団を掴む手を葵は優しく切り離し、口元に持っていく。

「それだけじゃ足りないんだよ。俺の場合は……」

 凍りそうになった心臓がまたドクドク血液を送り出す。
 心臓に悪い。
 息ができなくなったのに、今度は違う意味で息ができなくなりそうだった。

 葵の唇に触れるか、触れないかのところで両手に包まれる私の右手。
 真っすぐに射抜かれる強くて熱い瞳。

 男の顔。

 意地悪な笑みはもうそこになくて、ただ飲み込まれるほどに張り詰めた顔をした葵がそこにいた。

「俺は陽菜子を愛してる」
「う……そ」

 好きでも大好きでもなく、愛してる?

「未成年に手を出すって、どれだけのリスクだと思ってる? 俺はそのリスクを冒しても陽菜子が欲しかった。覚悟なしにはそんなこと、できるわけないでしょ?」

 呆れたような、困ったような顔で葵が言った。
 そんなこと考えたこともなかった。
 遊びなんじゃないかって……そうやって思っていたから。

「うれしい?」
「うれしい」

 私の返事に葵が笑った。
 彼の唇が近づいてきて、優しく私の唇を塞ぐ。

「ずっとこのときを待ってたよ」

 何度も何度も柔らかく、葵の唇が私の唇の上に重なる。
 その優しいキスに私は流されそうになる。
 でも、ギュッと力を込めて葵の唇から自分のそれを離す。

「でも……! じゃあ、なんで柏木さんと!」

 そう尋ねる私に、葵は首を傾げる。

「ユリ?」

 ユリ?
 その親密な呼び名はなんだ?
 眉間にしわが寄る私に、葵はまた首を傾げる。

「ただの会社つながりじゃないよね?」

 ツッコミを入れる私に葵は苦笑する。

「嬉しすぎてガード外れちゃったなあ」

 あはは。
 乾いた笑いを浮かべる葵に、私はぐっと詰め寄った。

「私、やっぱり葵に騙されてるの?」

 そう言う私に、葵は心底驚いたような顔をして見せた。

「さっき説明したでしょ? なんで俺が陽菜子を騙すんだよ? だって俺だぜ?」

 葵はマジマジ見つめると、ギュッと私を抱きしめた。

「これでもそう思う?」

 耳元でする甘い声。
 それは私の全てを撫でつけるように、柔らかくてとっても気持ちがいい。

「葵は大人だもん」

 そう答えてもがく私に、葵はさらにキュッと力を込めた。

「ユリについては話してもいいよ。でも、今は俺を信じてくれない?」

 葵が私の体を少しだけ離して顔を持ち上げるように顎を優しく掴んだ。

「ねえ、陽菜子」

 いつものお願いの言葉が降ってくる。

「俺の愛、感じてみない?」

『YES』も『NO』も言わせない。
 甘いキスが降ってくる。
 私の唇を塞ぐ葵の唇は柔らかいのに、私の中を探る葵の舌は意地悪だった。
 何も言えなくて、ただ、とろけるように甘くて大人なキスに心も体も痺れるほどに酔っていた。

 葵が好き。

 だから求められているだけの私が、求めるように葵にキスをしていた。

 ちょっとだけ見つめた葵の目が嬉しそうに揺れるのを見ただけで、胸が爆発しそうなくらいにドクドクと音を立てていた。

 柏木さんと葵がどんな関係だろうと、今、このときだけは葵を信じていたいと思った。

 このキスが、キスから溢れてくる葵の思いがウソなんて思えない。
 それほどに強いメッセージを帯びたキスを私は信じたい。

 唇が離れたとき、私の頭はぼんやりとしていた。
 そんな私の頬を葵は優しくなぞる。

「これ以上は俺も責任持てなくなっちゃうからな」

 そう言うともう一度きつく私をその胸の中に抱いた。
 葵の鼓動が聞こえる。
 でも、今日の鼓動はいつもの葵と少し違う。
 少しだけ早い気がする。
 私の勘違いかもしれない。
 気のせいかもしれない。
 でも、少しだけ葵が葵っぽくなくて、ちょっと笑みがこぼれてしまう。

「さて……俺は帰るかな」

 ギュッと抱きしめた後、葵はそう言って私の体をゆっくりと離した。

「名残惜しいけど……もう離す気はないから」

 そう言って葵は私の額にキスを一つ落とす。

「葵……」

 ベッドの端から立ち上がり、ゆっくりと背中を向ける葵に『傍にいて』と言いそうになる。
 葵はドアの前まで進むと、ふと足を止めた。

「今日はゆっくり休めよ。また、明日の朝来るから」

 ウィンクをして、葵は部屋を出て行った。

 静まる部屋に葵が階段を下りて行く音だけが響いて聞こえた。

 葵に告白されたことが嬉しくて、布団を引き上げてその中に潜り込む。

 自然と漏れる笑み。
 ドクドクと全身を駆け抜ける熱い血。
 葵とのキスを思い出すだけで、胸がキュッとなって体が熱く疼いてたまらなくなる。

「大好き。大好き、葵!」

 布団の中で叫びながら、私はしばらくしあわせの余韻に浸っていた。
 大好きな葵の香りがほんのりと残る布団の端に鼻をすりよせながら――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる

奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。 両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。 それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。 夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪

奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」 「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」 AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。 そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。 でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ! 全員美味しくいただいちゃいまーす。

【R18】仲のいいバイト仲間だと思ってたら、いきなり襲われちゃいました!

奏音 美都
恋愛
ファミレスのバイト仲間の豪。 ノリがよくて、いい友達だと思ってたんだけど……いきなり、襲われちゃった。 ダメだって思うのに、なんで拒否れないのー!!

お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!

奏音 美都
恋愛
 まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。 「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」  国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?  国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。 「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」  え……私、貴方の妹になるんですけど?  どこから突っ込んでいいのか分かんない。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

処理中です...