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Lesson 13 デートしてくれる?
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「ねぇ、テスト勉強はどんなかんじだったの?」
登校してすぐに私は千波に捕まった。
土曜、日曜のテスト勉強は結局、葵の個人レッスンはなくなってしまった。
仕事だから仕方なかったし、それ以外にもいろいろ問題があった。
だけど、それをどこまで話していいものかどうかというところに。
「おっはよ、大霜」
超ご機嫌な松永の声が教室の扉付近から飛んでくると、反射的に千波も私も振り返った。
いや、クラス全員の視線が私と松永に降り注がれている。
「お……おはよう」
視線が痛すぎて、うまく笑えない。
そんな私の隣で人一倍視線を送ってくる千波に、私は内心ため息でいっぱいになる。
松永がご機嫌なまま席につくと一斉に男子連中に取り囲んだ。
その様をじっと見つめる千波に「またなんかあったのね」とツッコまれ、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「カテキョとの反動が松永に行くかんじ?」
相変わらず鋭すぎて、返す言葉も見つからない。
こうなったら、早くHRの時間になって欲しいと切実に思う。
「テスト終わってからでもいい?」
集中できなくなるのが正直な話で。
いや、もうすでにテストに集中なんかできてないけど、それでも悪い点数を取るわけにもいかない。
テストの点数が悪かったら葵にどんな風に思われるかわからないもの。
それを察したらしい千波がにんまりと意地悪く笑って見せた後で
「今日はヒナの家でテスト勉強してもいい?」
と聞いてきた。
『テスト勉強』は間違いなく名目なんだろうけれど、ここでツッコまれるよりは絶対的にいい。
私は大きくうなずいてみせる。
千波は納得したようにそれ以上聞くこともなく、自分の席に戻って行った。
千波に隠し事は本当に難しい。
そもそも、あんなに機嫌よくあいさつなんてしてくる松永が悪い。
そう思って睨みつけるように彼を見る。
視線がぶつかった途端、あっちは満面の笑みをたたえる。
ため息が出そうになるのをこらえ、私は一限目の英語の単語カードをパラパラとめくった。
遠くでざわめきが起きるのが聞こえても知らないフリをした。
ふと口寂しくなる感覚に襲われる。
――チョコ、食べたいなあ。
カバンに目が走る。
実はこっそりとチョコを忍ばせてきたのだ。
そっと忍ばせたチョコに指先が触れた瞬間、バンッと派手な音を立てて机の上に大きな手が現れた。
反射的に上を向くと、そこにはニッコリ満面の笑顔の松永がいた。
「俺、テスト自信あるんだ」
それはよかったと思いながら、私はカバンに入れていた手を戻した。
「今回のテスト。大霜よりひとつでも良い点取れてたらデートしてくれる?」
唐突な申し出に思いっきり口が開いた。
そんな私たちを冷やかすように、男子連中がはやし立てる。
「な……なんでこんな間際でそんな妙なこと言うのよ!」
グイッと松永の腕を引っ張り寄せると、松永は少し顔を離してから極上の笑顔を浮かべて見せる。
「俺、欲張りなの。ご褒美あったほうが解けない問題もできるような気がするんだよな」
「ご褒美って……みんな見てるのに……」
キョロキョロ教室を見回す。
男子の視線も、女子の視線も突き刺さるほどこっちに向いている。
「見せつけてるんだもん」
「は?」
「他の男が寄りつかないように、見せつけてんの」
そういうことは時と場所を選んでほしい。
「なあ、『わかった』って言ってくれよ」
至近距離で思いっきり爽やかな笑顔を振りまかれ、ドキドキしない女子がいたら教えてもらいたい。
この間の自撮りといい、その前の頬にキスといい、顔が近すぎて直視できない。
できればこの状況からすぐにも抜けだしたい。
男子の声はうるさいし、女子の視線は痛いし、松永は諦め悪そうだし。
ふと千波を見る。
呆れたような、面白そうな顔でこっちを見ながら小さく笑っていた。
「『わかった』」
とりあえず心穏やかにテストに向き合いたいから……そういう理由を前面に押し出して、私は松永に返した。
松永は両腕を高らかに上げて「うぃ~っ!」とか言いながら、男子の輪の中に戻って行く。
恐ろしく『単純』で『わかりやすい』リアクションに、クスリと笑いが漏れる。
――こういうわかりやすいリアクションが葵にあればいいのに。
そんなことを思う自分に、単語カードをもてあそんでいた手がとまる。
結局、辿りつくところが葵。
どうやっても考えてしまうのが葵。
いい加減、この呪縛から解き放たれたいのにチョコを貰ってさらにその呪縛が増した気がする。
食べ物って恐ろしい?
いや、あの渡し方が問題なのだ。
『チョコは『恋』に効くんだよ』
そう言って笑った葵の顔がチョコを食べるたびに甦った。
あれ以来、チョコが手放せない。
今日だって持ってきている。
食べたいと思うのは……『快感』というものに触れたいからなのだろうか?
あの日のことがグルグル回って……考えるたびに胸がキュッとなる。
――ダメだ!
そう思って顔をパチパチと叩き、単語カードにもう一度目を落とす。
チャイムの音を耳にしながら小さくため息を吐く。
「デート……」
松永と。
テストの点数がひとつでも松永のほうが良ければデート。
安易だったかと思いつつも、松永が自分よりも良い点が取れるほど成績がよかったかと首を傾げつつも、仮にそうなったとして、デートすることになったとして、葵は許してくれるだろうか?
――っていうか、そもそも葵の許しなんていらないじゃん!
だけどやっぱり葵が気になって、頭の隅でそんなことをぼんやりと思ってしまっていた。
登校してすぐに私は千波に捕まった。
土曜、日曜のテスト勉強は結局、葵の個人レッスンはなくなってしまった。
仕事だから仕方なかったし、それ以外にもいろいろ問題があった。
だけど、それをどこまで話していいものかどうかというところに。
「おっはよ、大霜」
超ご機嫌な松永の声が教室の扉付近から飛んでくると、反射的に千波も私も振り返った。
いや、クラス全員の視線が私と松永に降り注がれている。
「お……おはよう」
視線が痛すぎて、うまく笑えない。
そんな私の隣で人一倍視線を送ってくる千波に、私は内心ため息でいっぱいになる。
松永がご機嫌なまま席につくと一斉に男子連中に取り囲んだ。
その様をじっと見つめる千波に「またなんかあったのね」とツッコまれ、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「カテキョとの反動が松永に行くかんじ?」
相変わらず鋭すぎて、返す言葉も見つからない。
こうなったら、早くHRの時間になって欲しいと切実に思う。
「テスト終わってからでもいい?」
集中できなくなるのが正直な話で。
いや、もうすでにテストに集中なんかできてないけど、それでも悪い点数を取るわけにもいかない。
テストの点数が悪かったら葵にどんな風に思われるかわからないもの。
それを察したらしい千波がにんまりと意地悪く笑って見せた後で
「今日はヒナの家でテスト勉強してもいい?」
と聞いてきた。
『テスト勉強』は間違いなく名目なんだろうけれど、ここでツッコまれるよりは絶対的にいい。
私は大きくうなずいてみせる。
千波は納得したようにそれ以上聞くこともなく、自分の席に戻って行った。
千波に隠し事は本当に難しい。
そもそも、あんなに機嫌よくあいさつなんてしてくる松永が悪い。
そう思って睨みつけるように彼を見る。
視線がぶつかった途端、あっちは満面の笑みをたたえる。
ため息が出そうになるのをこらえ、私は一限目の英語の単語カードをパラパラとめくった。
遠くでざわめきが起きるのが聞こえても知らないフリをした。
ふと口寂しくなる感覚に襲われる。
――チョコ、食べたいなあ。
カバンに目が走る。
実はこっそりとチョコを忍ばせてきたのだ。
そっと忍ばせたチョコに指先が触れた瞬間、バンッと派手な音を立てて机の上に大きな手が現れた。
反射的に上を向くと、そこにはニッコリ満面の笑顔の松永がいた。
「俺、テスト自信あるんだ」
それはよかったと思いながら、私はカバンに入れていた手を戻した。
「今回のテスト。大霜よりひとつでも良い点取れてたらデートしてくれる?」
唐突な申し出に思いっきり口が開いた。
そんな私たちを冷やかすように、男子連中がはやし立てる。
「な……なんでこんな間際でそんな妙なこと言うのよ!」
グイッと松永の腕を引っ張り寄せると、松永は少し顔を離してから極上の笑顔を浮かべて見せる。
「俺、欲張りなの。ご褒美あったほうが解けない問題もできるような気がするんだよな」
「ご褒美って……みんな見てるのに……」
キョロキョロ教室を見回す。
男子の視線も、女子の視線も突き刺さるほどこっちに向いている。
「見せつけてるんだもん」
「は?」
「他の男が寄りつかないように、見せつけてんの」
そういうことは時と場所を選んでほしい。
「なあ、『わかった』って言ってくれよ」
至近距離で思いっきり爽やかな笑顔を振りまかれ、ドキドキしない女子がいたら教えてもらいたい。
この間の自撮りといい、その前の頬にキスといい、顔が近すぎて直視できない。
できればこの状況からすぐにも抜けだしたい。
男子の声はうるさいし、女子の視線は痛いし、松永は諦め悪そうだし。
ふと千波を見る。
呆れたような、面白そうな顔でこっちを見ながら小さく笑っていた。
「『わかった』」
とりあえず心穏やかにテストに向き合いたいから……そういう理由を前面に押し出して、私は松永に返した。
松永は両腕を高らかに上げて「うぃ~っ!」とか言いながら、男子の輪の中に戻って行く。
恐ろしく『単純』で『わかりやすい』リアクションに、クスリと笑いが漏れる。
――こういうわかりやすいリアクションが葵にあればいいのに。
そんなことを思う自分に、単語カードをもてあそんでいた手がとまる。
結局、辿りつくところが葵。
どうやっても考えてしまうのが葵。
いい加減、この呪縛から解き放たれたいのにチョコを貰ってさらにその呪縛が増した気がする。
食べ物って恐ろしい?
いや、あの渡し方が問題なのだ。
『チョコは『恋』に効くんだよ』
そう言って笑った葵の顔がチョコを食べるたびに甦った。
あれ以来、チョコが手放せない。
今日だって持ってきている。
食べたいと思うのは……『快感』というものに触れたいからなのだろうか?
あの日のことがグルグル回って……考えるたびに胸がキュッとなる。
――ダメだ!
そう思って顔をパチパチと叩き、単語カードにもう一度目を落とす。
チャイムの音を耳にしながら小さくため息を吐く。
「デート……」
松永と。
テストの点数がひとつでも松永のほうが良ければデート。
安易だったかと思いつつも、松永が自分よりも良い点が取れるほど成績がよかったかと首を傾げつつも、仮にそうなったとして、デートすることになったとして、葵は許してくれるだろうか?
――っていうか、そもそも葵の許しなんていらないじゃん!
だけどやっぱり葵が気になって、頭の隅でそんなことをぼんやりと思ってしまっていた。
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