極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ

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Lesson 2 『純粋な憧れ』と『不純な欲望』

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 私は窓からこっそり葵が帰っていく姿を追っていた。

 180センチメートル近い長身だけでも目を引くのに、顔の造作までいいのだからポイントが高すぎる。
 昔水泳部だったというだけあって背中も広い。
 背筋もピンと伸びているから、歩いている姿も申し分ない。

 そんな彼が隣である自分の家の前で立ち止まって、たばこに火をつけた。
 そして不意にこちらを向いた彼の顔が小さく笑ったように見えて、急いでカーテンを引っ張った。

 ――気になったから見たんじゃないんだから! カーテンを閉めたかっただけだもん!

 誰に対して言い訳しているのだろう。
 私の胸のふくらみの奥にある心臓という鐘が大きな音を鳴らしている。

 ――バッカみたい!

 ため息を吐いた後で思いっきり息を吸い込んでから、これ以上は伸びないぞというところまで背筋を伸ばした。
 息苦しかった2時間が終わって、肩からやっと力が抜ける。
 あの夏の日からずっとこんな調子だ。
 振り回されてばかりいる。
 信じられないくらいバカみたいに右に左に揺れている。
 まるで振り子。
 葵の言葉に、しぐさに、視線にいちいち心と体が反応している。

 ――好きじゃないもん!

 好きじゃない。
 絶対に好きなんかじゃない。

 自分勝手だし、大人ぶってるし、余裕かましてるし、子供扱いばっかだし。
 意地悪だし、極悪だし、最低最悪だし。
 でも……

 ――ちょっとカッコいいんだよね、葵って。

 ビジュアルのカッコよさを差し引いても葵はカッコいい。
 同学年の男子がそれこそじゃがいもに見えるくらいにはいい男なのだ。
 たぶん、大人の男だから。
 仕事していて、お金持っていて、清潔感あって、できるって感じがして。
 高校生の私からしたら、ちょっと雲の上の人みたいに思えてフィルターがかかっている感じ。

「認めちゃってるじゃん! もうっ!」

 ベッドに思いっきりダイブして、枕に顔を埋めた。
 バカみたいだ、私。
 たった一回、葵と男女の仲になっただけなのに、なにを骨抜きにされているのだろう。

「なんで……あんな言葉に釣られたのよ!」

 ごろんと仰向けになって、両腕を目の上で交差する。

『高校合格のお礼をくれない?』

 なんてバカげた言葉に身じろぎ一つできなかった。
 ずっと優しいお兄ちゃんだったし、頼もしいお隣さんだった。
 すごく頭がよくて、大人カッコいいお兄ちゃんだと思ってたんだもん。
 だから、葵が家庭教師を買って出てくれたときは本当に嬉しくて、がんばって高校も合格しなくちゃって、必死になって勉強した。
 葵に恥ずかしい思いをさせられなかったからというのもひとつの理由ではあるけれど、それはあくまでも建前だ。
 私が心の底から望んでいた願望は葵に『よく頑張った』と褒めてもらうことだったから。
 恋心なんていうには幼すぎる思いだった。
 ただ純粋に憧れていただけ。
 葵みたいな男の人の隣に自分が並べたらステキだろうなって。
 そのためには彼につり合うくらいの女にならなくちゃダメだって思った。

 そんな淡い思いだけだったはずなのに、今は違う気持ちが胸の奥でグルグルしている。

『純粋な憧れ』と『不純な欲望』。

 黒と白の絵の具がぐるぐるとマーブル模様を作っていくように、私の中で二つの感情が交錯している。

 どっちが本当の望みなのか、今の私は混乱ばかりではっきりしない。

 ちらりと机の上を見る。
 開いたままの問題集と、赤い丸がつけられた卓上カレンダーが目に入る。

 週末に二人の時間がまたできる――そう思っただけで胸がうずいた。

「勉強なんて……できるわけないよ」

 うつ伏せになって枕に顔を埋める。
 優しく私の顔を押し返す枕を力強く抱え込んだ。

『男女の深い関係』になることに興味があっただけで、別に相手は青いじゃなくても誰でもよかったのだ。

 世の中の女子高生の大半が経験していることを、単に自分も真似してみたかっただけのことで、話題に乗り遅れたくなかったから葵の誘いに乗ったのだ。

 本当にそれだけ――
 脳裏を掠める葵の幻想を追い出すように、私は固く目をつむる。

 ただ前髪に残る彼の微熱だけはどうやっても消せなかった。
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