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恵喜 どうこ

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親子の肖像

香奈枝

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「それは本当に災難だったねえ」

 片山の前に揚げたてのとんかつが載った皿を置きながら、恋人の香奈枝は心底同情するように言った。

「本当だよ」

 簡単に手を合わせて味噌汁をすする。そんな片山の向かいに腰を下ろすと、香奈枝はテーブルに両肘をつき「ゆっくり食べなさいよ」とたしなめた。

「でもさ、それって福祉課よりもうちの管轄っぽいよねえ」

 今日の事の子細を聞いた香奈枝がぼやくように言った。
 顎を支えるようにテーブルに両肘をついて片山を見つめる。三十手前のわりには若く見える面立ち。きれいと言うよりは可愛らしく、体型も小柄でふっくらとしているので話しかけやすい印象を受ける。
彼女、諸橋香苗とは付き合ってもうすぐ三年になり、最近では半同棲生活と言ってもいいほど、香奈枝は片山の家に入り浸るようになっている。年齢的なものもあって、互いに結婚を意識し始めている状況だ。実際、いつ切り出そうかと片山も思い悩んでいるところだ。その悩みの原因の一つが、彼女の仕事に対する情熱だった。

 保健所に勤めている彼女は、保健師として地域住民の保健指導や健康管理などを行っている。働き始めて七年。主任になり、後輩もいる。持ち前の正義感の強さも相まって、やりがいのある仕事だ、天職だと彼女は生き生きと話す。そんな彼女を見るにつけ、羨ましさが首をもたげる。
 成果らしい成果や手ごたえを感じることなく数年ごとに異動になる自分とは仕事に対するモチベーションが元々違う。誰がやっても同じこと。自分は歯車のひとつ。そう考えると、彼女のように代わりが利かない人間のように、熱意を持って仕事に打ち込む気にはどうしてもなれない。

 そんな片山の心中をどれだけ香奈枝はわかっているだろう。互いの将来の話よりもずっと熱心に、前のめりになる香奈枝は、良いことを思いついたと言わんばかりに手を打って、にっと白い歯を出して笑ってみせた。

「あのね、そのアパートの近くに明日訪問する予定があるの。時間的にも余裕あるから、ちょっと行ってみようかな。なんか気になるし」

 香奈枝の言葉に、米を喉に詰まらせた。そんなことを言い出すなんて思いもしなかった。ゲホゲホとむせる片山に香奈枝はお茶を差し出して「大丈夫?」と首を傾げた。

「やめとけって。行くだけ無駄だから」

 咳込みが収まると強い口調で反対する。思い出すだけでゾッとした。そんなところに大事な彼女を行かせられるか。
 けれど香奈枝は「そうは言うけどさ」と反論を述べた。

「その親子、母子家庭なんでしょ? 母子手当は受給してるの?」
「いや。特に申請されてない」

 母子手当。正式には児童扶養手当と言う。千鶴子は三年前に離別してシングルマザーになっているが、この手当を申請していない。考えられる理由としては申請しなくても経済的に潤沢しているか、もしくは支援自体を知らないかのどちらかである。

「離別の理由はなんだったの?」
「夫の家庭内暴力と女関係」
「ほらあ」と香奈枝は頬を膨らませ、唇を尖らせた。
「それだったら絶対、養育費はもらえてないと思うよ? 介護施設で働いているみたいだけど、夜勤は? やってなくちゃ、給料は少ないと思うけど」
「夜勤はやってる」
「その間、千佳ちゃんはどうしてるの?」
「さあ? どうしてるんだろうな」

 味噌汁をすすりながら答えた。
 千鶴子は月に何度か夜勤に出ている。親戚縁者は近くにいない。友人関係もわからない。子供は親がいない間、一体どうしているのだろう。

「もうちょっと、やる気出したまえよ」

 香奈枝が額をこつんと突いた。「うるっさいなあ」と返して、白飯をかきこむ。

「その親子、支援制度を全く知らないかもしれないからさ。それにほら、お役所事って、すごく面倒くさいイメージあるじゃない? 実際、面倒なこと多いけど。だから、ちゃんと教えてあげる人が必要なはずなんだよ!」
「わかったからさ! 仕事の話はそれくらいにしてくれよ。飯がまずくなる」

 ぶすっと不機嫌な顔を向けると、香奈枝は「それもそうね」と苦笑した。

「面倒だっていうのはわかるけどさ。とりあえず、私は行くだけ行ってみるよ。あなたはもう少し、ここの親子のこと調べてみて。で、わかったことがあったら、私に教えること」
「行くのはいいけど、行く前にはちゃんと連絡しろよ」

「はいはい」と、香奈枝は駄々っ子をあやすように笑った。

「行ったあともちゃんと連絡するわよ」
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