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恵喜 どうこ

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きみの肖像

きみがいなくなった理由

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 ――痛い。

 それが目覚めてから最初に思ったことだった。
 痛い。
 目が痛い。
 薄いレースカーテンの向こうから降り注いでくる太陽の光がまぶしくて、すかさず目を細める。
 ここはどこだろう。
 見上げた真っ白い天井を見て思う。
 ふと視線を下げると、腕に刺さった細いチューブが見えた。チューブの先を追う。 透明の液体が入った袋が点滴棒にぶら下がっている。

「渉!」

 馴染みの声に誘発されて、そちらへ視線を向ける。目を真っ赤に腫らした三つ違いの姉がぼくへと駆け寄ってくる。

「ここ……は?」
「もうなにやってんのよ! 死にたいくらい仕事がつらかったら、いつでも辞めればいいって言ったじゃない!」

 姉がぼくの胸に縋って泣いた。

――ああ、そうか。

 早くに両親を亡くしたぼくら姉弟は、父方の祖父母に引き取られて育った。祖父母は五年前に亡くなって、姉も一年前に結婚して家を出ていた。
 ぼくが就職したから結婚したのだけど、その後も家に戻ってきてはぼくの面倒をよく看てくれていた。
 いつまで経っても慣れない職場に疲れ果て、日に日にやつれていくぼくに、姉はしきりと辞めてもいいと言っていた。
 だけどそんな姉に甘えたくなかったぼくは、なんとか今の職場で踏ん張らなくちゃともがいていた。

 どうしてミスした?
 なんでできなかった?
 アドバイスをもらえないのは君が周りに壁を作っているからじゃないのか?
 君もつらいだろうけど、周りだってつらいんだよ?

 いろんなことを言われてきたけど、全部できない自分が悪いんだからと歯を食いしばって努力し続けた。

 ミスを繰り返さないように。
 残業しないように。
 周りに迷惑をかけないように。
 他の人が仕事をしやすいように。

 自分にできることはやってきたつもりだった。
 だけど折れた。

 もっと頭使って仕事しろよ!
 周りにもっと気を遣えよ! 
 子供じゃないんだから、大人として振る舞えよ!

 もうわからなかった。
 なにをしても叱られる。
 他の人と同じことをしても、他の人がしないようなことをしていても、ぼくが認められることなんてこれっぽっちもなかった。

 きみ、この仕事やらなくていいよ。

 決定打だった。
 ぼくは仕事もさせてもらえなくなった。
 毎日、毎日、無言の圧力が掛かって、早くやめちまえという声が聞こえた。

 おまえなんかいらない。
 おまえには生きている価値がない。

 声なき声に耐え切れず、ぼくは逃げた。
 誰にも必要とされてないなら、もういいやって――
 大量の睡眠薬を飲んだ。その直後に姉さんに最後だからとお礼のメッセージを入れた。その後のことはなにも覚えていない。
 だけど、ぼくはここにいる。ここにいることがすべてだ。

 ――きみがぼくを取り戻してくれたから。

 ぼくの心の中に住む、もうひとりのぼくはいつだってぼくの味方だった。
 楽しいときも、悲しいときもいつだって寄りそってくれた。
 表でがんばるぼくをいつだって励まし続けてくれたきみ。
 きみはいろんなものを犠牲にして、ぼくの失ったものを取り戻してくれた。

 そして……

「姉さん。ぼくね、死んだじいちゃんとばあちゃんと、それからカリンに会ったんだ」

 戦争で喉に大きな傷を作って、しゃがれ声しか出なくなったじいちゃん。
 厳しかったけど、人一倍優しかったばあちゃん。
 そしてカラスに両目を傷つけられて盲目になった愛猫のカリン。
 みんながぼくの大事なものを持っていて、きみに渡してくれたんだ。

 彼らが課した厳しい試練だって、ぼくを生かすためのものだった。
 なにかを得るためには、それと同等のものが必要になる。
 失ったものを再び得るのは簡単なことじゃないんだってことも、ぼくはよくよく理解した。
 だけどね……

「みんな笑ってくれたんだ。大丈夫だよ。おまえならやれるよ。見てるからねってさ」

 きみはね。
 ぼくの失くしたものをすべて持ってきてくれたんだ。
 前を向くための希望。
 一歩踏み出すための勇気。
 明日を生き続けるための命。
 そして、大きな愛。

 だから、ぼくは生きようと思う。

「ゆっくり休みなさい。それからまた考えればいいから」
「うん……ありがとう、姉さん」

 ぼくは静かに目を閉じた。
 あんなに眠るのが怖かったのに、今はちっともこわくない。
 理由は簡単だ。
 だって今のぼくの心には明るい陽射しがある。ぽかぽかして、とても暖かい光。
 闇に閉ざされてしまっていたぼくの心は今、いろんな色が交じり合ってキラキラと輝いている。
 その真ん中できみが大きく手を振っていた。

『やあ、もうひとりのぼく』

 きみがぼくに語りかける。

『きみがまたいなくなっても、ぼくはきみを探し続けるよ。だって、いつだってぼくときみはいっしょなんだから』

 そう言って、真っ新なきみがぼくにほほえんだ。
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