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彼女の肖像
彼女の肖像
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「カマキリのメスは情事のあと、オスを食べるのはご存じで?」
そんなことをオレに聞いてきた二十代後半のバーテンダーは静かにグラスを磨いては、時折手を止めて眺めていた。
「知っているよ」と答えたオレには目もくれず、曇った部分がないように隅々まで磨いている。彼は慣れた手つきでひとつ、グラスを拭き終わるとまた別のグラスを手に取ってぽつりと言った。
「彼女は本当にいい女だったんです」
口元に微かに笑みを乗せながら、ガラスを磨く手を止めることなく、彼は思い出の中の女の話をオレに聞かせた。なんてことはない、ありふれた話だ。女を買った、いい女だった、でも怖くて逃げたと――そう語る彼の黒い瞳が暖色の照明の中で鈍い光を放っている。地獄の底を見てきたような昏さが奥に沈んで見えるような気がした。
「なんで逃げたんだ?」
オレは彼の目を見ないように、手元のバーボングラスを転がしながら問いかけた。バーテンダーは「食べられてはたまりませんから」と低い声でつぶやくみたいに答えた。
「食べられるって……いい女だったんだろう? プロポーションも、顔も、もちろんアッチのほうも抜群だったんだろう? オレなら迷わず食われてやるがね」
オレはくわえたたばこに火をつけると、肺を満たすように大きく煙を吸い込んだ。強いニコチンがアルコールで半分腑抜けになった脳みそにしみこんで、さらに神経伝達を鈍らせる。脳内の毛細血管が一気に収縮して、頭の中を真っ白にさせる。この感覚がオレはたまらなく好きだった。
夢と現実の境界線を行きつ戻りつする感覚。この一瞬のためにたばこを吸っていると言っても過言ではない。どんなに体に毒だと言われようと、死ぬまでやめられないだろう――そんなふうに曖昧な世界に漂いながら酒を傾けるオレに、「まぁ、命取られない程度に食われてやればいいかもしれませんけどねぇ」と彼は笑って見せた。
「そういうあんたは食われてやったのか? 命をとられない程度に?」
オレの問いかけに彼は目じりを下げ、大きく口を弓なりに曲げて「ええ」と答えた。
「下心というものには高い代償がつくものなのだとも学びました」
彼はそう言うと、磨き上げたガラスコップを満足そうに眺めた。コップを照らす光がガラスの表面で屈折し、きらりと妖しく輝く。彼はふふっと不敵に笑むと、昔を懐かしむように目を眇めた。
「私はもう二度とそういうことができなくなったんですよ」
「それはなにかい? アレが使い物にならなくなっちまったのかい?」
「使い物にならなくなったというより、使えなくなったんです」
「よほど怖い思いをしたんだなあ」
「そりゃあ、怖かったです。アレを食われたんですから。大いなる代償は払いましたが、こうして生きている。なんとも運がよろしかった」
「それじゃあ、きみは劣情サバイバーだ。胸を張って生きたまえ」
「劣情サバイバー。うまいこと言いますねえ、お客さんは」
彼はコロコロと喉を鳴らして笑った。ひとしきり笑い終えると、彼は静かにガラスコップをオレの前に置き、そこに冷たい水をトクトクと注いだのだった。
なぜ、そんなことをこの女にオレは話して聞かせているのだろう?
ふと思い出して、思わず話をしてしまったのだが、女はオレの腕に頭を預けながら興味深げにその話を聞いていた。
白いシーツの上に女の艶やかなブロンドの髪が扇のように広がっている。情事のあとの心地の良い気だるさに染まる女の顔が実に艶めかしい。彼女の均整のとれた身体がずっしりとオレの腕に甘い重みを伝えてきていた。白くて長い指先はオレの胸の上でくるくると円を描く。こちらを見上げている女の視線を意識しながらゆっくりとたばこをふかせば、白い煙がオレの視界に広がりながら立ち上り、劣情に満たされ、腑抜けた脳がまた恍惚とした感覚に酔いしれる。
そんなオレに、女は美しい真っ赤な唇を楽しげにゆがめながら「それで?」と続きを促した。
「いや、それだけだよ」
オレは天井を見上げたまま、素っ気なく返事をした。彼の話はそれだけだった。オレも聞かなかったし、彼もそれ以上は語ろうとしなかった。けれど……
「ああ、でも一つだけ」
「一つだけ?」
女は腕枕から頭を起こすと、オレの胸元に豊かな乳房を押し付けて、こちらを覗き込むように上目づかいで尋ねた。
「ブロンドの髪で、子種を欲しがる女には気をつけろと忠告されたっけな」
そう言うと女は目を細め、小さく笑った。白い肌に浮かび上がる真っ赤な唇がバラの花のようにほころんだ。
「それじゃあ、もう手遅れね」
そう言うとオレからたばこを取り上げて、ガラスの灰皿の上に固く押し付つけると、オレの唇の輪郭をなぞるように舌を這わせた。彼女のぬめりと充血した赤い舌が獲物を味見するように蠢いた。
「わたし、ブロンドだし。それにあなた、何度もわたしの中で子種をばらまいてる」
「確かにな。でも、おまえ、薬飲んでるからできないって言ってただろう?」
「そんなこと言ったかしら?」
「おいおい……」
焦って上半身を起こそうとするオレをベッドに括りつけるかのように女はオレに馬乗りになった。
彼女の豊満な白い乳房が二つ、目の前近くで大きく揺れたかと思うと、それらはオレの上に覆いかぶさった。強く口づけされ、重なる彼女の唇から甘い吐息が漏れ、ついで強引に舌先をねじ込まれる。
また火がついたのか――そう思いながら、オレも劣情に流されるように、彼女の舌に呼応して強く自分のそれを絡ませた。しばらくそうして互いを求めあった唇が離れても、離れがたい思いが残るのか、透明で粘っこい糸が後を引く。それを彼女は舌先で絡め取ると「あなた、とっても美味しいわ」と笑ったのだ。
「美味しい? まるで食べ物みたいだな」
そう言うオレに、彼女はアハハと声高く笑った。
「なにがおかしいんだい?」
「だって、おかしいわよ」
「なぜ?」
「なぜって。あなたはわたしの食べ物だもの」
「どういう意味?」
けれどオレの問いかけに女は答えなかった。その代わりに「ねぇ、あなた」とねっとりとした目でオレを見つめて聞いたのだ。
「わたしのこと、好き?」
低い、低い声だった。腹の底が冷えるような、女の声とは到底思えない、深くて暗い声だった。
オレは返事の代わりに唾を飲み込んだ。背中が汗ばみ、足の指先が冷たくなっていく。指先がしびれたように動かなくなり、明らかに身体が固くなっていて、ともすれば震えさえも走りそうだった。
「わたしのこと、好きでしょ? そうじゃなきゃ、子種なんてばらまかないものね」
「おい。冗談はよしてくれ。オレたち、さっき会ったばっかりなんだぜ?」
ほんの数時間前に出会った女だった。内側にたまりこんだ劣情を吐き出したくて買った女だ。本番はNGのはずなのに、彼女はYESと言った。それを鵜呑みにしたのはオレだった。
女は火のように赤い唇をぺろりと舐めた。唾で濡れた舌がてらてらと光る。
「ねえ。ここにね、あなたの種がたくさん、たくさん入ったのよ」
女は震えはじめたオレの前でお腹を押さえた。先ほどまでは平らだったはずの腹がわずかに膨らんできていた。それを彼女は愛おしそうに撫でさすりながら、オレを見下ろして、くにゃりと唇をゆがめてほほ笑みをうかべた。
「でもね、こどもたちが足りないって言うの」
「なに……言ってるんだよ?」
額から嫌な汗が一筋垂れる。ほんの数時間で子供ができたと言われて、頭が真っ白になる。
異常者だったことに気づきもせずに、オレは自らの劣情を女の腹の中に何度もぶちまけてしまったのだ。
けれど女はそんなオレの頬を愛おしそうに撫でると「欲しいの」と言った。
「あなたのすべてが欲しいの。タンパク質も、カルシウムも全部ほしいのよ。わたしたちの愛をより確実なものにするために。ねぇ? わたしたちの愛の結晶よ? あなたがわたしにくれたのよ? あなたのこと、わたし、本当に愛してるわ。あなたがわたしの一部になっても、こどもたちの一部になっても、わたしたちの愛は永遠よ」
「愛してない!! オレは……おまえのことなんて愛してない!!」
オレは必死にもがいた。馬乗りになった女の身体を跳ね返そうと、じたばたと必死になって手足を動かした。突き飛ばそうと腕を伸ばし、身をよじり、足を跳ね上げ、なんとか抜け出そうとしたけれど、彼女はまるで岩のように重く、また女の力とは思えないほど尋常ではない強い力でオレの身体を押さえつけていた。
「あなた、彼に言ったじゃない……」
ブロンドの髪の奥で彼女の黒い瞳が緑色に変わっていく。オレを押さえつけた女はゆっくりと腰を上げると長い舌を出して唇を舐めた。
「いい女だったら、オレなら迷わず食われてやるって……」
オレは後悔した。話すべきではなかったと――いや、そもそも性欲を満たすために女を買うべきでもなかったと――まさか買った女が人間ではなくて、知能を持った未知の生命体だったなんて……オレは死ぬほど後悔した。死ぬほど? 違う。オレは死ぬんだ。
瞬間、オレは絶叫していた。死の恐怖が押し寄せて、その恐ろしさに抗えなくて、喉がつぶれるほどの大きな声で女を拒絶した。できる抵抗はそれだけだった。オレの前にぶら下がった死という名の絶望を跳ねかえすために命のかぎりに叫んだ。けれど女は無情なまでに冷たいほほえみをたたえてオレを見下ろしつづけていたのだ。
「大丈夫……一瞬よ?」
女の顔の皮膚がずるりと剥けて、明るい緑色をした柔らかな肌が姿を現した。お腹は大きく膨らんで、ぼこぼこと激しく蠢いている。女の皮を脱いだそれは真緑色ののっぺりした瞳をオレのほうに向けて、小さな口をキシャリと開いて笑ったのだ。
『カマキリのメスは情事のあと、オスを食べるのはご存じで?』
バーテンダーの静かな声がオレの腑抜けた頭に繰り返し再生された――
そんなことをオレに聞いてきた二十代後半のバーテンダーは静かにグラスを磨いては、時折手を止めて眺めていた。
「知っているよ」と答えたオレには目もくれず、曇った部分がないように隅々まで磨いている。彼は慣れた手つきでひとつ、グラスを拭き終わるとまた別のグラスを手に取ってぽつりと言った。
「彼女は本当にいい女だったんです」
口元に微かに笑みを乗せながら、ガラスを磨く手を止めることなく、彼は思い出の中の女の話をオレに聞かせた。なんてことはない、ありふれた話だ。女を買った、いい女だった、でも怖くて逃げたと――そう語る彼の黒い瞳が暖色の照明の中で鈍い光を放っている。地獄の底を見てきたような昏さが奥に沈んで見えるような気がした。
「なんで逃げたんだ?」
オレは彼の目を見ないように、手元のバーボングラスを転がしながら問いかけた。バーテンダーは「食べられてはたまりませんから」と低い声でつぶやくみたいに答えた。
「食べられるって……いい女だったんだろう? プロポーションも、顔も、もちろんアッチのほうも抜群だったんだろう? オレなら迷わず食われてやるがね」
オレはくわえたたばこに火をつけると、肺を満たすように大きく煙を吸い込んだ。強いニコチンがアルコールで半分腑抜けになった脳みそにしみこんで、さらに神経伝達を鈍らせる。脳内の毛細血管が一気に収縮して、頭の中を真っ白にさせる。この感覚がオレはたまらなく好きだった。
夢と現実の境界線を行きつ戻りつする感覚。この一瞬のためにたばこを吸っていると言っても過言ではない。どんなに体に毒だと言われようと、死ぬまでやめられないだろう――そんなふうに曖昧な世界に漂いながら酒を傾けるオレに、「まぁ、命取られない程度に食われてやればいいかもしれませんけどねぇ」と彼は笑って見せた。
「そういうあんたは食われてやったのか? 命をとられない程度に?」
オレの問いかけに彼は目じりを下げ、大きく口を弓なりに曲げて「ええ」と答えた。
「下心というものには高い代償がつくものなのだとも学びました」
彼はそう言うと、磨き上げたガラスコップを満足そうに眺めた。コップを照らす光がガラスの表面で屈折し、きらりと妖しく輝く。彼はふふっと不敵に笑むと、昔を懐かしむように目を眇めた。
「私はもう二度とそういうことができなくなったんですよ」
「それはなにかい? アレが使い物にならなくなっちまったのかい?」
「使い物にならなくなったというより、使えなくなったんです」
「よほど怖い思いをしたんだなあ」
「そりゃあ、怖かったです。アレを食われたんですから。大いなる代償は払いましたが、こうして生きている。なんとも運がよろしかった」
「それじゃあ、きみは劣情サバイバーだ。胸を張って生きたまえ」
「劣情サバイバー。うまいこと言いますねえ、お客さんは」
彼はコロコロと喉を鳴らして笑った。ひとしきり笑い終えると、彼は静かにガラスコップをオレの前に置き、そこに冷たい水をトクトクと注いだのだった。
なぜ、そんなことをこの女にオレは話して聞かせているのだろう?
ふと思い出して、思わず話をしてしまったのだが、女はオレの腕に頭を預けながら興味深げにその話を聞いていた。
白いシーツの上に女の艶やかなブロンドの髪が扇のように広がっている。情事のあとの心地の良い気だるさに染まる女の顔が実に艶めかしい。彼女の均整のとれた身体がずっしりとオレの腕に甘い重みを伝えてきていた。白くて長い指先はオレの胸の上でくるくると円を描く。こちらを見上げている女の視線を意識しながらゆっくりとたばこをふかせば、白い煙がオレの視界に広がりながら立ち上り、劣情に満たされ、腑抜けた脳がまた恍惚とした感覚に酔いしれる。
そんなオレに、女は美しい真っ赤な唇を楽しげにゆがめながら「それで?」と続きを促した。
「いや、それだけだよ」
オレは天井を見上げたまま、素っ気なく返事をした。彼の話はそれだけだった。オレも聞かなかったし、彼もそれ以上は語ろうとしなかった。けれど……
「ああ、でも一つだけ」
「一つだけ?」
女は腕枕から頭を起こすと、オレの胸元に豊かな乳房を押し付けて、こちらを覗き込むように上目づかいで尋ねた。
「ブロンドの髪で、子種を欲しがる女には気をつけろと忠告されたっけな」
そう言うと女は目を細め、小さく笑った。白い肌に浮かび上がる真っ赤な唇がバラの花のようにほころんだ。
「それじゃあ、もう手遅れね」
そう言うとオレからたばこを取り上げて、ガラスの灰皿の上に固く押し付つけると、オレの唇の輪郭をなぞるように舌を這わせた。彼女のぬめりと充血した赤い舌が獲物を味見するように蠢いた。
「わたし、ブロンドだし。それにあなた、何度もわたしの中で子種をばらまいてる」
「確かにな。でも、おまえ、薬飲んでるからできないって言ってただろう?」
「そんなこと言ったかしら?」
「おいおい……」
焦って上半身を起こそうとするオレをベッドに括りつけるかのように女はオレに馬乗りになった。
彼女の豊満な白い乳房が二つ、目の前近くで大きく揺れたかと思うと、それらはオレの上に覆いかぶさった。強く口づけされ、重なる彼女の唇から甘い吐息が漏れ、ついで強引に舌先をねじ込まれる。
また火がついたのか――そう思いながら、オレも劣情に流されるように、彼女の舌に呼応して強く自分のそれを絡ませた。しばらくそうして互いを求めあった唇が離れても、離れがたい思いが残るのか、透明で粘っこい糸が後を引く。それを彼女は舌先で絡め取ると「あなた、とっても美味しいわ」と笑ったのだ。
「美味しい? まるで食べ物みたいだな」
そう言うオレに、彼女はアハハと声高く笑った。
「なにがおかしいんだい?」
「だって、おかしいわよ」
「なぜ?」
「なぜって。あなたはわたしの食べ物だもの」
「どういう意味?」
けれどオレの問いかけに女は答えなかった。その代わりに「ねぇ、あなた」とねっとりとした目でオレを見つめて聞いたのだ。
「わたしのこと、好き?」
低い、低い声だった。腹の底が冷えるような、女の声とは到底思えない、深くて暗い声だった。
オレは返事の代わりに唾を飲み込んだ。背中が汗ばみ、足の指先が冷たくなっていく。指先がしびれたように動かなくなり、明らかに身体が固くなっていて、ともすれば震えさえも走りそうだった。
「わたしのこと、好きでしょ? そうじゃなきゃ、子種なんてばらまかないものね」
「おい。冗談はよしてくれ。オレたち、さっき会ったばっかりなんだぜ?」
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女は火のように赤い唇をぺろりと舐めた。唾で濡れた舌がてらてらと光る。
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女は震えはじめたオレの前でお腹を押さえた。先ほどまでは平らだったはずの腹がわずかに膨らんできていた。それを彼女は愛おしそうに撫でさすりながら、オレを見下ろして、くにゃりと唇をゆがめてほほ笑みをうかべた。
「でもね、こどもたちが足りないって言うの」
「なに……言ってるんだよ?」
額から嫌な汗が一筋垂れる。ほんの数時間で子供ができたと言われて、頭が真っ白になる。
異常者だったことに気づきもせずに、オレは自らの劣情を女の腹の中に何度もぶちまけてしまったのだ。
けれど女はそんなオレの頬を愛おしそうに撫でると「欲しいの」と言った。
「あなたのすべてが欲しいの。タンパク質も、カルシウムも全部ほしいのよ。わたしたちの愛をより確実なものにするために。ねぇ? わたしたちの愛の結晶よ? あなたがわたしにくれたのよ? あなたのこと、わたし、本当に愛してるわ。あなたがわたしの一部になっても、こどもたちの一部になっても、わたしたちの愛は永遠よ」
「愛してない!! オレは……おまえのことなんて愛してない!!」
オレは必死にもがいた。馬乗りになった女の身体を跳ね返そうと、じたばたと必死になって手足を動かした。突き飛ばそうと腕を伸ばし、身をよじり、足を跳ね上げ、なんとか抜け出そうとしたけれど、彼女はまるで岩のように重く、また女の力とは思えないほど尋常ではない強い力でオレの身体を押さえつけていた。
「あなた、彼に言ったじゃない……」
ブロンドの髪の奥で彼女の黒い瞳が緑色に変わっていく。オレを押さえつけた女はゆっくりと腰を上げると長い舌を出して唇を舐めた。
「いい女だったら、オレなら迷わず食われてやるって……」
オレは後悔した。話すべきではなかったと――いや、そもそも性欲を満たすために女を買うべきでもなかったと――まさか買った女が人間ではなくて、知能を持った未知の生命体だったなんて……オレは死ぬほど後悔した。死ぬほど? 違う。オレは死ぬんだ。
瞬間、オレは絶叫していた。死の恐怖が押し寄せて、その恐ろしさに抗えなくて、喉がつぶれるほどの大きな声で女を拒絶した。できる抵抗はそれだけだった。オレの前にぶら下がった死という名の絶望を跳ねかえすために命のかぎりに叫んだ。けれど女は無情なまでに冷たいほほえみをたたえてオレを見下ろしつづけていたのだ。
「大丈夫……一瞬よ?」
女の顔の皮膚がずるりと剥けて、明るい緑色をした柔らかな肌が姿を現した。お腹は大きく膨らんで、ぼこぼこと激しく蠢いている。女の皮を脱いだそれは真緑色ののっぺりした瞳をオレのほうに向けて、小さな口をキシャリと開いて笑ったのだ。
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