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第1話 燃え尽きた命の記憶 ~再会

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 私が目を覚ましたとき、甲冑の上から鎖で縛られて大魔王の王座の前で跪かされていた。

「無様だな、大聖女カサンドラよ。いったいこれで何度目だ?」

 ドクロの装飾が施されたまがまがしい王座に座り、私を見下しているのは大魔王エラルド。黒い髪に赤い瞳、頭の両脇の角、顔には愉快そうに私を見ている笑顔。

 九度目の敗戦。そのたびに捕らわれて屈辱の時間を与えられてきた。
 何度も敗戦を味わせて大聖女の威厳をおとしめる策略か。

「そんなににらむな。美しい金髪に青い目、大聖女の美しさが台無しではないか。こうして生かしてやっているんだ、俺に微笑むぐらいしてくれてもよいだろう?」

「黙れ、ひと思いに殺せ。それぐらいの潔さは持ち合わせている」

「そう焦るな、殺すのはいつでもできる。お前との逢瀬は俺の楽しいひとときだ」

 クックックッと楽しそうに笑われる。

 悔しいが、その通りだ。
 その気になれば、とっくに殺されている。

 私だけが使える聖剣、先代の大魔王を一刀両断にした聖剣がこいつには通じない。
 どんな魔法かわからないが、聖の力がうまく発揮できない。
 そしていつも捕らわれる。

「次はもう少し、楽しませてくれよ」

 そして、いつも解放される。聖剣まで返されて……。

 
 大魔王エラルド。先代の大魔王を私が倒した二年前から十二人の魔王を従えて魔界に君臨している。
 しかし、ヤツが大魔王になってから、小規模な衝突はあるが人間界への侵攻はなくなった。


 聖教会の命令で魔界討伐の旗印の下、私の率いる討魔騎士団と一方的に戦争を仕掛けているようなものだ。

 いったい、なんのために戦っているのだ……。



「恥を知れ、大聖女カサンドラ!、何度負ければ気が済むのだ!」

 大神官がそのハゲ頭から湯気を出しそうなぐらい真っ赤になって私を怒鳴りつけた。

「聖剣の祝福を受けたお前が勝てなければ、人間界でヤツに勝てる者などいないではないか」
「お前の信仰に問題があるのではないか」
「たぶらかされておるのではあるまいな」

 神官達も言いたい放題。だが、こちらにも言いたいことはある。

「大神官様、なぜ、ヤツを倒さねばならないのですか?、我らが手を出さねば、なんの危害も与えておりません。私はなんのために戦うのですか?」

 神官達からどよめきが起こった。

「大聖女がなにを言っているのだ!」
「やはり、信仰に問題があるのじゃ」
「まさか、大魔王の情にほだされたのではないのか」

「口を慎め!、聖が魔を倒す、そこになんの道理がいるのじゃ?、お前は黙って、聖教会の言うとおり、戦っておれば良いのじゃ。それが神の下僕たるお前の勤めだ!」

 神の下僕?、聖教会の下僕ではないか?
 聖教会を牛耳り、政治の長として権力を持つ大神官。
 自分の権威を守るために敵を作り、戦争を続けているだけではないのか。

 口に出そうな言葉を押さえる。

 大聖女にも家族がいる。産み育ててくれた父母、まだ幼い弟、妹。
 聖教会に逆らってこの国では生きていけない。
 理由をつけて異端として処刑するなどヤツラにはたやすい。

 我が家は庶民の家庭。
 私が七歳の時に、聖剣の使い手を探す聖教会に見いだされて大聖女になった。
 それ以外は全く普通の家庭。

 ただうつむいて、大神官の怒りを受けとめる。

 聖剣でぶった切りたくなる衝動に襲われるが、命の危機が迫ると数十人の神官が法力でかけた術が発動し、絶対防御のバリアーが現れるというウワサも聞く。
 だから暗殺されないのだと。

「さあ、早く準備を整えて戦いに行け、神具もありったけ持って行くが良い!」



 私は準備を整え、討魔騎士団を率いて出撃する。
 そしてまた破れる……。



「あきれたものだな、大聖女カサンドラ。これで十度目だろう?」

 例によって鎖で縛られた私を王座から見下ろして、大魔王エラルドはため息をついた。

「もう無理か……」

 なにが無理だ?、私が勝つことか?
 それは以前からわかっているはずだが。

「今日は、いつものように帰すわけにはいかん」

 ついに、大聖女をもてあそぶのにも飽きたということか。


 私はトカゲ人間のような従者に腕を掴まれて連れられていく。
 拷問か処刑か。辱めを受けるぐらいなら、舌をかみ切ってやる。

 この身は神に捧げた物、命の犠牲は覚悟の上。



「こちらでお待ちください」

 連れて来られたのは、ごくごく普通の客間だった。
 ベッド、小さいが化粧台まである。
 縛られていた鎖も外された。


 頭に角がある以外は普通のメイドが赤いドレスを持ってきた。

「甲冑でディナーは無粋なので、着替えてください、とのことです」

 ディナー?、不思議そうな顔に気づいたメイドが言った。

「ご主人様がディナーに招待したいとのことです」



「やはり、赤が似合うな」

 テーブルを挟んで座る大魔王がワイングラスを傾けながら言った。
 豪華な食事も並べられている。
 
「これは、なんのつもりだ、大魔王?」

 私は大魔王をにらみつけた。
 しかし、微笑みを浮かべ、グラスをかかげて乾杯を求められた。

「お前の十度目の敗北を祝おうかと思ってな」

 ここで殺されるような敵意はなさそうだ。
 グラスをかかげて乾杯に応えた。
 結構良いワインを飲んでいるようだ。
 食事も悪くない。

 それでも向かいには大魔王がいる。
 緊張しながら食事を続けた。

「どうした、魔族との食事は慣れていないか?、ならば……」

 大魔王は二つの角を両手で持つと、ポン、と頭から外した。

「それ、取れるのか?」
「眠るとき、ジャマだろ?、目の色も変えておくか」

 大魔王が目の前で手を動かすと瞳の色が赤から黒に変わった。
 人としてみればいい男だ。どこかの伯爵様かという感じになった。
 その黒い瞳はどこかで見た覚えを感じるが思いだせない。

「魔族とて、普通に食事をして、酒を飲む。家族も友もいる。人間とそう変わらん」

 その口ぶりが自然で不思議に感じたが、皮肉を込めて言った。

「まるで、人間をよく知っているような口ぶりだな」

 大魔王は答えず、ジッと私の目を見つめてくる。

 人として見慣れた黒い瞳、目に優しささえ感じられる……。
 待て、相手は大魔王、魔法でも掛けようとしているのではないか。
 人を自由に操るチャームの魔法とか聞いたことがある。
 あわてて目を伏せ、視線をそらした。
 
「ダメか」

 大魔王はため息をついて、両手をポンポンと叩くと吟遊詩人がリュートを手に部屋に入ってきた。人間だ。

「今宵のために手配した」

 吟遊詩人はリュートを奏でながら、ディーノとエレナ、勇者夫婦の物語を歌い始めた。

 誰でも知ってる実話と言われるはるか昔の伝説。

 男女の勇者が共に戦い、愛し合い、結ばれる。
 しかし、世界を滅ぼそうとする大魔王を倒すため、二人は命を使って大魔王と燃え尽きる、という物語。

「来世でも共に戦おう!」

 ディーノとエレナが誓い合いながら、二人の命をエネルギーに変えて大魔王と自らを焼き尽くし消滅するのが物語のクライマックス。
 飽きるほど何度も聞いた物語。

 こんなものを用意して、なにがしたいのかと大魔王を見た。
 黒い瞳で私を見つめている。

 黒曜石を思わせる深い黒、大きな瞳。
 瞳に意識が吸い込まれそうになった。

 その時、突然、物語の続きが脳裏に浮かび上がった。

 エレナは自分の命が燃え尽きる寸前、自分の体内にもう一つの命が宿っていることに気づく。
 しかし、その命が先に燃え尽きるのを感じる。 
 そして、自分とディーノの決断が全て間違っていたと後悔しながら消えていく。


 私の目から涙がこぼれ落ちた。
 あまりにも悲しい結末。

 だが、伝説の続きのこんな話を聞いたことはない。

 なぜ、私は知っているのだ?
 なぜ、今日思い出すのだ?


 それは、私が……。

「やっと、思い出したかい、エレナ」
 
 そう、そして、彼が……。

「俺は初めて戦ったとき、もう思い出せたよ」

 ディーノだからだ。

 全ての記憶がよみがえった。
 私は、大魔王、いえ、ディーノに駆け寄り、抱きしめた。

「俺たちは『来世でも共に戦おう』の意味を間違ったみたいだな。敵として共に戦ってしまった」

 ディーノは苦笑しながら、私の髪を優しく撫でてくれた。

 勇者の生まれ変わり、だから、聖剣が効かなかったのかも知れない。 そんなことはどうでもいい……。

 私はたった今思い出した記憶を説明した。
 世界を救うため、自分たちの子供を犠牲にしてしまったことを。
 ディーノも泣いた。声を上げて泣いた。

 私達は泣きながら抱き合い、もう二度と誰のためにも戦わない、犠牲にもならない、自分たちの幸せだけを考える、そう誓い合った。

 とは言うものの、現実はそう簡単ではない。
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