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最終章 暗黒竜編

第72話 女神の秘策 ~彼と「する」ってことですか⁉

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 私の魔力を大聖女ルシア以上にする秘策がある!
 驚きと喜びに私は身を乗り出して尋ねた。

「いったい、どうやるのですか?」
「うむ、ちょっと言いづらいのじゃが」

 なにをもったいぶってるの! 
 だんだん、イライラしてきた。

「修行でも、なんでもやりますから早く教えて下さい! もう時間がないんです!」

 ルミちゃんは私を手招きして呼び寄せようとする。
 しかし、周囲を見回しても、ここには私たち二人しかいない。

「いいから、はよこい。ワシにも恥じらいがある」

 不思議に思いながら近寄ると、ルミちゃんは私の耳元でヒソヒソと小さい声で話し始めた。

 なんですって……⁉

 体中の血が集まってくるように顔が真っ赤になっていく。
 思わずルミちゃんから離れた。

「シオンと一つになるって、それは、その、あの、彼と『する』ってことですか?」
「そのままの意味じゃ。神とはいえ女のワシに言わせるでない。そうして闇の力を取り込んで完全に自分の力にするんじゃ」

 顔は真っ赤になり目は白黒、めまいすら覚えた。
 しかし、ハッと気づいた。
 学生時代に私の封印を壊すためのマナのやりとりで、シオンの力の影響を受けたのは間違いない。

 研究所で魔獣の群れを倒したときも、四匹の『聖女殺し』を倒したときよりはるかに強い魔力を感じた。
 あれはシオンを蘇生するときに裸で抱き合った効果なのかもしれない。

 考え込む私を見てルミちゃんが笑った。

「どうじゃ、身に覚えがあるじゃろ」

 考え続けた私はあることに気づいた。

「ですが、二千年前のルシアとディアスも、その、えーと、あの、なんというか、そういう関係でしたし、ルシアは闇の力をすでに取り込んでいたのではないのですか?」

 ルミちゃんは首を何度か横に振る。

「いいや、暗黒竜と戦ったころ、二人は清い交際じゃったよ。大戦の後も政治的に引き離されて王都と辺境でそれぞれ家庭を持って暮らしたから一つになることはなかったな。体はね」

 勇者と大聖女の清く正しい交際?
 子供向けのおとぎ話じゃあるまいし……。

「今と違って二千年前は、みんな奥手じゃったからのお」

 ルミちゃんはケラケラと愉快そうに笑った。

 だけど、本家ルシアがやっていなかったことをやって、まがい物の私が本家を越える!
 そして、暗黒竜を倒す!
 思わず握った手に力がこもる。

 いや、しかし、『秘策』の内容を考えると、こもった力は抜けていき頭から湯気が出るほど顔が真っ赤になっていった。

 ルミちゃんはそんな私をシラーと冷たい目で見ている。

「お前、歳いくつや? 子供じゃあるまいし、いい歳して今さらなんじゃ。一緒になりたい、結ばれたいから命がけで助けるんじゃろうが?」

 そうだ、ルミちゃんの言うとおりだ。
 照れて恥ずかしがってる場合じゃない!
 だけど、どうしよう……。
 いや、そんなことは後で考えよう!

 私は真っ赤になりながらうつむいて小声で答える。

「ご助言、ありがとうございます。ま、前向きに、け、検討いたしたいと想います……」
「えーい、もう、まだるっこしいのお! 浄化と封印の魔法を教えるから、さっさと助けに行かんかい!」

 それから浄化と封印の光魔法を一通り教えてもらった。


「さあ、教えられることは全部教えたで。まあ、がんばりや」

 ここでずっと感じていたことを恐る恐る質問した。

「あのー、そもそも、ルミちゃんに暗黒竜退治をお願いすることはできないのでしょうか?」
「そりゃ無理」

 私の頼みはピシャリとはねのけられた。

「人間界への過度の介入はできへん。暗黒竜がよみがえって人の世が滅んでも、それが今の世の定めやな」
「ですが、二千年前は助けていただいたんですよねえ?」
「二千年前は暗黒神のヤツが暗黒竜とディアスを使ってやり過ぎたんで、ルシアと風、水、炎の三聖女をこさえてバランスを取ったんじゃよ。二千年も経ったら、暗黒竜も人の定めに織り込み済みってとこやな」

 その言い方、この国の守護神の言葉にしては冷淡すぎませんか?

「直接手は出せへんけど、ちゃんと見守って応援してやるさかいな」

 その一言に、やっぱり守護神なんだとホッとした。

 ルミちゃんは両腕を広げて、手を光の球に包んだ。

 なんだろう? 最後に必殺技の奥義でも教えてくれるのかな?

 ルミちゃんは両手を包む光の球を振って私に叫ぶ。

「フレー、フレー、アンジェ! ガンバレ、ガンバレ、アンジェ!」

 はっ?

「なんですか、それ?」
「わからんか? 応援じゃ」

 この女神様、ときどき小説に出てくるポンコツ女神、ダ女神かもしれない。
 ……先を急ごう。

「いろいろとありがとうございました。それではいってまいります」

 引きつった笑いを浮かべつつ、お礼を言って外に戻ろうとするとルミちゃんが昔を懐かしむような顔をして私を見た。

「シオンという男、ディアスによく似ておるよ。それと、お前の方が母よりもルシアに近いぞ。彼女は赤毛じゃったからな」
「ルシアは金髪ではないのですか?」

 彼女のことを描いた絵画とか絵本は、みんな金髪になってるけど……。
「やっぱり、金髪の方が見栄えがいいから伝説はそうしたんじゃろ。ワシも金髪にしておるぐらいじゃ」

 見栄えの悪い赤毛ですみませんね。
 女神が髪の色を差別するのは良くないと思うんですけど。

「自分に似たお前とディアスに似たシオンが結ばれるのは、ルシア、いやお前の母もうれしいじゃろ。もっとも、本人はなにも覚えてないがね」

 ルミちゃんはそう言って肩をすくめるが本当にそうなんだろうか。

 そういえば、母がシオンと初めて会ったときの喜びようは普通じゃなかった気がする。
 それに、病院でシオンと抱き合う私を見て、なぜか母がポロポロと泣いていたことがあった。

 そんなことを考えながら来た道を戻って光の壁を越えると、私を見た教皇が駆け寄ってきた。

「お会いできたのですな! どのようなお姿をされておるのか?」

 正直にルミちゃんの話をしたら、信じてもらえないかもしれないし、話も長くなりそうな気がする。

「まぶしいほどの光に包まれて実体は見えませんでしたが、その神々しさはとても言葉では説明できません」

 まあ、世間の考える女神はこんなもんでしょう。

「うむ、そうであろう、そうであろう。やはり女神とはそういうものなのじゃなあ」

 勝手に納得してうなずく教皇に構わず出口へとさっさと急ぐ。
 あわてて教皇が追ってきた。


 大神殿の正門に着くころには教皇やら神官やら、ぞろぞろと大勢の人が私の見送りに着いてきていた。

「どうも、お騒がせしました」

 ペコリと頭を下げる私に、教皇一同、深々と頭を下げる。

「大聖女様、またお越しください」

 これまで誰も抜けなかった聖なる杖を簡単に抜き、女神ルミナスとの面会も果たしたということで教皇公認の大聖女になったようだった。

 あれ、ルミちゃんがいる?

 いつのまにか教皇の隣に立って、私に笑顔で手を振っている。
 どうやら周囲の人にはルミちゃんは見えていないらしい。

 出歩くこともできるんなら、大神殿の地下暮らしも悪くないかもね。

 手を振って返すと、教皇や神官たちがとまどいながら私に手を振ってくれた。

 みんなが見ているのも構わず、私は空に向かって叫ぶ。

「ピピー!」

 ドラゴンの姿で降りてきたピピに教皇たちから驚きの声が上がった。
 私は構わずピピの背中にまたがって空に昇っていく。

「ヘンキョウ、カエル?」
「その前にもう一度、家に戻って」

 どうしても確かめておきたいことがあった。


 屋敷の庭にピピに乗ったままで降りていくと、畑に水をやっていた母が気づいた。

「あら、アンジェ。お帰りなさい」

 母はドラゴンのピピを見ても驚かなくなっていた。
 私は母に駆け寄って、金の光に輝く右手をかざす。

「お母様、ちょっと失礼しますね」

 不思議そうな顔をする母の頭、胸、お腹と右手を動かしていって魔力が隠れていないか探してみた。

 ない、全くない。

 念のため私の魔力を抑えていた封印のような力がないかも探してみるが、そんなものも全く感じられない。
 やはり、完全に普通の人として転生している。

 若かったころの美しさを感じさせるが、どこからみても優しそうな普通の女性にしか見えないのだけれど。
 不思議そうに首をひねる私を母は正面から見据えた。

「行くのですね、アンジェ」

 突然の問いかけに驚くが、うなずいて答えると、母はギュッと私を抱きしめた。

「わたしは本当になにもできませんが、シオンを、ディアスの子孫を頼みます」

 その一言は母ではなく大聖女ルシアが言ったように感じられた。
 魔力はなくても記憶が少しは残っているのだろうか。

「お任せ下さい。全力を尽くします」

 まるで大聖女ルシアに対するように答えた。
 母は体を離し、私に微笑む。

「ええ、大丈夫、アンジェならきっとできるわよ」

 これは小さいころから引っ込み思案の私を励ますときの母の口グセ。
 やはり、母は母だ。

「シオンと二人で、必ず戻ります!」

 ピピにまたがって空へと上がっていく私に手を振る母の姿がドンドン小さくなった。
 前を向いてピピに叫ぶ。

「さあ、急ぎましょう、辺境へ!」

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