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最終章 暗黒竜編

第68話 語られる真実 ~宿命の人柱

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 レティシアさんは座り直して正面を向いた。

「二千年前、暗黒神ダルラスにつかわされた暗黒竜ダイアノスと暗黒魔法騎士ディアスは魔獣、アンデッド、ゴーレムからなる闇の軍団を率いて大地を蹂躙し、人々を恐怖におとしいれた」

 私はシオンから聞いて知っていたが、シャルル皇太子は知らなかったようで驚いて声を上げる。

「勇者ディアスが暗黒神の手先だったって? そんな話、聞いたこともないぞ!」
「貴殿が王になるときには知ることになったであろう。今から話すのは、国王、教皇、辺境伯。そしてその後継者たちのみが知ることだ」

 それを聞いてシャルル皇太子もそれ以上は口をはさまなかった。

「女神ルミナスの加護を受けた光の大聖女ルシアと風、水、炎の三聖女が闇の力の前に立ちはだかった」

 ここは、みんなが知っている伝説の通り。

「そして、戦いの中で大聖女ルシアと恋に落ちたディアスは、暗黒神を裏切ってルシアたちと共に暗黒竜ダイアノスと戦い、辺境の地へと追いやった」

 ここが非常に興味深く、思わず質問してしまう。

「あの、ルシアとディアスはどうやって恋に落ちたのですか?」
「ふふ、いい質問だな。だが、恋の経緯は伝わっていない」

 恋のなれそめを本人たちが話すのは恥ずかしかったのかな。

「しかし、二人の力を合わせても暗黒竜ダイアノスを殺すことはできず、封印するのがやっとだった」

 シャルル皇太子が質問する。

「暗黒竜は死ななかったということなのか?」
「そうだ」

 レティシアさんは一言だけ答えて話を続ける。

「ディアスは辺境に残り、その地と辺境伯の地位を与えられてフロディアス家を興した。ルシアは王都に戻り、一緒に戦っていた剣士と結婚して今の王族の祖先となった」

 私の興味はやはり、二人の恋の行方だった。

「なぜ、二人は結ばれなかったのですか?」
「裏切ったとはいえ、闇の軍団を率いて多くの人を殺した男が大聖女と結婚するのは許されなかったのかもしれないな」

 結局、ハッピーエンドにならなかったんだ……。

「それに、ディアスとその子孫は封印の守護者になる必要があった」
「封印の守護者?」
「暗黒竜ダイアノスは二つの結界で封印された。一つはルシアの光の結界。もう一つは闇の力を押さえ込むための暗黒魔法による結界。暗黒魔法の結界を維持するために自らの生命を結界の一部にする。それが封印の守護者の役目だ」

 それって、つまり……。
 私は恐る恐るたずねる。

「守護者は結界のために死ぬ、ということですか?」
「そうだ。それが今に至るフロディアス家の男子の宿命だ。だが……」

 シャルル皇太子がレティシアさんの話をさえぎった。

「いや、待て! 今に至るということは、暗黒竜は今でも生きているのか?」
「ああ、封印されているが生きている」

 聞いている私たちは驚き静まりかえるが、レティシアさんは話を続ける。

「だが、封印の守護者は毎世代ということではなく、結界が緩み始めたときに人柱として身を捧げる」

 この長い話でレティシアさんがなにを言いたいのか、それがわかったとき顔から血の気が引いていった。

「次の人柱が……」
「そう、シオンだ」

 私の体は凍り付いたように動きを止めた。

「前回は十三年前、人柱は私とシオンの父。その前は今の辺境伯の祖父。その前はさらに四代さかのぼる」
「これまでと比べると間隔が近すぎないか?」

 頭の回転が速いシャルル皇太子が気づいて質問した。

「本来なら、あと二、三十年先で父とシオンは必要なかったかもしれない。しかし、十三年前に一度、結界が緩んでしまったのだ」

 十三年前、私は四歳。
 ちょうど祖父に連れられて辺境伯領に遊びに行っていたころ……。

「その顔では、心当たりがありそうだな、アンジェ」

 考え込む私を見ながらレティシアさんが言った。
 やはり、なにかあった?

 レティシアさんがグラスに口をつけて酒を飲んだ後で、また語り始めた。

「十三年前、あるバカな子供が遊びに来た女の子に自分の見つけたものを自慢しようと、決して入ってはいけないと言われていた洞窟の奥の奥、さらに奥へとお手々つないで入っていった」

 レティシアさんの話が私の遠い昔の記憶をよみがえらせていく。

 そこは暗い暗い洞窟。
 小さなたいまつを持った四、五歳上の黒髪の子供が四歳の私の手を引いて奥へと進んでいく。

 その子は言う。

「こっちだよ、アンジェ。すごいもの見せてあげるから」


 レティシアさんは話を続ける。

「そして洞窟の最も奥の目的の場所に二人はたどり着いた」


 記憶の中のその子は私に言う。

「ついたよ、ほら、すごいだろ!」

 そこは洞窟の中とは思えないほどの広い空間。
 地面にとても大きな、直径数十メートルはあろかという円形の模様があり、その回りをきれいな人の背丈ほどもあるような大きな何十本もの自ら光を放つ水晶の柱が囲んでいる。

「うわー、すごくきれい……」

 小さな私は回りの水晶を見回して美しさに驚く。
 しかし、今ならわかる、地面の模様は魔方陣!

 その黒髪の子供は私の手を引いて魔方陣の中心へと進んでいく。

「ね、すごくきれいだろ! でも、もっとすごいものがあるんだ!」

 魔方陣の中心部分に穴があり、その穴は分厚い地面をつらぬいており、はるか下の方にぼんやりとなにか巨大な黒い大きなかたまりのようなモノが見える。

「ねえ、なあにあれ?」
「竜みたいに見えない? ほら、あそこが頭で、あっちがシッポ、あれが背びれ……」

 そのとき、私の体が金色に光り始めた。

「えっ? なに、どうしたの?」

 私はあわてて自分の体を見るが、光はどんどん広がっていって周囲を光で満たした。

 あせる私たちの目の前に穴から黒い霧のようなものが吹き出てきた。

 黒い霧がヘビの頭のような形に見え始め赤い目が二つ、カッと見開かれた。
 どこから聞こえるのかわからないが、恐ろしい声が聞こえてきた。

『コノケハイ、イマイマシイ、コムスメ! ウラギリモノモ、イヤガル!』

 その黒い霧のようなものは穴からどんどんわき上がり、おびえて逃げる私とその子供に向かってくる。
 黒い霧が口のように大きく開いた。

『ウラギリモノ、テメエカラダ!』
「ダメー!」

 なにがそうさせたのかはわからないが、向かってくる霧の前に私は両手を広げてその子の前に立ちはだかった。
 私の体はまぶしいほどの金の光に輝き、その光は黒い霧を消し去った。 しかし、私も目の前が真っ暗になって意識を失った。


 それが、その記憶の最後だった。


 レティシアさんは話を続ける。

「アンジェから漏れ出した光の魔力が暗黒魔法の封印を弱めてしまい、目覚めた暗黒竜の精神体がアンジェたちを襲った。しかし、本能的に魔力を放出して消し去った。そんなところだろう」

 そこからは何度か見たあの夢に続くのだろうか。
 ベッドで目覚めた私が黒髪の子にキスされて魔力を暴発させるというあの夢に……。

 考え込んだ私に構わず、レティシアさんの話は続く。

「そのときに緩んでしまった封印を再び強めるため、我が父は人柱になった」

 私のせいで⁉
 ハッとして思わず顔を上げるが、私を見つめながらレティシアさんは言う。

「アンジェが気にすることはない。誰も予想ができなかった事故のようなものだ。禁忌の場所に連れていったバカが悪いのだがな」

 そういうレティシアさんを見て気づいた。

 似ている。今の記憶とあの夢に出てくる子に。
 黒髪に茶色の瞳、ずっと男の子だとばっかり思っていたけれど……。

 処刑場で初めて会ったとき、シオンが『姉は男に興味がありませんので』と言っていたことを思い出した。

「あの、そのあと私がベッドで目を覚ましたとき、レティシアさん、私に、その、もしかして、キスとかしませんでしたか?」

 恥ずかしさに顔を真っ赤にして、思い切って尋ねてみるが、レティシアさんは不思議そうな顔をした。

「……どこからそういう話になるんだ?」
「い、いえ、そういう夢をよく見て、レティシアさんがその子にすごく似てるので……」

 レティシアさん、あきれて大きなタメ息をついた。

「そいつは、シオンだよ」 
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