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第二章 聖女編

第65話 反逆の大聖女3 ~援軍到着・シオンの姉

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 縄で縛られた家族と処刑台への階段を登る処刑人を見て、私は唇をかみしめる。

「くっ……」

 どうする?
 家族もシオンも助ける方法は?
 必死で考えるそのとき、母の声が響く。

「アンジェ! 私たちに構わず、シオンを助けなさい。そして、あなたの愛をつらぬくのです!」

 はっ?

「おまえ、なにを言い出すんだ!」
「母ちゃん、オレ、まだ死にたくないよー」

 ほら、父も弟たちも動揺してる。

「また来世で家族をやりましょう! さあ、アンジェ、お行きなさい!」

 お、お母様、なんか変な転生物の小説でも読まれたんですか?

「いいいかげんに、黙れ!」

 母を押さえていた兵士が短剣を母の首に突きつけた。
 その間にも処刑人がシオンに近づいていく。

 どうする。シオンと家族五人、同時に助けるには?
 処刑人と家族につく五人の兵士の首を烈風斬で斬り落とす?
 いや、せめて武器を持つ手を切り落とすか?
 できない……。

 聖光蛛縛の光のクモの巣で押さえつける。
 だけど、その後どうする?
 水球をぶちかますか?
 考えながら前方に向けて緑、金、青の魔方陣をいくつも出していく。

 手段は決められないが魔力だけが高まり、背中に双翼が現れて輝き始めた。

 一触即発の緊張感が高まっていく。

 誰もが無言で静まりかえるが、ミラさんの声が聞こえる。

「エリザ、こんな卑怯なの、あたしはもうガマンできねえぜ!」
「待って! なにか来る……」

 上空からヒューとなにかが落ちてくる音が聞こえてきた。
 その場の全員が視線を空に向けた。

”なに?”
”なんだ?”

 空から数十センチの大きな黒い球が真っ直ぐ落ちてくる。
 球は私と処刑台の中間の地面に激突、ドカーンと大きな音を立てて大爆発を起こした。

 黒い煙が立ち上がっていく空から、両腕が羽になっている竜が羽ばたきながら降りてきた。

 あれは、翼竜、ワイバーンとかだったっけ?
 昔見た本の挿絵を思い出した。

 その背中には腰まで届く長い黒髪を翻して甲冑を着た若い女性が立っていて竜の首につながる手綱を握っていた。

「双方引けー!」

 女性は良く通る大きな声で叫んで地面へと飛び降りた。
 その声に私も兵たちもひるんで、動きが止まった。

 あの人、シオンに似てる。 
 女性は髪の毛の色と長さ以外はシオンによく似ている、というよりもそっくりだ。

「きさまー、何者だ!」

 そう叫ぶハイデル局長を見据えて女性は叫ぶ。

「我はフロディアス飛竜空団師団長」

 この人は辺境伯が送ってくれた人なんだ!
 援軍の到着に一目散にその女性に向かって走り出した。

「フロディアス辺境伯の孫娘にして次期当主、レティシア・フロディアスである!」

 えっ、孫娘、次期当主!
 すごい大物が来てくれた!

 隣まで走って来た私を見てレティシアさんが笑った。

「お前がアンジェか。我が愚弟のために国家に反旗を翻したその気概、このレティシア、姉として一生恩に着るぞ!」

 いえ、そんな、国家に反旗を翻すとか大それたつもりはないんですけど。
 えっ? ちょっと待って、愚弟? 姉?

 首をひねる私の隣でレティシアさんはハイデル局長を怒鳴りつけた。

「きさま、当家の者にこの仕打ち! 王国は辺境伯軍と一戦交える覚悟の上か? 国王も承知のことか? ただではすまぬぞ!」

 レティシアさんの迫力に気圧されて、たじたじのハイデル局長。

「な、なにを言われます、たかが貴家の執事、それほどのことではありますまい……」

 次期辺境伯と聞いたせいか、いつのまにか丁寧語になっているハイデル局長だが、レティシアさんは、たたみかけるように怒鳴りつける。

「誰のことを言ってる? そいつは我が愚弟、フロディアス辺境伯の孫にして勇者ディアスが直系フロディアス家の長男、シオンテーヌ・フロディアスだ!」

 えっ? 辺境伯の孫? シオンが?
 ハイデル局長も理解ができないのか、わけがわからないという顔をしている。
 しかし、オロオロしながらも答えた。

「ですが、こいつは禁術使い、法律に反しておりますので……」
「この国には禁術を使うことを許される存在が一つだけある」
「バ、バカな、そんものがあるわけない!」
「やはり知らんか。お前が知らぬというなら国王か教皇に聞いてこい!」

 ハイデル局長がオークス枢機卿と話し始めたが、枢機卿もよくわからないとう顔で首をひねっている。

「そんなことを聞いたこともないが……」
「国王は今、外遊中でいないし……」

 イライラしながらレティシアさんが二人を怒鳴りつけた。

「だったら、さっさと教皇に聞いてこい!」

 レティシアさんが上空を見上げて指笛をピーと吹くので、みんな空を見上げた。

 上空高くに十数匹の翼竜が飛んでおり、さっきの黒い爆弾がヒューと三個落ちてきた。
 そして、地面に当たり、ドーン、ドーン、ドーンと爆音とともに炸裂した。

「これ以上、議論したいというなら王都に同じものを百発ほど降らしてからにするぞ!」

 私は思わずレティシアさんの腕を取った。

「それはいくらなんでも……」
「案ずるな、ハッタリだ。そこまでやるつもりはない」

 耳元でささやかれて私は確信した。
 この人はシオンのお姉さんだ。

 枢機卿があわててその場を離れていった。

「さあ、シオンとアンジェの家族を早く解放しろ。我ら逃げも隠れもせん。教皇に聞けば全てわかることだ」

 女ながら辺境伯家の次期当主。
 その威厳に満ちた物言いにハイデル局長は小役人に成り果てている。

「い、いえ。そういうわけには……」

 イライライラ! レティシアさんのいらだちが伝わる。
 この人はかなり気が短そうだ。
 ピーピー! また指笛を、今度は二度ほど吹いた。

 また爆弾が降ってくるのかと、みんな身構えたが今度は爆弾は降ってこなかった。
 かわりに、ロープをくわえた翼竜が羽ばたきながら降りてきた。
 ロープの先にはグルグル巻きに縛られた男性の姿。

「シャルル⁉」

 まっさきに婚約者のソフィア様が気づいた。
 隣国のバルディア王国に留学中のはずのシャルル皇太子がグルグルに縛られてロープの先でブラブラと揺れていた。

「さあ、人質交換といこうじゃないか」

 レティシアさんはそう言って、ハイデル局長に笑いかけた。

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