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第二章 聖女編

第62話 決意の悪役令嬢 ~愛する人を取り返す!

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 私がニコラ第二王子と結婚?
 こんなときに、なにをおっしゃってるんだろう?
 あらためてソフィア様の顔を見るが、まじめな顔で冗談ではないとわかる。

「ニコラ王子と結婚してアンジェが王族になってしまえば、王国と対立することなどありえないでしょ? そうすれば、安心してシオンさんを釈放することもできるかもしれません」

 なるほど。確かに理屈は通ってるかもしれないけど……。

「古来から聖女が王族に嫁ぐ例はいくらでもあります。それは聖女の力を体制側に取り込んで他国や敵対勢力に流出させない手段でもあります」        

 大聖女ルシアが愛する勇者ディアスと別れさせられたのもそういう理由かもしれない。

「アンジェは今や大聖女と言われるほどですし、もともと伯爵令嬢。誰も文句は言わないでしょう」

 最近、すっかり忘れていたが私は貴族令嬢だった。
 だけど……。

「それに、ニコラがアンジェに好意を持ってるのは知ってますよね?」

 はい。舞踏会にエスコートしてもらったこともありました。
 だけど……。

「アンジェがニコラと結婚したら、わたくしたち、本当に姉妹になれましてよ!」

 うれしそうに私の手を握られるが、私はうつむいてしまう。
 言わなければいけない。

「ソフィア様、私……,私,シオンに女の子の全てを捧げてしまっているんです!」
「えーっ⁉」

 ソフィア様はイスから飛び上がるほど驚いて、顔もみるみる真っ赤になっていく。
 私はうつむいてほほを染めながら説明を始めた。

「私は自分で服を切り裂いて、上半身裸になりました」
「まあ! 自分から服を?」

 私は真っ赤になりながら、うなずく。

「じゃあ、胸なんか……」
「はい、丸出しです」
「そ、それで?」

 ソフィア様は顔を赤らめるが、身を乗り出して続きをせかすような目で私を見る。

「大きく腕を開いて胸を広げて……」
「まあ……、積極的ねえ」
「風魔法で肩から腰までバッサリと切り裂きました」
「……えっ?」
「もちろん血が噴き出しました」

 一転してソフィア様の顔色が真っ青になった。

「そして傷を合わせて抱きしめて……、キスをしました」

 私は思わず恥ずかしくなり、キャッと両手で顔を覆った。

「……それから?」
「魔力を送り込んで、シオンはなんとか息を吹き返しました」
「それで?」
「以上です」
「……」

 気まずい沈黙。
 ソフィア様は、コホンと一つせき払いをされた。

「世間一般では、それを『女の子の全てを捧げた』とは言いませんが、命を捧げて助けたようなもの。それ以上かもしれませんね」

 ソフィア様は優しく微笑まれて私の髪をなでてくれる。

「ごめんなさいね。そんなに彼を愛しているとは知らなかったの。もっとできることを考えましょう」

 なにか誤解はあったようだが私の思いは伝わったようだった。

「今、外遊中の陛下と王妃様があと十日もすれば帰ってきますから相談もできますし、シャルルにもすぐ手紙を出しましょう」

 シャルル皇太子はシオンと友だちだと言っていた。きっと力になってくれるはず。

「アンジェは辺境伯にお願いしてみてはどうかしら。大事な右腕、というぐらいだから動いてくれるのではないでしょうか」

 辺境伯ともなれば、きっと王都にもいろいろな人脈を持っているはず、助けてくれるかもしれない。

 早く家に帰って手紙を書こう。そう思い、お礼を言って部屋を出ようとするとソフィア様に呼び止められた。

「アンジェ、くれぐれもバカなことを考えてはいけませんよ」

 私は口では答えず、会釈だけして部屋を出た。


 家に戻ってから私は辺境伯に手紙を書いた。

 まず、シオンを送ってくれたことへのお礼。
 彼が来てから全てが好転した我が家の状況、などなど。

 シオンが我が家に来てからのことを思い出しながら書いた。
 いろんなことがあった。
 最後は、なぜ、こんなことになっているのかと泣きながらペンを走らせる。
 とにかく、辺境伯のお力で助けていただきたい。

 手紙の最後にそう書いた。
 どんな力をお持ちなのかは知らないけど……。


 手紙を書き上げて、庭に出て空を見上げて大声で叫ぶ。

「ピピー、降りてきてー!」

 空の小さな点がどんどん大きくなり、白い小さな姿のピピが降りてきて地面に着陸した。

「シオン、コノゴロイナイ。サビシイ」

 以前シオンが使っていた手紙を入れる筒を長いヒモの輪に通してピピの首にかける。

「この手紙を辺境伯にお届けして。とても大事なの。辺境伯、もちろん知ってるわよね?」
「シッテル、ハゲジジイ」

 あら、辺境伯はハゲてるのね……。

「急いでね。シオンの命がかかってるの」

 そう言ってピピの頭をなでると、意味を理解したのか首をもたげて突然光り始めドラゴンの姿に巨大化した。

「ワカッタ! イソグ!」

 大きな羽を上下に動かすとアッという間に天高く飛んでいった。

「頼むわよー」

 みるみる小さくなるピピに手を振って見送りながら祈る。

「辺境伯、お願いします。もう一度、私を助けて下さい!」

◇◆◇
 
 三日後、二つの知らせが自宅に引きこもる私にもたらされた。
 一つは待ちに待った辺境伯からの返事。

 庭に降りてきた白いピピの首の筒に私宛の手紙が入っていた。
 期待を胸に大急ぎで丸まった紙を広げて読んだ。

 『了解。動く。しばし待て』

 なにこれ、これだけ? どう動いてくれるの?
 しばしって、どれだけ待てばいいの?
 商売の話じゃないんだから、もうちょっと書きようがあるんじゃないの……。

 そう思いながらも、なにかしてくれそうだとホッとした。

 しかし、二つ目の知らせはそんな楽観を吹き飛ばし、私を絶望の底にたたき落とした。


 気分転換を兼ねて、庭の野菜畑でぼんやりと魔法で水やりをやっていると、血相を変えてエリザさんが庭に駆け込んできた。

 慈愛のエリザと呼ばれるだけあって、エリザさんは光神教に受けが良く、上層部に知り合いもかなりいるそうで最新の状況をつかんで教えてくれる。
 しかし、今日の情報は最悪のものだった。

「シオンを処刑⁉ しかも公開処刑⁉」

 エリザさんが表情を曇らせて言う。

「ええ、明日の昼前に郊外の旧処刑場跡地で……。最近、勢力を増している暗黒教信者への見せしめか、大聖女とも言えるアンジェのお気に入りの従騎士の処刑を見せることで、自分たちの方が立場が上と民衆に示したいということかもしれません」

 そんなことで……。
 あまりに理不尽な決定にぼう然と立ち尽くす。

 人の笑顔を絶やさない、そんな世の中にしたいと思って私は一生懸命に聖女をやってきた。その結果がこれ?

 シオンも私も文字通り命がけで戦った。それがこの仕打ち?
 他人が笑ってるのに、自分は笑えない。
 愛する人を私から奪う。そんな世の中のために私は働いてきたの?

 自分の愛する人すら守れなくて、なにが双翼の大聖女よ!
 なんのための力よ!

 わき上がってくる怒りで全身が震え始める。

「アンジェ、まだ時間はあります。わたくしもできるだけのことを……」
「もういいです。あきらめました」

 私は怒りをこらえるため地面をにらみながら、うつむいて答えた。
 待っていたら誰かが助けてくれるとか、なにかが起こるとか期待することはあきらめた。

「アンジェ……」
「すみません。一人にして下さい」

 私は顔を伏せて視線も合わせず、冷たく言い放った。
 エリザさんは少し驚きながら、庭の出口に私を振り返りつつ向かっていった。

 私の心の中は怒りでかき乱されている。
 子供のころから人に逆らったことはほとんどない。流されるように生きてきた。
 だけど、今回は違う。私は私のやりたいことをやる。
 愛する人を取り返す!

 国の決まりに従えば、正義は私にないのかもしれない。
 それでも構わない、悪役で構わない!
 そうよ、悪役令嬢は私のはまり役、やってやるわ!
 なりきってやる、悪役に! 笑い方はこうよ!

「オーホッホッホッ!」

 私は天を見上げて高らかに笑った。
 しかし、目からは悔し涙か、それとも悲しいのか涙が流れ落ちた。

「ア、アンジェ……」

 振り返るとエリザさんが庭の出口から驚いた表情で私を見ていた。

 あっ、まだおられた……。
 ピタリと笑いが止まった。

 エリザさんは私を指差した。

「羽……、双翼が出ちゃってますよ」

 怒りで魔力が全開になってしまったのか、いつの間にか背中に四色の輝く羽が現れていた。

「あなた、いったいなにを考えてるの……?」

 エリザさんが恐い物を見るように私を見てつぶやいた。

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