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第二章 聖女編

第61話 大魔兵ゴーレム ~禁術使いの罪

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 これは以前に研究所の地下で見たあの石像だ! 

 私は急いで後ろに下がり、みんながいる方に移動した。

 コブシに続いて腕が現れ、頭、胴体、脚と続き、高さ二十メートルはあろうかという人の形をした石像が現れた。

”ゴーレムだ!”

 誰かの叫ぶ声が聞こえた。
 頭の部分が両側に開いてイスに座り体のあちこちに触手がつながられたようなユリウスの姿が現れた。

「失礼だな。ゴーレムのような石人形といっしょにしないで欲しいね」

 石像が右手の平を私たちに向けると青の魔方陣が現れて、巨大な流水槍が発射された。
 エリザさんが大きな金の光の壁をみんなの前に作り、そこに当たった水の槍がバシャッと砕け散った。

「素晴らしいだろう、この子は魔法が使えるんだよ。大魔兵とでも呼んでくれるかな」

 胴体の部分が真ん中から両側に開くと内部に肘付きイスに脚と腕を金属の輪で固定されたちびアンジェがいた。
 やはり、体の周りを触手が覆っている。

「ちびアンジェ!」
「姉さまー! 助けてー!」           

 ちびアンジェが私を見つけて泣き叫んだ。
 その姿を見てさらに怒りがわき上がる。

「残念だよ、アンジェ。そこにはキミが座るはずだったのに。言うことを聞いてくれないから、仕方なく妹さんを使うことになったんだよ」

 胴体のさらに下の部分が開くと、そこに助手のネビルがやはり触手に囲まれて座っている。

「彼が暗黒魔法で妹さんから魔力を吸い上げて、この大魔兵に供給する、そしてボクが魔法として発動させる」

 石像は両手を開いて二つの赤い魔方陣を出し、私たちに向かって火球を打ち込んできた。  

 エリザさんと私で光の壁を出して、それぞれ火球をはじき返す。

「どうだい、すごいだろう? 男のボクが聖女と同じ魔法を使えるんだよ! しかも、四属性の全てだ!」

 火球、流水槍、烈風斬、片っ端から魔法を発動して私たちに攻撃してくるがエリザさんと二人で聖光障球を発動して防ぎきった。

 シオンが焦った様子で私に話しかける。

「アンジェリカ様への負担が大きすぎます。こんなことを続けていたら死んでしまいます!」

 大魔兵の中のちびアンジェを見ると、目を閉じてグッタリとしている。
「このっ!」

 怒りにまかせて大魔兵の頭部のユリウスめがけて、水球を発射するが現れた光の壁に弾かれて砕け散った。

「そうこなくっちゃ。さあ、聖女の諸君、魔法比べといこうか!」 

 大魔兵の頭と胴体の扉が閉まり、ユリウスもちびアンジェも見えなくなった。

 エリザさんがライルさんを手招きで呼んだ。

「足首の部分を大剣で断ち切れますか?」
「魔法強化していただければ可能かと」       

 エリザさんが強化魔法をかけると、ライルさんの体全体と大剣が金色の光で輝き始めた。

「行きます!」

 ライルさんがすごい速度で走って大魔兵に近づくと金の光の壁が現れるが、そこをすり抜けて脚に近づく。
 それを見てエリザさんが言う。

「光の障壁は光魔法には効果がありませんから」

 ライルさんは光る大剣を振りかぶって足首に斬りつける。
 しかし、当たった瞬間に大剣は光を失い、パキッと音を立てて二つに折れてしまった。

「大魔兵の外装には魔法耐性のあるS級の外皮を使い、さらに暗黒魔法で障壁を構築しているんだよ。闇の力の前では光は無力なのさ」     
 シオンが私の耳元でささやく。

「アンジェ様」
「様はやめて」

 戦いの最中でも心は冷静。

「アンジェ、私が闇の力を押さえ込みます。その間に首を斬り落としてください。闇の力は闇の力でのみ押さえられます」         

 それだけ言うと、シオンは大魔兵の方に歩いていった。
 見ている兵たちからざわめきが起こった。

”あいつ、なにをするんだ?”

 シオンはしゃがんで自分の影に手を当てると、影が伸びていき大魔兵の影と重なる。
 そして、黒い帯のようなモノが地面の影から何本も伸びてきて大魔兵の脚にからまり、胴体、腕へとからまりながら上がっていく。

 見ている兵士たちが驚いて声を上げた。

”あれは暗黒魔法か? 禁術じゃないか!”
”聖女様の従騎士が禁術を⁉”

 いけない、シオンの魔法が見えてしまっている!
 しかし、大魔兵の動きがピタリと止まった。

「どうした、ネビル! 動かないぞ!」

 今だ!
 私は脚に強化魔法をかけて大魔兵の頭に向かって跳躍する。

 右手から長さ数メートルの水の刃を出し、首に叩き込む。
 しかし、S級の外皮が刃を受けとめる。
 左手にも魔力を集中し、もう一本の水の刃を出す。

「斬り落とせ、流水刃!」

 左右二本の刃を大魔兵の首に叩きつけると外皮に亀裂が入った。
 さらに力を込めて刃を押し進める。

 いけー!

 ありったけの魔力を刃に集中すると、背中に双翼が現れて輝き始めた。
 ピシッ! と首にヒビが入り、そこから水の刃で一気に首を斬り落とした。

 胴体から切り離された頭は下へ落ちて地面に当たると、ゴロンゴロンと転がって、そして止まった。

 頭を失った大魔兵はゆっくり背中から後ろに倒れていくのでつむじ風を起こしてクッションにして地面にゆっくりと着地させた。

 何人かの兵士が転がった頭に駆け寄っていく。

 胴体の扉が開き、ネビルが外に出て地面に転がり落ちた。

 私は構わずに胴体に飛び乗り、イスにくくりつけられて気を失っているちびアンジェを助け出す。

 地面にひざまずくネビルは黒い魔方陣を展開し、その中に沈むように消えていった。

 転移魔法……。
 横目で見ながら、ちびアンジェにまとわりついている触手のようなものを水の刃で切り続けた。

 兵士たちが走って来るのが見えた。

「禁術使いだ! 捕らえろ!」

 遅いですよ。もう、逃げちゃいました……。
 と見ていると、兵士らはシオンを取り囲んで体を押さえつけた。

 なんで、シオンを? 

 シオンを後ろ手に縛ろうとしている兵士たちに急いで駆け寄る。

「私の従騎士になにをするのですか!」
「コイツは禁術使いです。捕らえねばなりません」

 オークス枢機卿が近寄ってきた。

「禁術使いは邪神に魂を売った許されざる存在。あなたはだまされているのです!」
「なんですって!」

 怒りに思わず、右手の先に流水槍の魔方陣が浮かび上がる。   

「アンジェ!」      

 シオンに呼ばれて正気に戻って魔方陣を引っ込めた。
 振り返ると後ろ手を縛られ、兵士たちに引き立てられていくシオンが見えた。

「大丈夫です。すぐに戻りますから」
「でも……」
「心配しないで、待っていて下さい」

 そう言われて、連れ去られるシオンを私はたたずんで見送った。

◇◆◇

 しかし、シオンは戻ってこなかった。

 シオンが連れ去られてから四日目、解放されないシオンの件を相談するために私はソフィア様のお屋敷を訪問した。

 応接室のテーブルに新聞が何紙も置かれており、ソフィア様が見出しを読んで、私に渡してくれる。

『魔法研究所、暗黒教と結託か? 背後にダルシア帝国の影?』

 ミラさんが取材を受けたのかな?

『双翼の大聖女降臨。一人で魔獣の群れを撃退。その比類無き戦闘力、王国軍への参画を検討開始とハイデル局長は語る』

 なによこれ……? 私に軍で戦えって言うの?

「こんなのもあるわ」

『水の聖女の従騎士は禁術使い! 突然の覚醒は暗黒神と関係か?』
『聖女を汚した禁術使いへの極刑を望む声高し』 

 紙面に踊る扇情的な見出しに目を覆いたくなった。

「ソフィア様のお力で、なんとかならないのでしょうか……」

 しかし、ソフィア様は申し訳なさそうな顔をされた。

「禁術や暗黒教の関係は、光神教配下の宗教警察の管轄だから、王族も手を出しずらいのよ。それに……」

 そこまで言って、ソフィア様は言葉を止めた。

「それに……なんですか?」
「政府の中にシオンさんを排除しようという動きがあります」
「……どういうことですか?」
「辺境伯領で一緒に暮らしたいって、シオンさんにプロポーズしたそうじゃない」

 そうか、あの日、病室で言ったことは女の私から結婚をせがんだことになるんだ!
 今さらながら恥ずかしくなり顔が真っ赤になっていく。

 でも、なんでソフィア様が知ってるんだろう?

「それ自体はいいことだし、アンジェには幸せになって欲しいですけど……」

 そこまで言うと真剣な顔になり私を見る。
 それは私をかわいがってくれた学園の先輩の顔ではなく、国を背負う立場、そんな威厳を感じさせるものだった。

「ルミナリア王国にとっては脅威になります」

 私の結婚が王国の脅威になる?

「戦力として考えたとき、今のアンジェの力は強大すぎるのです」

 『大きすぎる力は恐れを生む』
 魔獣迎撃戦の後でシオンが言ったセリフを思い出した。

「ある軍略家がアンジェの戦いを分析して、王国軍はアンジェ一人に一時間足らずで壊滅させられる可能性があると計算したそうです」
「わ、私はそんなことしません!」 

 ソフィア様は冷徹とも言える目で私を見た。

「将来、辺境伯領で家族ができて、もし万が一、王国と争いが起こり、家族に危機が迫っても同じ事が言えますか?」
「それは……」

 愛する者を守るためなら、たぶん、相手が誰でも戦ってしまう。

「ですが、辺境伯は中立で政治に興味ないって聞きました。そんなこと、あり得ないと思います」
「今はそうですね。ただ、過去二千年の歴史を見ると、王族とフロディアス辺境伯家の関係が悪かった時期は何度もありました」

 王族の視点から私がどう見られているのかが理解できた。
 そして今回の一件の解決がそう簡単ではないことも……。
 うつむく目から涙がこぼれた。

 ソフィア様はそんな私の手をそっと握ってくれる。
 そのお顔は優しい学園の先輩に戻っていた。

「アンジェが望むかどうかはわかりませんが、一つだけ、問題を解決できる手段があります」

 えっ? なんでもっと早く言ってくれないんだろう?

「どうすればいいのですか?」

 はやる気持ちを抑えて、しかし、焦って質問した。

「ニコラ第二王子と結婚しなさい」

 はっ? 
 突然の提案に私の目は点になった。

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