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第二章 聖女編

第51話 巨大ゴーレム ~私を好きになさい

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 グリモア所長は私を見ながらズルそうな笑いを浮かべている。

 どうしよう。
 目的はわからないが、何を望んでいるかはわかる。
 私を、私の魔力をいじくりたいことが彼の望み。
 だったら、それに応えるふりをして、とりあえずこの場を収めよう。

 スーと深く呼吸をして気を落ち着かせる。
 そう、気分は以前演じた悪役令嬢。
 私は悪役令嬢、悪役令嬢……。
 つぶやきつつ役作り、そして高慢そうな笑いを浮かべる。

「よろしくてよ。私はもっと強くなりたいの。こんなバケモノに殺されるなんて、まっぴらですわ」

 グリモア所長は『ほう』という顔で驚いた。
 よしよし、私の演技力はやっぱり捨てたもんじゃないわ。

「その手助けをしてくれるなら大助かりでしてよ。私は魔獣を倒して聖女の優雅な暮らしを楽しめれば、それで十分。私の力が欲しいならお好きに使えばよろしくってよ」

 じゃあ、一緒に世界征服しようとか言われても困りますけど。

「私を導いて下さい。一緒に魔法の力を極めましょう!」

 とにかく、これぐらい言っとけば満足でしょうか。

「そうだよ、それでいいんだよ、アンジェ。ボクの研究成果の全てをキミにあげるから!」

 また私の両手を握ってうれしそうに上下するが、今度は目一杯の作り笑いでそれに応える。

「まあ、とってもうれしいわ」
「ボクらはきっとうまくやっていけるさ」
「ええ、そうね。グリモア所長」
「いやだなー、ユリウスと呼んでよ。ボクらはもう特別な関係なんだから」

 げっ……、なにこの思い込みの強さ?  

「ええ、そうね、ユリウス」

 引きつり気味に作り笑いを浮かべて答えた。
 グリモア所長、いえ、ユリウスは兵士からたいまつを受け取り、うれしそうに私の手を握った。

「アンジェには特別に見せてあげるよ! ボクの最新の研究を!」

 ユリウスは私の手を引いて奥へ奥へと進んでいき、扉の前に立った。
 扉をノックすると中から扉が開くが、助手のネビルさんが立っていた。

 中に入っていくと大きな空間になっていて、中央に十メートルを越える高さの人間の形をした像が立っている。

「すごいだろう。これを魔法で動かすんだ」

 二千年前、闇の軍団には魔法で動く何体もの石像があったという伝説を読んだことがある。
 ということは、これは暗黒魔法の研究の一つなのか。

「外側にさっきのS級の外皮を貼れば、すごい防御力と魔法耐性が得られる。これがあれば、どんな魔獣だって倒せるさ」

 あれ、意外にまじめな研究なのかな?
 そういえば、魔法での水路工事も魔法研究所が開発したってミラさんが言ってた。
 案外、世のためになる研究をちゃんとやってるのかな?

「これに、アンジェ、キミの力も取り入れたいんだよ」

 いずれ、こんなのが騎士団や聖女に代わって魔獣と戦ってくれるなら本当にありがたい。

「そうね。お役に立てたら、うれしいわ」

 言ってる意味はよくわからないけど……。

「完成したこの子が三、四体あれば王国軍と聖女隊がたばになっても勝てないだろうねえ」

 えっ? 

 驚く私に気づいて笑みを浮かべて言う。

「いやだなあ、単なるたとえ話だよ」
「そ、そうよね。完成が楽しみね」

 白々しい引きつり笑いを浮かべるが、心の中で考える。

 この人、やっぱり、おかしい……。
 

 それから地上に戻って講義が再開された。

 講義の終わった後、大聖女ルシアが敵とどう戦ったかが書かれているという英雄伝説みたいな古文書を訳した本を渡された。
 その戦い方を魔法でどう実現するか、それを考えるのが宿題。

 本を抱えて正門に行くと時間通り、シオンの馬車が迎えに来ていた。

「それじゃあ、アンジェ、よく勉強しておいてね」
「ええ、ユリウス、私、がんばるわ」

 見送ってくれたユリウスとの白々しい会話を馬車の上からシオンが不思議そうに見ていた。


 馬車に乗り、研究所から十分離れたのを確認して、一部始終を一気にまくし立てるようにシオンに説明するが、聖女殺しのところでは、やはり厳しい表情になっていた。

「……というわけで、ハーハー、名前の呼び方に特別な意味はないのよ」

 息を切らして話す私の言い訳を聞き終えて、シオンは微笑んでくれる。


「アンジェ様の演技が上手すぎて、本気にしていないか心配ですね」
「……悪い冗談はやめて」

 と言いながら、かなり気に入られてしまったのではないかと不安になってくる。

「その大きな像は、やはり暗黒魔法で操るゴーレムでしょう。アンジェ様の力を取り入れるというのは意味がわかりませんが」

 やっぱり、そうなんだ。
 だけど、本当に魔獣と戦うために作ってるんだろうか?
 誰が動かすんだろう?

「今は向こうの出方もわかりませんし、学べることはまず全部教えてもらいましょう。大聖女ルシアの魔法、必ず役に立つはずです」

 強くなりたい。
 それは間違いなく私の本音だった。
 そうでなければ、あんなバケモノたちと戦って生き残れない。
 私も、シオンも……。

◇◆◇ 

 それからは、聖女宮にいるときはヒマそうな人がいたらつかまえて練習場で魔法を教えてもらうようにした。

 セシリアが学園祭で使っていた火球の連続攻撃の『火舞連撃』、風の刃の『烈風斬』などなど。
 ミラさんとシルビアさんから教わり、炎と風の基本攻撃魔法は身についた。

 今日はエリザさんをつかまえて、聖光障球を教えてもらう。
 右腕を高くかかげて魔法を発動させる。
 頭上に展開された魔方陣から光の輪が広がり、金色の光の半球状のドームで私とそばに立つエリザさんを覆い尽くした。

「もう、完璧ね。この障壁は光以外の魔法と物理攻撃を跳ね返すけど、外側で他の魔法は使えないので気をつけて」

 そうか、内側からの魔法を跳ね返しちゃうんだ。

「あと、S級の『聖女殺し』の爪攻撃は防げません」

 そう言って、エリザさんはつらそうな表情を見せた。
 もしかしたら、クレアさんを守ろうとして防げなかったのかもしれない。
 研究所の地下で見た恐ろしい姿を思い出して体が震えた。

 そのとき、離れたところから呼ぶメルベルさんの声が聞こえた。

「アンジェ様ー、お荷物が届きました-」

 それは待ちに待った新しいステージ衣装だった。


 さっそく、着替えてみんなに見てもらう。
 ノースリーブの聖女服の裾をひざ下で切ったような簡素なスタイル。

 うん、やっぱり、こっちがいいわ。
 妹らしさがよく出てる。

 しかし、思った通りミラさんがダメ出し。

「ちょっと地味っぽくねえ? 今のがいいと思うけどなあ」

 シルビアさんが私の隣に立って、肩に手を置いた。

「この方が聖女の妹という感じが出ていてずっといいですわ」
「わたくしも同感ですわ。アンジェが太もも出して踊るのは見ていて痛々しいもの」

 エリザさんも私の隣に立ち、完美と慈愛に挟まれて女性らしさの差を見せつけられてしまった。

 ミラさんはあきらめたようにタメ息をつくと、メルベルさんを振り返った。

「次のステージ、いつだっけ?」
「収穫祭イベントのメインゲストです」

 メルベルさんがスケジュール帳をめくって、ミラさんに答えた。

「今度はアンジェにも歌わせるからな、練習やっとけよ」

 歌の練習かあ……。

 ため息が出た。
 しかし、同時にエリザさんのため息も聞こえてきた。

「収穫祭が済んだら、すぐよねえ……」
「おう、腕が鳴るぜ!」
「ミラだけですよ、楽しみにしてるのは」

 シルビアさんが力こぶを作ってみせるミラさんを白い目で見る。
 図書館の開所式でだまされた経験から、メルベルさんに質問した。

「あの、なにがあるんですか?」
「魔獣迎撃戦。二年前、クレア様が亡くなられた戦いです」

 サーと顔から血が引いていった。

 ついに来た……。
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