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第二章 聖女編

第50話 研究所の魔獣 ~「聖女殺し」

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 孤児院からの帰り道、馬車でセシリアを送ったあとにシオンの隣に座ってグリモア所長のことを相談した。

「アンジェリカ様も四属性持ち⁉」

 思わずわたしを振り向くほどシオンも驚いた。
 グリモア所長とのやりとりを一通り説明すると、シオンは考え込んでしまった。

「世間に知られたら大ごとでしょうが、騒ぎ立てるつもりはないようですね。『二人きりで』というのはそういうことでしょう。なにが狙いかはわかりませんが」

 シオンは考え込みながら話を続ける。

「聖女のアンジェ様に簡単に手出しできないでしょう。それに四属性の魔法の活用を教わるなら彼が適任というのは正しいと思います」
「そうなの?」
「彼の研究論文の一つに『過去事例に見る異属性魔法複合化による攻撃力増大』といいうのがあります」

 単語がむずかしくて首をかしげる。

「簡単に言うと違う属性の魔法を組み合わせて使いこなした大聖女ルシアの攻撃魔法の研究です」

 二千年前、この地を蹂躙する闇の軍団を蹴散らして暗黒竜と戦ったという大聖女ルシア。

 いずれ私にも魔獣と戦うときが必ず来る。
 魔獣に殺された聖女もいる。
 私は強くならなければならない。
 自分を、シオンを守るために。

「そうね。とにかく、一度、会ってみる」

 私は決意を固めた。

◇◆◇

 翌日、シオンに送ってもらって魔法研究所を訪れた。
 帰りの時間を決めて迎えに来てもらうことにして一人で門をくぐる。

「やあー、よくきたね、アンジェ。待っていたよ」

 両腕を広げて歓迎の意を示すグリモア所長に逆に引いてしまって後ずさりした。

「こ、こんにちはグリモア所長」
「やだなあ、そんなに緊張しないでください。別に取って食べようというわけではないのだから。ボクはキミと一緒に魔法を極めたいだけなんだよ」

 ただの魔法オタク。ミラさんが言った言葉を思い出した。
 グリモア所長は私を見ながらニコニコと笑い続ける。

 もしかしたら、悪い人じゃないのかも。

「最初から教えたミラ以外、エリザやシルビアが聖女になったときに攻撃魔法を教えたのはボクなんだよ」
「あっ、そうだったんですか」

 私やシオンは警戒しすぎているのかもしれない。 

「まず水の攻撃魔法を一通り教えよう。他の属性のは先輩たちから学ぶ機会もあるからね」 

 なにをされるか不安だったが、新人聖女と魔法講師のまともな関係になりそうで緊張がほぐれた。

 こうして魔法学科の学生に戻ったように攻撃魔法の学習が始まった。
 まずは講義室で攻撃魔法の初歩の講義。

 それぞれの属性の攻撃魔法には特徴がある。
 炎は広い範囲での破壊力、
 風なら発動の速さと切断力、
 光は防御主体だが攻撃としては人体と武器の強化。

「水魔法への期待は貫通力と硬い物の切断力。たとえは魔獣の硬いカラや外皮を打ち抜いたり切り裂くことだね」

 うーん? 魔獣のイメージが浮かばずに首をひねった。
 魔獣と言えば、シオンの友だちのピピのようなドラゴンっぽいのや、物語の挿絵で見た人に近いゴブリンとかオークのようなイメージしかない。

「そうか、本物の魔獣を見たことがないんだね。先に見ておいた方が理解しやすいかな」


 グリモア所長は私を連れて、地下へと続く階段を降りていった。
 鎧を着た兵士がたいまつを持って私たちの前後に立ち護衛についてきている。
 グリモア所長が階段を並んで降りる私に話しかけてきた。

「アンジェの両親の血筋を十代前までさかのぼって調べてみたけど、魔法が使えた人は全くいなかったよ」

 私が四属性を持っていることがわかったとき、同じような血筋の調査や私と両親への検査が行われたが、結局なにもわからなかった。

「なんで、キミたち姉妹は四属性を持っているんだろう?」
「すみません、私にはさっぱりわかりません……」
「そりゃそうだね。突然変異か奇跡か。女神ルミナスに聞くしかないんだろうなあ」

 真面目な顔で冗談を言うので思わず吹き出してしまった。

「そうですね。彼女なら絶対知ってますね」
「あとは、解剖するぐらいかなー」

 ピタッと足が止まった。 

「冗談ですよ。なぜこうなったかよりも、どう使うかがボクの興味だから、どうでもいいさ」

 話しているうちに一番下の階までたどり着き、横に長く続く薄暗い通路を歩いていく。

 空気がジメジメしていて、なんか生臭い。

 奥からギーギーとかシューシューとか異様な音が聞こえてきて体が震え始めた。

「オリに入っているから大丈夫だよ」

 この音、魔獣の鳴き声なんだ……。

 通路の両側に鉄格子が見えてきた。

「近づかないように気をつけて」

 鉄格子の向こうを見て立ちすくんだ。
 右の鉄格子の向こうにはナメクジ、左にはミミズ……にしか見えない生き物。
 しかし、大きさが数メートルもある。

 これが魔獣?
 なんか、想像してたのと違う。

「魔獣には名前があるけど面倒だから強さに応じて、A級、B級、C級とまとめて呼んでる。こいつらは雑魚のC級。動きが鈍くて防御も弱い。炎で焼き払うか、風の刃で切り裂く。騎士の剣でも殺せる」

 なんだ、あんまりたいしたことないんだ。

「C級は大きな軟体動物と考えればいいけど、つかまったら食べられちゃうから気をつけて」

 ゴクッ……。思わず息を飲み込んだ。

 前へと進んでいくと、右の檻の中には巨大なカマキリ、左の檻には巨大なスズメバチ……にしか見えない生き物。

「これはB級。防御が弱い巨大な昆虫かな。ただ、C級よりも動きがかなり速い。殺し方は一緒だけど」

 さっきのミミズやナメクジと比べると、大きな口が開いたり閉じたりするのが見えて顔も数倍恐ろしい。

「……こんなバケモノたちと戦うんですか?」

 ふるえながらつぶやく私をグリモア所長は笑った。

「まだ序の口だよ」

 先に進んでいくと鉄格子の向こうの空間が一段と大きくなった。
 右の檻の中を見て吐き気を覚えた。

 全長十数メートルのムカデにしか見えない生き物が何匹もウジャウジャと絡み合ってうごめいている。

 左の檻の中には二匹の巨大なクワガタがツノを互いにからませて戦っていた。

「こいつらはA級。皮やカラ、甲羅が固く、剣や風の刃では斬れない。
 炎で焼くにも時間がかかる。そこで水の出番。水の槍で頭を打ち抜く、水の刃で体のつなぎ目を切断する。ただ、こいつらは動きも速くてなかなか当たらない」

 だったら、どうやって倒すんですか……。

 でも、ここにいるのって魔獣というより魔虫じゃない。
 もっとすごいのがいたりするのかな。

「虫とかナメクジみたいなのしかいませんけど、ドラゴンとか人型とかはいないんですか?」
「そういうのは捕獲できてないんだ。ここにいるのは魔獣迎撃戦で捕まえたのだけだから」

 魔獣迎撃戦? 以前、どこかで聞いた気がする。
 しかし、私が質問する前にグリモア所長は奥へと進んでいった。

 次の檻の中に、小さい山のように見える黒い影があり、上の方にこちらをにらんでいるような赤い二つの光が見えた。
 後ろからついてきた兵士のたいまつの光が当たった。

 二、三十メートルはあろうかという巨大なダンゴムシが体の前半分を持ち上げた。
 外側は硬そうなカラで覆われ、腹には何百本もありそうな脚がうごめき、その一本ずつにつく鋭い爪。
 さらに体の前の方から二本の長い脚が左右に腕のように伸びて突き出された。
 その先端には長いとがった一本の爪がついている。

 なにこれ……。今までのと全然違う。
 こちらを向くその恐ろしい姿に思わず後ずさりしていく。

「S級。別名は『聖女殺し』」

 その名前に驚いてグリモア所長を見た。

「前任の水の聖女、クレアを殺したのはこいつだよ」
「えっ⁉」

 あの爪が従騎士ごとクレアさんを切り裂いた。
 そう思いながら腕のように動く長い脚の爪を見た。

「ほら、目玉の間に傷があるだろ。クレアが最後に放った水の槍が付けた傷さ」

 その説明に私はゾッと寒気を覚えた。

「魔法攻撃に耐性があり、外皮も硬くて傷をつけるのがせいぜい。その爪は光魔法の障壁も突き破る」
「そんな相手と、どうやって戦うんですか?」
「逃げる」

 はっ?

「聖女の皆さんが逃げた後、騎士たちで囲んで数日かけて弱らせて倒したよ。もちろん犠牲はかなり出たけど他に手がないから」

 檻の中に同じ赤く光る二つの目が他に三組。
 奥の方に一回り小さいのが数匹かたまってウジャウジャしている。
 不気味な光景に体の震えが止まらなくなった。

「すごいだろ。切り取った肉片を培養して新たな個体を増殖させたんだ」

 こんなバケモノを増やしてどうするの……。

「この子たちの外皮は魔法攻撃に耐性があるから、外皮でおおった武器や建物を作れば聖女の攻撃も通じないだろ?」

 聖女と戦う前提?
 不思議に思ってグリモア所長を見た。

「実際にキミたちと戦うわけじゃないよ。攻撃でも防御でも、より強いものを探求するのが研究者というものさ」

 魔法オタク。ミラさんが言ったセリフをまた思い出した。

「言い伝えでは大聖女ルシアはこいつらですら簡単に退治してる。でも、ボクにはやり方が思いつかないんだ」

 そういうと私の方に向き直って、両手で私の手を握りしめた。

「アンジェ、ボクと一緒に考えようよ! キミならルシアと同じことができるはずだよ」

 握った手を放そうと引くが放してくれない。
 グリモア所長の目は興奮しており、普通でないように見えてきた。

「二人で力を合わせて最強の力を手に入れる。そうすれば世界を変えることだってできるだろう。魔法が全てを支配する世界、素晴らしいとは思わないかい?」

 やはり、この人はおかしい。
 普通じゃない。

 ようやく手を振り払い、後ずさりする私を見てズルそうな笑みを浮かべた。

「キミが協力してくれないなら、妹さんでも構わないんだよ。一般人に研究への協力を要請して、ここに連れてくるぐらいの権限はボクにだってあるからね」

 そう言って私を見てズルそうに笑った。

「小さい子の方がよく言うことを聞いてくれるだろうしね。ちょっと痛い思いをするかもしれないけど」

 これは、私を脅しているんだ。 
 どうしよう……。
 
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