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第二章 聖女編

第45話 王宮舞踏会3 ~新人聖女は活躍する

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 女性と踊り始めたシオンを見る私の顔が険しくなったのか、ソフィア様が申し訳なさそうに言う。

「お相手のいない女性と踊ってくださいと、わたくしがお願いしましたの。勝手にごめんなさいね」

 そう言って、楽しそうに踊っているシオンと女性を見た。

「でも、初めての相手とあれだけ踊れるなんて、シオンさんて本当にお上手よね」
「ご令嬢を誘って踊るの得意なんです。こういうのは彼の本業でしたから」

 言葉に思いっきりトゲが生えてしまった

「でも、シオンは貴族じゃないですけどよろしいのですか?」
「あら、別に構いませんわよ。ほら」

 ソフィア様の指差す先にかなり酔っ払ったミラさんの回りでザックさんとライルさんが回りの人たちと酒を酌み交わす姿があった。

「従騎士の皆様も盛り上げるのに協力いただいてます。それにシオンさんの洗練された立ち居振る舞い、誰も平民とは思いませんわ」

 たぶん、辺境伯にみっちり鍛えられたのね。

「さあ、あと少しですよ。最後までがんばってらっしゃい」

 そう言って次の男性を私に差し出してくれた。

 私は硬い笑顔を浮かべつつ男性の手を取って踊り始める。
 男性はにこやかに私に言う。

「今度の週末、郊外にでも遊びに行きませんか?」

 ああ、もうカンベンしてください……。


 それからも何人もの男性と踊り、お誘いを断り続けてへとへとに疲れていく。

 音楽が止まり、踊るのを終えてソフィア様の方に歩いていくが待っている人がいなくなっていた。

「ご苦労様でした」

 ソフィア様の言葉に、やっと希望者全員と踊りきったのがわかった。
 やれやれ、やっと終わった……。

 次の曲が流れると、国王陛下が立ち上がって王妃様に手を差し出すのを見て、ソフィア様が少し驚かれた。

「まあ、珍しい。今日はとても楽しまれているようですわ」

 そう言ってもらえると、苦労も報われた気がする。

「ねえ、アンジェ、アレやっていただけませんか。ほら、学園祭の発表会の」

 ああ、アレ。私はうなずいた。
 ソフィア様が踊っていた王妃様に大声で言われた。

「王妃様、水の聖女様がお誕生日のお祝いをしたいとのことです」

 王妃様も周りで踊っていた他の人たちも不思議そうな顔をした。
 ソフィア様は私にうなずいて合図するので、私は両腕を広げて魔法を開始する。

 学園祭の発表会で披露した四属性六魔法の同時発動のまさにパーティー芸のアレ。

 まず無数の水球と火球を出してぶつけて水蒸気を作ってホールの上部に満たしていくと、踊っていた人たちも、おやっという顔で上を向き始める。
 水蒸気の中に光球を出していくつもの虹を作り、凍らせた水蒸気を白銀色の光球で光らせて風で舞わせてダイヤモンドダストのようにキラキラと輝きながら降らせる。

 王妃様と国王陛下を見ると、驚いた顔で虹や輝きを見ておられる。

「まあ、なんてきれいなんでしょう……」
「なんとも幻想的だのお」

 国王陛下と王妃様がにこやかに踊られている間、ずっと魔法を続けて虹とキラキラの輝きの下で踊っていただく。

「とってもステキよ、アンジェ」

 ソフィア様がその様子を見てとても喜んでいて、私も嬉しくなった。

 曲が終わったので魔法を止めると大きな拍手が起こる。
 王妃様と国王陛下がこちらに歩いてこられた。

「アンジェ様、とても素晴らしい贈り物をありがとうございました」
「まるで、夢の中で踊っているようじゃったよ」

 直々に言葉をいただいた私は固まってしまい、ただ小さくおじぎをするのが精一杯だった。

 そんな私に会場中からもう一度大きな拍手がわき起こった。
 他の聖女の方々も笑顔で拍手してくれていた。


 そして、舞踏会も最後の一曲となり、ゆっくりとした曲が流れはじめた。

 向こうの方でシルビアさんとローランさんが踊り始めるのが見えた。
 美男美女、それに踊り慣れているのだろう、思わず周囲が見とれてしまうほど美しく踊っている。

 そうか、最後は好きに踊ってもいいんだ。

 そう思ってシオンを探すと、彼も微笑みながら私の方を見ていた。
 喜んでそっちの方に歩いていくと、間に若い男性が笑顔で立ちはだかった。

「水の聖女様、よろしければ……」

 誰だっけ?
 その他大勢の踊った人の誰かだとは思うけど覚えてない。

 じゃましないでください!

 心に思うが顔には出せず、作り笑いを浮かべつつチラッとシオンを見ると、かわいらしい令嬢が近寄っていき、ダンスをせがんでいるのが見えた。

 ダ、ダメー!!

 心は焦るが、『仕事』の二文字で体が動けない。

 私の前に立った男性が言葉を続ける。

「最後に私ともう一度……」

 そう言った瞬間、エリザさんが二人の間に割って入った。

「まあ、アリウス様、ご無沙汰しております。久しぶりに一曲、おつきあいいただけませんか?」

 アリウス? そうだ、最初に踊った人だった。
 エリザさんのお知り合い?

「これはエリザ様,お誘いいただけるとは大変光栄です」

 そう言ってアリウスさんは嬉しそうにエリザさんの手を取って踊りにいくが、エリザさんが私を振り向いて、パチッと片目を閉じた。

 エリザ様、慈愛をありがとうございます!
 思わず心の中で手を合わせた。

 誰にもジャマされないように急ごう、と思ったら目の前にシオンが来ていた。

「思い出をもう一つ、いただけますか?」

 今までの疲れも吹き飛んで、心を躍らせながらシオンの手を取って踊り始めた。

 しかし、踊りながらふと思った。
 今日、この手はいったいどれだけの女性の手を握ったんだろう?

「今日は何人のご令嬢と踊ったの?」
「十七人です」

 ふーん。ということは、ほとんど始めからやってたわけね。
 自分のことで精一杯で気づかなかった。

 ギスギスした心が顔に出たのか、シオンが申し訳なさそうに言う。

「アンジェ様には話しておくからとソフィア様に頼まれまして、お断りすることもできず……」

 彼の立場で断れるわけがない。
 私はなにをやっているんだろう。
 せっかくシオンと踊ってるのに、こんなことに腹を立てるなんて。

 仕事で誰と踊ってもシオンは私の従騎士。
 私を大切に思って、私だけを守ってくれる人。
 つまらない嫉妬なんかする必要ないのに。

「今日の会を盛り上げるのが聖女隊の仕事だから、従騎士も協力しないとね」

 それにしても、シオンと踊るのは気持ちがいい。
 二人の息はピッタリ合っているように周りの人には見えてるはず。

 聖女と従騎士が踊っているのでそれでなくても目立つんだろうけど、踊りを止めて私たちを感心したように見ている人たちもいる。

”ステキな方、どこのどなたかしら?”
”聖女様って、やっぱりきれいだよなあ”

 あれ? 今日の私はそんなふうに見えるんだ……。

 華麗に踊る二人、周囲の令嬢たちのうらやましそうな顔。
 踊り終えて響き渡る賞賛の拍手。
 そして熱く見つめ合う二人……。

 珍しく来るときの妄想が実現してしまった。

 きっと、シオンと踊った十七人の令嬢たちもいい思い出を胸に帰っていくことだろう。
 ちょっと待って、思い出ってそういうふうに一夜限りとか今後はもうないようなことじゃないっけ?

 まさか、シオンはまた辺境に帰ろうとしてるんじゃ⁉
 
 あの日から、意味もわからない『その時』にシオンは私から離れていく。という恐れにとらわれ続けていた。

 いいえ、考えすぎだわ。
 若いころの思い出、とか老夫婦が恋人だったときの思い出、とかそんな使い方だってある。

 そう思って強引に自分を納得させて、酔ったザックさんとライルさんを介抱しにいくシオンの後ろ姿を眺めた。


 こうして、王妃様の誕生日舞踏会は無事に終わった。
 最後に聖女隊の四人並んで退席される国王陛下と王妃様にご挨拶をする。

「おかげさまで楽しい会じゃったよ」

 国王陛下が笑顔でそう言うと王妃様が私の手を握った。

「アンジェ様、本当にありがとうございました。今度、ニコラやソフィアがいるときにでも遊びに来てくださいね」
「は、はい」

 固まる私を少し照れたようなニコラ王子とソフィア様が笑顔で見ている。

 一礼しつつ王族の皆様を見送るとハイデル局長が満面の笑みで私たちに近寄ってきた。

「いやー、実に良かった。陛下も王妃も大満足で、さきほどワシも直々にお褒めの言葉をいただいたよ」
「まあ、それはよろしゅうございましたね」

 エリザさんは笑顔で答えるが目が笑ってないし、シルビアさんとミラさんは相変わらずシラーという目で見ている。
 冷たい雰囲気に構わずハイデル局長は嬉しそうに私の肩をポンポンと叩いた。

「今日は大活躍だったな、新人にしては上出来だ。あの芸は今後もドンドン使っていこう!」

 以前、我が家に来たときに『聖女は現代の宮廷魔道士』と言っていたぐらいなので、この人にとって私たちは聖女というより『部下』なんでしょう、とシオンが言っていた。

『とは言え、できの悪い上司と、ぶつかって得になることはなにもありません。適当に合わせてやりすごすことです』

 聖女就任前に教えてくれた処世術を思い出しつつ、引きつり気味の笑顔を浮かべ、けなげに返事をする。

「はい、がんばります」

 ハイデル局長は満足げにウムウムとうなずくが、背中にぞくっとするほどの寒気を感じた。
 恐る恐る振り返ると、シルビアさんとミラさんがにらむような冷たい目で私をにらんでいた。

 私、なんかやっちゃいましたか……?

 背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

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