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第一章 学園編

第38話 従騎士決定戦

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 私の従騎士に手を上げて立候補したシオンをニコラ王子が不思議そうに見た。

「あなたは確か、この前の舞踏会でアンジェと踊っていた……」
「はい。テレジオ家の執事です。シオンとお呼びください」
「執事? 剣はできるのか?」
「剣はダメですが、槍は多少の心得がございます」

 ニコラ王子がちょっとあきれたような顔で私を見た。

「アンジェ、彼は強いのか?」
「強いです。た……」

 たぶん、と付け足しそうになってあわてて口を閉じる。
 三人の悪党を一瞬で倒したところを見たが、その強さがどれだけのものかが私には見当がつかない。

 レビンさんはうつむく私を見た後で、シオンを見据えた。

「では、単純に勝負して決めませんか。どちらがアンジェを守るのにふさわしいかを」
「ええ、そうしましょう」

 シオンはなんのためらいもなくレビンさんの提案を受け入れた。
 
 さっきのローランさんの言ったことを聞いてなかったの? 
 レビンさんは王国でも十指に入る強さ。
 どうするの?


 公爵家の広い庭の一角にある剣の稽古場。
 稽古着に着替えたシオンとレビンさんがそれぞれ練習用の木の剣と長い木の槍を持って向き合った。
 あまり詳しくはないが、普通の槍よりも長い気がする。

 残りの人たちは私を含めて離れたところから二人の勝負を見守る。

「ローラン、この勝負どう見ますか?」

 シルビア様が隣に立つローランさんに尋ねた。

「間合いだけを考えれば当然、長い槍が有利。しかし、踏み込んで剣の間合いになれば剣が有利」

 シオンの長い槍を指差す。

「あの槍、普通よりもかなり長いですね。接近戦になったときに剣をさばく技量があるかどうか」

 隣のザックさんがそれを聞いてブツブツとぼやいた。

「なんか考えがあるんだろ。あいつ、頭いいからなあ。トランプで負け続けだぜ、まったく……」

 ミラ様がジロッとザックさんをにらんだ。

「いくら負けた?」
「……給料一ヶ月分」
「アホウ」

 シオンが槍の真ん中を両手で持ち、すごい速度で回し始める。
 ヒュンヒュンヒュンと槍の柄が風を切る大きな音が起こった。
 そして、旋回させたままの槍を右、左と器用に動かし続けた後、ピタッと正面に槍を構えてみせる。

 ローランさんがそれを見て感心するようにつぶやいた。

「ほう。技量はありそうですね」

 試合開始前、稽古場の真ん中でシオンと向き合ったまま、レビンさんが口を開いた。

「あなたは、テレジオ家にはいつからいるのですか?」
「今年の四月です」
「そうですか、ボクは去年、アンジェが入学したときからずっと見ていたんですよ!」

 そう言いながらレビンさんが剣を打ち込み、試合が始まった。
 すごい速度で何度も打ち込まれる剣を槍の柄の両側を使ってシオンは受けつづけ、カンカンカンと木のぶつかる音が響いた。

「おおー、剣の兄ちゃん、押してるねえ。やっぱ強えな」

 そう言ったミラ様をローランさんはチラッと見た。

「いえ、ご覧下さい。打ち込みを返されるたびに間合いが少しずつ開いてます。ほら、もうじき槍の間合いに入ります」

 その瞬間、レビンさんの顔面を狙った鋭い突きが入り、一瞬顔をそらしてかわすが、二度、三度と突きが顔面を狙う。
 間一髪でそれらの突きをかわすが、空中で弧を描いた槍が横殴りで右足首をめがけて打ち込まれる。

「うわっ!」

 レビンさんは後ろに飛び退いてかわすが、バランスが崩れたところを槍の柄が今度は左足首を狙って打ち込まれる。
 それをかわして前に出ようとすると、逆側の柄の先端で顔面を狙われ、また後ろに下がらせられる。

「剣同士の戦いではあり得ない場所への攻撃ですので対処できていないようです」
「そりゃあ正々堂々と戦う騎士様の学校じゃ教わんねえだろ。長い槍はこのためかい。えげつないねえー」

 ローランさんの説明にザックさんが合いの手を入れた。

「あんなところを狙うとは卑怯ではないか!」

 レビンさんの不利な状況にニコラ王子が思わず声を上げた。
 ザックさんが笑いながら言う。

「でんかー、足元の土の中から飛び出してくる魔獣だっているんですぜ。戦場に卑怯もへったくれもねえっす」
「う、うむ。確かにそうである」

 王子を恐れもしないザックさんの発言だったが、納得されたニコラ王子はそのまま黙ってしまった。

 足首への攻撃でバランスを崩したレビンさんの頭めがけて槍の柄が振り下ろされるが、両手で構えた剣でなんとか受けとめる。
 しかし、逆側の柄が下から弧を描いて剣を打って思いっきり跳ね上げた。

 手から離れた剣が宙を舞い防御をなくした額の真ん中に突きが入る。
 当たる瞬間に槍の先端はピタリと止まった。
 レビンさんは目を見開いたまま動きがとまり、そのまま、ぺたんとしりもちをついてしまった。

「まいった……」

 シオンはレビンさんに近寄って手を差し伸べた。

「あざとい攻め方で申し訳ありません」
「いえ、戦いに言い訳無しです。ボクの負けです」

 差し出された手を取って立ち上がったレビンさんにシオンが近寄り、耳元でなにかささやいたように見えた。

 ニコラ王子とソフィア様の手前、私の方に歩いてくるシオンに、なにも言えずにいるが、なんとか目でありがとうと伝えようと頑張ってみる。
 シオンは無言だが笑顔で私にうなずいてくれた。

「着替えて参ります」

 そう言って、シオンが私たちから離れるのと入れ替わりでレビンさんが頭をかきながら戻って来た。

「すまん、ニコラ、ソフィア。彼は強かったよ」
「ねえ、最後に彼はなんて言ってたの?」
「意味はわからないけど『私はずっとアンジェ様を見てきました。ご容赦ください』だって」

 私をずっと見てきた?
 いつから?
 どういうこと? 

「アンジェ、あの人はいったい何者なんだ?」

 みんなの目がいっせいに私に向けられた。

 何者なんだろう?
 執事、有能な商売人、槍使い、暗黒魔法騎士、禁術使い……?

「えーと……、『辺境伯の贈り物』です」

 みんな、はあ? という顔で私を見た。


 こうして私の従騎士はシオンということで無事に決まり、水の聖女の就任式の日を迎えることになった。

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