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第一章 学園編

第37話 最終面接 ~従騎士選び

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 エリザ様はメルベルさんの方を向いて怒り始めた。

「アンジェを推薦したのはわたくしですのに、どうして光じゃなくて水の聖女なのですか?」

 メルベルさんがすまなそうに言う。

「アンジェ様のご希望も光の聖女ということでお伝えしたのですが、局長が……」

 報告を受けたハイデル局長の反応はこうだったそうだ。

『光の聖女? バカ言うな、エリザがいるだろうが。今空席なのは水。なんで空席を残してエリザを引退させなきゃならんのだ? アンジェは水の聖女。これで四人揃って王立聖女隊の完全復活だ!』

 ブスッとふくれたエリザ様をシルビア様とミラ様がなだめた。

「いつまでも三人というわけにはいきませんでしょう。仕方ありませんわよ」
「そうだぜ。去年の迎撃戦のときだって後半はエリザ一人でしんどかったじゃん」

 迎撃戦ってなんだろう?

「……まあ、仕方ないですわね。わかりました。水の聖女で了解しますわ」

 メルベルさんがホッとタメ息をついた。

「では、エリザ様は賛成ということで。ミラ様はいかがですか?」

 ミラ様がレポートをめくって言った。

「九頭龍旋で八頭なら、大聖女ルシア以降で最高だろ? 水の聖女なら文句なしじゃん」
「では、ミラ様も賛成ということで」
「炎の聖女になりたいんなら、タイマンでケリつけるけどな」

 そう言いながら私を見てニヤッと笑うので、とんでもありませんとばかりに首を横にブンブン振って答えた。

「シルビア様、いかがですか?」

 シルビア様はその質問に答えず立ち上がった。
 テーブルの中央の季節外れのリンゴが積まれた陶器の鉢のそばにお皿を二枚置く。
 リンゴを二個手に取って再び座って私に話しかけた。

「リンゴはお好き?」
「えっ? は、はい。好きですが」

 突然の質問にとまどう私に構わず、一個のリンゴを投げる。
 山なりに弧を描いて皿に向かって落ちていくリンゴの下に緑の魔方陣が現れ、小さな風の渦を作ってリンゴを巻き込んで宙に浮かせた。

「切り削げ、流風薄刃」

 風の刃が回転するリンゴに当てられ皮を剥き始め、細く長くむかれていく皮が渦を巻きながらテーブルに落ちていく。

 すごい。
 小旋風と風の刃の同時発動と正確なコントロール。
 だけど、わかる。シルビア様の体の中のマナの流れ、マナから魔力への変換、魔力による風の構成。
 自分の体の感覚として理解できる。

 全体の皮をむかれたリンゴが宙に浮いたまま回転を止めた。

「断ち割れ、六花風斬!」

 右手の指を左右に何度か動かすとリンゴが風の刃で縦に切られる。
 皿の上に六等分にきれいに切り分けられたリンゴが落ちた。

 すごい……、でもわかった。
 リンゴの下から風を当てて宙に浮かせ、真上から三本の風の刃で切り分ける。
 上下の風のバランス、正確な位置決めによる切り分け。

「やってみる? 見ただけで魔法をマネできるそうね」

 そう言ってシルビアさんは別の皿の方にリンゴを投げた。

 私を試してるんだ。

 右手を振るい、山なりで落ちてくるリンゴを小旋風で受けとめて回転させる。
 風の刃を当てて上から皮をむいていくが、細く長いシルビア様の皮と比べると細かったり太かったり、厚さも結構厚い。

 かなり難しい……。

 シルビア様は四苦八苦する私の様子をいつもの刺すような視線でジーと見ている。

「断ち割れ、六花風斬!」

 六つに切られたリンゴが皿の上に落ちるが、大きさがバラバラになってしまっている。

「やっぱり、すごく難しいです」

 できの悪さに私は照れ隠しで、へへへと笑ってしまった。

 シルビア様が感心したように微笑まれた。

「初めてでこれだけできれば十分ですよ。いろいろと教えがいがありそうね」

「では、シルビア様も賛成ということでよろしいですね」
「ええ。とても期待できる戦力ですわ」

 えっ?
 ミラ様も私を見てニヤッと笑った。

「まったくだ。セシリアより覚えがよさそうだし、戦場で足手まといにならないように鍛えてやっからな」

 エリザ様の慈愛の微笑みも目が笑っていない。

「今度は防御魔法をお教えしますわ。やっと揃った四人目が早々に死なないように」

 戦力、戦場の足手まとい、死なないように……?
 聖女のイメージからあまりにもかけ離れている物騒な表現。
 体から冷たい汗が出てきた。

「それでは、聖女の皆様全員賛成ということで報告させていただきます」

 メルビルさんがそう言うと、ソフィア様は感極まった様子で私に抱き付いてきた。

「おめでとう、アンジェ! 本当に聖女になるのですよ」

 そうなんだ。これで本当に決まっちゃったんだ。

 シオンの方を見ると、トランプのカードを手にしながら私を見て、嬉しそうにうなずいてくれている。

 それを見てやっと嬉しいという気持ちが湧いてきた。
 シオンと二人でがんばって、ついに聖女になれたんだ!


 そんな私をシルビアさんがジーと見てタメ息をつかれた。

「就任式までもう少し時間がありますから美容を勉強なさい。お肌も髪もかなり荒れてましてよ」

 シルビア様の肌は透きとおる陶器のような白さ。
 私の肌はいくつかできたニキビがやっと治ったところ。
 日焼けもしてソバカスも目立っている。

「えっ、あっ、すみません……」

 思わず恥ずかしくなり、両手で顔をおおうがメルビルさんが助け船を出してくれた。

「アンジェ様も『美』の聖女選考基準をクリアしてますから問題ございません。ギリギリでしたが……」

 外観も条件の一つ、それでみんな美人なんだ……。
 私はギリギリ……。

 他の三人の聖女様を改めて見た。
 いやいや、ギリギリでも通っただけヨシと考えないと。

 エリザ様がションボリする私を見て笑った。

「お風呂上がりに自分で治癒魔法をかけるといいですわよ。肌は色白に、髪もサラサラになります。光魔法使いの特権ですわ」
「あたしにも頼むよ。美白とかできねえかな?」
「ミラ、残念ですが地黒は魔法では治せませんの」

 従騎士の方々のテーブルから、アーハッハッハと大きな笑い声が聞こえてきた。

「うっせえザック、笑うな!」

 その声にみんながドッと笑った。
 シルビア様やミラ様がどんな方か心配していたけど、やっていけそうな気がしてきた。


「ところで、アンジェ、従騎士はどうするつもりなの?」

 ソフィア様に聞かれて、私はチラッと従騎士の方々と話しているシオンを見た。

「まだ具体的には全然考えてないんですけど……」
「従騎士ってのは戦場で命預けるようなもんだからな。慎重に考えるこった」

 ミラ様がアドバイスしてくれるが、また物騒なセリフだ。

「皆様はどうやって選ばれたんですか?」
「ライルはわたくしの戦い方に合わせて魔法研究所が選びました。もともとは重騎士でした」

 エリザ様の戦い方に合わせて?
 意味が全くわからない。

「ローランは近衛騎士団の副団長を自ら辞めて、わたくしの従騎士になりましたの」

 シルビア様がちょっと得意げに言われた。
 ローランさんはシルビア様にぞっこんとセシリアが言ってたのを思い出した。

「ザックとあたしは、まあ兄妹みたいなもんだから。もちろん、強えぜ、手段は選ばねえけどな」

 それってどんな関係なんだろう?

 結局、従騎士を選ぶ基準とか条件はなんなんだろう?

 首をひねる私を見たのか、メルベルさんが説明してくれた。

「従騎士は命がけで聖女を守る意志と強さを持っているかどうかが基準になります。もしアンジェ様にこれはという方がいれば、その人を検討しますし、いなければ、こちらで探すことになります」

 これはという人、いるんだけど、どうしよう……。

 私が考えているうちにソフィア様が声を上げられた。

「アンジェ、わたくしから提案があります。ニコラ、いいですわよ」

 入り口の方に向かってそう言うと、ニコラ第二王子が部屋に入ってこられた。

 第二王子が従騎士?
 みんなの顔に驚き、そしてそんなバカな、という表情が浮かんだ。

「いや、さすがにオレではないのだ。我が友、レビン・サントスをアンジェ、水の聖女の従騎士に推薦したいと思う」

 ニコラ王子に続いて、レビンさんが現れた。

「やあ、おめでとう、アンジェ」

 ニコラ王子に続いて入って来たレビンさんを見て、シルビア様がローランさんを手招きで呼び寄せた。

「ローラン、彼を知っていますか?」
「もちろんです。今の近衛騎士団長のサントス侯爵の令息、王立学園騎士科の筆頭で三年連続学園一。我が国の二十歳未満ではトップの剣の腕でしょう」
「二十歳以上を加えると?」
「そうですね、十指には入るでしょう。まあ私よりは下ですが」
「ふふ、そうなの?」

 レビンさんが学園では強いとは知っていたが、これほど強いとは知らなかった。
 ソフィア様が私の同意を催促するように言った。

「どうですか、アンジェ。剣の実力、家柄、そして見栄えも申し分ないと思いますが」
「レビンがアンジェを守ってくれるなら、オレも安心というものだ」

 ニコラ王子も圧力をかけてくる。
 王子とソフィア様の推薦では断りにくい状況になってしまった。

「それでは、アンジェ様、こちらの方が従騎士候補ということでよろしいですね?」

 メルベルさんも同意が当然というような言い方で聞いてきた。

 どうしよう……。守って欲しい人は他にいるのに。

「立候補というのもありでしょうか?」

 シオンが手を上げてイスから立ち上がった。
 私の心は躍った。

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