上 下
36 / 84
第一章 学園編

第36話 聖女認定試験 ~魔獣退治も聖女の仕事?

しおりを挟む
 『その時』の意味を私に聞かれたシオンは険しい顔になった。
 しかし、すぐに笑顔に変わった。

「私の口グセですが略しすぎですね。今のは『アンジェ様が独り立ちするその時まで』という意味です」

 そう説明するシオンの顔を見つめた。

 感じる……。

「じゃあ、ハリスに言った『その時』はなんのこと?」
「あれは、フロディアス商会の管理職は年に一度、辺境伯に業務報告をする面接があるので、その日程のことです」

 へっ?
 意表を突く答えが返ってきたが、説明を続けるシオンの顔を見つめ続ける。

 わかった。
 たぶん、これ……。

「毎年、報告の準備が大変ですが今年はレポートを送るだけでいいでしょう。アンジェ様が聖女になれば私の評価は満点です」

 ……これ、全部ウソだ。

 私は知ってる。
 シオンは必要ならウソやハッタリを平気でスラスラと言える人。
 何度か見たのでウソをつくときに現れる微妙な表情でウソをついてることがわかってしまう。

 でも、ちょっと驚いたフリをして、笑ってみせる。

「そうなの? だったら、私もがんばらなきゃね」
「はい。ボーナスが出たら、ごちそうしましょう」

 ハハハハハと楽しそうに笑い合う。

 しかし、これ以上この話題に触れてはいけない。
 そんな気がして口を閉じた。


 御者の声が聞こえてきた。

「そろそろ、見えてきましたよ。あの古い城が魔法研究所です」

 馬車の窓から前方を見ると、広い平原が広がり、山の裾野に幽霊や魔物が出そうな古びた城が建っていた。


「ようこそ、我が魔法研究所へ!」

 グリモア所長が大げさに両腕を広げ、城の門の前で馬車から降りる私たちを出迎えてくれた。

「いかにも魔法研究所という雰囲気が素晴らしいだろ?」

 見るからに不気味な古城は、この人の趣味なんだ。

 グリモア所長が隣に立っている仕事ができそうなスーツでメガネをかけた若い女性を紹介してくれた。

「行政魔法支援局のメルベル副局長。この前、アンジェが会ったハイデル局長の部下で、王立聖女隊の担当者だよ」
「よろしくお願いします、アンジェ様。エリザ様からいろいろとうかがっております」

 様付けで呼ばれて恥ずかしいが、この前のおじさんと直接やりとりしないでいいんだと安心した。


 それから全員で『検査室』と書かれた部屋に移動した。

 部屋の中には色々な道具が置かれているが、入学前の身体検査で使った四つの透明な球体が並んだ装置の前に通された。

「この魔道具はボクが開発したんだよ。他者のマナに直接干渉できる暗黒魔法の原理を応用してるんだ」

 グリモア所長は得意げに話すが、暗黒魔法の応用と聞いて驚いた。

「暗黒魔法って禁術じゃないんですか?」
「そうだね。術者は邪神との契約者とみなされて死罪もあり得るけど、ここでの研究は許されてるんだよ」

 死罪って、そんなにいけないことなの⁉

 チラッと隣に立つシオンを見るが表情を変えずに聞いている。

「光を源とする今の魔法ではできないことが暗黒魔法では実現できるのに、禁術にするとはまったく馬鹿げた話だよ!」 

 グリモア所長が今度は腹立たしそうに話し始めた。

「闇の力を使う対極の魔法。光と闇の両方の力を得れば無限の力が得られるかもしれないのに! 政府や光神教の奴らはなにもわかってない!」

 この国の魔法関係者は、みんな興奮しやすいんだろうか?
 あきれながら、熱弁を振るうグリモア所長を見た。

「グリモア所長、それぐらいにして先に進みましょう」

 メルベルさんが制して、やっと落ち着いた。

「それじゃあ、アンジェ、やってみてくれるかい」

 グリモア所長に促され、まず、一番右の球体の上に手を置く。
 球体は金色に輝き始めてまぶしい光を放ったが、ピシッ! と鋭い音がした。
 球体に大きなヒビが入って光を失った。

 あっ、こわれた。
 弁償とか言われたらどうしよう……。

 驚いたメルベルさんが質問した。

「所長、これはどういうことですか?」
「魔力が大きすぎて、魔道具の限界を超えたんだ。エリザのときですら、こんなことはなかったが……」

 次の球体は緑のまぶしい光を放ったが壊れることはなかった。

「風はシルビア並みか……」

 グリモア所長がつぶやいた。
 しかし、三番目の球体は青い光で輝いたあと、最初と同じようにヒビ割れをおこして壊れてしまう。

 四番目は赤の光を放つが壊れることはなかった。

「光と水はこれまでの聖女レベルを上回り、風と炎は同等、ということですか?」

 メルベルさんが尋ねるが、グリモア所長は考え込んでしまった。

 光魔法と水魔法はエリザ様とソフィア様に教えてもらったから、風や炎よりも強くなってるのかな?

 突然、グリモア所長が独り言を大声でしゃべり始めた。

「素晴らしい、実に素晴らしい! 一人の人間が四属性の全てを持ち、しかも、全てが聖女並みかそれ以上! これは奇跡だ!」

 かなり興奮した様子で、うれしそうに私の方に近寄ってくる。

「ねえ、アンジェ、キミとボクなら大聖女ルシア以降、だれもできなかったことを実現できるよ!」

 その勢いに押されて後ずさりする私の両手を握って上下にゆする。

「キミがねらうべきは聖女じゃない、大聖女だよ! それを助けられるのはボクだけさ!」
「そ、そうですか。よろしく、ご指導ください」

 チラッとシオンの方を見ると、険しい顔をして私たちを見ている。

 どうしたんだろう……。もしかして、嫉妬、とか?
 心の中でフフと笑ってしまった。

 メルベルさんがゴホンと大きなせき払いをして、興奮したグリモア所長を正気に戻させた。

「いや、失礼。興奮してしまったようだ。さあ、続けようか」

 この人がこの国の魔法研究の第一人者?
 ルミナリア王国、大丈夫なんだろうか……。


 次に屋外の広い場所に出て、言われた魔法を実演して見せるが、知らないものがいくつもあった。

「使える魔法の種類は、今の聖女様たちの方がずっと多いですね」

 そう言いながらメルベルさんは手にしたノートにいろいろと書いているようだった。

「ああ、特に攻撃魔法と防御魔法はほぼゼロだな」
「学校ではほとんど教えませんから。今の聖女様のときのように所長に教えていただくのと、聖女様たちから習うしかありませんね」

 攻撃魔法や防御魔法がなんで必要なんだろう?

「あの、聖女は誰かと戦うんですか?」

 メルベルさんは一瞬、答えるのをためらったように見えたが口を開いた。

「魔獣です。魔獣退治は王立聖女隊の大切な業務です」

 私は息をのんだ。

「聖女のイメージを守るため機密事項ですから、一般には知られていませんが」

 魔獣退治は騎士団の仕事というのが世間と私の常識だった。
 ガク然と立ち尽くす私の肩にシオンが手を置いてくれた。

「私がお守りいたします」
「シオン……」
「この身に代えても、お守りいたします」

 肩に置かれた手に自分の手を重ねてギュッと握りしめた。
 

 次に屋外に出て湖に移動して、水を使った魔法を実演する。

「舞い上がれ、九頭龍旋!」

 湖面の上に八つの魔方陣を描き、それぞれから水柱を立ち昇らせて八つの頭の水の龍を作り上げる。

「八頭か……、すごいね。大聖女ルシアが九頭、彼女以降では歴代最高だよ」

 この前は七頭だったから使える魔力がまた大きくなっている。

 エリザ様の特訓と決闘での治癒魔法。
 短期間に大量の魔力を使って封印の穴が広がったとかなんだろうか?

 その日はそれで終わり、翌日は王立病院に一日こもって重病人や重体で運ばれてきた患者を光魔法で治療した。
 与えられた患者は一人残らず、うまく治療することができた。


 全ての予定が終わり、グリモア所長が総括する。

「今の魔力で判断するなら、光の聖女か水の聖女が適任だろうね」
「アンジェ様はご希望はありますか?」

 メルベルさんが聞いてくれたので正直に伝えた。

「できれば光の聖女としてエリザ様のように、たくさんの人を治癒して助けていきたいです」

 メルベルさんはノートにメモしながら言う。

「いずれにしろ、最終試験は聖女隊の皆様との面接になります」

 まだ試験があるんだ……。

 不安に思った私に気づいたようにシオンが小声で話してくれる。

「こういう最終面接は偉い人への内定者のお披露目的なものですから、大丈夫ですよ」
「まあ、そんなもんだけど、ミラのときはかなりもめたなあ」

 グリモア所長が笑いながら言った。
 たぶん、シルビア様が大反対したのかな。

「アンジェ様はソフィア様の秘蔵っ子。エリザ様が後任に指名されたぐらいですから問題ないとは思いますが……」

 言いにくそうに言葉を止めたメルビルさんに変わってグリモア所長が続けた。

「ミラとシルビアは、ちょっとクセが強いからねえ」

 思わず学園祭で見たお二人を思い出す。

 ミラ様はセシリアの強化版みたいな感じで、なんとなく仲良くしてもらえそうな気がする。

 シルビア様は……正直、苦手なタイプ。
 カリーナのお姉さんだし、これまで私を見る視線が刺すような厳しい視線だった。

「そうですねえ……、できるだけ和やかな雰囲気になるように工夫してみます」

 メルベルさんが思案顔で言った。

◇◆◇

 そんなことがあって、最終面接はソフィア様のご自宅で聖女様三人とメルベルさんを招いてのお茶会という形で行われることになった。

 丸い楕円のテーブルをはさんで、三人の聖女様たちと向き合って座る。
 私の両隣にはソフィア様とメルベルさんがついてくれている。
 聖女の方々の手にはメルベルさんがまとめた私の略歴とか試験結果などのレポートがあり、それを読みながらときどき私に鋭い視線を飛ばしてくる。

 従騎士の方々は部屋の隅のテーブルでシオンを交えて、トランプに興じている。
 声を立てないようにしているようだが、ときどき『うわー』とか『ちきしょー』とか叫び声が聞こえてきた。

 みんながレポートを読み終わったころを見計らって、ソフィア様が立ち上がって私の背後に立った。

「聖女の皆様、あらためてご紹介いたします。こちらはアンジェリーヌ・テレジオ嬢。わ・た・く・しの見つけた才能が開花し、お手元の資料にもあります通り、聖女になるには申し分ないと存じますが、いかがでしょうか」

 ソフィア様はすっかり私の後見人になってくれている。

「わたくしは反対です!」

 怒りの口調で異議を唱えられたのはエリザ様だった。

 えっ、なんで⁉

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

家族と移住した先で隠しキャラ拾いました

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」  ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。  「「「やっぱりかー」」」  すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。  日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。  しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。  ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。  前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。 「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」  前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。  そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。  まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

処理中です...