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第一章 学園編

第35話 告白未遂 ~「その時」が来るまで

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 通知にあった通り、午後になって魔法の政府関係者三人が我が家を訪れた。
 応接室で応対するのは両親と私、そして私の後ろにはシオンにもついてもらっている。

「あんたのことはエリザからも聞いておるよ。まったくよけいなことをしてくれたが、あんたのことをよく知るきっかけにはなったな」

 そう言ったのは行政支援魔法局の局長、ハイデル侯爵。
 でっぷりした中年で顔が脂でギトギトした外見だけでなく、言葉遣いに嫌悪感がすでに生まれていた。

 シオンが事前に来訪者についていろいろと教えてくれたが、この人が王立聖女隊と呼ばれる行政支援魔法局特務班を含む、この国の魔法関係の政府責任者。

「彼女の太鼓判なら、実力的には聖女になるのに十分じゃろう」
「ハイデル局長、そう焦らないで。彼女にとっては一生の問題なのですから」

 そう言ってハイデル氏を押さえるのは神官服を着たオークス枢機卿、
 四十数歳か、やせて細い体に神経質そうな目。
 女神ルミナスを崇める光神教では二番目の地位だが、一番偉い教皇はかなり高齢で病気がちのため実質トップだそうだ。

 光神教は昔は信者がたくさんいたが、今では生活に溶け込みすぎて宗教としては先細りだと聞いたことがある。

「ところで、キミは女神ルミナスを信じていますか?」
「えっ? あっ、はい。人並みには……」

 例えば困ったときの神頼みで、女神ルミナスのご加護を、とかぐらいだけど。

「それはいけない! 今すぐ光神教に入信なさい。女神ルミナスの正しき導きをえて、民を導くのです! そして、闇の邪教を打ち破り、世界を光神教の光に包むのです!」
「およしください、オークス卿。こんなところで勧誘とは」

 イライラしたハイデル局長がオークス枢機卿の言葉をさえぎろうとするが、効果がない。

「そもそも聖女とは女神ルミナスの加護を具体化して民衆に示す光神教の使徒、伝道者なのです。一人でも多くの民を信徒とし、光神教にかっての栄光を取り戻す、それこそが女神の加護を持つ聖女の義務なのです!」

 力説するオークス枢機卿にハイデル局長が食ってかかった。 

「なにを言われます! 現代の聖女は、王の配下として王の民たる民衆を救うもの。いわば宮廷魔道士。昔とは違うのですよ」
「なんですと!」

 私の目の前で、聖女とはなにかの言い争いが始まってしまった。

 なに、この人たち?
 聖女様はこんな人たちの下で働いてるの?

 口論する二人にかまわず、グリモア所長が微笑みながら言う。

「彼らのように難しく考えることはありません。魔法の力で民を救う、それが聖女のなすべきこと。単純なことですよ、アンジェ」

 魔法研究所の所長さん。
 知的なメガネが良く似合っており、一番まともそうな感じがする。
 
「やりがいは十分だと思うよ」
「でも、あの、私はまだ学生なんですが……」

 グリモア所長は声を上げて笑い出した。

「学校で学べることはもうないでしょう。聖女たちのそばにいて、直接教えてもらうのが一番です」

 それは確かにそうだと思う。
 授業で習うのは水魔法による井戸掘り、風魔法での道路掃除、治癒魔法なら切り傷や打ち身の治療とか。
 実用的ではあるけれど、エリザ様やソフィア様の使われる魔法と比べるとスケールが違う。

「アンジェの魔法にはまだまだ、伸びしろがあるはずだよ。大聖女ルシアの魔法を再現できるかもしれない」

 大聖女ルシア、四つの属性の全てを持っていた唯一の聖女。そして、私は二人目の四属性持ちになる。
 もっと大きな力があれば、もっと多くの人を救えるのだろうか。

 グリモア所長が念を押すように私を見つめてたずねる。

「どうですか、アンジェ。聖女になりますか?」

 父と母を見るが二人とも、わかったようなわからないような顔をしており、やってみなさい、とも、やめなさい、とも言ってくれない。
 二人とも魔法の知識ゼロ、私の魔法を見たこともないので、よくわからないというのが本音だろう。

 一番わかってくれているのは、やっぱりシオンだ。
 振り返って彼を見ると、笑顔でうなずいてくれた。
 私の決断に自信を与えてくれる。

「はい、なりたいです。聖女になって多くの人を救いたいです」

 私は前を真っ直ぐに向いて胸を張ってそう言った。

 ハイデル局長もオークス枢機卿も口論をやめて、そうかそうか、と笑顔でうなずいている。
 両親もうれしそうに笑っている。

「では、明日から研究所で認定試験を進めましょう」

 グリモア所長がそう言うと急に不安になってきた。

 やっぱり試験があるんだ、どんな試験なんだろう。

 不安が顔に出たのか、グリモア所長が説明を付け足した。

「別に魔物を退治しろとかダンジョンを攻略せよとかではないから。聖女にふさわしい魔力量かの確認と現状レベルの把握だけだよ」

 そう言って、笑いながら肩をすくめた。

「どうせ、学校で習った魔法なんて役にも立たないから」

 じゃあ、どんな魔法が聖女には必要なんだろう?
 グリモア所長の口ぶりに疑問を感じた。

 その日の話し合いはそれで終わった。


 玄関に出て帰っていく三人を見送るが、そのときですら聖女たちは光神教の信者であるべきかどうかで、オークス枢機卿がハイデル局長と口論していた。
 
 あんな人たちとやっていけるんだろうか……。

 不安になった私はシオンの服の袖を思わず握ってしまった。気づいたシオンが私の手をおおうように握ってくれた。

「大丈夫ですよ。他の聖女様たちもいらっしゃいますし」
「……うん、そうよね」

 それに、シオンもいてくれる。私は彼の手を握り返した。
 しかし、去って行く三人の後ろ姿を見るシオンの横顔はかなり不安そうに見えた。


 翌日、迎えに来た馬車に乗って魔法研究所へと向かった。
 もちろん、シオンに付き添ってもらっている。

 馬車の中で二人きりで向き合って座っているが自然と顔が赤らんで胸が高鳴ってくる。
 あのパーティー以来、二人きりになるのはこれが初めてだった。

 そもそも、シオンは私のことをどう思ってるんだろう?
 こっそり、チラチラと上目づかいでシオンを見る。
 主人の親友の孫娘、それ以上の存在になっているんだろうか?

 懸命に私を助けてくれるけど、シオンにとってはたいしたことではないのかもしれない。
 全てはかれに与えられた宿題、任務でしかないのかも……。

 目をつぶって考えてるうちに、うつらうつらと眠くなってきた。
 ガタン、車輪が石に乗り上げてハッと目が覚めた。
 同じような衝撃が引き金となり、この前のパーティーの帰りに聞いたシオンとハリスの会話が記憶に蘇った。

『本当に帰っちゃうのか?』
『私がいなくてもアンジェ様はもう大丈夫です』
『その時が近づいています』

 あれは夢じゃなかったんだ。
 その時ってなに? シオンが帰っちゃう?  
 そんなのイヤだ……。

 あわてて顔を上げてシオンを見た。

「ね、ねえ。シオンは帰らなくてもいいのよね?」

 突然の質問にシオンは不思議そうに顔を上げた。

「だって、シオンは辺境伯の贈り物よね? 帰らなくてもいいんでしょ?」

 シオンは少し困ったような表情をしたあとで、いつもの優しい笑顔を浮かべて言う

「用が済んだら返却して下さい、と辺境伯が手紙に書いておられましたよね? テレジオ商会の再建も順調ですし、アンジェ様が聖女になるのを見届ければ私の任務は完了です」

 やっぱり、なにもかも主人の辺境伯に与えられた任務だったの?

 それでも、シオンと過ごした日々を思い出す。あの山崩れのとき、優しく抱きしめられたこともあった。
 それが任務でもなんでも一緒だった時間はウソじゃない。
 うつむく目から涙がこぼれ始めた。

「……だったら聖女になんかならない。一人でなんかできっこない」 

 目から流れる涙にかまわず顔を上げる。

「帰らないで。今まで通り私を助けて」

 困惑の表情を浮かべるシオンを見つめた。

「お願い、そばにいて。だって、だって私はあなたが……」

 好きだから。そう言う前に目の前にハンカチが差し出された。

「どうぞ、お使いください」

 言わせてもらえなかった。
 拒絶された?
 それとも、たまたま?

 それ以上の言葉を続けることができず、ハンカチを受け取って涙を拭く。
 その短い間に自分を取り戻した。

「ごめんなさい。取り乱しちゃって……」

 まるで子供のようにだだをこねた自分が恥ずかしくなりうつむいてしまった。
 その頭がそっとなでられた。

「アンジェ様のご用がお済みでないのなら帰りません」

 顔を上げると、いつもの優しい笑顔を浮かべたシオンが私を見つめている。

「本当?」
「はい」

 任務の延長なのかもしれないけど、今はそれだけでいい。
 だって、私は好きなのだから。
 それでも聞いてみたい。

「もし、私の用がずーと済まなかったら?」

 シオンが目を伏せた。

「……そうですね、その時が来るまでは、ずっとお仕えします」

 その時。
 この前もハリスに言っていた。

「ねえ、『その時』ってなんのこと? この前もハリスに言ってたでしょ。『その時が近づいています』って。どういう意味? なにが近づいてるの?」

 あっ、表情が陰った。
 険しい顔、聞いてはいけないことだった?

 意外な反応に私は言葉をなくし、ただシオンを見つめた。
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