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第一章 学園編

第30話 聖女と執事・怪しい二人 ~わからない気持

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 笑顔で会話するエリザ様とシオンの態度はかなり親しげに見える。

 美男美女、すごく似合ってる。
 でも、シオンは平民で執事、エリザ様は侯爵令嬢で聖女。
 とてもじゃないけど釣り合わない。
 いいえ、エリザ様はきっとそんなことを気にされる人じゃない……。

 一緒にのぞき見るライルさんに聞いてみる。

「ねえ、エリザ様には恋人とかいるの?」
「ワシの知る限りではいない。それに、聖女でいるあいだは恋愛や結婚は禁止されておる」

 でも、それって引退したら自由ってことよね?
 恋の方でも、もう引退後の準備を始めているとか?

「念のため聞くけど、エリザ様,実はチェスがお好きとか?」

 ライルさんは不思議そうに私を見た。

「たぶん、ルールもご存じないぞ」

 聞くだけムダだった。

 聖女様のご自宅を平民が週に三回も訪問……。
 いろいろな妄想が頭の中に浮かんで、顔がカーと赤くなっていく。

 シオンは私に向けるのと同じ優しい笑顔でエリザ様と立ち話を続けている。

 ズキッ、胸が痛い。なんだろう、この胸の痛み。

「いやだ……」

 思わず口から声が出てしまい、気づいたシオンとエリザ様がこちらを見た。

「アンジェ様?」
「あら、ライルも。そんなところで二人でなにされてるの?」

 それはこっちのセリフです、エリザ様! 

 並んで立つ二人を見る目が険しくなるのが自分でもわかった。


 近づいていく私たちに、シオンが空き地を指差した。

「ここに、縫製工場を建てようと思うのです」
「ホーセー工場?」
「はい、衣服を作る工場です。工場と言っても雨風がしのげる程度の建物、材料の布と糸、針とはさみ、切ったり縫ったりする人たちがいればできあがりの簡単なものです。
 テレジオ商会が材料の布を支給して、できあがった服を買い上げて販売します」

 そう言えば、以前、この地区で新しい事業を考えてるとか言ってたけど、このことかな?

 エリザ様が補足される。

「ここには仕事のない人がたくさんいますから、人を雇うのは難しくありません。フロレス先生に身元のしっかりした人を推薦してもらおうと思います。もちろん給与は王都の水準に合わせましょう」

 この口ぶり、エリザ様がご自分で経営されるのかな?
 不思議そうな顔の私に気づいたシオンが説明してくれる。

「事業を始める資金はテレジオ商会とエリザ様が出資、出資比率に応じて工場での利益を分配します」
「わたくしの持ち分は工場で働く人たちに貸して、毎月の利益で少しずつ返してもらって返済後は利益はその人のもの。そうすれば働く励みになるでしょう。シオンさんのアイデアですよ」

 へー、頭のいい人はうまいこと考えるものね。
 感心しつつシオンを見るが疑問が浮かんだ。

「うちの商会に服の作り方を教えられる人なんているの?」
「アンジェ様の身近なところにいるではありませんか」

 あっ、そうか、母か。

「奥様もよろこんで協力いただけるとのことで、いずれは、ご自分の令嬢向けドレスの商売にも広げられたいそうです」
「うまくいけば、貧困に苦しむ人を減らすことができるはずですわ」

 二人がそんなことを話している間に、私はなんて想像をしていたんだろう……。

 自分を恥ずかしく感じつつ、診療所に戻るみんなのあとをトボトボとついていく。

「アンジェは彼が好きなの?」

 近寄ってきたエリザ様に耳元でささやかれた。

「えっ? な、な、なんでですか?」

 突然の質問に耳まで真っ赤になっていく。

「だって、すごーい目でにらまれましたから。あれは『嫉妬』というものではないのですか?」

 エリザ様は意地悪そうな目で笑った。

「い、いえ、そんな、彼は、なんというか頼れる兄みたいな感じの人で」
「あら、そうでしたの? では、わたくしがいただいてもよろしいのですね」

 い、いただくって⁉

「この件だけでなく、政府との交渉でも相談に乗っていただきましたけど、優秀でホントにステキな方よね」

 そう言ってほほを赤らめてシオンを見るエリザ様に、思わず叫んでしまう。

「ダメです!」
「あら、なぜですの?」

 エリザ様はちょっと意地悪そうな目で私を見た。

「そ、それは……、うちの商会が立て直し中でシオンがいないとまだダメなんで……」
「冗談ですよ」

 クスクスと楽しそうに笑いながら歩いていくエリザ様の後ろ姿をジーとにらんだ。

 聖女様のくせに意地が悪いです! 

「だけど、聖女になったら恋愛禁止ですから、自分の気持ちには早めに素直になった方がいいですわよ」

 ハッとして私は立ち止まった。

 私の気持ち? シオンへの気持ち?
 なんだろう……。
 なぜ、あのとき胸が痛くなったの?
 
 ライルさんと談笑するシオンの笑顔を見ながら考えた。


 縫製工場はシオンの言ったとおり簡単な建物ですぐにできあがった。
 フロレス先生に十人ほどの手先の器用な女性を集めてもらい、母の技術指導で順調に生産が開始された。

 注文はソフィア様のコネをうまく使って騎士団の稽古着、王宮のメイド服のエプロンといった単純なものを大量に受注している。

「使えるコネはなんでも使う。これは商売の鉄則です」

 シオンが教えてくれた。
 注文を出す方も『貧民街支援』という名目で予算を確保しやすいんだそうだ。

「買う方、売る方、作る方の三方が満足するのがいい商売で、すぐに大きくなります」

 シオンの言ったとおり、アッという間に従業員は二十人に倍増されてフル生産、隣の空き地で新工場の建築が始まった。

 シオンは商売の話をするときが一番、生き生きしているように見える。 やっぱり、シオンの本業は商売人なのかな。

 ただ、仕事が忙しくなったことで、学園への馬車での送り迎えをしてもらえなくなったのは残念だった。
 今の私なら、誰かに襲われれば、風か水で吹き飛ばすか、炎で丸焼きにして自分を守れるぐらいにはなっているので、まあ仕方ない。


 魔法の勉強も順調で、もう学校で習うことは全て学んでしまったかもしれない。
 エリザ様やソフィア様に教えていただいたころを懐かしく思うようになってしまった。

 カリーナのイジメもなくなり、むしろ、学内では『エリザ様後任聖女候補』として一目置かれる存在になっていた。

 二年目にしてやっと普通の学生生活が送れるようになった!


 そんなとき、隣国のバルディア王国に留学中のシャルル皇太子が一時帰国されるそうで、出身校の王立学園でも盛大な歓迎舞踏会が催されることになった。


 いつもの噴水前のベンチに腰掛けて、セシリアとの昼休みのおしゃべりでも話題はその舞踏会だ。

「セシリアは誰にエスコートしてもらうの?」

 舞踏会には男女一組として出席するので、エスコート役またはエスコートする相手を自分で決めて良いことになっていた。
 婚約者や恋人がいない人は相手をどうするか悩ましい問題だ。

 おや、セシリアのほほが赤くなった。

「ハリスにやってもらおうかなって、思ってて……」

 うちの商会のハリスね。
 やっぱり、つきあってたんだ。
 最近、少し女っぽくなったと思ったら、そういうことだったのね。

「それで、アンジェはどうすんの?」
「恋人も婚約者もいないし、まだ考えてるところ」

 と言いながら、実は温めているアイデアはある。


 そのとき、記憶の彼方に追いやっていた嫌な声が聞こえてきた。

「やあ、アンジェ、久しぶりだね」

 どう見ても作り笑いという硬い笑顔で私の前に男子生徒が立った。
 元婚約者のダミアン・ダントンだった。
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