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第一章 学園編

第25話 決闘伯爵令嬢 ~発動したのは演技力?

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 まさか本当にぶたれるとは思っていなかったのか、カリーナも一瞬、ガク然とするが、すぐに、口元に笑みが浮かんだ。

 レベッカとイリスがはやし立てる。

「あーら、大変。平民が伯爵令嬢を平手打ちとは大ごとですわ」
「学園内とはいえ、ただではすみませんわねー」

 セシリアも自分のしたことの意味に気づいたのか、自分の手を見つめたまま立ち尽くしている。

 生徒同士のケンカとは言え、これは本当にまずい。
 退学、よくて停学?
 いや、身分だけで考えられたらもっと大変なことになってしまうかもしれない。

 あわててセシリアの前にかばうように立った。

「セシリアは私の代わりに怒って叩いたのよ、だから、叩いたのは私、あなたと同じ伯爵令嬢の私よ!」

 フン! カリーナに鼻で笑われた。

「そんな屁理屈が通じると思ってるの? 私を叩いた平民を訴える、ただそれだけの話よ」

 以前の私なら、ここでオドオドと引き下がったかもしれない。
 だけど、シオンと出会って身につけた力は魔力だけじゃない。
 それは……演技力、ウソとハッタリ!

 額を手で押さえて突然大声で叫ぶ。

「ああー、痛い痛い! 誰かに小石をぶつけられた古傷がこんなに痛むなんてどうしたんでしょう⁉」
「……はあっ?」

 カリーナがあっけにとられた。

「夜になると大きなアザも浮かび上がって、とても聖女になんかなれませんわ。早くソフィア様にご報告しなければ!」

 ソフィア様の名前をこんなことに使いたくなかったが背に腹は代えられない。

「きっと次期王妃様は誰がやったのかと質問されるでしょう。そうなれば、お父上、フィエルモント伯爵も娘が間接的にでも王族ともめ事とは、さぞや、お喜びになるでしょう」

「な、なんですって……」

「それに風の聖女、シルビア様とソフィア様は仲の良い先輩後輩。すぐ耳に入って、きっとほめてくださるわ。『カリーナ、フィエルモント家の誉れね』って」

「くっ……」

 やはりシルビア様の名前は効果抜群。
 なに言ってるかわかんなくなってきたけど、カリーナが気圧された。
 後ろにかばっているセシリアがポカンとして私を見ている。

「……アンジェ、あんた、キャラ変わった?」

 カリーナが笑い始めた。

「わかったわ。そうね、私たちは対等の伯爵令嬢。だったら、二人で決着をつけましょう。治癒魔法で勝負、一対一の決闘よ!」

 はあっ? 一対一? 決闘? 
 いつの時代の話よ……っていうか、令嬢同士の決闘なんて聞いたことない。

「魔法比べなら誰も文句は言わないでしょう。あなたが勝ったら今日のことは忘れてあげるわ。私が勝ったら……魔法をあきらめて教養学科に転籍なさい!」

 うーん……。
 私はそれでも構わないけど、ソフィア様が許さないだろうなあ。
 それに、やっと、魔法が使えるようになったのに。

「あなたに選択権はありませんのよ。今日から一週間後、舞台はこちらで準備するわ。もちろん、支援魔法とかインチキはなしよ」

 ちょっと待って。
 私は治癒魔法最高難度の『光華再還』をあの日に使えたのよ。
 以前の私とは違う!

「わかったわ、やるわ」
「お、おい、アンジェ、悪いのはあたしなんだから、あんたが犠牲になることは……」

 背後からセシリアが心配そうに私の袖を引っ張ったので、私は笑いを浮かべて振り返る。

「大丈夫、まかせて」

 去って行くカリーナが振り返った。

「どちらが次代の光の聖女にふさわしいか教えてあげるわ。あなたにも、そして、お姉様にも……」

 歩いて行くカリーナの後ろ姿を見ていたセシリアが心配そうに私の方を向いた。

「アンジェの治癒魔法は一年生レベル、すり傷を治すのがやっとだって光クラスの子に聞いてるけど、蘇生魔法が使えたぐらいだから開眼したとかなの?」

 そう言われると、あの日以来、一度も試したことがないので急に不安になってきた。 

「ちょっと、やってみるわね」

 目の前に大けがをした人がいると想像して、両手をかざして金の魔方陣を浮かび上がらせる。

「つつみこめ、光華再還!」

 両手が光に包まれた。

「お、いいね、いいね」

 ところが光は私の腕に上がってきて、上半身をつつみこんで輝かせた。

「あれ? あれ? あれ?」
「自分を治癒してどうすんのよ……」

 私は戸惑いながら、蘇生魔法を使ったときのマナの流れと魔法への変換を思い出して再現しようとするが全くうまくいかない。

「……全然ダメじゃん」
「どうしよう……」

 二人で顔を見合わせて途方に暮れた。


 屋敷に帰る馬車に乗りながらシオンに相談した。

「どうして、あのときの蘇生魔法を再現できないのか、ですか?」

 私はうなずいた。

「私と一緒に使った魔法の魔力量は再現されます、魔法自体はアンジェさまが習得される必要があります。あのときのマナや魔力の流れは私に出たり入ったりでゴチャゴチャになっていますから」

 ああ、そうか。そうなんだ……。
 シオンに強引に作ってもらったマナの流れや魔法を体が覚えるということではないんだ。

「やはり、治癒魔法の上手い先生を見つけて実際に習うのが一番でしょう」

 と言われても思い当たらない。
 今の学校の光魔法の先生は実技よりも理論重視で実際に使わせたら、カリーナの方が上手いかもしれない。

 明日学校でソフィア様に相談してみよう。
 誰かいい先生を紹介してくれるかもしれない。


 ところが、翌日の休み時間、教室からセシリアと並んで出るところをソフィア様に呼び止められた。

「放課後、応接室までいらしてください。二人ともです。お話があります」

 それだけ言って去っていったが、表情がすごく険しかった。

「やっぱり、昨日の件で怒られるのかな……」

 セシリアと二人、しょんぼりと肩を落とした。


 放課後、学園の応接室のソファーに座るソフィア様は、明らかにカンカンに怒っている。
 向かいに座る私とセシリアの前のテーブルを思いっきり、バンッ! と叩いた。

「あなたたち、いったいなにをやっているんですか!」

 その剣幕に私とセシリアは首をすくめて小さくなった。

「セシリア、本人のアンジェがこらえているのに、あなたが引っぱたいてどうするんですか! 一昔前なら首が飛んでますよ!」

 しょんぼりうなだれるセシリアを横目でチラッと見る。

 今回の件が薬になってケンカっ早いのがすこしは治るといいんだけど。

「アンジェ、あなたもあなたです!」

 ひー、こっちに来た!

「勝負に負けたら魔法を捨てるとか、つまらない約束して。あなたにとって魔法は、そんなに軽い存在なのですか?」

 なければないで以前の生活に戻るだけかなあ……。
 こう言ってはなんだけど、成り行きでここまで来ました、みたいな感じだし。

「土砂崩れで人の命を救ったそうですが、その時、魔法を学んでいて良かった、そうは思いませんでしたか?」

 あの日のことは今でもはっきりと覚えている。

「その気持ちを大切にしなさい。才能に恵まれた者は、それを磨き、人のために尽くす。それが義務なのです!」

 これが才能を持って生まれた人の矜持、自分への誇りとプライドなんだろうなあ……。
 真っ直ぐに私を見て語るソフィア様を見て思った。

 でも、それに近い感情はちょっとだけど私にも芽生えつつある。

 私に魔法の才能があるのは、もう間違いないと思う。
 だったら、魔法を使って人を助け、人の役に立ちたい。
 そんな思いが確かに生まれている。

「とにかく、理由はなんであれ貴族たる者、約束をたがえてはなりません。まだ一週間の時間があります。その間に徹底的に治癒魔法を学べるように最高の先生を私が用意しました」

 最高の先生?
 ソフィア様は水魔法だけで光魔法は使えない。
 学園の先生はとても最高と呼べるレベルとは思えないんだけど……。

 その時、コンコン、と応接室のドアがノックされ、若い女性が入ってきた。

「お待ちしておりました」

 立ち上がったソフィア様がおじぎをする先は、光の聖女エリザ・ラヴォワール、その人だった。

「このたびは面倒なことをお願いして申し訳ありません」

 応接室に入ってこられるエリザ様を見て、私とセシリアもあわてて立ち上がった。

「後輩の指導育成も聖女の仕事のうちですから。それに……」

 エリザ様は私の方に鋭い視線を向けた。

「あの子には個人的に、とても興味がありますの」

 見つめられる私は、まるでヘビににらまれたカエルのように、その場で固まってしまった。
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