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第一章 学園編

第15話 抱きしめられて ~女の虚栄心

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 三人の男たちは剣を振りかざしてシオンに襲いかかった。

 シオンはあわてることなく、一人の剣を払い、みぞおち、喉元、眉間、と瞬間的に三連続の突きを浴びせる。
 次の男は首に横からの一撃を受け、同じく、三連撃の突きを浴びた。

「ひっ!」

 二人の仲間が瞬時に倒されてひるんだ男の脳天に頭上から弧を描いた棒が叩き込まれた。
 そして、みぞおち、喉元、眉間に突きが入る。

 三人が倒されるまで、わずか十数秒だったろうか。

 強い!
 学園の行事で騎士学科の試合をときどき見るぐらいだけど、素人目にもはっきりと強さがわかった。


 戻ってきた御者から馬車に積んであった縄をもらい、三人を縛り上げた。

「急所三点を突いてますので、丸一日は目を覚まさないでしょう」

 悪党三人を馬車に放り込み、御者に街の警備事務所まで運ぶように頼んで、私とシオンは馬に乗って屋敷に帰ることにした。

 二頭の馬のうち、一頭を馬車から切り離して簡単な鞍を乗せた。

「アンジェ様、失礼します」

 馬の脇に立った私の腰が後ろからシオンの両手でつかまれた。
 ヒョイッという感じで腰が鞍の高さに来るまで持ち上げられて、苦労することなく、鞍にまたがることができた。
 続いてシオンが地面を蹴って、私の背後で馬の背にまたがった。

「窮屈ですが、辛抱してください」

 シオンが両手で手綱を握ると、自然に背後から抱きしめられたような体勢になってしまう。

 顔が熱い……。
 父や祖父以外の男性にこんなに近付いたことがなく、体中の血が顔に集まってくるように顔がほてり始めた。

 手綱で馬を一打ちし、前に進み始める。

「飛ばしますから、私にもう少し、もたれるようにしてください」

 ひぇー……。
 さらに密着を要求され、目が白黒してしまう。

「こ、こう?」

 背中を後ろに倒すと、シオンの胸が強く押しつけられる。

「では、行きます!」

 手綱が馬をピシッと打つとスピードが上がっていく。
 両手で馬の胴を押さえているが、馬が上下するたびに体が揺れて、背中がシオンの胸を強く押す。
 突然、馬を押さえる私の左手をシオンの手が覆った。

 えっ、なに?
 突然のことに驚いて呼吸が止まった。

 シオンは私の手を握ると、手綱に導いた。

「このあたりを握ってください」

 そして、手綱を握る私の手を覆うようにして手で包み込んだ。
 右手も同じように手綱を握らされ、シオンの手に包まれた時、まるで優しく後ろから恋人を抱きしめるような態勢になった。

 顔は真っ赤になり、心臓はドキドキと高鳴る。
 男性とまともに付き合ったことのないもうじき十七の乙女にはちょっと刺激が強すぎる。

 でも、『抱きしめて』くれているのは私を助けて、守ってくれる人。
 しばらく、屋敷に着かなければいいな……。

 私はそう思いながら、目を閉じて体の力を抜いてシオンに体を委ねて揺れるにまかせた。

「屋敷が見えてきました」
「……そうね」

 幸せな時間はあっという間に終わり、すぐに屋敷についてしまった。

 先に馬から下りたシオンが前に立って私の腰を両手で持って持ち上げる。
 フワッと体が浮き上がり、ゆっくりと足から地面に下ろしてくれた。
 向かい合った二人の体がかなり近付く。

「お顔がすこしし赤いですが、お疲れではないですか?」

 心配そうにシオンは私の顔を正面から見た。
 私は勇気を振り絞って言う。

「さっき言ってた通学の時の護衛、シオンにやって欲しいんだけど」
「私がですか?」
「だ、だって、ダミアンを挑発して怒らせたのは、あなたじゃない……」

 ホントは、あなたに守って欲しいの、そう言いたかった。
 だけど恥ずかしくて素直に言葉が出てこない。
 シオンはクスッと笑った。

「交渉相手の落ち度を突くのは、とても良い方法です。もちろん、喜んで、やらせていただきます」 

 やった!
 これで朝と夕方の登下校でシオンと二人きりになれる。

「ありがとう。頼りにしてるわ」

 きっと、私は会心の笑みを浮かべていることだろう。


 その日の夜はベッドに入ってからも長いこと寝付けなかった。

 天井を見ながら、さっきのことを思い出していた。
 背中に残るシオンの胸の感触。私の手を包んだシオンの手の感触。
 思い出すと心臓がドキドキして眠気が遠のいていく。

 シオン、不思議な人……。
 執事で腕利きの商売人、禁術の暗黒魔法の使い手、そして槍の名手。

 よっぽど辺境伯に鍛えられたなのかな……。
 そんなことを考えながら、眠りに落ちていった。


 そして翌朝、二人乗りの小さな馬車で郊外の道を進み学校へ行く。

 フフフ……。
 馬を操るシオンの隣に座る私の顔は自然にほころんでしまう。

 シオンには執事服ではなく、昨日のようなできる商人とでもいうような服を着てもらうように頼んでおいた。

「おや、どこからか、花の香りがしてきますね」
「ええ、まだまだ春なのね」

 よしよし、母の唯一のぜいたくとも言える香水をこっそりとつけた効果があった。

 顔がいっそうニヤけてしまう。
 そんな私をシオンが不思議そうに見た。

「学校へ行くのは、そんなに楽しいものですか?」
「えっ? そ、そうね。毎日、新しいことが学べて楽しいわ」

 でも、楽しいと感じ始めたのは本当に最近の話。
 それまでは苦痛以外の何物でもなかった。

「それは素晴らしいですね。私は行ったことがないので学校というものがよくわからないのです」

 私は驚いてシオンを見た。
 話し方や知識など学校に行かなかったとは思えないのだけれど?

「九歳の時から辺境伯に直々にいろいろと教わりましたので」

 ああ、そういうことか……。
 きっと、家が貧しくて幼いころから働いていたところを辺境伯に見いだされて鍛えられた、とかそういう話ね。
 よく、ありそうな話。

「早いもので、もう十三年になります」

 あれ?、計算が合わない。九歳から始めて十三年目ということは。

「シオンって、二十二歳?」
「はい、そうですが?」

 てっきり二十五、六歳かと思っていた。

 ポカンとする私の表情の意味を読み取ったように、シオンは照れたように頭をかいた。

「お前は老けている、とよく言われます。髪の色のせいでしょうか」

 たぶん、小さい頃から社会に出ていて落ち着いた感じがそう思わせるのかもしれない。
 でも、私が十七でシオンが二十二だとちょうどいい感じじゃない、と一人ほくそ笑む。

 ん、ちょうどいい? なにが?
 とか考えているうちに学園の正門前の道に到着してしまった。

 何人もの女生徒が足を止めて、先に馬車から降りるシオンの方を見ている。

”ねえ、見て、あの人カッコイイ”
”きれいな髪……”

 多くの女生徒が顔を赤らめてシオンに見とれている。
 客観的に見てシオンは女性ならハッとするほどの美形だし、この国では珍しい美しい銀髪がいやでも人目をひく。

 学園では恋人や婚約者に送ってもらう女生徒がいて、それがステキな男性だったりすると羨望の目が集まってしまう。
 特に令嬢科の生徒は縁談がまとまると、これ見よがしに婚約者に送ってもらって周囲に見せびらかす。
 そんな光景を見て、いつかは私もやってみたいなあ、とあこがれたものだった。

 目立つのは好きではないが、みんなに見せびらかしたいという気持ちに勝てなかった。
 私も女、虚栄心はしっかりあるんだなあと自覚した。

 差し出されたシオンの手を取りながら、得意げに馬車から降りていく。
「じゃ、行ってくるわね、シオン」
「行ってらっしゃい、アンジェさ……、アンジェ」

 学園では恥ずかしいから様付けで呼ぶのは止めて、と家を出る時に釘を刺しておいた。
 おかげで 回りで見ていた女生徒がうらやましそうな目で二人をみている。

 こんな風に人に見られるのは、ちょっと気持ちいい。
 お互いに笑顔で手を振りながら分かれ、私は正門へと向かうが、さっそく女生徒が何人か駆け寄ってきた。

「アンジェ、今の美形、誰よ?」
「新しい恋人?、この間、婚約破棄されたばっかりじゃない!」

 そうよ、私がその気になればこんなもんよ、私を振ったダミアンなんか目じゃないのよ。

 みたいな顔で微笑む。

「二人は、どんな関係なのよ?」
「どんな関係? そうねえ、どう言えばいいのかしら?」

 謎めいた、と思ってもらえるような笑顔を浮かべて私は答えるが、近寄ってきたセシリアにぶち壊された。

「主従関係だろ? アンジェの家の執事さんだから。国語の得意なアンジェらしくもないわね」

 友人たちは拍子抜けしたように顔を見合わせた。

「なーんだ、召使いか」

 友人たちは私とセシリアを残してさっさと歩き去って行った。

「あれ? あたし、なんか悪いこと言った?」

 私は恨めしげにセシリアをにらんだ。

「でも、その通りじゃない。主従関係、まちがってないでしょ?」

 主従関係……、その通りだ。

 私は自分の主人の親友の孫娘。
 主人の命に従い、助けて守るのは当然のこと。
 シオンにとっては、たぶん、それ以上でもそれ以下でもない。
 夢から覚めた気がした。

 香水の花の香りがフワッと感じられた。

 んもう、しつこい嫌な香り。
 こんなもの、つけなきゃよかった……。
 私ってば、なにを浮かれてたんだろう。

「ねえ、アンジェ」

 セシリアに袖を引っ張られてハッと我に返った。

「シオンさん、どうしたの?」

 彼女が指差す先には、正門の外で馬車から降りたシオンが人を探すように行き交う生徒を見ていた。

 どうしたんだろう、なにかあったのかな?

 早足でシオンに向かって歩いて行き,近付いて声を掛けようとする。
 一台の馬車が停まり、私の元婚約者のダミアン・ダントンが降りて来た。

「やっと来ましたか」

 そう言ってシオンはダミアンに向かって歩いて行く。

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