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第一章 学園編

第14話 ザマアミロ 

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 いったいなに考えてるの⁉

 私は驚いてシオンをにらんだ。

「別に悪いことをしているわけではありませんから。さあ、さっきの続きで悪役令嬢のごとく堂々と振る舞ってください」

 そう言っていたって平静、コーヒーをおいしそうに飲んだ。
 その間にもダミアンはドンドンこちらに向かってくる。

 悪役令嬢のごとく堂々と……。
 私は悪役、悪役令嬢、悪役令嬢……。

 心の中で唱えて役作りをしていると、背後で足音が止まった。

「おい、アンジェ、キサマいったいなんのつもりだ!」

 体の震えはすでに止まり、顔にふてぶてしい笑みを浮かべて振り返った。

「あーら、ご無沙汰しております、ダミアン様。どうなされました? お顔が赤いようですがステキなことでもございましたか?」

 おや、自分でも驚くほどイヤミなセリフがすらすらと出てくる。

「な,なんだとー!」

 以前のオドオドするだけの私との違いに動揺しているようだ。

「キサマ、なんでうちの商売のジャマをするんだ!」
「あら、ジャマとはなんのことでしょう? マヌケを出し抜くことがジャマというなら多少は心当たりがございますが。オーホッホッホ!」

 もしかすると悪役の、いえ女優の素質があるのかも。
 私は聖女を目指すより女優を目指した方がいいんじゃないかな。

「こ、このアマー!」

 怒りで顔を真っ赤にしたダミアンが、私を殴ろうとコブシを振り上げた。

 マズい、本気で怒った!

 顔に向かってくるコブシをかわすほどの運動神経はない。
 殴られる、と思った瞬間、シオンのステッキの先端が頬をかすめてダミアンの拳を突いた。

「痛っー!」

 コブシを押さえて、後ろにのけぞった。

「女性に手を上げるとは、王都の貴族も落ちたものですね」

 ステッキをかたわらに置いた手でシオンはコーヒーカップを口元に運び、いつもの人なつっこい笑顔を浮かべる。

「なんだと、この平民がー!」

 殴りかかろうと腕を振りかぶるダミアンを座ったままのシオンがにらみつけた。
 人を圧する力を感じる目つき、殺気すら感じさせる。

 怖い。
 普段にこやかなシオンの見せたことのない目つき。

 ダミアンはシオンの鋭い視線に動きが止まり、後ろにジリジリと下がっていった。

「お前ら、おぼえてろよ! 目に物見せてやるからな!」

 ダミアンは捨てゼリフを吐いて、父親の方へと走って行った。
 走り去るダミアンの背中を目で追いつつ、シオンがあきれるように言った。

「アンジェ様の元婚約者、あまり品性が良いとはいえませんね」
「もとはと言えば、シオンが挑発するから……」
「大手四社から取引を打ち切られればダントン商会の毛織物事業は八割ぐらい商売をなくすので、どんな顔をするのか見たかったものですから」

 八割の商売がなくなる?
 それは、なんと素晴らしい!

「さて、こんなとき、なんて言うか知ってますか?」

 うーん? 私は考えた。

「ザマアミロ?」
「正解です」

 そう言ってシオンは愉快そうに笑い出した。
 私は特になにをしたというわけではないけど、ザマアミロ。
 なんてステキな言葉だろう。
 そう考えながら二人で心から笑った。


 その後、商会の事務所でモルガンさんたちと今後の打ち合わせを終えて屋敷に帰るころにはすっかり暗くなっていた。

 うちの屋敷は市街からやや離れた郊外にあり、少し寂しい道を通っていく。

 市街を出た頃、後ろからすごい速さで走ってきた馬三頭に追い抜かれた。
 乗っていたのはフードのついたマントを着た男たちのようだった。
 通りすがりにこちらをジロッと見たような気がした。
 目つきの悪い、イヤな感じの男たちだった。
 シオンも去って行く男たちの後ろ姿を馬車の窓から見ていた。

 馬車は進み、周囲に人気のない道になっていった。

「学園の通学には、この路を使っているのですか?」
「ええ、馬車で送り迎えはしてもらってるけど」

 ちょっと考え込んだ後、シオンが心配そうに私を見る。

「しばらく、護衛を同行させた方が良さそうです。予想以上に恨みを買ったかもしれません」

 そんな物騒な……。
 だけど、ちょっといい考えを思いついた。

「シオンは剣の方はどうなの?」
「剣ですか? いやー、剣は全くだめですね」

 そう言って、照れくさそうに頭をかくシオンを見てガッカリしてしまった。

 まあ、文武両道というのは簡単ではないわよね。
 シオンは商売とか魔法とかチェスとか、文の人なんだろう。
 引き締まったいい体格。
 さっき、ダミアンが殴るのをステッキで止めたのを見ても、ある程度は剣ができるように見えた。
 そしたら、護衛をお願いして学校の行き帰りの馬車で一緒なのに、とか思ったんだけど。

 そのとき、馬車を引いていた二頭の馬が、ほぼ同時にヒヒーン、と鳴いて急に止まった。

 何事かと窓から前を見ると、さっき私達の馬車を追い越していった三人が馬に乗ったまま路をふさいでいた。

「乗ってるヤツ、さっさと降りてこい!」

 三人は馬から下りて、腰の剣を抜きながら前方から近付いてくる。

「ひぃー……!」

 御者は馬車から飛び降りて、さっさと後ろに走って逃げていった。
 今日の馬車も御者ごと借りた馬車なので、赤の他人の客の安全などお構いなしだ。

「ど、どうしよう……」

 私は、ふるえながらシオンの腕にすがりついた。
 シオンはいたって冷静、足下に置いてあったステッキを手に持った。

「アンジェ様の元婚約者、仕事は速そうですね。その点は評価できます」

 冗談を言ってる場合じゃないでしょ!
 こんな状況でも笑みを浮かべるシオンに腹が立ってきた。

「ちょっと相手をしてきますので、絶対に馬車から出ないようにして下さい」

 そう言ってステッキを手に扉を開けようとする。
 私はシオンの腕を握って止めようとした。

「だけど、さっき、剣は全くダメだって言ったじゃない!」
「はい、剣はダメですが、槍は多少の心得がございます」

 えっ?

「大聖女ルシアと共に暗黒竜と戦った勇者ディアスの武器は剣でなく、槍だったのですよ」

 だからどうだっていうの?

「というわけで、私は槍使いなのです」

 そう言いながら馬車を降りていくシオンがステッキをいじると、両端からシャキン、シャキン、と仕込まれていた棒が伸びた。
 シオンの背丈と同じぐらいの一本の長い棒になった。

「なんだ、てめえ、やる気かよ!」

 一人の男が怒鳴り声を上げた。
 シオンは棒の中央部を両手で持ち、ヒュンヒュンと旋回させて、ピタッ、と止めると先端を男たちに向けて槍のように構える。

「はい。さあ、どうぞ」
「やっちまえ!」

 三人の男たちは一斉に剣を振りかざして向かってきた。


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