上 下
3 / 47
第一部 剣帝と槍姫

第3話 転移人の子孫-ノエル、リン家を語る

しおりを挟む
 四人はテーブルを囲む。緊張気味の雰囲気の中、クラウスがまず口を開いた。

「今日は『つぶれたカエル』にずいぶん礼儀正しいではないか」
 クラウスはイヤミを込めて言った。

 ノエルはイヤイヤながらという表情で口だけで謝る。。
「悪かったな。サンドラ王女にも怒られた……」
「王女に怒られた?」
「実は……」
 不思議そうなクラウスに、アレットがクスクスと笑いながら、サンドラ王女の話を聞かせた。

 あきれたクラウスが言う。
「国家英雄オーディション?、タルジニアって変わった国だな……」
「サンドラ王女はイベント好きなんだ」
 ノエルはうんざり、と言う顔で言った。

 思い出したようにイエルクが言う。
「そういえば、サンドラ王女とガリアン第一王子のルーク王子と政略結婚、明日婚約発表って本当なのか?」
「ええ、ただ、サンドラ王女はぞっこんらしいですよ」
 アレットが答えると、イエルクがからかうようにクラウスを指差した。
「こいつもノエルさんにぞっこんで、初めて戦ってからずっと、ノエルに会いたい会いたいって言い続けてたんですよ」

「えっ?」
 ノエルはカーと真っ赤になっていった。
 しかし、クラウスはあわてて否定する。
「ご、誤解を生むようなこと言うな。その頃は女だとは知らなかったんだ」
「イヤー、ホントですよ。戦ったらすぐ、次はいつ会えるんだろう、とか言って。恋する純情少年みたいでしたよ」

 クスクスと笑うアレットの隣で、ノエルは恥ずかしそうに真っ赤になってうつむき続けていた。
「戦況を分析して、ノエル軍の出そうなところに自分の軍率いて出撃するんですから、公私混同もいいとこですよ」

 アレットが小声でノエルに話しかける。
「ホントに、おっかけ,でしたね」
「ストーカーだろ……」

 笑い続けるイエルクにクラウスは赤い顔で言い訳する。
「戦いたかった。それだけだ」

 ほう、と言う顔でノエルはクラウスを見る。
「そんなに、わたしと戦いたかったか?」
「ああ、そうだ」
 ノエルは真剣な表情でグラスを差し出してカンパイを求めた。
「武人の誉れ、光栄だ、剣帝クラウス」
 クラウスもそれに応えてグラスをカチン、とぶつけた。

 ノエルはニヤッと笑った。
「勝ち逃げで終わって、申し訳ないがな」
 クラウスはブスッとするが、話題を変えた。

「明日の平和式典に出るのなら、今日は王宮でガリアン王主催の晩餐会ではないのか?」
「招待は貴族だけだ。今でこそ騎士団副団長などと威張っているが、もとは傭兵、下民の出。十四の時から戦場を駆け回っている」

 クラウスは、おやっと不思議そうにノエルを見る。
「お前、いくつだ?」
「クラウス……」
 イエルクは慌てて肘で小突いて注意する。
「別に構わん。十九だ」
「俺との初戦は……」
「三年前、十六の時だ」
「十六歳だと⁉」
「おいおい、我らが剣帝は十六のお嬢ちゃんに頬を切り裂かれたのか」

 イエルクは面白そうに笑うが、ガク然とするクラウスは気にもとめない。
(三年前、初めて戦ったとき、あの槍の動きに翻弄されて、なすすべなく破れた。その時、たったの十六歳だと!)

 クラウスは改めてノエルを見据えた。
「……お前の槍術、あれはなんなのだ?、他の使い手を見たことがない。どこで学んだ?」
「おい、クラウス……」
 イエルクは、そんなこと聞くなとばかりに非難げに肘でクラウスを小突く。

 ノエルは指を下まぶたに当てて目を広げて見せた。
 クラウスは不思議そうにノエルを見る。
「わたしの瞳、黒いだろう。髪も真っ黒だ」
 ノエルはテーブルの上に置かれたクラウスの手を取り、自分の手の甲と並べる。
「肌の色も、この大陸のものではない」

 クラウスはじっとノエルの手を見る。自分達の白い肌に比べて確かに肌色が濃い。
 ノエルは自嘲気味に笑う。
「まあ、お前達の言う『美人』の基準からは外れているな」

 クラウスはノエルを改めて観察する。
「瞳の色は黒曜石を思わせる。つややかな漆黒の髪。肌はきめ細かく滑らかだ。十分、美しいだろう」
 ノエルはストレートにほめられ、驚きに目を見開いて頬を赤く染める。
 イエルクとアレットはプッと吹き出した。
「クラウス、声に出てるぞ」
 イエルクが笑いながらクラウスに言った。
 ハッと気づくクラウスは居ずまいを正し、威厳を保ちつつ言い訳する。
「あくまでも一般論としてだ。美の基準は人それぞれ、一概には言えぬということだ」

 イエルクがアレットの耳元でささやく。
「こいつ、女性との会話になれてないもんで」
「無骨な武人の典型ですね」

 ノエルは咳払いを一つ、説明を続ける。
「似たような髪、瞳の色の人間がはるか東方にいると聞くが、我がリン家は、はるか昔、別の国、いや別の世界から来た一族の子孫と言われている」
「別の世界?」
 クラウスもイエルクも驚いて口を揃えて尋ねた。

 アレットがとがめるようにノエルに注意する。
「ノエル様、よろしいのですか……」
「まあよい、三年間のおっかけに、応えてやろうではないか」

 ノエルは再び、クラウスとイエルクに説明を始める。 
「言い伝えでは、合戦中に我らリン家を含む四家の軍が突然、この地に飛ばされたと言われている。それから数百年、この地の民と同化しつつも、四家、それぞれの血統を保ち、文化を守り暮らしてきた」

 クラウスとイエルクは突拍子もない話しに、不思議そうに顔を見合わせる。

「アレットも、そのリン家なのか?」
 アレットの濃い亜麻色の髪の毛を見てイエルクが尋ねた。
「わたしは分家の出ですが、ノエル様は本家総帥であらせられます」

 ドヤ顔のノエルだが、クラウスにはピンとこない。
「その総帥とやらは偉いのか?」
「……まあ、それほどたいしたものではないが、一番強い、ということだな」
 ノエルは反応の薄さに拍子抜けするが、話を続ける。

「我らリン家は槍術に長けている。リン家槍術、そう呼んでいる。基本、母から娘のみに伝えられる門外不出の技だ」
「母から娘、女性のみに……?」

 槍術の話しとなり、クラウスは興味深げに身を乗り出す。
「特徴は女性の柔らかい全身のバネを使った打撃。男の硬い身体ではああはならない」
「なるほど……。では、あの極端な槍の長さは何の意味があるのだ?」
「馬上での安全な戦いを追求した結果だ。他にも使い方はいろいろあるがな」
「だが、剣の間合いに飛び込まれたらどうする?、長さが災いするだろう?」

 ノエルの眉毛がピクッと上がり、自分の槍術にケチをつけられたようにムッとする。

「六度目でやっと間合いに入れて、しかも大の字にひっくり返された男に言われたくはないな」
 挑発的な笑みを浮かべて話すノエルにクラウスはカチンと来る。
「それでも、あとちょっとで首を落とせたがな」
「剣が二センチ下ならな。その差が実力差ということだ」
「一センチだ」
 二人の会話が徐々にヒートアップしていく。

 ノエルはクラウスをにらみつける。
「前回の手、あんな奇策はもう効かん。対策はもうできている」
「ほう……」
「なんならここで見せてやろうか?」
「面白い」
 二人は興奮して席から立ち上がった。

 しかし、アレットとイエルクが間に割って入り、それぞれを押さえた。
「クラウス、帰るぞ。お開きだ」
「平和式典前夜のもめ事、どっちが勝ってもおとがめ無しにはなりませんよ!」
 ノエルとクラウスはそれぞれの友人に押さえられつつ、興奮気味に酒場を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

処理中です...