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piece5 繋がらない思い
部屋と心の大掃除
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リビングの窓から差し込む光は、夕焼けの淡いオレンジ。
悠里は、気怠げにソファにもたれかかり、カーテン越しの光を見つめていた――
朝、悠人が部活――勇誠学園の公開練習に出かける物音を、悠里はベッドの中で聞いた。
今日、弟を笑顔で見送る自信は無かった。
彼のジャケットは、もう無い。
繰り返し悠里の心を苛む、恐怖と絶望の記憶、怖い夢。
悠里を守ってくれる温もりは、もう無い。
凍てつくような焦燥感が、胸に込み上げてきた。
それを振り払うように、悠里はベッドから跳ね起きる。
今日は、火曜日。
出張中の両親は、金曜日に帰ってくる。
そのときに、もしも家が荒れていたら。
悠里は、グッと唇を噛み締める。
――お母さんに、気づかれちゃう……
父とともに仕事で多忙な母だが、悠里と弟のことを、本当によく見ていてくれる。
優しくて、些細な変化にも、敏感な母。
悠里が少しでも、いつもと違う様子を見せれば、母はそっと聞いてくる。
あの優しい笑顔で、暖かく包み込むような声で。
『悠里。何かあった?』
じわり、と悠里の目に涙が滲んだ。
絶対に、知られたくない。
こんなこと、お母さんに話せない。
心配かけたくない――
「……しっかり、しなくちゃ」
大丈夫。
全部忘れて、前に踏み出すって、決めたじゃない。
だからあのジャケットも、返すって、決めたじゃない。
全部、全部、忘れるの――
悠里は不器用な呼吸を繰り返し、心に蓋をし直す。
何も、考えちゃ駄目。
とにかくいまは、自分のやるべきことをやるの。
両親が出張しているときは、家を守るのは自分の役目だ。
しっかり、果たさなきゃ。
「……よし」
悠里は長い髪をひとつに縛り、リビングに降りていく。
ここ数日、疎かにしてしまっていた掃除と洗濯を、がんばろう。
弟が帰ってくるのは、夕方以降のはず。
それまで、しっかり家のことをやろうと決めた。
まるで年末のような規模と丁寧さで、悠里は家中の大掃除に勤しんだ。
***
目についた汚れを片っ端から落とし、悠里はようやく、リビングのソファで休憩をしていた。
「……疲れちゃったな」
窓から差し込む、淡いオレンジ色の太陽をぼんやり眺め、悠里は独りごちる。
リビングも、キッチンも、お風呂も、洗面所も、廊下も。
両親の目につく部分は、いつもと同じぐらい、綺麗に片付いたと思う。
大丈夫。
これで、元通り――
悠里は、重い瞼をパチパチとして、眠気を振り払う。
そうして、ぐったりとソファに身を預けた。
本当は、休みたい。
ベッドに入って、ゆっくり眠りたい。
けれど、悠里の身体を包んでくれるジャケットは、もう無い。
だから、眠りたくなかった。
怖い夢を見て、ひとりで耐えられる自信が無かった。
夢さえ見ないくらいに、疲れ果ててから、寝るしかない。
あと2時間もすれば、悠人も帰って来る。
――ああ、晩ごはん、何作ろう。
たくさん心配をかけ、そして、たくさん助けてくれた弟。
彼のためにご飯を作るのは、いまの状況のなかで唯一、自分から「やりたい」と思えることだ。
そうだ、豚汁を作ろう。
弟は汁物が大好きで、おかわりを3杯はする。
今日は和食にして、ご飯が進むメニューを作ろう。
食材は、母が週に2回の定期配送を頼んでくれている。
和食メニューなら、ちょうどいま冷蔵庫にあるもので、事足りる。
「……よし!」
自らに気合いを入れて、悠里はソファから立ち上がった。
悠里は、気怠げにソファにもたれかかり、カーテン越しの光を見つめていた――
朝、悠人が部活――勇誠学園の公開練習に出かける物音を、悠里はベッドの中で聞いた。
今日、弟を笑顔で見送る自信は無かった。
彼のジャケットは、もう無い。
繰り返し悠里の心を苛む、恐怖と絶望の記憶、怖い夢。
悠里を守ってくれる温もりは、もう無い。
凍てつくような焦燥感が、胸に込み上げてきた。
それを振り払うように、悠里はベッドから跳ね起きる。
今日は、火曜日。
出張中の両親は、金曜日に帰ってくる。
そのときに、もしも家が荒れていたら。
悠里は、グッと唇を噛み締める。
――お母さんに、気づかれちゃう……
父とともに仕事で多忙な母だが、悠里と弟のことを、本当によく見ていてくれる。
優しくて、些細な変化にも、敏感な母。
悠里が少しでも、いつもと違う様子を見せれば、母はそっと聞いてくる。
あの優しい笑顔で、暖かく包み込むような声で。
『悠里。何かあった?』
じわり、と悠里の目に涙が滲んだ。
絶対に、知られたくない。
こんなこと、お母さんに話せない。
心配かけたくない――
「……しっかり、しなくちゃ」
大丈夫。
全部忘れて、前に踏み出すって、決めたじゃない。
だからあのジャケットも、返すって、決めたじゃない。
全部、全部、忘れるの――
悠里は不器用な呼吸を繰り返し、心に蓋をし直す。
何も、考えちゃ駄目。
とにかくいまは、自分のやるべきことをやるの。
両親が出張しているときは、家を守るのは自分の役目だ。
しっかり、果たさなきゃ。
「……よし」
悠里は長い髪をひとつに縛り、リビングに降りていく。
ここ数日、疎かにしてしまっていた掃除と洗濯を、がんばろう。
弟が帰ってくるのは、夕方以降のはず。
それまで、しっかり家のことをやろうと決めた。
まるで年末のような規模と丁寧さで、悠里は家中の大掃除に勤しんだ。
***
目についた汚れを片っ端から落とし、悠里はようやく、リビングのソファで休憩をしていた。
「……疲れちゃったな」
窓から差し込む、淡いオレンジ色の太陽をぼんやり眺め、悠里は独りごちる。
リビングも、キッチンも、お風呂も、洗面所も、廊下も。
両親の目につく部分は、いつもと同じぐらい、綺麗に片付いたと思う。
大丈夫。
これで、元通り――
悠里は、重い瞼をパチパチとして、眠気を振り払う。
そうして、ぐったりとソファに身を預けた。
本当は、休みたい。
ベッドに入って、ゆっくり眠りたい。
けれど、悠里の身体を包んでくれるジャケットは、もう無い。
だから、眠りたくなかった。
怖い夢を見て、ひとりで耐えられる自信が無かった。
夢さえ見ないくらいに、疲れ果ててから、寝るしかない。
あと2時間もすれば、悠人も帰って来る。
――ああ、晩ごはん、何作ろう。
たくさん心配をかけ、そして、たくさん助けてくれた弟。
彼のためにご飯を作るのは、いまの状況のなかで唯一、自分から「やりたい」と思えることだ。
そうだ、豚汁を作ろう。
弟は汁物が大好きで、おかわりを3杯はする。
今日は和食にして、ご飯が進むメニューを作ろう。
食材は、母が週に2回の定期配送を頼んでくれている。
和食メニューなら、ちょうどいま冷蔵庫にあるもので、事足りる。
「……よし!」
自らに気合いを入れて、悠里はソファから立ち上がった。
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