#秒恋8 隔てられる2人〜友情か、恋か。仲間か、恋か〜

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piece4 裏切り

冷たい絶望

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***


息詰まる沈黙の中。
剛士の胸に、怒りと悲しみが、込み上げてきた。

『監視されているようで、息が苦しい』

一瞬でも、そう感じてしまった、自分自身に。


健斗に、こんな行動を取らせたのは。
信頼を損ない、健斗に不安な思いをさせたのは。

他ならぬ、自分ではないか――


剛士は昨日起こったことを、ひとつひとつ思い返す。

監督と、面談をしていた自分。
キャプテン解任も、退部勧告も。
監督の判断ならば受け入れようと、覚悟をしていた。
心のどこかで諦め、逃げようとしていた。

そんな自分を、健斗が部員の皆を連れて、救い上げてくれた。

『署名集めてきました。部員全員分です』

『どうか寛大な措置をお願いします』

健斗は剛士のために、深々と頭を下げてくれた。
健斗とともに部員の皆が、頭を下げてくれた。


剛士の肩を大きな手で叩き、ニッと笑ってくれた、誠の声を思い出す。

『健斗がさ。お前を辞めさせたくないって。嘆願書作ってさ。賛同してくれる部員は署名してくれって。駆けずり回ったんだよ』


――そうだ。
健斗は俺のために、必死に戦ってくれたじゃないか。

今回の件だけではない。
エリカと別れたときも同じだ。健斗が、助けてくれた。

『剛士にバスケを続けさせたい。キャプテンにしたい』
部員の皆に、働きかけてくれた。


いつだって健斗は、俺の力になってくれた。
だから俺はいま、ここに居られるんじゃないか――


剛士は、目の前にいる副キャプテンを見た。
これまで彼が、どれだけ心を痛め、バスケ部のために奔走してくれたのかを考えた。
健斗に応え、力を貸してくれた部員の皆のことを思った。


監督の前で、自分が立てた誓いを、思い起こす。

『何でもします。お願いします。俺に、もう一度チャンスをください』

剛士は監督に向かい、決死の思いで頭を下げた。
隣りにいる健斗が、一緒に頭を下げてくれた。
皆が固唾を飲んで、見守ってくれた。


逃げたくない。戦いたい。
皆の気持ちに、報いたい。

この仲間を、失いたくない――

心から、自分はそう思ったのだ。


バスケ部の仲間たちの笑顔が、脳裏に溢れ出す。
みんなと築き上げてきた時間。
重ねてきた努力、掴み取った勝利、悔しい敗北。

ひとつひとつが、かけがえのない宝物だ。


剛士は唇を引き結び、固く拳を握り締めた。

そうだ。
俺は、バスケ部のみんなを、裏切れる筈がない。
バスケ部より、大切なものなどない。
あっては、いけないんだ――


心に、冷たい絶望が、落ちた。
自分の出した結論が、つい先程まで胸を温めていた希望を、粉々に打ち砕く。

胸の奥で、本当の剛士が呻いた。
もう伝えることができなくなった、彼女への思いが。


――悠里。

ごめん……

ごめん……


***


剛士は、健斗を真っ直ぐに見つめた。
そして、深く深く、頭を下げた。

「ごめん……俺、健斗に甘え過ぎてた」
「……いや。甘えてくれるのは、構わないんだけど、」
健斗の言葉を遮るように強くかぶりを振り、剛士は続けた。

「こんなこと言わせて、悪かった」
「……剛士、」


「裏切らないよ」
剛士は、きっぱりと言った。
「俺はもう、バスケ部を裏切らない」


力いっぱいに握った拳が、震えた。
自分の弱さを爪を立てて押し込み、剛士はそっと、微笑んだ。
そして健斗の前で、誓いを立てた。


「……もう、あの子とは、会わない」


じっと、剛士の心を覗き込むように見つめる健斗。
その硬い視線を受け止めながら、剛士は、優しい声で言った。

「だから、健斗……あの子のこと、恨まないでな」

「剛士……」
「あの子はずっと、俺の……バスケ部の、邪魔になりたくないって。そればっかり、気にしてくれてたんだ」


逆恨みで、執拗な嫌がらせを受けて。
どんなに怖い目に遭わされても。
あの子はずっと、剛士に打ち明けず、我慢していた。


剛士の胸に、腕に、彼女を抱き締めたときの感覚が、鮮烈に蘇る。
悲しみに震える、小さな身体。
堪え切れずに溢れた、熱い涙。


あんなに、傷ついて。
あんなに、たくさん泣いて。

それでもあの子は、いつも。
自分のことよりも、剛士とバスケ部のことばかり、心配してくれていた――


剛士は、殆ど吐息だけの微かな声で、それでも健斗に向かい、懇願した。
「こんなふうになったのは、俺のせい。あの子は何にも、悪くないんだ。だから……お願い」


――お願いだから。

もう、俺の知る誰かが、彼女を恨んだりしないで……


健斗は暫くの間、剛士の心を覗き込むように、じっと見据えていた。
しかし、やがて緊張に詰まっていた息を吐き出し、短く頷いた。
「……わかったよ」

「……うん」
剛士も同じように頷くと、もう一度、小さく微笑んだ。
「……さ、明日もがんばらないとな。俺も、もう片付けて帰るよ」


そう言うと彼は、くるりと健斗に背を向けた。
健斗が、慌てて食い下がる。
「あ、じゃあ俺も、手伝う……」
「いい」
剛士の後ろ姿が、健斗の言葉を遮った。
「すぐ終わるから。先に帰って」

近づこうとした足が、竦む。
伸ばそうとした腕が、止まる。

すぐ近くにある筈のキャプテンの背に、健斗の手は届かない……


「……わかった。じゃあ、剛士。また明日」
「うん。またな」

何とか振り絞った別れの挨拶には、いつも通り、穏やかな声が返ってきた。
ただ一つ、剛士が振り返りもしなかったことを除けば。


健斗は、散らばっていたボールを片付ける彼の背を、そっと見つめる。
剛士から突きつけられた、初めての明確な拒絶。
それを掻い潜る術は、いまの健斗にはなかった。


体育館の外は夕暮れが深まり、徐々に夜の藍色が空を侵食している。

――今日は、このまま帰るしかない。
また明日から、始めよう……

健斗は自分に言い聞かせると、踵を返し、静かに体育館を後にした。




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