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piece4 裏切り
あの子のこと、恨んじゃいそうだわ
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***
皆が帰った後、剛士はひとり、ゴールに向き合っていた。
練習終了後に、個人練習をする許可を、監督から得たのだ。
春休みのこの時間を、1日も無駄にはしない。
仲間と一緒に練習することができない分、個人で積める練習は、しっかり取り組まなければ。
自分の持ち味は、やはり3ポイントシュート。
その精度を、より高めておきたい。
春休み中に、もっと仲間のプレイスタイルを理解したい。
自分のプレイを、うまく噛み合わせていきたい。
そうすれば、チーム力をもっと、上げていける筈だ。
剛士は、希望と明確な目的を持って、真摯にシュート練習を続けた。
どの角度でも、仲間からボールを受け取ったら、必ずシュートを決めてみせる。
剛士は丁寧に、3ポイントラインを移動し、シュートの感覚を確かめていく。
不得意な角度は、掴めるまで繰り返す。
そうやって地道に繰り返して、プレイの焦点を定める過程が、剛士は好きだ。
心地よい集中力を保ち、剛士はシュート練習に没頭していた。
***
ガラガラと、体育館の重い扉が開く音がした。
ボールを構える手を止め、剛士は、きょとんと振り返る。
「健斗」
扉の外から姿を現した副キャプテンに、剛士は微笑んで声を掛けた。
健斗も、小さな微笑を浮かべて答えてくれる。
「……お疲れ。なかなか更衣室に戻って来ないから、見に来ちまったよ」
「そっか、ごめんな。みんなとの練習には、参加できないから。せめて自分で、できることをやりたくて」
「……大丈夫か?」
「ん? 大丈夫だよ。監督には許可貰ったし」
生真面目な健斗だから、いろいろ心配してくれたのだろう。
剛士はそう答えると、軽やかにボールを放つ。
パサッと、彼のボールはゴールリングに吸い込まれていく。
タン、タン、と、ボールの弾む小気味良い音が、体育館に響いた。
集中力が澄み切っていて、いまは外す気がしない。
剛士は、心地よい高揚感に包まれていた。
入り口に立ったままの健斗が、声を掛けてきた。
「……手伝おうか?」
「ん? 大丈夫だよ、1人で」
剛士は振り返り、微笑む。
「ありがとな。お前も疲れてるだろ。先帰りな? 施錠は俺がやっとくから」
いつも、体育館の施錠をしてくれるのは、健斗だから。
律儀に心配してくれたんだろうと、思った。
剛士は、ポケットに入れていた鍵を取り出し、大丈夫だというふうに振ってみせた。
こう言えば、健斗も安心して帰るだろうと、思っていた。
しかし、健斗は扉から離れ、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
予想に反した彼の行動に、剛士は、はたと手を止めた。
「……剛士」
近くまでやって来た健斗の顔は、固く強張っていた。
「あの中学生と、随分、仲いいんだな」
「ん?うん」
健斗の言葉の意図を測りきれないまま、剛士は頷いた。
悠人のことか。
朝、受付で話していたのを見て、『仲がいい』と評したのだろうか?
とはいえ、あのとき悠人と話したのは、ほんの数分だ。
それほど違和感のある光景では、なかった筈だが……
剛士の小さな疑問に応えるように、健斗は言った。
「俺、見てたんだ。昼休み、体育館の裏で。長々と話してたよな」
「……え?」
予想外の言葉に、剛士は目を丸くする。
どうして健斗が、昼休みの出来事を知っているのか――
『柴崎さん!』
裏方として、バタバタと走り回っていた自分を、悠人は待っていてくれた。
ジャケットを、受け取った。
悠里のことを、話した。
その光景を、健斗はどこかで見ていたというのか……
まるで、監視されているかのような息苦しさ。
我知らず、剛士は眉を顰めてしまう。
健斗は、思い詰めた顔で続けた。
「昼休み……お前がなかなか、昼メシ食いに戻って来ないからさ。俺、探してたんだ」
「……そっか」
剛士は困った顔で、短い相槌だけを打つ。
彼を見つめ、健斗は核心を口にした。
「――あれは、あの子の、弟?」
喉元に、鋭い切先を突きつけられた心持ちがした。
剛士は、ハッと息を詰める。
『あの子』
悠里を指す言葉だと、わかった。
健斗は、悠人について聞きたかったのではない。
その後ろに感じた、彼女の存在について問いただしたかったのだ。
剛士は、目に緊張の色を浮かべ、健斗の心の内を注視する――
健斗はこれまで、悠里や彩奈と、直接話をしたことはない。
しかし彼女らは何度か、勇誠学園の試合を観に来てくれた。
試合後に、剛士と話をしている姿を見たことはあるだろう。
悠里が、剛士にとって特別な女の子であることも、察していると思う。
ただ、健斗がそれについて何か聞いてきたことは、いままで一度もない――
ドク、ドク、と、剛士の胸が、不穏な鼓動を打ち始める。
「……剛士」
健斗の絞り出すような声が、耳を打った。
「もう、あの子と会うな」
彼の声は、掠れてはいたが、無数の棘を内包していた。
ひと言めを発したことで、感情を抑えられなくなったのか。
健斗は、更に激しく言い募る。
「今回のユタカの件もどうせ、あの子絡みなんだろ? お前がブチ切れるのって、それ以外にないもんな」
「健斗……」
「前もそうだったよな。あの子がストーカーされてるのを見過ごせないって。部活の時間削って、送り迎えしてたよな。ああ確か、あん時も大事な北高との練習試合、途中抜けしたっけ」
剛士が何か言おうとしたのを遮り、健斗は堰を切ったように続ける。
「なあ、もう、いい加減にしてくれよ。なんであの子のことで、お前がそこまで犠牲にならなきゃいけねぇんだよ。なんで、なんであの子に、俺たちバスケ部の邪魔されなきゃなんねぇんだよ!」
健斗は剛士との距離を一気に詰め、ガシッと、その両肩を掴んだ。
間近に、悲しい切れ長の瞳を見て訴える。
「なあ、俺たちはもう、3年だ。最後なんだぞ。もう、あの子に振り回されんのは、やめてくれよ。お前はキャプテンなんだぞ。バスケ部のことだけ、考えてくれよ」
健斗の両手が震えながら、剛士の肩から落ちていく。
「でないと、俺……」
彼は剛士から顔を背け、手で額を覆った。
「俺、あの子のこと……恨んじゃいそうだわ……」
皆が帰った後、剛士はひとり、ゴールに向き合っていた。
練習終了後に、個人練習をする許可を、監督から得たのだ。
春休みのこの時間を、1日も無駄にはしない。
仲間と一緒に練習することができない分、個人で積める練習は、しっかり取り組まなければ。
自分の持ち味は、やはり3ポイントシュート。
その精度を、より高めておきたい。
春休み中に、もっと仲間のプレイスタイルを理解したい。
自分のプレイを、うまく噛み合わせていきたい。
そうすれば、チーム力をもっと、上げていける筈だ。
剛士は、希望と明確な目的を持って、真摯にシュート練習を続けた。
どの角度でも、仲間からボールを受け取ったら、必ずシュートを決めてみせる。
剛士は丁寧に、3ポイントラインを移動し、シュートの感覚を確かめていく。
不得意な角度は、掴めるまで繰り返す。
そうやって地道に繰り返して、プレイの焦点を定める過程が、剛士は好きだ。
心地よい集中力を保ち、剛士はシュート練習に没頭していた。
***
ガラガラと、体育館の重い扉が開く音がした。
ボールを構える手を止め、剛士は、きょとんと振り返る。
「健斗」
扉の外から姿を現した副キャプテンに、剛士は微笑んで声を掛けた。
健斗も、小さな微笑を浮かべて答えてくれる。
「……お疲れ。なかなか更衣室に戻って来ないから、見に来ちまったよ」
「そっか、ごめんな。みんなとの練習には、参加できないから。せめて自分で、できることをやりたくて」
「……大丈夫か?」
「ん? 大丈夫だよ。監督には許可貰ったし」
生真面目な健斗だから、いろいろ心配してくれたのだろう。
剛士はそう答えると、軽やかにボールを放つ。
パサッと、彼のボールはゴールリングに吸い込まれていく。
タン、タン、と、ボールの弾む小気味良い音が、体育館に響いた。
集中力が澄み切っていて、いまは外す気がしない。
剛士は、心地よい高揚感に包まれていた。
入り口に立ったままの健斗が、声を掛けてきた。
「……手伝おうか?」
「ん? 大丈夫だよ、1人で」
剛士は振り返り、微笑む。
「ありがとな。お前も疲れてるだろ。先帰りな? 施錠は俺がやっとくから」
いつも、体育館の施錠をしてくれるのは、健斗だから。
律儀に心配してくれたんだろうと、思った。
剛士は、ポケットに入れていた鍵を取り出し、大丈夫だというふうに振ってみせた。
こう言えば、健斗も安心して帰るだろうと、思っていた。
しかし、健斗は扉から離れ、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
予想に反した彼の行動に、剛士は、はたと手を止めた。
「……剛士」
近くまでやって来た健斗の顔は、固く強張っていた。
「あの中学生と、随分、仲いいんだな」
「ん?うん」
健斗の言葉の意図を測りきれないまま、剛士は頷いた。
悠人のことか。
朝、受付で話していたのを見て、『仲がいい』と評したのだろうか?
とはいえ、あのとき悠人と話したのは、ほんの数分だ。
それほど違和感のある光景では、なかった筈だが……
剛士の小さな疑問に応えるように、健斗は言った。
「俺、見てたんだ。昼休み、体育館の裏で。長々と話してたよな」
「……え?」
予想外の言葉に、剛士は目を丸くする。
どうして健斗が、昼休みの出来事を知っているのか――
『柴崎さん!』
裏方として、バタバタと走り回っていた自分を、悠人は待っていてくれた。
ジャケットを、受け取った。
悠里のことを、話した。
その光景を、健斗はどこかで見ていたというのか……
まるで、監視されているかのような息苦しさ。
我知らず、剛士は眉を顰めてしまう。
健斗は、思い詰めた顔で続けた。
「昼休み……お前がなかなか、昼メシ食いに戻って来ないからさ。俺、探してたんだ」
「……そっか」
剛士は困った顔で、短い相槌だけを打つ。
彼を見つめ、健斗は核心を口にした。
「――あれは、あの子の、弟?」
喉元に、鋭い切先を突きつけられた心持ちがした。
剛士は、ハッと息を詰める。
『あの子』
悠里を指す言葉だと、わかった。
健斗は、悠人について聞きたかったのではない。
その後ろに感じた、彼女の存在について問いただしたかったのだ。
剛士は、目に緊張の色を浮かべ、健斗の心の内を注視する――
健斗はこれまで、悠里や彩奈と、直接話をしたことはない。
しかし彼女らは何度か、勇誠学園の試合を観に来てくれた。
試合後に、剛士と話をしている姿を見たことはあるだろう。
悠里が、剛士にとって特別な女の子であることも、察していると思う。
ただ、健斗がそれについて何か聞いてきたことは、いままで一度もない――
ドク、ドク、と、剛士の胸が、不穏な鼓動を打ち始める。
「……剛士」
健斗の絞り出すような声が、耳を打った。
「もう、あの子と会うな」
彼の声は、掠れてはいたが、無数の棘を内包していた。
ひと言めを発したことで、感情を抑えられなくなったのか。
健斗は、更に激しく言い募る。
「今回のユタカの件もどうせ、あの子絡みなんだろ? お前がブチ切れるのって、それ以外にないもんな」
「健斗……」
「前もそうだったよな。あの子がストーカーされてるのを見過ごせないって。部活の時間削って、送り迎えしてたよな。ああ確か、あん時も大事な北高との練習試合、途中抜けしたっけ」
剛士が何か言おうとしたのを遮り、健斗は堰を切ったように続ける。
「なあ、もう、いい加減にしてくれよ。なんであの子のことで、お前がそこまで犠牲にならなきゃいけねぇんだよ。なんで、なんであの子に、俺たちバスケ部の邪魔されなきゃなんねぇんだよ!」
健斗は剛士との距離を一気に詰め、ガシッと、その両肩を掴んだ。
間近に、悲しい切れ長の瞳を見て訴える。
「なあ、俺たちはもう、3年だ。最後なんだぞ。もう、あの子に振り回されんのは、やめてくれよ。お前はキャプテンなんだぞ。バスケ部のことだけ、考えてくれよ」
健斗の両手が震えながら、剛士の肩から落ちていく。
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彼は剛士から顔を背け、手で額を覆った。
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