#秒恋8 隔てられる2人〜友情か、恋か。仲間か、恋か〜

ReN

文字の大きさ
上 下
19 / 34
piece4 裏切り

あの子のこと、恨んじゃいそうだわ

しおりを挟む
***


皆が帰った後、剛士はひとり、ゴールに向き合っていた。
練習終了後に、個人練習をする許可を、監督から得たのだ。

春休みのこの時間を、1日も無駄にはしない。
仲間と一緒に練習することができない分、個人で積める練習は、しっかり取り組まなければ。

自分の持ち味は、やはり3ポイントシュート。
その精度を、より高めておきたい。

春休み中に、もっと仲間のプレイスタイルを理解したい。
自分のプレイを、うまく噛み合わせていきたい。
そうすれば、チーム力をもっと、上げていける筈だ。


剛士は、希望と明確な目的を持って、真摯にシュート練習を続けた。
どの角度でも、仲間からボールを受け取ったら、必ずシュートを決めてみせる。

剛士は丁寧に、3ポイントラインを移動し、シュートの感覚を確かめていく。
不得意な角度は、掴めるまで繰り返す。
そうやって地道に繰り返して、プレイの焦点を定める過程が、剛士は好きだ。
心地よい集中力を保ち、剛士はシュート練習に没頭していた。


***


ガラガラと、体育館の重い扉が開く音がした。
ボールを構える手を止め、剛士は、きょとんと振り返る。

「健斗」
扉の外から姿を現した副キャプテンに、剛士は微笑んで声を掛けた。

健斗も、小さな微笑を浮かべて答えてくれる。
「……お疲れ。なかなか更衣室に戻って来ないから、見に来ちまったよ」

「そっか、ごめんな。みんなとの練習には、参加できないから。せめて自分で、できることをやりたくて」
「……大丈夫か?」
「ん? 大丈夫だよ。監督には許可貰ったし」

生真面目な健斗だから、いろいろ心配してくれたのだろう。
剛士はそう答えると、軽やかにボールを放つ。
パサッと、彼のボールはゴールリングに吸い込まれていく。
タン、タン、と、ボールの弾む小気味良い音が、体育館に響いた。

集中力が澄み切っていて、いまは外す気がしない。
剛士は、心地よい高揚感に包まれていた。


入り口に立ったままの健斗が、声を掛けてきた。
「……手伝おうか?」
「ん? 大丈夫だよ、1人で」
剛士は振り返り、微笑む。
「ありがとな。お前も疲れてるだろ。先帰りな? 施錠は俺がやっとくから」

いつも、体育館の施錠をしてくれるのは、健斗だから。
律儀に心配してくれたんだろうと、思った。
剛士は、ポケットに入れていた鍵を取り出し、大丈夫だというふうに振ってみせた。


こう言えば、健斗も安心して帰るだろうと、思っていた。

しかし、健斗は扉から離れ、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
予想に反した彼の行動に、剛士は、はたと手を止めた。


「……剛士」
近くまでやって来た健斗の顔は、固く強張っていた。

「あの中学生と、随分、仲いいんだな」
「ん?うん」
健斗の言葉の意図を測りきれないまま、剛士は頷いた。

悠人のことか。
朝、受付で話していたのを見て、『仲がいい』と評したのだろうか?
とはいえ、あのとき悠人と話したのは、ほんの数分だ。
それほど違和感のある光景では、なかった筈だが……


剛士の小さな疑問に応えるように、健斗は言った。
「俺、見てたんだ。昼休み、体育館の裏で。長々と話してたよな」
「……え?」


予想外の言葉に、剛士は目を丸くする。

どうして健斗が、昼休みの出来事を知っているのか――


『柴崎さん!』
裏方として、バタバタと走り回っていた自分を、悠人は待っていてくれた。

ジャケットを、受け取った。
悠里のことを、話した。

その光景を、健斗はどこかで見ていたというのか……

まるで、監視されているかのような息苦しさ。
我知らず、剛士は眉を顰めてしまう。


健斗は、思い詰めた顔で続けた。
「昼休み……お前がなかなか、昼メシ食いに戻って来ないからさ。俺、探してたんだ」

「……そっか」
剛士は困った顔で、短い相槌だけを打つ。
彼を見つめ、健斗は核心を口にした。


「――あれは、あの子の、弟?」

喉元に、鋭い切先を突きつけられた心持ちがした。
剛士は、ハッと息を詰める。


『あの子』


悠里を指す言葉だと、わかった。
健斗は、悠人について聞きたかったのではない。
その後ろに感じた、彼女の存在について問いただしたかったのだ。

剛士は、目に緊張の色を浮かべ、健斗の心の内を注視する――


健斗はこれまで、悠里や彩奈と、直接話をしたことはない。
しかし彼女らは何度か、勇誠学園の試合を観に来てくれた。
試合後に、剛士と話をしている姿を見たことはあるだろう。
悠里が、剛士にとって特別な女の子であることも、察していると思う。

ただ、健斗がそれについて何か聞いてきたことは、いままで一度もない――

ドク、ドク、と、剛士の胸が、不穏な鼓動を打ち始める。


「……剛士」
健斗の絞り出すような声が、耳を打った。


「もう、あの子と会うな」


彼の声は、掠れてはいたが、無数の棘を内包していた。
ひと言めを発したことで、感情を抑えられなくなったのか。
健斗は、更に激しく言い募る。

「今回のユタカの件もどうせ、あの子絡みなんだろ? お前がブチ切れるのって、それ以外にないもんな」
「健斗……」

「前もそうだったよな。あの子がストーカーされてるのを見過ごせないって。部活の時間削って、送り迎えしてたよな。ああ確か、あん時も大事な北高との練習試合、途中抜けしたっけ」

剛士が何か言おうとしたのを遮り、健斗は堰を切ったように続ける。
「なあ、もう、いい加減にしてくれよ。なんであの子のことで、お前がそこまで犠牲にならなきゃいけねぇんだよ。なんで、なんであの子に、俺たちバスケ部の邪魔されなきゃなんねぇんだよ!」

健斗は剛士との距離を一気に詰め、ガシッと、その両肩を掴んだ。
間近に、悲しい切れ長の瞳を見て訴える。

「なあ、俺たちはもう、3年だ。最後なんだぞ。もう、あの子に振り回されんのは、やめてくれよ。お前はキャプテンなんだぞ。バスケ部のことだけ、考えてくれよ」

健斗の両手が震えながら、剛士の肩から落ちていく。
「でないと、俺……」

彼は剛士から顔を背け、手で額を覆った。
「俺、あの子のこと……恨んじゃいそうだわ……」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

好きな人がいるならちゃんと言ってよ

しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...