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piece4 裏切り
温かい希望
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剛士は体育館から離れ、更衣室に向かって歩いていた。
悠人から渡されたジャケット。
午後からの練習が始まる前に――部員の皆が戻って来ないうちに、自分のロッカーに入れておきたかった。
誰もいない、静まり返った更衣室。
ロックを解除し、剛士は身体を滑り込ませる。
外から遮断された空間の中で、剛士は紙袋の中から、ジャケットを取り出した。
丁寧に畳まれた、自分のジャケット。
皺ひとつ無い、綺麗なジャケット。
剛士はそっと、胸に抱いてみる。
ほんの少しでも、彼女の香りや気配が、残ってはいないかと――
剛士は、苦笑混じりに呟く。
「バカ……アイロンなんて、かけなくてよかったのに……」
着てくれたときのままで。
一緒に寝たときのままで、返してくれたら良かったのに……
「悠里……」
――会いたい。
この手で、抱き締めたい。
焦がれるほどに、思う。
悠人が今日、リストバンドを渡してくれたら。
もしかすると、彼女が連絡をくれるかも知れない。
いや、自分の方から『ジャケットを受け取ったよ』と、連絡しても良いだろうか。
剛士の胸に、温かい希望が灯る。
今夜、悠里にメッセージをしてみよう。
もし返事が来たら、電話してもいいか、聞いてみよう。
少しでいい。ゆっくり話せなくてもいい。
ほんの少しでもいいから、彼女の気持ちに、触れたい――
希望に胸が温まると、身体の奥底から力が湧いてくる気がした。
悠里との未来を感じるだけで、自分の心は、こんなにも強くなれる。
「……よし!」
ジャケットを紙袋に戻し、大切にロッカーにしまい込む。
さあ、午後からの練習も、集中してがんばろう。
いまの自分がやるべきことを、しっかりとやろう。
自らに気合いを入れて、剛士は更衣室を後にした。
***
午後の練習では、剛士は監督の傍で練習記録をとったり、マネージャーチームと共に、サポート業務に徹した。
チームメイトたちも、剛士を気遣ってくれる。
ごくごく自然な調子で話しかけたり、頼み事をしたり、時には揶揄ったり。
一緒に笑い合える空間を、作ってくれた。
いまはキャプテンとして、練習を引っ張ることはできなくとも。
剛士の存在は、変わらず自分たちと共にあるのだと。
言外に、伝えてくれていた。
仲間たちが順番に、3ON3に取り組んでいる。
剛士は、真剣な瞳でコートを見つめていた。
監督主導の3ON3が、ひと段落したのを見計らい、剛士は声を掛ける。
「監督。3ON3のメンバーと、始まりのシチュエーションなんですけど。俺から指定して、少しやってみてもいいですか」
椅子に腰掛けていた監督は、傍らに立つ剛士を見上げ、ニヤリと笑った。
「構わん。やってみろ」
「ありがとうございます」
何が始まるのかと、仲間たちは好奇心いっぱいの目で剛士を見つめる。
そのなかで一際、目を輝かせたのは、北澤誠。
チームのムードメーカーであり、大黒柱ポジションのセンターを務める男だ。
「なになに? 何すんの、剛士?」
誠が、ワクワクした声で問いかけてくる。
その明るい声音に誘われて、剛士は柔らかく微笑んだ。
「ん。ちょっと、実験してみたい」
「えー? 俺たちで人体実験すんのー?」
誠の言葉に、皆が笑い出す。
剛士も、笑いながら応えた。
「もっと知りたいんだよ、お前らのこと」
「剛士が言うと、口説き文句みてぇだな!」
「はは、うっせ。いいから付き合え」
「いいぜ! 俺のこと、もっと知ってくれよ!」
親指を立てて笑う誠に、剛士は言った。
「はい。じゃあ始まりは、ゴール下の端っこ。誠にディフェンスが2枚ついた状態からスタートします」
「ええっ? いきなりピンチじゃん!」
目をひん剥いて、大袈裟に驚く誠に、剛士はまた笑ってしまう。
「自分でゴール決めてもいいし、敵を引きつけて、アウトサイドにパスを出してもいい。とにかくゴールに結びつけて」
「無茶ぶり~!」
肩を竦めてみせながらも、誠は自信ありげな顔を見せる。
「オッケ! メンバーは?」
剛士は流れるように、誠の味方2人と敵チーム3人を選出した。
ゴール下の右端に位置どった誠に、敵チームの2人がつく。
皆が、剛士の指定通りにスムーズに動いてくれる。
剛士は大きく頷き、配置についた両チームに言った。
「イメージは、誠がリバウンドを取った後……って感じで。行くよ」
剛士は笛を口に咥え、後輩が手渡してくれたボールを構える。
そうして、誠のいる方向にシュートが外れるように狙いを定め、柔らかく放り投げた。
ガン、とゴールリングにボールが当たると同時に、剛士は笛を吹いた。
剛士の意図した方向にボールは流れ、誠がしっかりとリバウンドを取る。
さあ、試合開始だ。
剛士は仲間たちの動きを、注意深く見守る。
誠についたディフェンス2人が、まずはガッチリとマークした。
誠は一瞬、ゴールを見上げたが、シュートを狙うのは無謀と判断したようだ。
サッと、仲間2人の居場所に目を走らせる。
そうして、マークのついていない仲間に素早くパスを出した。
誠はまた、敵と味方それぞれのポジションをチェックし、ゴール下に陣取る。
剛士は頷き、試合の展開を注視する。
誠の動きは、概ね予想通り。
ゴール下を主戦場とし、豪快なプレイが持ち味の彼だ。
しかし同時に視野も広く、決して無理なゴールは狙わない。
味方を使って、冷静に、勝負の機を窺うことができる。
――さすが、安定してるよな。
誠への信頼を再確認しつつ、剛士は誠の味方に指名した2人の後輩に目を走らせる。
良い意味で、意外な動きをしたのが彼らだ。
2人は試合が始まった瞬間、目配せをした。
そうして、相手チームのディフェンスを1人が引きつけ、残る1人がスムーズに誠からのパスを受けられるように動いた。
タイミングが早過ぎても遅過ぎても、誠からのパスが通らない可能性があった。
しかし2人は、短いアイコンタクト一度で、完璧に合わせてみせた。
位置取りも、次の攻撃に繋げやすい、良い場所だった。
意志の疎通、そして状況の的確な判断。
基本的なスキルが、しっかりと実践で発揮できている。
日頃のコミュニケーションと基礎練習が身につき、開花していることが窺えた。
――1年間で、ここまで成長していたんだな……
まだ殆ど、試合に出る機会のない2人。
剛士と一緒に、プレイすることも少ない。
毎日の練習で、見ていたつもりでも、見きれていなかった。
この2人と一緒に、試合に出て、プレイしてみたい。
純粋に、そう思った。
悠人から渡されたジャケット。
午後からの練習が始まる前に――部員の皆が戻って来ないうちに、自分のロッカーに入れておきたかった。
誰もいない、静まり返った更衣室。
ロックを解除し、剛士は身体を滑り込ませる。
外から遮断された空間の中で、剛士は紙袋の中から、ジャケットを取り出した。
丁寧に畳まれた、自分のジャケット。
皺ひとつ無い、綺麗なジャケット。
剛士はそっと、胸に抱いてみる。
ほんの少しでも、彼女の香りや気配が、残ってはいないかと――
剛士は、苦笑混じりに呟く。
「バカ……アイロンなんて、かけなくてよかったのに……」
着てくれたときのままで。
一緒に寝たときのままで、返してくれたら良かったのに……
「悠里……」
――会いたい。
この手で、抱き締めたい。
焦がれるほどに、思う。
悠人が今日、リストバンドを渡してくれたら。
もしかすると、彼女が連絡をくれるかも知れない。
いや、自分の方から『ジャケットを受け取ったよ』と、連絡しても良いだろうか。
剛士の胸に、温かい希望が灯る。
今夜、悠里にメッセージをしてみよう。
もし返事が来たら、電話してもいいか、聞いてみよう。
少しでいい。ゆっくり話せなくてもいい。
ほんの少しでもいいから、彼女の気持ちに、触れたい――
希望に胸が温まると、身体の奥底から力が湧いてくる気がした。
悠里との未来を感じるだけで、自分の心は、こんなにも強くなれる。
「……よし!」
ジャケットを紙袋に戻し、大切にロッカーにしまい込む。
さあ、午後からの練習も、集中してがんばろう。
いまの自分がやるべきことを、しっかりとやろう。
自らに気合いを入れて、剛士は更衣室を後にした。
***
午後の練習では、剛士は監督の傍で練習記録をとったり、マネージャーチームと共に、サポート業務に徹した。
チームメイトたちも、剛士を気遣ってくれる。
ごくごく自然な調子で話しかけたり、頼み事をしたり、時には揶揄ったり。
一緒に笑い合える空間を、作ってくれた。
いまはキャプテンとして、練習を引っ張ることはできなくとも。
剛士の存在は、変わらず自分たちと共にあるのだと。
言外に、伝えてくれていた。
仲間たちが順番に、3ON3に取り組んでいる。
剛士は、真剣な瞳でコートを見つめていた。
監督主導の3ON3が、ひと段落したのを見計らい、剛士は声を掛ける。
「監督。3ON3のメンバーと、始まりのシチュエーションなんですけど。俺から指定して、少しやってみてもいいですか」
椅子に腰掛けていた監督は、傍らに立つ剛士を見上げ、ニヤリと笑った。
「構わん。やってみろ」
「ありがとうございます」
何が始まるのかと、仲間たちは好奇心いっぱいの目で剛士を見つめる。
そのなかで一際、目を輝かせたのは、北澤誠。
チームのムードメーカーであり、大黒柱ポジションのセンターを務める男だ。
「なになに? 何すんの、剛士?」
誠が、ワクワクした声で問いかけてくる。
その明るい声音に誘われて、剛士は柔らかく微笑んだ。
「ん。ちょっと、実験してみたい」
「えー? 俺たちで人体実験すんのー?」
誠の言葉に、皆が笑い出す。
剛士も、笑いながら応えた。
「もっと知りたいんだよ、お前らのこと」
「剛士が言うと、口説き文句みてぇだな!」
「はは、うっせ。いいから付き合え」
「いいぜ! 俺のこと、もっと知ってくれよ!」
親指を立てて笑う誠に、剛士は言った。
「はい。じゃあ始まりは、ゴール下の端っこ。誠にディフェンスが2枚ついた状態からスタートします」
「ええっ? いきなりピンチじゃん!」
目をひん剥いて、大袈裟に驚く誠に、剛士はまた笑ってしまう。
「自分でゴール決めてもいいし、敵を引きつけて、アウトサイドにパスを出してもいい。とにかくゴールに結びつけて」
「無茶ぶり~!」
肩を竦めてみせながらも、誠は自信ありげな顔を見せる。
「オッケ! メンバーは?」
剛士は流れるように、誠の味方2人と敵チーム3人を選出した。
ゴール下の右端に位置どった誠に、敵チームの2人がつく。
皆が、剛士の指定通りにスムーズに動いてくれる。
剛士は大きく頷き、配置についた両チームに言った。
「イメージは、誠がリバウンドを取った後……って感じで。行くよ」
剛士は笛を口に咥え、後輩が手渡してくれたボールを構える。
そうして、誠のいる方向にシュートが外れるように狙いを定め、柔らかく放り投げた。
ガン、とゴールリングにボールが当たると同時に、剛士は笛を吹いた。
剛士の意図した方向にボールは流れ、誠がしっかりとリバウンドを取る。
さあ、試合開始だ。
剛士は仲間たちの動きを、注意深く見守る。
誠についたディフェンス2人が、まずはガッチリとマークした。
誠は一瞬、ゴールを見上げたが、シュートを狙うのは無謀と判断したようだ。
サッと、仲間2人の居場所に目を走らせる。
そうして、マークのついていない仲間に素早くパスを出した。
誠はまた、敵と味方それぞれのポジションをチェックし、ゴール下に陣取る。
剛士は頷き、試合の展開を注視する。
誠の動きは、概ね予想通り。
ゴール下を主戦場とし、豪快なプレイが持ち味の彼だ。
しかし同時に視野も広く、決して無理なゴールは狙わない。
味方を使って、冷静に、勝負の機を窺うことができる。
――さすが、安定してるよな。
誠への信頼を再確認しつつ、剛士は誠の味方に指名した2人の後輩に目を走らせる。
良い意味で、意外な動きをしたのが彼らだ。
2人は試合が始まった瞬間、目配せをした。
そうして、相手チームのディフェンスを1人が引きつけ、残る1人がスムーズに誠からのパスを受けられるように動いた。
タイミングが早過ぎても遅過ぎても、誠からのパスが通らない可能性があった。
しかし2人は、短いアイコンタクト一度で、完璧に合わせてみせた。
位置取りも、次の攻撃に繋げやすい、良い場所だった。
意志の疎通、そして状況の的確な判断。
基本的なスキルが、しっかりと実践で発揮できている。
日頃のコミュニケーションと基礎練習が身につき、開花していることが窺えた。
――1年間で、ここまで成長していたんだな……
まだ殆ど、試合に出る機会のない2人。
剛士と一緒に、プレイすることも少ない。
毎日の練習で、見ていたつもりでも、見きれていなかった。
この2人と一緒に、試合に出て、プレイしてみたい。
純粋に、そう思った。
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