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piece3 公開練習
まだ彼女に必要とされている
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悠人は、身振り手振りを交じえ、ここ数日の悠里の様子を話し始める。
「姉ちゃん、修了式の日にスマホの画面割っちゃったとかで、修理に出したんですよ」
「そうだったのか」
「で、その後すぐに、熱出て寝込んじゃったから、スマホの電源入れ忘れてたみたいで。だから、もし音信不通みたいになってたら、すみません!」
悠人は明るく笑いながらも、必死に姉のフォローをしているようだ。
悠里と剛士の、双方を心配してくれている。
その優しさが伝わってきて、剛士は微笑んでみせる。
「大丈夫だよ」
「メッセージくらいは入れるようにって、言っといたんですけどね」
「はは、ありがとな。でも、具合良くなって、落ち着いてからでいいから。いつでも大丈夫だって、言っといてな」
「はい! 伝えときますね!」
悠人は、朗らかに笑って頷いた。
「……あー。でも、」
剛士の手に渡った紙袋を見つめ、悠人は呟く。
「あの人、大丈夫なのかなあ。柴崎さんのジャケット、返しちゃって」
「ん?」
意味を捉えかねた剛士が首を傾げると、悠人は微苦笑を浮かべた。
「姉ちゃんずっと、柴崎さんのジャケット着て、寝てたから」
「……え?」
ふわっと、胸に、頭に、身体中に、熱が広がる。
剛士は切れ長の瞳を丸くして、悠人を見つめた。
悠人は、ナイショですよ? と悪戯っぽい声音で前置きして、打ち明ける。
「修了式の次の日の朝、姉ちゃんが起きて来なかったから、オレ、部屋に呼びに行ったんですよ」
そこで悠人は、プッと吹き出す。
「したら姉ちゃん、このジャケット着たまま、ドア開けてきて。で、慌ててドアに隠れてゴマかしてたから、(あー、コレ触れない方がいいな)って、知らんぷりしてあげたんですけどね」
「……そう、だったのか」
連絡が取れなかった、この数日。
悠里は、自分のジャケットを着てくれていた――
胸の奥に、暖かな希望が灯った気がした。
自分は、まだ彼女に必要として貰えている。
そう思っても、いい気がした。
我知らず、剛士の頬は、柔らかくほころぶ。
剛士が笑ったことで悠人も嬉しくなったのか、饒舌に語り続けた。
「熱出て寝込んでるときも、布団の下に隠して被ってたし。でも、たまにジャケの袖とか裾が、布団から、はみ出てるし。いや、もっと上手に隠せよって。オレ、知らないふりするの大変だって」
結構どんくさいんですよ、あの人、と悠人は笑う。
「まあでも、そんな感じで、割と肌身離さず持ってて……あ、姉ちゃん、昨日アイロンかけてたんで、シワシワではないと思います!」
「はは、いいよ別に」
剛士も、軽い笑い声を立てた。
「でも姉ちゃん……昨日、眠れたのかな」
笑いながらも、悠人の唇からは心配の言葉が零れる。
剛士は、自分を見下ろした。
「……あ、じゃあさ、」
目に留まったのは、左腕に付けた、黒のリストバンドだった。
「ジャケットの代わりとしては、小さいけど。良かったらこれ、悠里に」
今すぐに渡せそうなものは、これしかない。
剛士は、リストバンドを腕から抜き取り、悠人に差し出す。
目を丸くした悠人の顔を見て、剛士は慌てて付け加える。
「あっ俺、今日は練習に参加してないから汗かいてないし、ちゃんと洗濯してるヤツだから、臭くはない、と、思う……」
だんだん尻すぼまりになってしまった剛士の声を聞き、悠人は弾かれたように笑い出した。
「ありがとうございます! 姉ちゃん、めっちゃ喜ぶと思います!」
そうして悠人は両手を出して、大切そうに剛士のリストバンドを受け取った。
「帰ったらすぐ、渡しますね」
悠人のキラキラと輝く笑顔に誘われ、剛士も口元をほころばせる。
「うん。よろしくな」
「はい!」
悠人は、大切そうに剛士のリストバンドを鞄にしまった。
「じゃあオレ、そろそろ学校に戻りますね」
「午後から練習?」
「はい!公開練習で貰った刺激が、消えないうちに!」
「はは。ありがとな、来てくれて。練習がんばれよ」
「はい。柴崎さんも!」
手を振って、悠人が遠ざかっていく。
「ありがとうございました!」
手を振り返しながら、剛士は微笑ましく彼を見送る。
悠里の弟だから、というだけではない。
明るくて、気遣いのできる、本当に良い子だと思った。
可愛い後輩が増えたような心持ちがして、自然と剛士の頬は緩んでいた。
「姉ちゃん、修了式の日にスマホの画面割っちゃったとかで、修理に出したんですよ」
「そうだったのか」
「で、その後すぐに、熱出て寝込んじゃったから、スマホの電源入れ忘れてたみたいで。だから、もし音信不通みたいになってたら、すみません!」
悠人は明るく笑いながらも、必死に姉のフォローをしているようだ。
悠里と剛士の、双方を心配してくれている。
その優しさが伝わってきて、剛士は微笑んでみせる。
「大丈夫だよ」
「メッセージくらいは入れるようにって、言っといたんですけどね」
「はは、ありがとな。でも、具合良くなって、落ち着いてからでいいから。いつでも大丈夫だって、言っといてな」
「はい! 伝えときますね!」
悠人は、朗らかに笑って頷いた。
「……あー。でも、」
剛士の手に渡った紙袋を見つめ、悠人は呟く。
「あの人、大丈夫なのかなあ。柴崎さんのジャケット、返しちゃって」
「ん?」
意味を捉えかねた剛士が首を傾げると、悠人は微苦笑を浮かべた。
「姉ちゃんずっと、柴崎さんのジャケット着て、寝てたから」
「……え?」
ふわっと、胸に、頭に、身体中に、熱が広がる。
剛士は切れ長の瞳を丸くして、悠人を見つめた。
悠人は、ナイショですよ? と悪戯っぽい声音で前置きして、打ち明ける。
「修了式の次の日の朝、姉ちゃんが起きて来なかったから、オレ、部屋に呼びに行ったんですよ」
そこで悠人は、プッと吹き出す。
「したら姉ちゃん、このジャケット着たまま、ドア開けてきて。で、慌ててドアに隠れてゴマかしてたから、(あー、コレ触れない方がいいな)って、知らんぷりしてあげたんですけどね」
「……そう、だったのか」
連絡が取れなかった、この数日。
悠里は、自分のジャケットを着てくれていた――
胸の奥に、暖かな希望が灯った気がした。
自分は、まだ彼女に必要として貰えている。
そう思っても、いい気がした。
我知らず、剛士の頬は、柔らかくほころぶ。
剛士が笑ったことで悠人も嬉しくなったのか、饒舌に語り続けた。
「熱出て寝込んでるときも、布団の下に隠して被ってたし。でも、たまにジャケの袖とか裾が、布団から、はみ出てるし。いや、もっと上手に隠せよって。オレ、知らないふりするの大変だって」
結構どんくさいんですよ、あの人、と悠人は笑う。
「まあでも、そんな感じで、割と肌身離さず持ってて……あ、姉ちゃん、昨日アイロンかけてたんで、シワシワではないと思います!」
「はは、いいよ別に」
剛士も、軽い笑い声を立てた。
「でも姉ちゃん……昨日、眠れたのかな」
笑いながらも、悠人の唇からは心配の言葉が零れる。
剛士は、自分を見下ろした。
「……あ、じゃあさ、」
目に留まったのは、左腕に付けた、黒のリストバンドだった。
「ジャケットの代わりとしては、小さいけど。良かったらこれ、悠里に」
今すぐに渡せそうなものは、これしかない。
剛士は、リストバンドを腕から抜き取り、悠人に差し出す。
目を丸くした悠人の顔を見て、剛士は慌てて付け加える。
「あっ俺、今日は練習に参加してないから汗かいてないし、ちゃんと洗濯してるヤツだから、臭くはない、と、思う……」
だんだん尻すぼまりになってしまった剛士の声を聞き、悠人は弾かれたように笑い出した。
「ありがとうございます! 姉ちゃん、めっちゃ喜ぶと思います!」
そうして悠人は両手を出して、大切そうに剛士のリストバンドを受け取った。
「帰ったらすぐ、渡しますね」
悠人のキラキラと輝く笑顔に誘われ、剛士も口元をほころばせる。
「うん。よろしくな」
「はい!」
悠人は、大切そうに剛士のリストバンドを鞄にしまった。
「じゃあオレ、そろそろ学校に戻りますね」
「午後から練習?」
「はい!公開練習で貰った刺激が、消えないうちに!」
「はは。ありがとな、来てくれて。練習がんばれよ」
「はい。柴崎さんも!」
手を振って、悠人が遠ざかっていく。
「ありがとうございました!」
手を振り返しながら、剛士は微笑ましく彼を見送る。
悠里の弟だから、というだけではない。
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