#秒恋8 隔てられる2人〜友情か、恋か。仲間か、恋か〜

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piece2 鮮やかな記憶

カレーが呼び覚ます記憶

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***


悠里はひとり、キッチンに立つ。
何かをして、なるべく自分の心に考える隙を与えないように。

今日は、カレーを作ろう。
悠里の得意料理、悠人の大好物。
基本的なレシピであれば、30分で出来上がる。

悠里はキッチンの引き出しから、スパイスを取り出す。
それから、慣れた手で、今日使う分量を測る。
冷蔵庫から、玉ねぎとパプリカと鶏肉を出し、適当な大きさに切る。

フライパンを用意し、鶏肉を入れる。
皮目に良い焼き目が付いたら、一旦取り出して、次は玉ねぎを炒め始める。
ジュウジュウという美味しそうな音と香りは、悠里の胸から、ひとつの思い出を誘い出した――


あれは、去年の12月。
2学期が終わったその日、悠里と彩奈、そして彼と拓真は、4人でボウリングに行った。

そして、彼の元恋人であるエリカと、出会った。
彼の心深くに息づく、トラウマに触れた。

彼を元気づけたくて。
彼の助けになりたくて。

いまの彼に、自分は必要とされていると信じたくて。

『明日、カレーパーティーしませんか?』
ドキドキしながら、悠里は声を振り絞った。

彼に差し出した初めての勇気は、優しく受け入れられた。
『……うん。食べたい。お前のカレー』


悠里はそっと、庭に目をやる。
静かに佇む、庭のバスケットゴール。
悠里の心から、さらに思い出が溢れ出す――


あの日の翌日、さっそく悠里の家に4人で集まった。
彼は庭にあるバスケゴールで、拓真と遊んでいて。
彩奈が、そんな2人の写真を撮って、みんな笑っていて。
悠里も一緒に笑いながら、カレー作りを進めていた。

暫くして、彼は戻ってきた。
真っ直ぐに、悠里の傍に。

『いい匂い』
そう言って彼は、楽しそうに悠里の手元を覗き込んだ――


玉ねぎを炒め終わった悠里は、鶏肉をフライパンに戻し、スパイスを入れる。
水と細粒コンソメを入れて、煮込み、灰汁を取る。

機械的に作業を進める悠里の脳裏は、鮮明に思い出を映しだす。
あの日にした会話、あの日見た光景、あの日の笑顔。

考えようとしなくても、後から後から、湧き出てくる。


時間を重ねて、忘れていくしかないと思った。
何も考えずにいれば、薄らいでいくと思っていた。

けれど――


悠里は、ふっと口元に暗い微笑を浮かべる。
「忘れられる、のかな……」

こんなにも、鮮やかに覚えているのに。
こんなにも熱く、心に焼きついているのに。


フライパンにパプリカを加え、砂糖を入れて更に煮込む。
キッチンに、良い匂いが立ち込めてきた。

これから先、カレーを作るたびに、きっと思い出してしまう。
彼が、『いい匂い』だって褒めてくれた、この香りを嗅ぐたびに。


最後に塩を加え、チリペッパーを入れ、辛さを調整する。
悠里にとっての基本、スパイシーなチキンカレーが完成した。

味見をして、悠里は小さく頷く。
「うん……美味しい」
いつも通りの味。
あの日に作ったカレーと、同じ味。

『これは毎日食べたい』
彼がそう言ってくれた、カレーの味――


全てのイメージが、彼へと回帰していく。
悠里が、諦めを孕んだ溜め息をついたときだった。

ガチャガチャッと、玄関の鍵が開くのが聞こえ、ハッと現実に引き戻される。
やや急ぎ足の音が廊下を通り、ドアが開いた。
「ただいまー!」

悠里は、パッと笑顔を作る。
「おかえり、悠人!」
キッチンに立つ姉を見て、彼も笑顔になった。
「姉ちゃん、大丈夫そう?ってか、今日カレー!?」
「うん! ちょうどいま、できたとこ」
「マジ? ありがと姉ちゃん!」

ご飯を作ったことで悠人がお礼を言ってくれるなんて、初めてではないだろうか。
今回のことがきっかけで、悠人の優しさと、何より成長を、肌で感じた気がする。
可愛い弟から、頼りになる弟に。


悠人は手を洗うと、いそいそと皿やスプーンの準備をしてくれる。
これも、今までは無かったことだ。

「姉ちゃん、ご飯は大盛り?」
しゃもじを片手に、悠人が笑顔を向けてくる。
「ふふっ、さっきまで彩奈とお茶してたから、とりあえず小盛りで」
「ははっ、オッケー!」

悠人が、鼻歌まじりにご飯をよそう。
「やっぱり、彩奈さんパワーはすごいね?」
弟からすれば、悠里が目に見えて元気になったように感じるのだろう。
悠里は目を細め、大きく頷いてみせた。
「うん! 彩奈がいれば大丈夫だからね」
「彩奈さん、さすが!」
「ふふっ」


――そう。私は、大丈夫。
彩奈が、傍に居てくれるから。

自分に言い聞かせるために。
悠里は心の中でもう一度、ゆっくりと呟いた。

悠人から渡されたお皿にカレーをつぎ、悠里は微笑む。
「じゃ、食べよっか!」


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