7 / 34
piece2 鮮やかな記憶
カレーが呼び覚ます記憶
しおりを挟む
***
悠里はひとり、キッチンに立つ。
何かをして、なるべく自分の心に考える隙を与えないように。
今日は、カレーを作ろう。
悠里の得意料理、悠人の大好物。
基本的なレシピであれば、30分で出来上がる。
悠里はキッチンの引き出しから、スパイスを取り出す。
それから、慣れた手で、今日使う分量を測る。
冷蔵庫から、玉ねぎとパプリカと鶏肉を出し、適当な大きさに切る。
フライパンを用意し、鶏肉を入れる。
皮目に良い焼き目が付いたら、一旦取り出して、次は玉ねぎを炒め始める。
ジュウジュウという美味しそうな音と香りは、悠里の胸から、ひとつの思い出を誘い出した――
あれは、去年の12月。
2学期が終わったその日、悠里と彩奈、そして彼と拓真は、4人でボウリングに行った。
そして、彼の元恋人であるエリカと、出会った。
彼の心深くに息づく、トラウマに触れた。
彼を元気づけたくて。
彼の助けになりたくて。
いまの彼に、自分は必要とされていると信じたくて。
『明日、カレーパーティーしませんか?』
ドキドキしながら、悠里は声を振り絞った。
彼に差し出した初めての勇気は、優しく受け入れられた。
『……うん。食べたい。お前のカレー』
悠里はそっと、庭に目をやる。
静かに佇む、庭のバスケットゴール。
悠里の心から、さらに思い出が溢れ出す――
あの日の翌日、さっそく悠里の家に4人で集まった。
彼は庭にあるバスケゴールで、拓真と遊んでいて。
彩奈が、そんな2人の写真を撮って、みんな笑っていて。
悠里も一緒に笑いながら、カレー作りを進めていた。
暫くして、彼は戻ってきた。
真っ直ぐに、悠里の傍に。
『いい匂い』
そう言って彼は、楽しそうに悠里の手元を覗き込んだ――
玉ねぎを炒め終わった悠里は、鶏肉をフライパンに戻し、スパイスを入れる。
水と細粒コンソメを入れて、煮込み、灰汁を取る。
機械的に作業を進める悠里の脳裏は、鮮明に思い出を映しだす。
あの日にした会話、あの日見た光景、あの日の笑顔。
考えようとしなくても、後から後から、湧き出てくる。
時間を重ねて、忘れていくしかないと思った。
何も考えずにいれば、薄らいでいくと思っていた。
けれど――
悠里は、ふっと口元に暗い微笑を浮かべる。
「忘れられる、のかな……」
こんなにも、鮮やかに覚えているのに。
こんなにも熱く、心に焼きついているのに。
フライパンにパプリカを加え、砂糖を入れて更に煮込む。
キッチンに、良い匂いが立ち込めてきた。
これから先、カレーを作るたびに、きっと思い出してしまう。
彼が、『いい匂い』だって褒めてくれた、この香りを嗅ぐたびに。
最後に塩を加え、チリペッパーを入れ、辛さを調整する。
悠里にとっての基本、スパイシーなチキンカレーが完成した。
味見をして、悠里は小さく頷く。
「うん……美味しい」
いつも通りの味。
あの日に作ったカレーと、同じ味。
『これは毎日食べたい』
彼がそう言ってくれた、カレーの味――
全てのイメージが、彼へと回帰していく。
悠里が、諦めを孕んだ溜め息をついたときだった。
ガチャガチャッと、玄関の鍵が開くのが聞こえ、ハッと現実に引き戻される。
やや急ぎ足の音が廊下を通り、ドアが開いた。
「ただいまー!」
悠里は、パッと笑顔を作る。
「おかえり、悠人!」
キッチンに立つ姉を見て、彼も笑顔になった。
「姉ちゃん、大丈夫そう?ってか、今日カレー!?」
「うん! ちょうどいま、できたとこ」
「マジ? ありがと姉ちゃん!」
ご飯を作ったことで悠人がお礼を言ってくれるなんて、初めてではないだろうか。
今回のことがきっかけで、悠人の優しさと、何より成長を、肌で感じた気がする。
可愛い弟から、頼りになる弟に。
悠人は手を洗うと、いそいそと皿やスプーンの準備をしてくれる。
これも、今までは無かったことだ。
「姉ちゃん、ご飯は大盛り?」
しゃもじを片手に、悠人が笑顔を向けてくる。
「ふふっ、さっきまで彩奈とお茶してたから、とりあえず小盛りで」
「ははっ、オッケー!」
悠人が、鼻歌まじりにご飯をよそう。
「やっぱり、彩奈さんパワーはすごいね?」
弟からすれば、悠里が目に見えて元気になったように感じるのだろう。
悠里は目を細め、大きく頷いてみせた。
「うん! 彩奈がいれば大丈夫だからね」
「彩奈さん、さすが!」
「ふふっ」
――そう。私は、大丈夫。
彩奈が、傍に居てくれるから。
自分に言い聞かせるために。
悠里は心の中でもう一度、ゆっくりと呟いた。
悠人から渡されたお皿にカレーをつぎ、悠里は微笑む。
「じゃ、食べよっか!」
悠里はひとり、キッチンに立つ。
何かをして、なるべく自分の心に考える隙を与えないように。
今日は、カレーを作ろう。
悠里の得意料理、悠人の大好物。
基本的なレシピであれば、30分で出来上がる。
悠里はキッチンの引き出しから、スパイスを取り出す。
それから、慣れた手で、今日使う分量を測る。
冷蔵庫から、玉ねぎとパプリカと鶏肉を出し、適当な大きさに切る。
フライパンを用意し、鶏肉を入れる。
皮目に良い焼き目が付いたら、一旦取り出して、次は玉ねぎを炒め始める。
ジュウジュウという美味しそうな音と香りは、悠里の胸から、ひとつの思い出を誘い出した――
あれは、去年の12月。
2学期が終わったその日、悠里と彩奈、そして彼と拓真は、4人でボウリングに行った。
そして、彼の元恋人であるエリカと、出会った。
彼の心深くに息づく、トラウマに触れた。
彼を元気づけたくて。
彼の助けになりたくて。
いまの彼に、自分は必要とされていると信じたくて。
『明日、カレーパーティーしませんか?』
ドキドキしながら、悠里は声を振り絞った。
彼に差し出した初めての勇気は、優しく受け入れられた。
『……うん。食べたい。お前のカレー』
悠里はそっと、庭に目をやる。
静かに佇む、庭のバスケットゴール。
悠里の心から、さらに思い出が溢れ出す――
あの日の翌日、さっそく悠里の家に4人で集まった。
彼は庭にあるバスケゴールで、拓真と遊んでいて。
彩奈が、そんな2人の写真を撮って、みんな笑っていて。
悠里も一緒に笑いながら、カレー作りを進めていた。
暫くして、彼は戻ってきた。
真っ直ぐに、悠里の傍に。
『いい匂い』
そう言って彼は、楽しそうに悠里の手元を覗き込んだ――
玉ねぎを炒め終わった悠里は、鶏肉をフライパンに戻し、スパイスを入れる。
水と細粒コンソメを入れて、煮込み、灰汁を取る。
機械的に作業を進める悠里の脳裏は、鮮明に思い出を映しだす。
あの日にした会話、あの日見た光景、あの日の笑顔。
考えようとしなくても、後から後から、湧き出てくる。
時間を重ねて、忘れていくしかないと思った。
何も考えずにいれば、薄らいでいくと思っていた。
けれど――
悠里は、ふっと口元に暗い微笑を浮かべる。
「忘れられる、のかな……」
こんなにも、鮮やかに覚えているのに。
こんなにも熱く、心に焼きついているのに。
フライパンにパプリカを加え、砂糖を入れて更に煮込む。
キッチンに、良い匂いが立ち込めてきた。
これから先、カレーを作るたびに、きっと思い出してしまう。
彼が、『いい匂い』だって褒めてくれた、この香りを嗅ぐたびに。
最後に塩を加え、チリペッパーを入れ、辛さを調整する。
悠里にとっての基本、スパイシーなチキンカレーが完成した。
味見をして、悠里は小さく頷く。
「うん……美味しい」
いつも通りの味。
あの日に作ったカレーと、同じ味。
『これは毎日食べたい』
彼がそう言ってくれた、カレーの味――
全てのイメージが、彼へと回帰していく。
悠里が、諦めを孕んだ溜め息をついたときだった。
ガチャガチャッと、玄関の鍵が開くのが聞こえ、ハッと現実に引き戻される。
やや急ぎ足の音が廊下を通り、ドアが開いた。
「ただいまー!」
悠里は、パッと笑顔を作る。
「おかえり、悠人!」
キッチンに立つ姉を見て、彼も笑顔になった。
「姉ちゃん、大丈夫そう?ってか、今日カレー!?」
「うん! ちょうどいま、できたとこ」
「マジ? ありがと姉ちゃん!」
ご飯を作ったことで悠人がお礼を言ってくれるなんて、初めてではないだろうか。
今回のことがきっかけで、悠人の優しさと、何より成長を、肌で感じた気がする。
可愛い弟から、頼りになる弟に。
悠人は手を洗うと、いそいそと皿やスプーンの準備をしてくれる。
これも、今までは無かったことだ。
「姉ちゃん、ご飯は大盛り?」
しゃもじを片手に、悠人が笑顔を向けてくる。
「ふふっ、さっきまで彩奈とお茶してたから、とりあえず小盛りで」
「ははっ、オッケー!」
悠人が、鼻歌まじりにご飯をよそう。
「やっぱり、彩奈さんパワーはすごいね?」
弟からすれば、悠里が目に見えて元気になったように感じるのだろう。
悠里は目を細め、大きく頷いてみせた。
「うん! 彩奈がいれば大丈夫だからね」
「彩奈さん、さすが!」
「ふふっ」
――そう。私は、大丈夫。
彩奈が、傍に居てくれるから。
自分に言い聞かせるために。
悠里は心の中でもう一度、ゆっくりと呟いた。
悠人から渡されたお皿にカレーをつぎ、悠里は微笑む。
「じゃ、食べよっか!」
2
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。




好きな人がいるならちゃんと言ってよ
しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる