#秒恋8 隔てられる2人〜友情か、恋か。仲間か、恋か〜

ReN

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piece1 寄り添う親友

もう、がんばれない

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***


悠里は、痛みを堪えながらそっと、彩奈の身体を抱き返す。

「……ごめんね。彩奈」

意味を測りかねた彩奈が顔を上げ、食い入るように悠里を見つめる。

悠里は目に涙をたたえ、声を振り絞った。
「彩奈、いっぱい応援してくれたのに……こんなことになって、ごめん」

赤メガネの下、親友の瞳が悲しみに揺らめいた。
「悠里……」


「……あのね、彩奈」
悠里は、唇に小さな微笑を乗せた。


「私……大好きだったんだ」


切れ長の、黒い瞳。
いつもは鋭いけれど、笑うと柔らかく輝く、透き通った瞳。

『悠里』
自分を優しく呼んでくれる、低くて落ち着いた声。

いつも、頭を撫でてくれた。髪を撫でてくれた。
男らしくて、大きくて、温かい手。
少し骨ばった、でも、長くて綺麗な指。

いつも、抱き締めてくれた。優しく、包み込んでくれた。
逞しい胸と腕。広い背中。

いつも、腕の中で泣かせてくれた。
私が泣き止むまでずっと、髪を、背中を、撫でてくれた。


『ねえ、悠里。俺の傍で泣いて。俺の手が届くところで』

『俺のいないところで、泣かないで』

『甘えて欲しいんだよ、悠里』


そう言って、優しく抱き締めてくれた。
その腕と手は、いつも温かくて、安心した。

彼の傍にいたら、大丈夫。
彼と一緒なら、がんばれる。
そう思えた。


いつも、私のことを思ってくれた。
いつも、私の気持ちをわかってくれた。

『悠里』
真っ直ぐに私を見つめて、笑ってくれた。


手を繋いで。向き合って。
一緒に乗り越えようって、誓った。
一緒にがんばろうって、約束した。

同じ未来を、夢見ていた――


悠里は、殆ど吐息だけの微かな声で、呟く。

「私……大好きだったから。がんばったんだ……」


すぐ傍にあった存在。
あと少しで、幸せな未来を共に歩く筈だった存在。

今はもう、名前を呼ぶことすら、辛い。


『大好きだった』

自分の口から出る言葉は、自然と、過去形になってしまう――


悠里は、ぽろぽろと泣きながら、微笑んだ。


「私……もう、がんばれないかも」


彩奈の顔が、くしゃりと歪んだ。
「悠里」

親友の腕が再び、ぎゅうっと悠里の身体を抱き竦めた。
「がんばらなくていい……もう、がんばらなくていいんだよ」

震える親友の手が、何度も何度も、髪を撫でてくれる。
「悠里はもう、充分がんばった。もう、いいんだよ……」


悠里はおとなしく、彼女の腕に身を任せる。
身体から、心から、温もりが消えていく。
もう、指先さえも、動かない。

「……そっか、」
彩奈の言葉を反復する悠里の声が、震えた。

「もう……がんばらなくていいんだね……」
「そうだよ、悠里。もう、いいんだよ」

「……ごめんね、彩奈」
「なんで謝るの……」


悠里はそっと、目を閉じる。

『もう、がんばれない』

本心、だった。

『もうがんばらなくていい』
親友にそう言って貰えて、安心してしまった。

けれど悠里の心は、悲しいまま。
悠里の心は、顔を伏せて、泣いていた。


いま自分が、がんばるのをやめてしまったら。
全て、終わってしまう。

もう、彼と一緒には、いられなくなる。
2人で夢見た未来は、消えて、無くなってしまう――


それがわかっていたから、悠里の心と身体は、泣いていた。
わかっているのに、悠里の心と身体には、力が入らなかった。


ああ、あの日の夜、彼のメッセージに返事ができていたら。
きっと未来は、変わっていた。

なんでもいい、何かひと言でもいいから。
メッセージを、返せばよかった。
それが無理なら、電話でも良かった。
何も喋れなくても、ただ泣いてしまうだけだったとしても。
きっと彼は、わかってくれた。
そうしてきっと、私の傍に来てくれた。
きっときっと、私を抱き締めてくれた――


『本当にごめん。
落ち着いてからでいい。
いつでもいいから、連絡欲しい』


どうしてあのとき、彼の気持ちに、応えなかったのだろう。
どうしてあのとき、がんばれなかったんだろう。
どうして私は、負けてしまったんだろう……


――もう、遅い。


悠里は、ぼろぼろと大粒の涙を零しながら、呟いた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「何、言ってるの、悠里」
彩奈の手が頭を撫でて、また、ぎゅうっと抱き締めてくれる。

「悠里は、何も悪くない。何にも悪くないんだよ」
親友が力強く、自責の念を否定してくれる。

「自分のこと、責めちゃ駄目だよ。悠里は何も、悪いことしてないんだからね」
必死に、悠里を肯定しようとしてくれる。

彩奈は声を震わせ、必死に、悠里に言い聞かせた。
「悪いのは、悠里を傷つけた奴らなんだから」


悠里は唇を噛み締め、嗚咽を堪える。
そうしても、彼女の閉じた目から溢れる涙は、止まることを知らなかった。

悠里の全身が、震える。痛みに耐えきれず、粉々に砕けそうなほどに。


彩奈はしっかりと、悠里を抱き締める。
彼女を何とか繋ぎ止めようと、力いっぱいに。


彩奈には、手に取るようにわかった。
悠里を抱き締める腕から。
もたれてくれている肩から。
そして、彼女の涙で濡れていく自分の服から。

いまにも壊れてしまいそうな悠里の心を、間近に感じた。


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