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piece1 寄り添う親友
もう、がんばれない
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***
悠里は、痛みを堪えながらそっと、彩奈の身体を抱き返す。
「……ごめんね。彩奈」
意味を測りかねた彩奈が顔を上げ、食い入るように悠里を見つめる。
悠里は目に涙をたたえ、声を振り絞った。
「彩奈、いっぱい応援してくれたのに……こんなことになって、ごめん」
赤メガネの下、親友の瞳が悲しみに揺らめいた。
「悠里……」
「……あのね、彩奈」
悠里は、唇に小さな微笑を乗せた。
「私……大好きだったんだ」
切れ長の、黒い瞳。
いつもは鋭いけれど、笑うと柔らかく輝く、透き通った瞳。
『悠里』
自分を優しく呼んでくれる、低くて落ち着いた声。
いつも、頭を撫でてくれた。髪を撫でてくれた。
男らしくて、大きくて、温かい手。
少し骨ばった、でも、長くて綺麗な指。
いつも、抱き締めてくれた。優しく、包み込んでくれた。
逞しい胸と腕。広い背中。
いつも、腕の中で泣かせてくれた。
私が泣き止むまでずっと、髪を、背中を、撫でてくれた。
『ねえ、悠里。俺の傍で泣いて。俺の手が届くところで』
『俺のいないところで、泣かないで』
『甘えて欲しいんだよ、悠里』
そう言って、優しく抱き締めてくれた。
その腕と手は、いつも温かくて、安心した。
彼の傍にいたら、大丈夫。
彼と一緒なら、がんばれる。
そう思えた。
いつも、私のことを思ってくれた。
いつも、私の気持ちをわかってくれた。
『悠里』
真っ直ぐに私を見つめて、笑ってくれた。
手を繋いで。向き合って。
一緒に乗り越えようって、誓った。
一緒にがんばろうって、約束した。
同じ未来を、夢見ていた――
悠里は、殆ど吐息だけの微かな声で、呟く。
「私……大好きだったから。がんばったんだ……」
すぐ傍にあった存在。
あと少しで、幸せな未来を共に歩く筈だった存在。
今はもう、名前を呼ぶことすら、辛い。
『大好きだった』
自分の口から出る言葉は、自然と、過去形になってしまう――
悠里は、ぽろぽろと泣きながら、微笑んだ。
「私……もう、がんばれないかも」
彩奈の顔が、くしゃりと歪んだ。
「悠里」
親友の腕が再び、ぎゅうっと悠里の身体を抱き竦めた。
「がんばらなくていい……もう、がんばらなくていいんだよ」
震える親友の手が、何度も何度も、髪を撫でてくれる。
「悠里はもう、充分がんばった。もう、いいんだよ……」
悠里はおとなしく、彼女の腕に身を任せる。
身体から、心から、温もりが消えていく。
もう、指先さえも、動かない。
「……そっか、」
彩奈の言葉を反復する悠里の声が、震えた。
「もう……がんばらなくていいんだね……」
「そうだよ、悠里。もう、いいんだよ」
「……ごめんね、彩奈」
「なんで謝るの……」
悠里はそっと、目を閉じる。
『もう、がんばれない』
本心、だった。
『もうがんばらなくていい』
親友にそう言って貰えて、安心してしまった。
けれど悠里の心は、悲しいまま。
悠里の心は、顔を伏せて、泣いていた。
いま自分が、がんばるのをやめてしまったら。
全て、終わってしまう。
もう、彼と一緒には、いられなくなる。
2人で夢見た未来は、消えて、無くなってしまう――
それがわかっていたから、悠里の心と身体は、泣いていた。
わかっているのに、悠里の心と身体には、力が入らなかった。
ああ、あの日の夜、彼のメッセージに返事ができていたら。
きっと未来は、変わっていた。
なんでもいい、何かひと言でもいいから。
メッセージを、返せばよかった。
それが無理なら、電話でも良かった。
何も喋れなくても、ただ泣いてしまうだけだったとしても。
きっと彼は、わかってくれた。
そうしてきっと、私の傍に来てくれた。
きっときっと、私を抱き締めてくれた――
『本当にごめん。
落ち着いてからでいい。
いつでもいいから、連絡欲しい』
どうしてあのとき、彼の気持ちに、応えなかったのだろう。
どうしてあのとき、がんばれなかったんだろう。
どうして私は、負けてしまったんだろう……
――もう、遅い。
悠里は、ぼろぼろと大粒の涙を零しながら、呟いた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「何、言ってるの、悠里」
彩奈の手が頭を撫でて、また、ぎゅうっと抱き締めてくれる。
「悠里は、何も悪くない。何にも悪くないんだよ」
親友が力強く、自責の念を否定してくれる。
「自分のこと、責めちゃ駄目だよ。悠里は何も、悪いことしてないんだからね」
必死に、悠里を肯定しようとしてくれる。
彩奈は声を震わせ、必死に、悠里に言い聞かせた。
「悪いのは、悠里を傷つけた奴らなんだから」
悠里は唇を噛み締め、嗚咽を堪える。
そうしても、彼女の閉じた目から溢れる涙は、止まることを知らなかった。
悠里の全身が、震える。痛みに耐えきれず、粉々に砕けそうなほどに。
彩奈はしっかりと、悠里を抱き締める。
彼女を何とか繋ぎ止めようと、力いっぱいに。
彩奈には、手に取るようにわかった。
悠里を抱き締める腕から。
もたれてくれている肩から。
そして、彼女の涙で濡れていく自分の服から。
いまにも壊れてしまいそうな悠里の心を、間近に感じた。
悠里は、痛みを堪えながらそっと、彩奈の身体を抱き返す。
「……ごめんね。彩奈」
意味を測りかねた彩奈が顔を上げ、食い入るように悠里を見つめる。
悠里は目に涙をたたえ、声を振り絞った。
「彩奈、いっぱい応援してくれたのに……こんなことになって、ごめん」
赤メガネの下、親友の瞳が悲しみに揺らめいた。
「悠里……」
「……あのね、彩奈」
悠里は、唇に小さな微笑を乗せた。
「私……大好きだったんだ」
切れ長の、黒い瞳。
いつもは鋭いけれど、笑うと柔らかく輝く、透き通った瞳。
『悠里』
自分を優しく呼んでくれる、低くて落ち着いた声。
いつも、頭を撫でてくれた。髪を撫でてくれた。
男らしくて、大きくて、温かい手。
少し骨ばった、でも、長くて綺麗な指。
いつも、抱き締めてくれた。優しく、包み込んでくれた。
逞しい胸と腕。広い背中。
いつも、腕の中で泣かせてくれた。
私が泣き止むまでずっと、髪を、背中を、撫でてくれた。
『ねえ、悠里。俺の傍で泣いて。俺の手が届くところで』
『俺のいないところで、泣かないで』
『甘えて欲しいんだよ、悠里』
そう言って、優しく抱き締めてくれた。
その腕と手は、いつも温かくて、安心した。
彼の傍にいたら、大丈夫。
彼と一緒なら、がんばれる。
そう思えた。
いつも、私のことを思ってくれた。
いつも、私の気持ちをわかってくれた。
『悠里』
真っ直ぐに私を見つめて、笑ってくれた。
手を繋いで。向き合って。
一緒に乗り越えようって、誓った。
一緒にがんばろうって、約束した。
同じ未来を、夢見ていた――
悠里は、殆ど吐息だけの微かな声で、呟く。
「私……大好きだったから。がんばったんだ……」
すぐ傍にあった存在。
あと少しで、幸せな未来を共に歩く筈だった存在。
今はもう、名前を呼ぶことすら、辛い。
『大好きだった』
自分の口から出る言葉は、自然と、過去形になってしまう――
悠里は、ぽろぽろと泣きながら、微笑んだ。
「私……もう、がんばれないかも」
彩奈の顔が、くしゃりと歪んだ。
「悠里」
親友の腕が再び、ぎゅうっと悠里の身体を抱き竦めた。
「がんばらなくていい……もう、がんばらなくていいんだよ」
震える親友の手が、何度も何度も、髪を撫でてくれる。
「悠里はもう、充分がんばった。もう、いいんだよ……」
悠里はおとなしく、彼女の腕に身を任せる。
身体から、心から、温もりが消えていく。
もう、指先さえも、動かない。
「……そっか、」
彩奈の言葉を反復する悠里の声が、震えた。
「もう……がんばらなくていいんだね……」
「そうだよ、悠里。もう、いいんだよ」
「……ごめんね、彩奈」
「なんで謝るの……」
悠里はそっと、目を閉じる。
『もう、がんばれない』
本心、だった。
『もうがんばらなくていい』
親友にそう言って貰えて、安心してしまった。
けれど悠里の心は、悲しいまま。
悠里の心は、顔を伏せて、泣いていた。
いま自分が、がんばるのをやめてしまったら。
全て、終わってしまう。
もう、彼と一緒には、いられなくなる。
2人で夢見た未来は、消えて、無くなってしまう――
それがわかっていたから、悠里の心と身体は、泣いていた。
わかっているのに、悠里の心と身体には、力が入らなかった。
ああ、あの日の夜、彼のメッセージに返事ができていたら。
きっと未来は、変わっていた。
なんでもいい、何かひと言でもいいから。
メッセージを、返せばよかった。
それが無理なら、電話でも良かった。
何も喋れなくても、ただ泣いてしまうだけだったとしても。
きっと彼は、わかってくれた。
そうしてきっと、私の傍に来てくれた。
きっときっと、私を抱き締めてくれた――
『本当にごめん。
落ち着いてからでいい。
いつでもいいから、連絡欲しい』
どうしてあのとき、彼の気持ちに、応えなかったのだろう。
どうしてあのとき、がんばれなかったんだろう。
どうして私は、負けてしまったんだろう……
――もう、遅い。
悠里は、ぼろぼろと大粒の涙を零しながら、呟いた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「何、言ってるの、悠里」
彩奈の手が頭を撫でて、また、ぎゅうっと抱き締めてくれる。
「悠里は、何も悪くない。何にも悪くないんだよ」
親友が力強く、自責の念を否定してくれる。
「自分のこと、責めちゃ駄目だよ。悠里は何も、悪いことしてないんだからね」
必死に、悠里を肯定しようとしてくれる。
彩奈は声を震わせ、必死に、悠里に言い聞かせた。
「悪いのは、悠里を傷つけた奴らなんだから」
悠里は唇を噛み締め、嗚咽を堪える。
そうしても、彼女の閉じた目から溢れる涙は、止まることを知らなかった。
悠里の全身が、震える。痛みに耐えきれず、粉々に砕けそうなほどに。
彩奈はしっかりと、悠里を抱き締める。
彼女を何とか繋ぎ止めようと、力いっぱいに。
彩奈には、手に取るようにわかった。
悠里を抱き締める腕から。
もたれてくれている肩から。
そして、彼女の涙で濡れていく自分の服から。
いまにも壊れてしまいそうな悠里の心を、間近に感じた。
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